第50話 「作戦かなぁ?」


 レオにとって戦争とは前世を含めて初めての経験だった。

 前世では社会科の勉強や史実を元にしたシミュレーションゲームなどで素人程度だが知識があり、今世では野盗を相手に戦った経験を持ってはいるが本物の戦争の渦中でその空気を味わうのは初めてだった。

 そうは言っても戦闘経験がある以上、今更怖気付くなどといった事はない。ただ、戸惑いが強いのは確かだった。

 前世の知識を含め学院でも習い、戦場だとこういう物かというイメージが役に立たなかったのだ。

 まずこの世界には魔法がある。この時点で前世の戦争に対するイメージは役に立たない。今の所帝国限定だが陸を走る戦艦に未だ未発見である飛行船によって学院で習ったものが意味をなさなくなった。

 そして何よりも、目の前で起きている光景こそが前世と今世どちらの常軌も逸していた。

 城壁前では地獄の釜が開かれたような光景が広がっていた。戦争による兵士達の殺し合いが凄惨たる有様――だからではない。

 業火と稲妻が絶えず轟き煌めく光景が地獄の風景のようであったのだ。

 アリス・ナルシタとザルキ・キッシェベイル。クルナ王国とルファム帝国のそれぞれの英雄の戦いはそれこそ別次元であった。

 アリスが剣を振るえば炎が竜巻のように渦巻き、ザルキが構えたかと思うと稲妻が巨大な槍のように疾走する。

 空を飛んでいるようにも見える高速移動と両者の間で起こる無数の火花。睨み付けただけでも炎雷が周囲に満ちた。


「言葉もないな」


 二人の英雄の戦いを眺めていたレオの口から呆れた声が出る。炎と雷で城壁の一面がチカチカと光って目に悪い。何よりも余波として熱風が届く。

 城壁の近くまで火や電気が暴れているが、これも余剰であり二人が戦っているのはちょうど砦と戦艦の間だ。スピードはザルキの方に軍配が上がり、何度も城壁前まで接近されるがアリスの爆発力によって弾き返されている状況だ。ちなみに、その度に城壁が衝撃で震え、表面に施された対魔力防壁が悲鳴を上げている。


「で、あれは誰なんだ?」


「言葉もないんじゃなかったのか。あの男は雷を操るギフトを持つルファムの英雄の一人、ザルキ・キッシェベイルだ」


 レオに説明しながらヨシュアは二人の戦いから視線を外さない。光熱という違いはあるもののヨシュアのギフトは二人と同系統だ。先達同士の戦いに目が離せないようだった。


「ガルバトスに次ぐルファムの最高戦力の一人で、あの雷が厄介だ。正面から真っ当に戦えるのはこの場では彼女ぐらいのものだろうな」


 ヨシュアの言う通り、二人の戦いは苛烈を極め、誰も近づく事は出来ない。ファーン共和国でのアリスとガルバトスの時とはまた違った戦いだ。

 それを思い出すと、炎を操るアリスと互角に戦い雷を操る英雄よりも格上扱いされているガルバトスとは一体何なのか。そんな考えがレオの頭を巡ったがすぐにその思考を破棄した。

 それは兎も角として、二人が戦っている間にも戦場は動く。

 城壁にいる兵達は英雄の戦いを無視して戦艦に魔法や大砲を撃ち続けている。対する戦艦側は、動きを止めていた。


「止まってるぞ?」


「ローだな。ザルキが戦艦の防壁を抜けた瞬間に矢を放ったんだろ。上手く動力部に命中したようだ」


 レオは戦艦の甲板を目を凝らしてよく見ると、一箇所だけ穴が開いていた。矢が貫通したと言うには大き過ぎる穴からは黒い煙が漏れ出ている。


「気付かなかったな」


 あの時はアリスとザルキのギフトから生じる明かりのせいもあったのだろうが、レオはローが矢を何時射ったのか全く分からなかった。

 そもそも、矢でどうやって動力部にまで届かせたのか。会議の時にレオはルファムの新兵器である陸上戦艦について判明しているだけの情報を知った。

 クルナは国境の砦を守れなかったがその時に敵の戦艦を破壊している。そこから大雑把ながら動力源となる仕組みの場所や各部屋の見取り図を調べていた。

 なので、運良く動力部に当たったとしても一応おかしくはない。しかし、それでも甲板を貫通し奥深くの目標に当てるというのは常識では考えられない事だった

 隣の櫓の屋根に登ったローを見上げると、彼は槍程のサイズの矢を準備していた。


「………………」


 最早ツッコミは無粋なのかも知れない。そう判断したレオは視線を戦場に戻す。二隻目の戦艦が後ろから先頭に突っ込んで無理やり押し進み始めたところだった。

 その光景に一瞬だけ唖然とするが、それ以上の視覚的衝撃が先頭の戦艦の中から現れた。

 全身鎧の騎士だ。その先頭にいる騎士が持つ鉄槌にレオは見覚えがあった。

 戦場のどこかの誰かが、恐怖の混じった声で叫ぶ。


「ガルバトスが出たぞォッ!!」



 ◆


 ルファムの戦艦は動力部に大きな損害を受けた。クルナ王国の英雄、森に住み狩りを得意とするファーン共和国のエルフ達を差し置いて大陸一の弓の名手と知られている男の仕業だ。


「ザルキが出た瞬間を狙われたか。相変わらずタイミングの読みが異常だな」


 機関部の床に深く突き刺さった槍型の矢、それこそ数人がかりで弦をバリスタに装填するような矢を片手で引き抜いたガルバトスは動力炉の確認を行っている技術者に声をかける。


「どうだ?」


「駄目ですね。浮けますけど、推進力は得られません。完全に貫通していて、パーツの交換じゃ間に合いません」


 戦艦の動力は大型の魔具で、魔力を多く含んだ魔石を砕き流出する魔力を使用して動いている。浮力を生み出す魔具と推進力を得る魔具は別々で、今回やられたのは推進機関の方だ。浮いていれば、帆を張り風を受け止める事で海のように陸を航海する事も可能だ。

 しかし、それでは戦場では物足りない速さだ。その鈍さを鉄の鬼と呼ばれた大将軍は許さない。


「やはりこうなったか。作戦を予備案に切り替える。予め指示した通りに動け」


「本気でやるのですか?」


 技術者がガルバトスを見る。その目は正気を疑っているものだった。


「でなければ作戦に組み込まん」


「作戦かなぁ?」


「砲門を開け! どうせ破壊されるだろうが、撃ちまくって艦を軽くしろ!」


 不敬と取れる技術者のぼやきを無視してガルバトスは指示を飛ばすと艦内を移動する。

 ここぞとばかりに砦から砲撃と魔法が叩き込まれ、大きく揺れては乗組員が倒れたり物がひっくり返ったりする。

 揺れても大丈夫なように固定する工夫や割れ物は置かないように注意しなければと戦艦の改善点を考えつつ、大きく揺れる床の上を平然と進んでいくガルバトスは目的地前まで来ると大きな音を立ててドアを開いた。

 中にはガルバトス直属の騎士団の兵達が集まっている。既に鎧に身を固め手には得物を握りしめ、火山の噴火のような爆音や振動の中で静かに待機していた。


「これからこの艦は後続に押される形で壁に突っ込む。やる事は分かってるな?」


「砦を耕して後続を歩きやすくするのでしょう? 土木は慣れています」


 兵の一人の戯けた言い方に周囲から小さく笑い声が漏れる。

 直後、艦全体が大きく揺れた。これには兵達も驚きの表情を浮かべて体が僅かにぐらつく。それぞれの武器は自分の手でしっかりと持っているために倒れて惨事という事態にならなかったが、膝の上に乗せていただけの兜が落ちるなどしてけたたましい音を立てた。


「ああ、言い忘れていたがこの艦は自力での移動は無理なので後ろから押させている。強い揺れが起きるだろうが、気にするな」


 先にそれを言えよという部下の視線を一身に集めるガルバトスは一人だけバランスを崩さず平然とし、空席だった椅子から転げ落ちた兜を拾う。

 薄暗い部屋の中でもくっきりと浮かぶ黒塗りの兜。その面には鬼と言うべき異形の形相があった。


「黒鉄角獣騎士団、出るぞ」



 ◆


 砦からインターバルを考え順に放たれる魔法と砲弾。兵士達の様子には火を点けられたような必死さがあった。

 陸上を動く戦艦、巨大な鉄の塊が突っ込んで来るという状況は確かに恐怖するに値し危機感を募らせる。

 しかし戦艦に関しては既知であり、まだ姿を見せない飛行船も厄介だがこれもまた知っている。危険だと思っても兵達をここまで怖がらせるに値しない。

 彼らが、特に古参である程焦燥を見せる相手のはたった一人の人間が原因だ。

 黒鉄角獣騎士団--ルファム帝国最強の騎士団。全員が重厚な漆黒の装甲で頭の天辺から足の爪先まで全身を覆い、持つ獲物は斧や槍に鎚と重量級ばかりに加え屈強な大男の姿を隠せる程の大盾を持っている。

 彼らの兜の意匠は怪物を模した物だ。一言で怪物と言ってもその種類は様々だが、黒鉄角獣騎士団の兜は兎に角恐ろしい何かの生物だった。

 人間の想像力をそのまま兜に転写したような恐ろしい形相に、普通ならば動けぬ筈の超重量級の漆黒の武具。それが黒鉄角獣騎士団の目印だ。

 そして、その頂点に立つのが盾を持たず巨大な鉄槌を肩に担ぐ鬼のような形相の兜をつけているのがガルバトス・ガンベルング。

 黒鉄角獣騎士団の団長にして砦の兵達を恐怖させる歴戦の大英雄。城砦壊し、破壊魔、魔人など数々の異名と逸話を持つ生ける伝説。

 鉄の鬼の存在に、砦の人間全員が一種の恐慌状態となって鉄と火を次々と投入していく。

 戦艦に張られた結界は既に圧力に耐え切れなくなって崩壊しており、鉄火に晒され装甲が破壊されていく。その中で、黒塗りの騎士達は盾を構えて砲弾の雨の中で誰一人吹き飛ぶこともなく立っている。

 ガルバトスは鉄槌を振るだけで衝撃波を起こして砦からの攻撃を叩き落としていく。

 そして文字通りに身を削りながら愚直に突き進む戦艦の艦首が砦の壁と衝突する。

 轟音と共に砦と艦双方に激しい揺れが起きた。

 後ろから押され続けている事もあって艦首の部分が大きく潰れひしゃげいている。対し、砦の壁は無傷とは言えないものの大きな損傷はない。

 かつては帝国への防衛戦の柱の一つだ。改修や整備は続けられ、当時よりも発展した防護結界が重ねられているのだ。鉄の塊であろうと衝突した程度では崩れない。

 ただし、ガルバトスがいなければの話だが。

 激しい衝突の中、仁王立ちしていたガルバトスが窪んだ艦首に、壁を前にして鉄槌を構える。


「止めろォ!!」


 壁の上で誰かが叫ぶ。矢や魔法、槍、石、中には砲弾を壁に張り付いた戦艦に投げる者もいたが、悉くが黒鉄角獣騎士団の騎士達がガルバトスの

周囲を固めたせいで弾かれ届かない。

 そして、ガルバトスが壁に向かって鉄槌を横薙ぎに振るう。鉄槌が当たる直前、壁に突如魔法陣が浮かんだ。

 転移魔法陣。魔法陣が扉となってガルバトスの一撃を呑み込み逸らそうとする。

 鉄槌の先端が魔法陣に触れようとした瞬間、ガルバトスが持ち手の部分に力を入れる。それだけの動作で鉄槌が一瞬で魔力に覆われ魔法陣からの空間干渉を阻害する。

 そのまま鉄槌が振り抜かれる。

 鉄槌が触れた箇所は抉られると同時に無数のヒビを一瞬で周囲に拡がらせる。ただ殴っただけでは決して起こり得ない、かと言って魔術でもギフトの類でもない純粋な技術によって引き起こされる現象。

 そして、割れても逃し切れない力に耐え切れずに壁は爆発したかのように吹っ飛んで崩壊した。

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