第44話 「ある意味人徳だな」
地球における飛行船とは航空機の一種で、空気より軽い気体を気嚢に入れて浮かせる仕組みによって空を飛ぶ。乱暴な言い方をすれば巨大な風船に推進力となる動力を搭載し、梶を取る尾翼を取り付けた物だ。
その歴史は地球の十九世紀後半にまで遡り、第一次世界大戦にも軍用の開発が行われ戦場に投入された。レーダーの発展やより高速で飛ぶ戦闘機、長距離ミサイルなど科学の発展によって戦争には使われなくなったが、民間の間では広告用に使われたり、その積載量から物資の輸送にも期待できる。
地球ではそんな経緯を辿った飛行船が異世界で戦場に投入された。それだけでも驚きなのに、クルナ王国の大将軍の口から聞かされた話にレオ達は唖然とする。
「消えるって。こんな巨大なものが? ステルス的な?」
「地球でも無理なのに素人アイディアでできるわけがない」
「魔法との併用しか考えられないな」
「魔法ねぇ。魔法ならどうして国一番の魔術師様が遅れを取ったのかしら。相手がそれ以上の魔術師か、それとも宮廷魔術師ってそんなものなの?」
サリアの挑発的な言葉を受けた宮廷魔術師であるテレッサは僅かに呻きながらも反論はしなかった。
「そう彼女を責めるな。彼女に落ち度はない。敵の方が狡猾だったのだ」
「戦争で狡猾な方が勝つのは当たり前でしょう。私、言葉の揚げ足取るわよ。言葉尻捕まえるわよ。そんなオブラートに包むのはいいから、はっきり答えなさいよ大将軍。二度の失敗をしない為に私達を呼んだんでしょうが。包み隠さず、何があったか話しなさい」
軍部を統括する地位にあり本人も侯爵位を持つダリウスに意見できる立場の人間は宮廷魔術師のテレッサぐらいだが、サリアは容赦なく問いただす。
サリアも公爵という王族の親戚筋にあたり第二王子の婚約者という立場にあるのだが、それが無くとも踏ん反り返ってそうなのが彼女である。慣れない者が見れば困惑するか逆に憤るかだが、ダリウスはよく慣れているらしく暴言にも聞こえる部分を聞き流して質問に答える。
「よかろう。本来はそう簡単に吹聴するものではないが、ギフト保持者である以上に異世界からの転生者である君達は決して無関係とは言えないからな」
ダリウスの発言は、今回の戦争に同じ転生者が関わっていると言っているようなものだった。思い出されるのコンダルタの地で遭遇した他の転生者だ。
同年代のギフト保持者となればそれはもう地球で共に死亡したクラスメイトだと考えても良い。ファーン共和国ではレオ達がドラゴンを狩って食うなどというインパクトを与えたが仲良く交流できた。
だが、ルファム帝国側の転生者とは国同士の争いもあって敵対した。実際にヨシュアは戦いを挑まれ、危うく見えない心理的な罠に嵌まりかけた。
「ヨシュアには結果だけを話して先に飛行船見て貰ったが、何が起きたか順に話そう」
クルナとルファムの国境にある砦で行われた戦について淡々と語られた。
砦で指揮を取っていたヨシュアの父、ノート・ウォルキン辺境伯は密偵から既に多数の兵を運べ大砲を幾つも搭載した魔導船の存在を知っていた。動く要塞とも言えるそれに対抗するため、砦前に爆薬を仕込んだり突入制圧部隊を潜めさせたりなどして準備を怠っていなかった。王都からも俗に英雄と呼ばれる戦士達も呼び集めていた。その中にはレオ達の共通の知り合いとしてアリスに、今この場にいるテレッサがいた。
ノートは未知の兵器を前に一歩も引かず、魔導船の一隻も沈め、英雄には英雄をぶつけ砦を見事な指揮で守っていた。
そのまま拮抗状態が続き、時間が経てば防衛側のクルナが有利かと思われたその時、何もない空から砲弾の雨が砦に降り注いだ。
転移魔法で砲弾でも使われかと思われたが、そんな大規模な魔法を見逃す筈がない。一体何が起きたのか、それを確認する為に皆が空を見上げたその時、空に何の前触れもなく巨大な飛行船が砦の上空に現れた。
太陽の光を遮り、巨大な影を落とす昆虫の繭にも見えるそれからいくつもの影が落ちてきた。砲弾--にしては大きな鉄の塊。鋼の棺桶だった。落下してくる棺桶は途中で糸に繋がれた布を傘のように広げて空気を受け止め、落ちる速度を落とす。そうして着地と言うには荒々しく砦内部の各所に墜落した棺桶だが、蓋が勝手に開けられ中からルファム帝国の兵が現れたのだった。
突如現れた巨大な飛行物体から次々と放たれる砲弾と兵。いくら堅牢な砦と言えど正面から魔導船数隻を相手しながら真上からの攻撃に対応できず、ノート・ウォルキンは砦の放棄を決めた。だが、その指示を最後にノートは結局行方不明となってしなった。
「ウォルキン卿の早い判断のおかげで多くの兵士は生きて帰ったが、ノート・ウォルキンとローレンス・ホギンズが生死不明となってしまった」
戦の経緯をそれで締め括ったダリウスは小さく息を吐く。表には出さないが、辺境伯と英雄の一人が生死も不明な状態に参っているようだった。
「ヨシュアには父のことを知らせるついでに話に出た飛行船についても聞いてみたのだが……異世界固有の技術ではなかったか」
「少なくともそんな技術の知識は俺らにはありませんね。魔法じゃないんですか?」
レオが思ったことをそのまま口に出したが、テレッサが目だけ動かして睨んできた。いや、元の目付きが悪いだけで睨んでいる訳ではないのかもしれないが、元より愛想がないせいかただ見られただけでも随分と迫力を感じる。
「あれほど大きな物体を隠すなら魔力の気配は決して隠せない。魔力や術式の問題など色々と前提を無視して転移してきたとしても、予兆ぐらいは感じ取れる。でも、それがなかった」
巨大な物ほど隠蔽が難しいのは魔法も同じだ。何より隠す対象は空を移動している。それだけのことが出来るのなら軍団全てを隠し砦に取り付かせた方が効率が良さそうなものだ。
「異世界の能力ではなく、魔術でもない。となればやはりギフトか。ルファムのギフト保持者は把握していたが……」
そこでダリウスはレオ達四人に目を向けた。
「この飛行船同様に転生者の仕業ですか」
ギフト保持者は強力な能力を持っている。その為、自国や他国のギフト保持者の存在には常に気が配られている。
ギフトは魔力によって起動する。だが、あくまで燃料として魔力を消費しているだけであって魔法とは異なる理によって様々な効果を発揮している。
例えばヨシュアの〈耀光〉やアリスの〈赫炎〉は僅かな魔力で大きな破壊力を持っているが、同量の魔力ではそれと同等の威力を魔法では決して破壊できない。サリアの〈創成〉も再現は不可能に近く、効果は目に見えないがレオの運命干渉系はまさしく神の領域だ。
「情報提供、感謝する。もう戻ってくれて構わん。ああ、ヨシュア・ウォルキンは残ってくれ」
ダリウスも予測はしていたのだろう。今回の呼び出しはギフトか異世界の技術かの可能性を潰す為の確認作業だったに過ぎない。わざわざ将軍が自ら聞いたのは公爵家のサリアがいたからか。
言われるまま、レオ達はヨシュアを残して退室し、乗ってきた馬車の所まで歩いていく。その途中で、ジョージが先程の話に出てきた見えない飛行船に頭を悩ませていた。
「ギフトを使って飛行船を隠す、か。透明にする能力か?」
「そんな事よりも素人知識を聞いて実際に飛行船を作ってしまった数奇っぷりと、それを戦場に投入する思いっきりの良いルファムに受けるんだけど」
「途中から静かだと思ったらそんな事考えてたのか!?」
「それに棺桶で降下作戦とか……提案した奴は何を考えていたのかしら。正気に戻った時、何を思うのかしらね。それとも成功して有頂天になるのか。どっちにしろ……プッ」
「笑いのツボが分からん。あと、前者だったら敵でもやめてやれよ」
ジョージが笑いを堪えてるサリアに呆れた視線を送る。
「愉快なものを見れば私だって笑うわよ。例えば壁ドスとか」
「やめろ」
記憶の奥底に押し込んで思い出さないようにしていた忌まわしい過去を思い出してレオの顔が歪む。本気で嫌がっていた。
「お前が愉快だとどこかで誰かが不幸なんだろうな」
「蜜の味ってだけにね」
表情が分かりにくい鉄面皮の顔に自信満々かつ偉そうなサリアにレオとジョージは半目になるだけでそれ以上何も言わない。
ラザニクト公爵家の不幸の結晶のような娘と騒ぐ間にレオ達は乗ってきた馬車の前にまで到着していた。
「先に帰ってろ。俺はヨシュアにちょっと話があるから」
サリアとジョージが馬車に乗り込む中、レオは一人だけ乗らずにその場に留まる。
「男同士で密談? やらしいわね」
「なんでだよ」
明らかに訝しむサリアの視線を遮るようにレオは馬車のドアを力強く外から閉め、馬車の側面を叩く。途中、サリアが暴れるかと思いきや馬車は何事もなく走り去っていった。
銃声一つ鳴らなかったのが逆に不気味だと感じながらもそれを頭の隅に追いやってレオはヨシュアが戻ってくるのを待つのだった。
数時間後、手持ち無沙汰だったレオが素振りをしているとヨシュアが戻ってきた。日は傾き、空が赤焼けに染まりつつあった。
「何をやっているんだお前は?」
「暇だったからつい……。ところで今更だけど、何で剣取り上げられなかったんだ?」
「ある意味人徳だな。ドラゴンスレイヤーのお前はもう騎士扱いと同然だ。そんな見るからにドラゴンの素材で作った武器を持ってたら尚更だ」
レオの腰に下げられた剣は見る者が見れば業物の逸品だとすぐに分かる。その上でそれを持つのがドラゴンを殺した最近話題になった少年ならば剣の元が何か察せられる。
要はドラゴンの死骸を振り回す危ない奴には誰も近づきたくないのだった。表向きは名誉として讃えられてはいるが、騎士の訓練を受けていない村人Aがドラゴンスレイヤーになんてなれば不気味に思われても仕方がない。
勿論、悪い見方だけでなく、次期英雄候補として見られているからという期待する者もいた。
「よくよく考えたら転生者でギフト持ちっていう訳分からん人間なのか、俺って」
「今更だな。それでどうした? 何か用があるから残ってたんじゃないのか?」
「そうそう。ヨシュアは前線に出るんだよな?」
「ああ。父は行方不明だから長男の俺がその仕事を引き継ぐ。実質、俺がウォルキンの領主だ。少なくともウチの領地の兵は俺が出て纏めなければならない」
「貴族の義務ってやつか? 親父さんの安否が不明なのに大変だな」
「モタモタしていればそれだけ出遅れるからな。それを言うために残っていたのか?」
「いいや。それなら軍の編成の権限あるよな? 兵士の募集とかやってるか? 単刀直入にぶっちゃけるとコネで入れてくれ」
「そういう可能性もあると考えていたが、いくら何でも率直過ぎるだろ。まあいい。けれどいいのか? 徴兵が行われても学院の生徒なら免除されるぞ」
「俺は農家の長男だけど、畑は弟に譲って兵士か傭兵にでもなって稼ごうと思ってたからな」
学院に来た時から将来の目的についてレオに変化はない。小さい頃に憧れた剣の道。得た技術で仕事をし生活できるのならそれで十分であり、戦争が終わり平和な時代が続くと思われながらもルファム帝国と再び戦争状態になった今、自分を売り込むチャンスでもあった。
「それに向こうの転生者に目を付けられてるだろ? それに俺も混ぜろ」
遊びに混ぜろと言わんばかりの気軽さでレオは言った。そのいつもと変わらぬ態度と言動にヨシュアは呆れたような目になった。
「お前には直接関係ないだろ?」
「お前が死んだら次は俺だし、順番待ちするよりは二人で撃退する方が楽だろ?」
「お前、ジョージが言ったこと否定できないぞ。まあ、こっちとしても肉盾があると便利だ」
「お前も人の事言えないからな?」
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