第45話 「ブラック企業……」
「気付いたんだが、俺って護衛とか集団行動に向かないよな」
「そんな分かりきった事に今更言われてもな」
草原の上でボヤくレオにヨシュアは呆れたように言った。
レオが戦争に参加するとヨシュアに頼んだ翌朝には二人は王都を離れ戦場を目指して馬上の人となっていた。
それはレオとヨシュアだけでなく、暫定的に若くしてウォルキン辺境伯を継いだヨシュアの護衛として迎えに来ていた騎士と兵士合わせて数十名もいた。
彼らはウォルキン辺境伯領の軍に所属する者達で、砦での敗北にもめげずに自分達の職務を全うするためにろくな休みもなく領地から王都へとヨシュアを迎えに行った忠誠心高い騎士達でもある。
そんな騎士達が魔物の死体が転がる草原で剣に付着した血糊を布で拭き取りながら雑談ずる少年二人に若干ながら引きしていた。
戦う者として逞しく頼りになるのだが、襲ってきた魔物の群れを何でもないようにほぼ二人だけで殲滅するの彼らでもちょっとおかしいと思うほどだ。
「俺のギフトは強い敵との遭遇だからこのまま一緒にいたらやばいよな。皆で旅行に行った時とは違って戦争中なんだし」
「寧ろそのギフトを利用して敵を迎え打っている訳だから構わん。撒き餌みたいなものだ」
「……自棄になってないよな?」
「自棄になっていたらまずお前を囮にしてその間に帝国に攻め入っていただろうな」
王都から馬を飛ばして数日、彼らの道中は決して穏やかなものではなかった。戦時中、それも前線へ向かう最中なので穏やかも何も初めからそんなものなかったが、それにしては厄介ごとに連続して遭遇する頻度が多い。寧ろ向こうから引き寄せられているような数だ。
特に酷かったのは道中の宿屋で泊まった時だ。そこには偶々クルナに潜伏し情報を集めるルファムの密偵達が行商人を装って泊まっており、怪しいので軽く探りを入れたことと向こうがウォルキン家のヨシュアの存在に気付いて功を焦ったのが重なって戦闘となった。
このような偶然の連続、何か作為的なものを感じるほどだが、それは半分は正解だ。これはレオのギフト、強者を引きつける運命干渉系の能力のせいだ。
これのおかげでトラブルは絶えない。そもそも強者の基準が曖昧だ。単純に肉体スペックなのか魔法的要素なのか、レオよりも強いのかそれとも一般人よりも強いのか。それすらも不明なのだ。
「休憩は終わりだ。先を急ぐぞ」
魔物達を斬って血が付いてしまった武具を拭き、水分補給を終えたレオはヨシュアの指示の下、騎士達と同じように馬上の人となる。その際、レオは鎧のズレを馬上で直す。
「慣れないか?」
「まあな」
レオは普段着の上から鎖帷子と鎧を着込んでいた。ウォルキン家からの借り物だ。レオは暫定当主であるヨシュアの護衛ということになっている。レオとしては口利き程度で本来は軍の一歩兵として参加するつもりだったのだが、ドラゴンスレイヤーをそんな扱いにできないという話になりヨシュア直属の護衛になったのだ。
若く戦争という特殊な状況下での相続とは云え当主は当主。そんなヨシュアの護衛が見窄らしい格好をしては多方から舐められると、レオは慣れない鎧を着る羽目となった。
レオも革鎧程度は着たことはあるが鉄の鎧を全身に装着したことはない。着慣れない金属の鎧は頑丈そうで安心できる反面、重く動き辛い。
「余り物だからな。向こうに着けば鍛冶屋もいるから、それまで我慢しろ」
馬の手綱を引き、ヨシュアは馬の向きを変えて駆け出した。鎧の違和感を無視してレオもそれ続き馬を走らせる。
戦場となったウォルキン領まではもう間も無くであった。
その日の夜は野営することとなったレオ達は手頃な石を机と椅子代わりにして地図を広げていた。その周囲では兵達がテントの設営と食事の準備、周囲への警戒と忙しく動き回っている。
彼らの忙しさを横にヨシュアは地図を指差しながらレオにこれからの予定について説明していた。
「明日の昼前には屋敷に到着できる。そこでは戦況が取りまとめられているから、そこで最新の情報を入手してから砦に向かう」
言葉を一旦止めたタイミングで兵の一人がヨシュアに食事を手渡す。乾燥させた野菜や肉がたっぷりと入ったスープで香ばしい匂いが反対側に座るレオの鼻に届いた。美味そうだなと思っているとレオにも同じ物が手渡される。
礼を言い、スープを味わいながらもレオは地図に視線を落とす。
現在、クルナとルファムの戦争はルファム側が先制を制した。国境の砦が攻略されてからは兵達は後方の砦へと散らばっていった。
ルファム帝国との戦争は今回が初めてではなく過去に国境でもあった砦が現在でも使われており、各所の砦でルファムを迎撃する構えを見せている。
「問題は敵の戦艦だ。あれは陸上を走る。その上動かなくとも砦代わりにして兵達を休ませることができる。動く戦略地点など想像以上に厄介だ」
「授業で拠点の重要さは習ったけど、こうして見るとチートだのなんだの騒ぎたくなるな。ところで陸上戦艦ってどうやってここまで来たんだ? 山ばっかりだろ」
レオはスープを片手に地図に描かれた国境、ルファム寄りの場所を指差す。国境に砦が一つだけしかなかったのはそこを境にルファム側には山岳が広がっているからだ。軍隊など集団での移動や物資の移動に使える道は一つだけであり、そこさえ封じてしまえば守れるような立地だったのだ。
地図を見る限りでは魔具で見たルファムの戦艦のサイズを思い出してみれば、あれほど巨大な物体が山の間を通れるようには見えなかった」
「道を掘り進めながら移動してきたらしい」
「掘り進……ドリル?」
レオの頭の中ではロボットアニメさながらの巨大ドリルを装着した戦艦のイメージが浮かび上がっていた。
「違う。魔獣の類を使ったようだ。通れるとはルファムには魔獣を自由に操るギフト保持者がいるようで、魔獣を使った二十四時間休みなしで戦艦が通れる道を作りながら進軍してきた」
「ブラック企業……」
「ルファムは魔導戦艦に魔獣の群れ、飛行船と戦力を整えた上で戦争を仕掛けている」
発言をスルーされたがレオも大した意図はなかったのでそのままヨシュアの言葉に耳を傾ける」
「それにどう対抗するつもりだ?」
「簡単なのがあいつらの拠点である戦艦を奪取するか破壊だな。ルファムは土壌が良くない。だからこそ周囲に戦争を仕掛け食料を奪い、手にした財宝で輸入していた国だ。継戦能力に乏しい以上、長期戦になればこっちが有利になる。それにファーン共和国から既に軍艦が出発しルファムの港に向かっている。二面作戦を長期に渡って続けられるほどルファムは豊かじゃない」
ヨシュアが手頃な石をいくつか拾い上げて地図の上に駒代わりとして乗せていく。
「クルナの戦略として防衛をこの三つの砦に絞った。国境がもっとこっち側にあった時代に鉄壁の防衛線となった場所だ」
「応援に行きやすいな」
学院で軍略をかじった程度のレオでも分かるほどに理想的な立地で三つの砦が存在している。どれかが攻撃を受けても救援に駆け付けやすく、素通りされても背後を簡単に襲える。ここを突破する敵としては同時に三箇所、最低でも二箇所を占領でもしなければならない。
「…………なあ、ここの間の町や村はどうするんだ?」
地図を見下ろしたまま、レオは攻略された砦と防衛戦を築いている三つの砦の間の空間を指でなぞる。
広野が広がっている場所で、広い土地があった。ここに人が住む場所がないとは思えない。
「既に避難させている。持てるだけの財産を持って、持ちきれない分は燃やさせた。再利用されても困るから家も一緒にな」
「それは……」
戦争では必要なことだろう。だが、辺境の村に住むレオにしてみると難色を見せる話だった。
村一つ作るにしても人と金、安定させる時間。土地に恵まれても獣害や野盗からの襲撃など簡単ではない。故郷であるハルトゥーン村を作った祖父母の代から苦労話をよく聞かされた。森から冬眠明けの熊が下りてきたので鍬で倒したり、作物が上手く育たないから山で狩猟ばかりしていたとか、領主の嫌がらせがウザかったので獣や野盗を追い回して領主の方へと追いやるなどなど。
とにかく大変だったと愚痴っぽくもあり自慢のようにも彼らは語った。
「お前が言いたいこともわかる。だがこっちはルファムと隣接する土地柄、こういった方法は作った時点で視野に入れていた。住民達も納得の上で住んでいた」
「あ、ああ、そうなのか。……悪い」
「気にするな。補填はするが、彼らの努力をなかったことにしている事に変わりないからな」
ヨシュアは言い終えると残ったスープを一気に飲み干した。
明日にはウォルキン家に到着。そこから更に進めば戦争の最前線だ。
レオはなんとなしにその方角に顔を向ける。当然、既に太陽が沈んだ夜の帳に覆われた平原だけが広がって何も見えはしない。
「…………方位磁石もなく星も見えないのにどうして方角がわかるんだ?」
兵の一人が不思議そうに首を傾げた。
◆
クルナ王都の学院、その敷地内に建築された貴族用の学生寮最上階に王族と公爵家の血筋の少女が向かい合っている。貴人に挟まれてテーブルの上には二人分の紅茶と中央には段になった菓子置きの皿があった。
紅茶も菓子も片方からはよく食べよく飲むのが目で見て分かりやすいが、もう片方は逆に殆ど手付かずだった。
「男どもときたら、何も言わずに行ったわね」
「殿方というのはそういうものでしょう。自分が戦うべき戦場を見つければ必要な物だけ手にとって駆けつける。ジョージさんも自分のやるべきことを見定めたでしょう」
「あれは親の手伝いで駆り出されているだけでしょう」
何も言い残すことなく黙って学院を休学して戦争へ出発した領地はレオとヨシュア。ヨシュアは行方不明の父に代わりウォルキン家の兵を指揮する為だと分かるのだが、レオについては徴兵もされていないのに自分から戦争に行く理由がよく分からない。
分からないが、行くであろうなという確信が二人にあった。
ジョージもまた二人が消えた翌日に実家から仕事を手伝えと雑な便りが来たので休学し、学院にはいない。
「男の勝手な行動見ると演歌を歌いたくなるわ。コブシを効かせるって、恨みを込めたってことかも知れないわ」
「エンカ?」
演歌を愛する人達が怒りそうなサリアの言葉だが、残念ながらこの世界にそれを知る者はおらずエリザベートは首を傾げるだけだった。
「イジる連中がいないと退屈ね」
「追い掛けたいのだけど、流石に今回は自重しなければならないわ」
「当たり前でしょう、王女様」
「そうですね、公爵令嬢様」
どちらも身分の高い少女達。人質にも使え、処刑することで兵の士気を挫くなど敵にとっては多くの利用価値がある二人である。特にエリザベートエリザベートはファーン共和国で襲われたのがまだ記憶に新しい。本人はともかく、周りが黙っておらず、コンダルタの地に行く時も一悶着があった程だ。
今は戦時中、流石に自重してこのように益のない話をして時間を潰すしか彼女らにはすることがなかった。学業も多くの生徒が休学状態では授業などやれず、人気のなくなった静かな学院はまるで王都から切り離された世界のようであった。
「でも、あの子は違うわ。きっとその内、追いかけて行くわね」
「そうかしら? 学院にまで追いかけるのと違って戦争しにレオ様達は行っているのよ。足を引っ張りかねないことをする程浅慮とは思えないわ」
「そうよねぇ。今日はその辺りを煽って--根掘り葉掘り聞いてみようかしら」
「悪趣味よ」
話しているとドアがノックされてエリザベートお付きの侍女であるメリーベルが顔を出す。彼女は紅茶や菓子の用意をすると、平民でありながら王女と公爵令嬢のお茶会に頻繁に出席するラジェルを呼びに退席していたのだ。
ここ数日の間、学院の実質的な休校で僅かに慌ただしくなり親からも寮ではなく家に戻ってはと催促されていたサリアとエリザベートは漸く時間が出来たのでレオがいなくなり寂しがっているであろうラジェルを誘いお茶を飲もうとしていた。
戻って来たメリーベルに二人は振り向く。けれども呼んだ筈の人物の姿がない。
「ラジェルさんはどうしたの?」
エリザベートが自分の侍女に疑問を投げかける。何か手が離せない用事があって遅れるか来れないにしてもそれをすぐに伝えないメリーベルではない。何より、気のせいか彼女の顔色が若干悪いような気がした。
「申し訳ありません……ラジェル様は、休学届けを出して王都を離れたようです。どうやらレオ様とヨシュア様が行かれた翌日には既に……」
気まずそうにするメリーベルの報告に二人は一瞬だけ唖然として、すぐに対照的な反応を見せた。
「甘く見てた……」
「行動力あり過ぎ」
エリザベートはラジェルの無茶を心配してか恋敵に先を越されたことへの悔しさか判別のしにくい溜息を吐き、サリアはケラケラと笑うのだった。
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