第47話 「Gの群れが相手か」
ウォルキンの屋敷で一泊した後、ヨシュアは近くで移動中だった砦の交代要員と合流し砦へ向かって移動を開始した。ヨシュアの護衛であるレオもそれに続いている。
「ブェックション!」
馬で走り続けているとレオがいきなり豪快なくしゃみをした。
「移すなよ?」
「風邪じゃない。なんか急にくしゃみが……誰か噂でもしてんのかな?」
斜め前で馬を走らせるヨシュアの迷惑そうな視線を流しながらレオは鼻を鳴らす。
「サリアか、王女か、ラジェルか」
「ラジェル以外ろくなのがいない」
「下手すれば不敬罪だぞ、まったく」
最後のまったくという言葉はレオに掛かっているのか話題に出た前者二人に掛かっているのか悩んだが、深く追求しないでおこうと思ったレオであった。
「そういえばラジェルだが、彼女はわざわざお前を追いかけて学院に来たそうだな。まさかまた……」
「流石にそれはないって……ないよな?」
「聞いているのは俺なんだが」
「ちょっと不安になってきたんだけど。なあ、傭兵の募集とかやってたよな? まさかそこに紛れ込んでたりとかって……」
「分かった分かった。こっちで調べておく。彼女は目立つからすぐに分かるだろう」
「すまないな。でも一番怖いのが俺の斜め上をいきそうなところなんだよな」
頭痛を堪えるようにレオは額に手を当てた。学院に来たのもそうだがギフト保持者のアリスと知り合っていたり、ガルバトス将軍を前にして動いていたりなど予想外の行動をラジェルは取る。
ヨシュアもそれに同意なのか渋い顔をした。
「まあ、そうだな……どうなるかは起きてみなきゃ分からないな」
「案外もう近くにいたりして」
思いつきで口から出た言葉だが、レオとヨシュアは揃って沈黙した。
「お、おーっ、砦が見えて来たな!」
そしてレオは無理矢理話題を変えてこの話をなかったことにした。ヨシュアも異論はないのか流れに乗る。
「三つの砦の真ん中に位置する二の砦だ」
特に名前が付けられていない砦は北から一、二、三と数字が割り振られているだけであった。
「ここもそうだな。鳥が沢山飛んでる」
ウォルキン家の屋敷で見た多数の鳥の群れが飛んでいたが、この砦もまたその倍の数は空を飛んでいた。
「見えない飛行船対策だ。探知魔法にかからない、見えないとなればああやって鳥を飛ばして異常がないか警戒しているんだ」
国境にあった砦が破られた原因は見えない飛行船からの奇襲にあった。肉眼でも見えず魔法による感知も出し抜くステルス性は厄介で、鳥を飛ばし煙を伸ばすことで物理的な変化を見極めるしかなかった。それでも何もしないよりはマシな程度ではあったが。
「飛行船がいまどこを飛んでいるのかも分からない。空には警戒していろ。獣並の本能のお前なら何か気付けるかもしれないしな」
「それ褒めてんのか?」
ヨシュアは無視して砦の門へと馬の足を速めた。
砦に到着したレオは馬から降りるとそのままヨシュアの後ろについて行った。寡兵や傭兵ではなくヨシュアの護衛としてついて来ているレオは騎士同然の扱いを受けており、馬も従士と思われる男がさっさと連れて行ったし、道も言わずに開けてくれる。
ドラゴンスレイヤーという実績があるからこそヨシュアの護衛におさまっている訳だが、レオはこそばゆさを感じる。
「早く慣れろよ」
「庶民十五年、農家の息子十五年だぞ。染み付いたもんは中々治んねえよ。それよりどこ向かってるんだ?」
馬から降りた後は砦の中を進み、城壁の内側の階段をヨシュアは上がっていた。レオはそれについて行っているだけである。
「一度、この目で見ておきたくてな」
戦場のことだろう。レオ達が入った門はクルナ王国側、ルファム帝国が攻め寄せているのとは反対方向だった。
広い砦の中、誰の案内もなくヨシュアは迷いのない足取りで先を進み城壁の内側に設置された階段に足をかける。
現代の地球では急で危ない石造りの階段もこの世界に生まれ変わり馴染んだ二人には地面を歩くのと変わらない。
城壁の上まで移動したレオ達は思わず驚きで目を見張る。
砦の前には平野が広がっているのだが、その平野の向こうに黒塗りの戦艦が二隻も存在していた。陸を走る巨大な鋼鉄の船は魔導具で見た画像とは比べものにならない迫力を持ち、距離が離れた場所からでも見る者に畏怖を与えている。
それが二隻、平野を挟んだ向こうにあった。戦艦の周囲では黒い絨毯が広がっているように見えるが、それはルファム帝国の軍勢や彼らの天幕だ。全てが黒で統一されている鎧や服、天幕に使われている布が黒く大地を塗り潰しているのだった。
「映画みたいだな。CGだったりしない? 普通に気持ち悪いからそっちの方が助かるんだけど?」
「紛れもなく現実だ。良かったな斬り放題だ」
「何事にも限度があるんだよな。昔見たゴキブリのすがあんな――」
「止めろ……止めろ」
レオが待ち出そうとしていた例えにヨシュアは言葉を繰り返しそれを止める。それでも想像してしまったのか顔色が青ざめていた。
「あれが俺達の敵だ」
気をとり直したヨシュアがルファムの軍勢を指差す。
「Gの群れが相手か」
「本当に止めろ。俺にジョージのノリを求めるな」
「いけると思ったんだけどな。冗談はともかく、これからどうするんだ? 防戦一方?」
「暫くはな。他二つの砦があるこの土地なら早々に陥落はしない。向こうは砦を攻めるだけでなく、他の砦からの援軍による挟み撃ちを警戒しなければならないからな。三つの砦を同時に襲うという手段もあるが、その為に戦力を分散しようものなら逆に蹂躙できる」
「反撃の機会を待つのか?」
「いや、そうなると向こうから何か仕掛けて来るだろう。国境を越えた勢いでそのまま士気が高い内にここを突破したい筈だ」
「あんな戦艦があるしな」
「確かにアレは面倒だが無敵じゃない。それ以上に厄介なのはいるがな」
「飛行船か」
レオが後ろに振り向く。砦の各所から細長い煙が変わらず空に向かって昇っており、鳥達が翼を広げ空を飛んでいる。
「……前世の世界だと、あれってどうやって倒したんだ?」
「対空砲や戦闘機だろ。生憎、こっちには大砲はあってもそんな高い場所まで狙いとなると難しい。なら後は戦闘機並の英雄達に任せるしかないんだが……」
「向こうも分かってるから英雄クラスを出して来るよな。……あのマッチョな爺さん、出て来るかな?」
「ガルバトス将軍なら既に目撃情報がある。今はどこにいるかは分からないがな。だが、どうせ向こうの二隻の内、どちらかだろう」
「どうして分かるんだ?」
「お前がいるからだ」
「あー……」
レオのギフトを考えれば帝国最強の武人であると名高いガルバトスが来ているのは当然であった。
「一応言っておくが、見つけても必要ないなら挑むなよ」
「勝つ見込みが一切ないのに喧嘩吹っかけたりしないって。状況によるけど」
「必要があるなら良い。それに、英雄の相手は英雄に任せるのが一番だ」
「誰か来てるのか?」
「……三人。この砦には三人の英雄がいる」
◆
「こっちは三人だ」
ルファム帝国最強の武人ガルバトス・ガンベルングは地図の上に駒を動かした。
現在最前線となっている平野の地図の上には三つの砦があり、その向かい側には自軍の駒が置かれている。駒の種類としては単純な軍団を示す物と地上戦艦、それと英雄個人の駒である。
中央の砦の向かいには三つの英雄の駒が置かれていた。
「やや過剰なのでは? 中央には戦艦が二隻もあるのですよ。国境の城砦程に規模の大きなものではありません」
異論を唱えたのはルファムの将の一人だ。他にも帝国の将が席に着いている。
「中央に位置するこの砦が厄介なのは承知していますが、だからと言ってこちらに戦力を集中させてしまえば今度は左右の砦から挟み撃ちにされます。飛行船がこちらにある時点で戦力が偏っている」
今回の作戦会議以前に誰がどの砦を担当して攻略するか事前に決まっていた。今話し合われているのは英雄、準英雄クラスの者達の配置だ。
一騎当千を言葉通りにしてしまう彼らのフットワークは軽く、戦艦や兵士を動かすよりもずっと簡単で目立たない。中には馬が走るよりも早く移動できるような者までいる。
相手の戦力を確認した上での再配置がしやすい彼らは戦場に着いてから配置が決められることが多い。
「そうだな。だが、前回ので多くの兵が逃げ帰り集まっている。ウォルキンの兵は精強で粘り強く、一度負けた程度では挫けない。それどころか……前当主の敵討ちにやる気を見せるだろうな。飛行船も既に知られているから決定打にならん」
「しかし、高所からの奇襲は分かっていたところで対処のしようがありません。煙や鳥を使って警戒しているようですが、そもそも向こうの攻撃はこちらに届かない。慢心するつもりはありませんが、向こうの英雄を抑えられるだけの人員があれば妨害可能です」
将の言うこともあります正しかった。飛行船の高度にまで攻撃が届く手段が少ない。大砲の弾は届かず、魔法もそこまで届いたとしても減衰して威力が足りない。出来るとすれば攻撃に特化した大魔術師と言える英雄かギフト保持者だけだ。
それにクルナ王国の三つの砦の性質上、一つ落としただけでは逆に不利となってしまう。折角奪ったところで他二つから攻められては堪ったものではないし、無視して進軍しても背後から攻撃される。そっrに敵に奪われた場合の罠が仕掛けられているのがかつて国境が砦の所までだった時代の記録から分かっている。
それ故に三つをほぼ同時に陥さねばならない面倒な拠点であった。
「分かっている。だがな、こちらが飛行船を作ったキッカケは何だ? 向こうにも同じ物か対抗できる物がないとは限らん」
そう言ってガルバトスは壁沿いに置かれた椅子に座る白いローブの若者に視線を向ける。釣られて他の将達の視線も彼に集まった。
異世界の記憶を持つギフト保持者、コディアズ。飛行船は未来を高い精度で予測するギフトを持つ彼のアイディアから作られた物だった。
「はっきり言うと分かりません。クルナ王国に同等以上の技術力があれば可能性はあるでしょうが……そもそも僕はそんな乗り物があると言っただけで実際に作ったのは帝国の技術者達です。そんな事を聞かれても困ります」
「そうか。なら予知について聞こうか。前の報告との差異は現状あるか?」
「前回と何も変わりありませんが、戦が始まれば大きく動きその都度の修正が間に合わなくなる。戦争という不確定情報が多く何が起こるか分からない特殊な状況を逐一予測するのは難しいです。けれど大局を知る事はできます。今回の場合、ガルバトス将軍の言う通り、三人ほどで当たるべきでしょう」
コディアズの発言に将達が疑いの混じった視線を注ぐ。皆口には出さないがコディアズのギフトが外れたことを知っていた。半端な予知など逆に混乱させるだけだと不満を抱いているのだ。同時にギフトを持っているとはいえ飛行船開発の功績も得た彼への嫉妬も混じっていた。
「……元々戦は水物。ギフトとはいえ全てを把握はできん。だが大きな参考になるのは間違いない。今回の砦攻略には、儂も出るぞ」
会議室全体の隅まで帝国最強たる老将軍の静かな声が届いた。有無を言わさぬその声に、今度は誰も反論しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます