第48話 「……この微妙な空気、何だか久しぶりだ」


 レオとヨシュアが砦に到着したその日の夜の内に改めて作戦会議が開かれた。レオはヨシュアの護衛だが砦の中でまでその役割を務める理由はないのだが、どういう訳かヨシュアに引っ張られそれに参加することとなった。

 会議自体は滞りなく進んだ。と言うよりも現在まで分かっている情報を改めて報告する軽い確認程度だ。参加者の多くはウォルキン家に仕える立場にある陪臣貴族達だ。辺境伯の立場にあるウォルキンの寄子は戦場で武勲を立て貴族の地位にまで出世した叩き上げが多く武闘派ばかりである。

 法律上成人しており暫定的ながらウォルキン家を継いだとはいえ、未だ十五の若者であるヨシュアに丁寧な態度で接する大人達の光景はレオにとっては違和感が大きい。

 だが違和感を抱いているのはレオだけのようで、彼らは打ち合わせを続ける。


「こっちの砦に来ている単独戦力はどうしている?」


 兵の配置の確認を行なっている途中でヨシュアが近くの臣下に聞く。この砦には三人の英雄がいるはずなのだが、会議の場にはその姿がなかったからだ。


「アリス・ナルシタは夜の哨戒のために仮眠を取っています。テレッサ・ベルベルトは城壁の魔法防御の点検中、ローは物見櫓から敵の牽制を続けています。呼んできましょうか?」


「いや、いい。いるのなら問題ない」


 話が続けられる中、ヨシュアの後ろに立っていたレオは聞き覚えのある名前に反応する。炎のギフトを持つ女性騎士のアリスとはルファムとの戦争が始まってしまってから会っていない。テレッサというのは学院を出発する前に城の中で出会った魔術師だったはずだ。最後の一人、ローという人物については知らない。少なくとも英雄の一人に数えられているのだから戦闘能力的な意味で普通ではないのだろう。

 どんな人物なのか、レオは会議様子を尻目に想像して時間を潰す。


「一通り把握した。では、次にだが…………」


 一区切りついたという空気が流れるのも一瞬、空気が張り詰めた。緊張した感じではあるが負の面ではなく何かを期待し、それで騒ぐのを我慢尻目にているかのような落ち着きのなさがあった。

 不信に思ったレオが斜め後ろの位置からヨシュアを見る。同級生の頰が僅かに釣りあがって不敵な笑みを浮かんでいた。


「飛行船を落とす作戦についてだ」


 



 会議が終了した後、遅い夕食を食べるために食堂へと向かっていたレオとヨシュア。その気になれば食事を部屋に持って来させることも出来たヨシュアだが、そんな事で人手を割きたくなかった彼は他の兵士達が利用する食堂を利用しようとしていた。

 レオはそれについて行く、というか元より砦の食堂を利用するつもりだったので一緒に歩いている。


「ジョージとかサリアが俺のことおかしいとかよく言うだろ?」


 突然、レオが口を開く。会議からここまで喋ることはなかった彼の真面目な声に、ヨシュアは本当のことだろと言い返しそうになるのを堪えて相槌を打つ。


「お前の家と比べればマシだと思うんだ」


「後方に送り返すぞ」


「だっておかしいだろ。何でそんな準備万端なんだよ」


「ここはウォルキン家が代々守ってきた土地だ。ルファムに侵攻された時などを考えての仕掛けはその積み重ねの分だけある」


「限度も仕掛けておくべきだったな」


 会議の後半で行われたのはルファム帝国が所有する飛行船をどうやって落とすかだった。

 ヨシュア含めウォルキン家傘下の騎士達にとって陸上戦艦など動く要塞程度の認識でしかなく--要塞が動く時点で驚異なのを正しく認識しつつ陸の上にあるならどうにでも出来ると確信を持っていた--一番厄介な飛行船を落とすつもりなのだ。

 それは正しい。制空権の有無は戦略の初心者であるレオも簡単に想像ができる。肝心なのはどうやってそれを成すのかだが、その内容は後ろから聞いていたレオが--こいつらは馬鹿だ、と思うのに十分だった。

 ウォルキン家は真面目な武人系貴族というイメージを描いていたレオはヨシュアの家系とそれに付き従う騎士達を脳筋だと評価を改めた。

 しつこく言い訳をするヨシュアの言を聞き流しながらレオは食堂のドアを開ける。

 広い食堂の中では交代で休憩に入った兵士たちが疎らに食事を取っていた。蝋燭の小さな灯りだけの食堂は暗いが、スープの良い匂いが漂い食器の音があちこちで聞こえてそんな暗い部屋の様子よりも食欲の方が自己主張している。


「腹減った……」


 食のスパイスには場の雰囲気もあるのだとレオは思った。ただ聞いていただけの会議ではあったが、それでも疲れたようだった。


「隅の方に座ろう。俺達は目立つからな」


「学院でもそうだったよな。……あれは」


 学院の食堂でもそんな理由で隅の席を確保していたのを思い出しながら座るのに良い場所を探すと、ちょうど良い場所が先に取られていた。

 だが、知った顔が座っていた。

 アリス・ナルシタだ。ギフト保持者で一時期レオ達に訓練を行った女性騎士が食事をしていた。向かいの席では大柄な男が空になった皿を塔のように積み重ねてなおパンやら肉やらを大量に食べていた。


「アリスさん、どうも」


 知り合いがいるのなら無視する訳にもいかない。エアポケットみたいに周囲に二人以外のいないその場所にレオは声をかけながら近づく。


「ああ、話には聞いていたけど本当に来たのか。ヨシュアは立場上仕方ないにしても君も来ちゃったか」


 呆れと諦めの混じった複雑な表情をアリスは浮かべた。


「何かまずかったですか?」


「まずいと言うかなんと言うか。戦力としては頼りになるよ。ただ、学生なんだからもう少しゆっくりしててもいいんだぞ。こんな最前線まで来ることはないのに。何よりもあの子が心配だ。大丈夫? 来てたりしてない?」


「あー……はい、取り敢えず今の所は」


 アリスの一番の心配はどうやらラジェルにあったらしい。同じように追って来てるのではないかと不安に思ってしまう身からしてレオは苦笑いで答えた。


「それで、そちらの方は?」


 話題転換の意も兼ねてレオはアリスの向かいに座る男に視線を向ける。レオとアリスの会話中、ずっと食べ続けていた男は手を止めると笑みを浮かべる。

 大柄で決して人相が良いとは言えない男だったが、その笑みは案外人懐っこいものだった。


「俺の名前はロー。一応は英雄の一人に数えられている男だ。よろしくなドラゴンスレイヤーのお二人さん」


 砦で出される食事は意外にも美味いものであった。薄く切った肉に野菜を包んで食べていたレオは続いて千切ったパンを口の中に放り込むとスープを水のように一気飲みする。


「もう少し味わって食え」


「いや、いつ始まるのか分からないし食い貯めておこうかなと」


「そうそう。食える時には食っておかないとな。いざ戦となった時に腹減って動けませんじゃあ話にならない」


「私はこれから夜警だから程々でいいかな。あんまり食べすぎると眠くなっちゃうし」


 食堂の一角にてレオとヨシュア、アリスとローの四人が座っていた。どうせならと一緒に食事しているのだ。


「その歳でドラゴンスレイヤーとは大したもんだ。最近の若者は逞しいな」


 英雄の一人であるローは騎士の格好をしているが態度は気さくで上流階級らしさがない。もしかすると平民から騎士階級へと上がった人物なのかもしれない。英雄と呼ばれる人物ならば珍しいことではなかった。


「しかしまあ、なんだ。大変なギフトを持ってるそうじゃないか。おかげで作戦に使える訳だが、そんな厄介なもの持ってたら大変だろ」


「強い者との巡り合わせが多くあるってだけで、必ずとも敵対する訳じゃないんで……ん? 作戦?」


 レオは気になる単語を口にしてからその意味を考え、ヨシュアへと振り向く。


「初めから承諾していただろ。嘘は言っていない」


 ふてぶてしく言い放つヨシュアは開き直ったかのように平然としていた。


「そうなんだが……この様子だと他にも何か隠して仕込んでるだろ」


「………………」


「なんか答えろよ。まあ、別にいいんだけど」


「我が家は堅実が売りだが無茶振りする場合は無駄死にだけはさせないから安心しろ」


「すまん。黙っててくれ」


「ハッハッハ、仲が良いな。馬鹿を言い合える戦友とは良いものだ」


 レオとヨシュアのやり取りが面白かったらしくローは快活に笑う。


「なに、安心してくれ。俺の矢が届く範囲なら守ってやれるから気負うな」


「ちなみにその射程は?」


「だいたいここと奴さんの中間辺り?」


 少なくともキロ単位らしかった。


「前より射程伸びた?」


「弦を新しくした。マンティコアの尾と火吹き牛の尾を使った奴。あとはもうちょっとしなる素材があればなぁ」


 どうやらまだまだ伸び代があるらしい。話からするとローは弓を得意としているようだが、その射程は明らかにおかしい。

 炎のギフトを操る女性騎士のアリスに弓を使うロー。規模はともかく二人の英雄のバランスは良いようだ。


「そういえばもう一人英雄クラスの人がいるとか。ほら、王宮魔術師の…………」


「テレッサ・ベルデルトの事だな。彼女ならウロウロした後、私と入れ替わりに部屋に戻ったぞ。寝溜めするとか言って」


「あれ、そういえばなんで先に来てるんだ?」


 王城にいた女魔術師を思い出してレオは首を傾げた。レオとヨシュアは早々に街を出発し、道中戦いながらとは言え急いでここまで移動してきた。

 そんなレオ達よりも早く到着していたとなると、一度も休まず行く先々で駿馬に乗り換えながら移動するしか方法がない。

 レオの疑問にアリスが説明する。


「テレッサは転移魔法が得意だからね。一人でポンポン跳んでくよ」


「一人だけなんですか?」


「物資の搬送とかにも使ってるよ。ただ量によっては凄い疲れるらしいけど。それと人間も何十人運べるらしいよ。安全を度外視すれば」


「度外視…………」


「私は転移魔法が使えないからよく知らないけど、生物を転移させるのは凄く難しいらしいね。反転していたり体が斜めにズレたままくっ付いていたりとか」

「グロい…………」


 とか言いつつその程度で食事の手を止める者はここにはいなかった。


「だから人の場合は構成情報を完璧に把握している自分しか出来ないみたいだね。まあ、それを利用して敵を攻撃したりは出来るらしいけど」


「あー、それなら別の魔術師がやってるの見た事ある。体が半分になるのは良い方で挽肉みたいになってたのもあるな」


「ちなみに、お二人は敵に転移魔術の使い手がいたらどうします?」


「魔法使われる前に斬る」


「狙撃」


 思いつきからの好奇心でレオが聞くと思った以上の物理的な手段だった。


「魔法を先に使われたら?」


「魔力の流れを読んで対象の空間から逃げるかな。あとは〈赫炎〉で空間ごと燃やす」


「俺は魔法が苦手だから魔力を察知して対処はできないな。ギフトも持ってないし。だから空間の歪みを肌で察知して避ける程度の面白みのない方法だな」


 聞こえていたらしい食堂にいた騎士達が首を横に振った。


「〈耀光〉があるから可能、か……」


「空間の歪みならワンチャン?」


 今度は諦めた表情を騎士達は浮かべて黙ったまま食事を続ける。


「……この微妙な空気、何だか久しぶりだ」

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