第43話「チクショウ、剣キチがッ! お前の家に親兄弟の誕生日と結婚記念日にプレゼント送ってやろうか!?」
――ウォルキン辺境伯領の陥落。
その報を受けた王都は揺れた。長年、ルファム帝国からの脅威を守ってきた辺境伯の軍が負けたのだ。民達の動揺は計り知れない。戦争を直接体験したことのない世代は不安に駆られ、経験者達は憂いを帯びた顔で帝国のある方角の空を見上げた。
噂はレオ達のいる学院にまで届き、騒然となった。戦争を前にした妙な緊迫感が堰を切り、憶測と不安が飛び交い、実家や親戚と慌てて連絡を取る者がいる。
そんな生徒達の中で、レオ達は食堂の端で無為に時間を潰していた。午後の授業が全て自習となり、教室に残っていても仕方ないと集まっているのだ。
いるのはレオ、ラジェル、サリア、エリザベート、メリーベル、ジョージの六人だ。
「どうなるんだろうな?」
「さあな? 少なくとも、学校は休むんじゃないか?」
ジョージが気怠そうに答えた。
ヨシュアは朝から姿を見せていない。当たり前だ。ウォルキン領は実家で、ヨシュアは次期当主になる立場だ。噂が流れる朝よりも早くその知らせを受けているはずだ。
「当主が戦死したから相続の手続きでもしてるんじゃない?」
「サリア!」
不謹慎なサリアの発言にラジェルが声を上げる。
「そうは言っても、死んだ可能性は考えるべきでしょう。何かあらかじめその可能性考えて学院に残っていたみたいだし」
「でも……」
「そうと決まった訳でもないわ。事実確認の為に城に行ったのでしょう」
エリザベートが宥めながらメリーベルに視線を向ける。
「情報が錯綜としていて詳しい事は分かりませんが、どうやら不利を悟った辺境伯は早い段階で砦を破棄する指示を出していたようです。無事に逃げ延びている可能性が高いです」
ウォルキン辺境伯領と王都までの距離は遠い。早馬を使った伝令でも現場との情報の時差は数日の開きがある。
「こういう時、電話とかネットがないのは不便ね。魔法とかで通信とか出来ないの?」
「あっ、それ俺やってみようと試したことあった。魔法にも通信関係はあるにはあるんだけど……結論で言うなら、電話が出来るぐらいに科学技術が発達するのと通信魔法がそのレベルまで達するのはどっこいどっこいって感じ」
「商売に利用しようとしたのか? なんか、お前見てると戦争と商売って変わらんのな」
「待て! 誤解を招くようなこと言うな!」
「別に悪いとは言ってないだろ」
「イメージ! イメージが大切なんだよ! 俺から言わせれば悪徳商人とか三流だから!」
「悪徳商人を三流って言ってる時点でそれ以上におぞましい何かなんだよな」
「チクショウ、剣キチがッ! お前の家に親兄弟の誕生日と結婚記念日にプレゼント送ってやろうか!?」
「遠回しで胡乱な脅しは止めろ!」
ヨシュアの事や暗い空気を忘れるような騒ぎをレオとジョージが起こす。そんな時、忘れられかけていた当の本人が食堂に顔を出す。
「元日本人、城に来い。外出許可は取ってある。すぐに校門前にまで集まれ」
それだけを言って、ヨシュアは踵を返して去って行ってしまった。その張り詰めた空気を纏ったヨシュアの言動に偶々食堂にいた他の生徒達は戦争への憶測をより活性化させる。
騒がしくなった食堂で、前世の記憶を持った少年少女達はお互いに顔を見合わせるのだった。
言われたまま学院の正門前へと移動したレオとジョージ、サリアの三人は先に着いていたヨシュアに騎士団所有の馬車に乗せられて王城へと道を進んでいた。
指名されていないラジェルとエリザベートはヨシュアの雰囲気もあってついて行く訳にもいかず、それを見送った。
馬車の中、堂々と真ん中に座って肩幅のある男子を物理的に肩身狭くさせるサリアが向かい側に座るヨシュアを睨む。いや、目付きが悪いので睨んでいるように見えているだけだった。
「レオ、席交換して」
「嫌だ」
ヨシュアの隣に座ったレオは窓際に体重を預けるジョージに同情するものの、はっきりと断った。
「ところで、どうして俺達が王城に? ルファム側の転生者が何かしたのか?」
「はっきりと聞くわねー」
そう言うサリアの顔は不敵な笑みを浮かべていた。だが、続けてレオの口から出た言葉にジョージのみならずサリアの顔が固まる。
「あっ、親父さんは無事なのか」
「分からんが、国境の防衛を任された者としてその覚悟もある。勿論、俺もな」
「そうか……」
あっさりと答えたヨシュアにレオは納得したように頷きを返す。
「いやいや、お前な……」
「こいつがこう言うなら、俺らが無駄に気しても逆に悪くないか?」
「言いたい事は分からなくもないんだけどな」
「あらやだ、頭まで剣で出来ちゃって切れ味鋭くなってるわ。このまま行けば人として終わりね」
サリアの言葉を無視して、ヨシュアは城からの呼び出しについて説明を始める。
「俺達が呼ばれたのはルファムが地球の物としか思えないのを戦場に投入して来たかららしい。俺も戦況を確認するために城にある騎士団の詰所に行った時に聞かれただけだから詳しい事は分からない」
「地球の知識でチートってやつ? でも、そんなの専門知識がないと無駄だし、勝手の違うこの世界で都合良くそんな事出来るとは思えないわね」
「そうだな。俺も幾つか出来ないかと思って試したけど、概念を一から説明して実際に作って動かせる段階まで持っていくのに凄い苦労する。何よりも出来たからって役に立つ程の性能がないっていうのが、もうね……」
「知識チートの失敗って痛いわね。でもあんた娯楽商品で稼いでるでしょう。あと衣服。学院でも来期には体操服が導入されるそうよ。ブルマよブルマ」
「マジで!?」
話が脱線するサリアとジョージを向かい側の席でレオとヨシュアが半目で見る。
「もう着く。馬鹿話もそこまでにしてくれ」
王城まで然程距離がある訳ではなく、短い時間で馬車は巨大な門を抜けて王城の中へと入っていった。
勲章授与式の時に一度来てはいるが、広い王城の中はやはり珍しくレオはみっともなく見えない程度に視線を彷徨わせる。
式の時とは違う通路を歩いているが、どこを進んでも王の城に相応しい豪華さだ。レオにとっては高そうという感想しか抱けないが、値段を決めれないほどの芸術品が数多く飾られている。
だが、豪華絢爛な城内は張り詰めた空気が漂っていた。学院で感じたもの以上に張り詰めた空気を感じるのは、通路の途中で目撃するのが文官や女官よりも顔を固くした騎士達の姿の方が多いからだ。
警備兵ではない騎士達はレオ達の存在に目もくれず早足で通り過ぎて行く。
「この辺りはあまり来たことないわね」
「軍部の施設があるからな」
公爵家として親戚の家に遊びに行く感覚で何度も王城に遊び(王子を虐め)に来たことのあるサリアでも通ったことのない軍関係のエリアへとヨシュアを先頭にレオ達は歩いていく。実のところサリアの言葉足らずで、真実はサリアが武器の置いてある倉庫などに近寄らせたくない城一同の相違によって遠ざけられていただけなのだが。
奥に進むにつれて騎士や伝令の者しかいなくなる長く複雑な通路を進んだ先、警備の兵が左右に立っているドアの前でヨシュアが立ち止まる。ノックして返事を聞いてドアを開けた。
そこは軍議を行う場所なのか大きなテーブルが中央に置かれ、その上には大陸の地図や幾つもの駒があった。
「ダリウス将軍、他の転生者を連れてきました」
部屋の中、一番奥に立って地図を見下ろしていた初老の男が顔を上げた。白くなった髪に同色の髭を持っているが鎧を付けた体は年寄りには思えないほど大柄で背筋も真っ直ぐだ。
初老の将軍とは別にテーブルの横には紺色のローブを付けた女が立っていた。赤茶色の前髪から覗く眼鏡の奥には理知的な切れ長の瞳が橙の色を携え興味深そうに転生者である四人を見ていた。
「来たか。知らぬ者もいろだろうから名乗ろう。私の名はダリウス・ファルテット。王都軍部の最高責任者だ」
「……テレッサ・ベルベット。王宮魔術師」
続けてローブの女が名乗る。
「生真面目老人に隠れ巨乳」
名乗った老人の方に視線を向けながらサリアはレオとジョージに耳打ちする。だが隠す気はないのか声ははっきりとしていてテーブル前の二人の耳にしっかりと聞こえていた。
ダリウスは深々と息を吐き、テレッサは無表情な顔に青筋を浮かべる。
サリアは第二王子の婚約者である公爵令嬢だ。城に出入りしている以上、王城に勤める二人を知っていてもおかしくはないが関係はお世辞に良いと言えないようだ。特に静かな怒りで魔力が漏れているテレッサとは。
「相変わらずだな、サリア嬢。それは兎も角早速で悪いが呼びつけた理由を説明したい。まずはこれを見てくれ」
このままでは戦いとなると察したダリウスが早口で言いながらテーブルの上に手を伸ばして長方形の小さな水晶に触れる。すると水晶から光が放たれて像を作り出す。
「立体映像だ」
この手の映像を立体的に記録する魔法具を初めて見たレオが声を上げた。
物珍しいのは確かなのかそれに誰も指摘せず、映し出された映像に全員の視線が集まる。
それは空に浮かぶ巨大な楕円形の飛行船だった。大砲を備えていのか火線が地上に伸び、悠々と施設を破壊しながら飛んでいる。
その光景にレオ達は目を見開いた。
「これってあれだよな。飛行船。ガスで浮かして飛ぶやつ」
「あるわね。実物見たことないけど」
「どこのどいつだよツェッペリンを伝えたやつ! 確かに航空機と比べれば簡単だけどさあ!」
単純に驚いているレオとサリアの二人とは反対にジョージは頭を抱えて悲鳴のような声を上げた。
「やっぱりジョージは詳しそうだな。俺もこれが飛行船だとはわかったが、詳しい知識はない」
「俺だってそんな詳しくはないぞ」
「ツェペリだがツッパリだが専門家が使いそうな名前出してたでしょうがオタク。ほら、その雑学を活用する時よ」
「ゲ、ゲームとかで知っただけだし……男なら兵器についてちょっと調べるのも、ふ、ふ普通だし! だよなあ!?」
レオとヨシュアに同意を求めるが、二人はごく当たり前に首を横に振った。
「あー、すまんが、これについて知っている事があれば説明をして欲しい。異世界由来の知識で作られた物で間違いないんだな?」
脱線しかけるのをダリウスが元に戻し、映像に映る飛行船を指差す。転生者三人の視線がジョージに集まる。お前が言えということだ。
「ええ、そうです。中に普通の空気よりも軽い気体を入れてそれで浮力を得ているんです」
「細かい設計については何か知っているか?」
「今言った概要程度にしか知らないです。というか、国外の転生者含めて設計できるほどの知識を持った奴はいないはずですよ。ただの学生でしたし」
大まかな仕組みや理屈は分かる。だが、実際に作るとなると専門的な知識が必要になるのは当然でただの学生だった彼らが手に負える代物ではない。残念ながら天才少年と言われるほどの者はいないのだ。
「じゃあ、何であるんだ?」
レオの単純な疑問にジョージは自分が実家の商売で活用しようと地球の品を再現しようと試みた経験から予想を立てる。
「地球の兵器の話を聞いて、そこから魔術師達や技術者達が作ったんじゃないのか? 足りない科学技術は魔法で補ったとか。浮力も推進力も魔法具で幾らでも代用出来るし」
「じゃあ、これってそんな驚くことなのか?」
レオは飛行船の映像に視線を向ける。科学の発展の代わりに魔法による技術が発達した世界で、見た目のインパクトは兎も角空を飛ぶというのは決してあり得ない事ではない。
「発想の違い、とか? 別大陸には船そのものが飛ぶ飛翔船があるけど、こっちの飛行船みたいな巨大な物はなかった筈だ」
「大きければそれだけ兵や物資を運べるからな。収容スペースがゴンドラ部分だけだとしてもかなりの量を運べる筈だ」
ヨシュアも途中で口を挟み、レオ達男三人が意見を述べ合う。その様子をダリウスは興味深そうに聞きながらも口を挟む。
「聞くが、その飛行船とやらには姿を自由自在に消す又は転移する力があるのか?」
「――――え?」
ここにレオ達を連れてきたヨシュアを含め、転生者四人が同時にあり得ない話を聞いて声を上げた。
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