第49話 「黒船来航って感じだ」


 太陽が昇る前、未だ夜の帳が落ちている時間。冷たい風が広野を流れていく。自然が作る大気の流れは温度差や大地の起伏によって生み出されるが、ここには人工の山と言える巨大な船がある。

 人類の叡智が自然に影響を与えるのは科学力であろうと魔法であろうと同じこと。

 この世界になってる置ける人類が自然を乗り越えようとする象徴たり得る鋼鉄の船がゆっくりと動き出してそれによる空気の流れに乱れが生じる。

 乱れは広野全体に影響を及ばさない。しかし、そこには確実に変化が起きた。その変化を感じ取った者達がいる。

 未だ距離は遠く、十分に余裕のある中で砦にいた者達の一部が反応を示す。城壁にて監視を行っている兵達が戦艦の動きを目視で確認するよりも早く、彼らは妙実に戦が始まるという空気を感じ取っていた。

 ウォルキン辺境伯の兵として長年国境を守り続けてきた古強者達を始め、各地から帝国の侵略に対し集められた騎士や長年戦場を渡り歩いてきた傭兵、一騎当千を往く英雄達だ。

 未だ英雄の頂には至っていないものの、ドラゴンスレイヤーの称号を手に入れた若者達もその中に含まれていた。

 与えられた部屋の中、士官クラスの上等な部屋で寝ていたレオは突如目をはっきりと開けると傍に立てかけてあった剣を掴み毛布を跳ね除けながら体を起こす。

 靴を履いたまま寝ていた彼はすぐに部屋のドアを開けて通路に出ると隣の部屋のドアを激しくノックする。


「ヨシュア!」


「起きている! 装備を付けてから城壁に来い!」


 ドア向こうから返事が聞こえると続けて鎧を着ようとしているのか金属同士が擦れる音がし始める。

 レオは部屋に戻って急ぎ防具を身に付け始めた。最初から持っていた革の鎧ではなく、騎士が着ている鎧の予備を駐在している鍛治職人に手直しして貰った物だ。

 ドラゴンスレイヤーが見窄らしい格好だとウォルキン家の評判や兵士の士気にも関わると無料で貰った鎧は激しく動き回るレオに合わせ、関節の動きを阻害しないようにした軽めの物だ。

 脛当てや手甲が金属になっただけでも安心感が違う。新品同然の鎧を装着し終えたレオはそんな感想を抱きながら留め具やベルト部分がおかしくないか手早くチェックすると、急いで城壁の方へと走る。

 途中、ヨシュアの後ろ姿が見えた。レオと比べ重装な鎧だがレオよりも早く装着して先に行っていたのは単純に慣れの差だろう。

 二人はまだ夜の暗闇が残る中、二人は無言で進む。夜中だからか砦は静寂に包まれ、夜警の兵士達が持ち場に付いているだけだ。

 レオとヨシュアは城壁の上に到着すると、見張りの兵士達が完全武装した二人に驚くのも無視してルファム帝国が陣を敷く方角に視線を向ける。


「二人とも来たのか」


 そこにはアリスが立って、首だけを横に向けてレオ達を見る。


「ルファムは?」


「船二隻が並走して動き始めた。随伴している歩兵はいない。皆、船の中にいるのかな?」


 レオは砦へと向かって来る戦艦を見る。横にも後ろにも兵はおらず、敷いていた陣地には黒い天幕がそのまま残っている。一部が戦艦の通行によって荒らされているが、天幕とそれを支える柱が散乱しているだけのように見えた。


「思ったよりも速いな」


 徐々に大きくなっていく戦艦の影にヨシュアがレオの横でポツリと言葉を漏らす。

 巨大な戦艦が大地の上を走るという光景は中々に受け入れ難いというのに、それに加えてスピードもある。黒塗りもあって威圧感が凄まじい。砦の内側では敵が来るのを知らせる警報が鳴ると、一気に空気が慌ただしくなる。警報によって起き出した兵達が目覚めと同時に動くのが夜の静けさを吹き飛ばす程に感じる。


「自動車が普通道路走ってるぐらいか?」


「いや、もっと速いかもしれない。時速五十以上は出てる。それにまだ加速しているぞ」


「黒船来航って感じだ」


「砲で行うのは交渉ではなく戦争だがな。櫓に移動するぞ。ここにいては兵の邪魔だ」


 ヨシュアと共にレオは弓と矢筒を持って並び始める兵達と入れ替わりに櫓へと場所を変える。城壁のすぐ下は見えないものの高さから敵の攻撃は届かず、落ち着いて戦場を見渡すことができる。

 櫓では他の騎士達も集まって来る。少し遅れてアリスが櫓の中に入ると、隣の櫓の方に顔を向けて声を張り上げる。


「射れそうか?!」


「無理だっ! 甲板に兵の姿はない! 砲も閉じてやがる!」


 隣の櫓の屋根の上には弓を持ったローが立っていた。彼は真っ直ぐに船の方へ一兵でも見逃さないと言うように鋭く目を細めていた。


「体当たりでもするつもりか?」


 戦艦の大きさは城壁の高さより少し低い程度だ。先端のラムで突進し、甲板から短いハシゴなり飛び移るなりして城壁に移動することも可能だろう。


「或いは空か」


 地球にある兵器。それを再現したと思われる飛行船がルファムにはある。空を飛び大量の兵を運ぶことが出来る上にギフトの力を利用したのか目に見えない。

 今も鳥を飛ばし空に異変がないか確認しているが、これだけで上空からの奇襲を完全に防ぐのは難しいだろう。

 別の櫓には宮廷魔術師のテレッサがおり、前から来る巨大戦艦二隻など意に介さずに空ばかりを見て飛行船の警戒を行なっている。

 警報に起き出した兵達も続々と集まり、迎撃の城壁に準備が完了した。

 城壁にの城壁に上った兵士達は緊張した面持ちで戦艦から視線を離さない。夜の闇が顔を出した曙の光によって掻き消されていく中、登り始めた太陽の朝日を正面から受ける戦艦はより明確にその姿を砦の人間達に見せる。

 黒々した巨体に朝焼けの赤が重なり、得体の知れない怪物のようにも見えた。

 黒い怪物二体に向け砦に設置された大砲が狙いを定めた。戦艦がそのまま二隻とも突っ込んで来ると思われた時、変化が起きた。

 今まで並走していたのが片方だけ速度を速め前に出る。同時に先頭を走り始めた戦艦を青い光を放つ膜のようなものが包んだ。更にその上に同色の光を持つ四角錐が横倒しに戦艦の前方部を包んだ。


「何だあれ?」


「防護結界と硬性結界だ。海戦でよくある戦法なんだが、ああやって二つの結界を重ねて防御を固めながら敵の船に突っ込んで穴を開けるんだ」


「ふうん……」


 ヨシュアからの説明にレオは頷いて城壁に向かって迫り来る戦艦に視線を戻した後、改めてヨシュアへ視線を向ける。


「それってマズくないか?」


「当たり前だろ」


 何言ってんだお前は、という表情をしたヨシュアが言った直後、砦の大砲が火を噴いた。同時にではなく僅かに間を空けて順繰りに発射される砲弾はルファムの戦艦へ集中して放たれているが、砲弾が壁と間違うほどに浴びせられているにも関わらず、戦艦は止まらない。辛うじて速度が遅くなっている程度だ。

 だがそれも遅くなった先頭の戦艦に後ろから続いていた二隻目が推し進めた事でほんの一時だけであった。


「完全に突貫するつもりだな」


「攻城戦ってこれが普通なのか?」


 前世の乏しい知識でもこれはないだろうという結論に至りつつも、魔法がある世界では戦の仕方も違うかもしれない。


「そんな訳があるか。向こうの指揮官は何を考えてるんだ?」


「恐らくはガルバトスがいるのかと」


 ウォルキン家に仕える騎士の中でも古株である老齢の男が言った。それを聞いた途端、表情を固めたままレオとヨシュアは老人に振り返る。


「あの男が得意とするのは電撃戦と突貫です。城攻めなどは突っ込んで穴を開け全兵力と共に内部へ突入するという作戦ばかり取ります。それで結果的に大戦果を上げるのですからこちらからすればタチが悪いとしか言えません」


「あのジイさん、前の時と言いハッスルし過ぎだ」


「王女殿下の時のはそういう事か」


 ガルバトスが王女であるエリザベートを攫いにわざわざ侵入して来た時の事を思い出して二人は苦い表情を見せる。殺されかけたのだから当然であった。


「だが厄介だぞ」


 無謀とも言える突進だが、それを指揮するのがルファム帝国最強の武人と名高い鉄鬼将軍となれば話は違ってくる。ルファムの英雄であると同時に最年長で特にこれと言った特殊な能力など持っていないが、それでもトップの座を譲ったことのない最強の戦士だ。彼一人で門を破り壁を壁を破壊する歩く破城槌。戦えるのは同じ英雄だけだ。

 そして同じ英雄であるアリスが動いた。


 一列になって砲弾の幕を貫きながら迫り来る二隻の戦艦。僅かに地面に浮く船に何の前触れもなく炎が包んだ。

 大砲の衝撃にも耐え、油に火をつけた壺を投げられても船体にまで届かせなかった結界が紙のように燃え散っていく。

 その光景をじっと見つめている者が櫓の中にいた。アリス・ナルシタだ。


「聞こえてないだろうとけど、逃げるなら今の内だよ」


 戦艦が突如炎に包まれ結界まで燃えているのは彼女の持つギフトの力だ。火の神カリガルから授けられた〈赫炎〉はあらゆる物を燃やす。金属だろうと水だろうと燃焼させ消してしまう。その対象は魔力も含まれていた。

 〈赫炎〉を正面から受け止めるにはそれ以上の膨大な魔力で防波堤として炎の干渉を遅らせるか、同じくギフトの力が必要だ。

 そのまま戦艦が炎に包まれ燃やされるかと思われた時、船の表面から電流が迸ってアリスの炎を弾いた。


「この雷は……」


 生き物のように船体近くで蠢く電流を見てアリスは鞘から剣を引き抜いて戦艦の甲板を睨む。いつの間にか鎧を着た一人の男が立っていた。通常のものよりも幅が僅かに広いレイピアを持ち、城壁の飛び越えた向こうにいるアリスの方を見上げている。

 男はクルナ王国でもルファムの英雄の一人として有名な騎士であり、ギフト保持者でもあった。その力は見ての通りの雷。これを正面から止められるのはアリス一人だけである。


「キッシェベイルが出た。私が出るぞ!」


 周りに知らせるために大きな声を上げたアリスは反応も見ずに櫓の中から城壁に向かって跳躍する。同時、レイピアの男も動いた。

 雷を纏った男は跳ぶのではなく真っ直ぐに飛んだ。途中、大砲の砲弾を砕き、城壁の防護結界も貫く。そのまま城壁さえも突破しかねない威力だ。

 雷を纏ったレイピアをアリスは炎を纏ったまま城壁手前で受け止める。

 二人が激突した瞬間、雷と炎が我先にと広範囲に広がりながら鬩ぎ合う。

 クルナ王国の英雄、アリス・ナタシア。

 ルファム帝国の英雄、ザルキ・キッシェベイル。

 共に特定の現象を起こし操るギフトを持つ英雄。単純な力であるが故に単純な破壊力と範囲は自然災害の域に達する。

 炎と雷をそれぞれ纏う両者の衝突はそのまま戦の流れとなり、各地で一斉に動きが起きるのだった。

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