第40話 「ウチの男共はどうしてこう……馬鹿なのか」


 ヨシュアとバルロッサの試合が行われる場所はコンダルタの警備隊が使用している訓練所の広場で行われることになった。武威に関連する神の神殿には似たような施設が存在しているが、ここはどの神殿の勢力にも属さない警備隊の所有地だ。

 多数の神殿勢力が集まるという特殊な土地柄、コンダルタは絶妙なバランスが常に要求される。そんな場所の治安機構となれば所属している隊員達は特定の神を信仰しているのは好ましくないと思われるだろうが、隊員の殆どは神殿の要職に就いていないものの何かしらの神の信者である。

 それでは各勢力の干渉を受けてしまう危険はあるが、それを言ったら既に警備隊は裁きの神アステリオの神殿勢力であった。

 特定の神殿の勢力下にある治安機構と聞くと不安しか感じられないだろうが、そのトップがアステリオ神殿だという事が重要だった。

 彼らはルールを尊重する。特に自ら決めた事や公言し認められた事に関して頑なに守ろうとする。それこそ昔は自ら命を絶つほどに。

 だからこそあ神殿はコンダルタの地の公平な管理者であり続け、しゅういからも認められているのだ。

 そんな彼らの訓練場でヨシュアとバルロッサはそれぞれ木製の剣と盾、木製の大剣を持って向かい合っていた。

「両名とも、準備は良いか?」

 向かい合う二人の中央では仮面の男イステリオスが審判として立として武器は先に渡された魔術などの使禁止。単純に武芸のみを競う事。勝敗はどちらかが降するか戦闘不能になるまで。時間制限として三十分間設け、それで決着が付かなければ引き分けとう取り決めがなされて二人は向かい合っている。

 ヨシュアとバルロッサが無言で小さく頷くと、イステリオスはゆっくりと後ろに下がりながら片手を上げる。

「--始めッ!」

 手が振り下ろされた瞬間、まず最初に動いたのはバルロッサだ。一足の飛び出しでヨシュアとの距離を詰める。滑るように足裏が地面から離れず、大上段の構えた姿勢から木剣を振り下ろす。

 ヨシュアがその一撃を掲げた円形の盾で受け流すと即座に木剣で斬り返す。バルロッサは剣を引き戻しながら身を捻って回避した。

 そのまま後ろへと足を交差させて下がっていく。木剣を構えたまま側面に回り込もうとしてくる。

「剣道か。しかも経験者」

 始まったばかりの戦いを見ている観客の中、レオ達の姿がある。見学者は訓練所で訓練や休憩していた隊員達で、レオ達はヨシュアの付き添いとしてその中に加わっている。

 所属など関係ない個人的な剣の試合となっているが光の陣営と闇の陣営のギフト保持者、それも戦神の信徒となれば自然と応援する相手が決まってくる。

 ヨシュアの後ろ、レオ達を中心に光の陣営の神を信仰する者達、バルロッサ側では闇の陣営の神を信仰する者達とで綺麗に分かれている。

 試合前に外の訓練所ではなく室内にて行い、見学も関係者以外立ち入り禁止にするという提案がイステリオスからあったのだが、バルロッサがそれを拒否。ヨシュアも構わないという返事し、外で行われる事になった。

「ケンドウ?」

「前世の世界の、まあ……剣術の総称? とにかく剣の使い方だ」

 首を傾げるラジェルにレオが曖昧な説明をする。剣道と一言で言っても流派など色々あり、前世において剣道などろくにした事のない以上何となく剣道っぽい動きだなと記憶を探るしかない。だが、今世では剣ばかり振ってきたレオの観察眼から何となくでもこの世界の剣術とは違う動きだとは分かるし、何度か真似した事もある。

「何で経験者って分かるのよ?」

「はっきり言えんが剣道っぽい。それに物真似とは違う積み重ねが見えた」

「普通なら曖昧だって馬鹿にするところだけど、お前がそれを言うと説得力あるわね。特に後半」

「剣道といえば、剣道部員が確かいたなあ」

 ジョージが前世の記憶を探る。レオとサリアは前世ではボッチ気味だったので当てにならない。一番の問題は二人がそれをあまり気にしていない点であるが。

「それよりも、ちゃんと警戒しておきなさい」

「元同級生だろ。もっと興味持ってやろうぜ」

 冷たいサリアの言葉に溜息を吐きながらジョージはヨシュアの戦いではなくその周囲の観客や訓練所周辺の建物に魔眼を向けていた。

「近距離での警戒は私にお任せください」

 エリザベートの傍を離れないメリーベルが万が一の奇襲を警戒する。

「何か見つけたら何でも良いから言いなさい」

「コンダルタで危害を加えるような真似は帝国でも流石にしないと思いますけど、気を付けて見てください」

 公爵令嬢と王女に言われるまま、ジョージは不審な人間がいないか周辺を注意深く観察していく。

「ヨシュアさん、大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。まあ、何かあるならその都度対処すればいい。ややこしい事は頭の良い奴に任せて」

 心配するラジェルを安心させるつもりで言っているのかもしれないが、レオはただ戦士として真剣に二人の戦いを見ていた。


 ヨシュアとバルロッサの勝負は拮抗していた。互いに様子見の段階であり、全力を出していない。それでも下手な剣士とは比べものにならない戦いに、周囲の野次馬達は目を見張っていた。

 ヨシュアは人の身長ほどある大剣を前にして怯まず、盾で受け流していく。少しでも角度とタイミングを間違えれば盾は無事でも衝撃は腕へと伝わってしまう。だがヨシュアは危なげなくそれをこなし、隙を窺い反撃も重ねていく。

 対するバルロッサも自信を持って挑むだけあって強い。大きさゆえに鉄よりも軽い木製と言えど重量もある大剣は取り扱い難しく、威力を発揮させる為には大振りになる。それは威圧感を与えるが同時に隙を見せる。盾を使い相手の隙を突く戦い方をするヨシュアとは相性が悪い筈だ。

 だがバルロッサは大剣のリーチを最大限に生かし、自らの懐に飛び込ませないよう牽制していた。大剣の速度は素早く、何よりも重さに振り回されないのはバルロッサがそれだけの筋力を力量を持っているからだ。結果、一撃でもまともに受ければ弾き飛ばされる牽制攻撃がヨシュアを攻めに転じさせない。

 千日手になりかねない攻防の途中、焦れたのかバルロッサが深く踏み込んできた。踏み込んだ足が一際大きな音を立て、横に大きく大剣を振り回す。今まで一番の速度を持った斬撃。

 木製と言えど速度の乗った一撃を受ければ骨折は免れない攻撃にヨシュアは自ら剣の間合いに入る。

 そして大剣を上から盾で叩き、それを支えに体を浮かして大剣の軌道の上を飛び越える。真下を通り過ぎていく剣風に髪をなびかせながらヨシュアは空中で突きを放った。

 バルロッサは剣を振り回した直後。完全に当たるタイミングだ。そう誰もが思った瞬間、ヨシュアの眼の前では木剣を掌で挟んで止めるバルロッサがいた。

 バルロッサはヨシュアが避けた時点で大剣から手を離し、反射神経に物を言わせてヨシュアの木剣を防いだのだ。放り捨てられた大剣は見物人達の方にまで飛んでいき、幾つか悲鳴は上がったがバルロッサは気にしない。

 ヨシュアが地面に足を着こうとする瞬間に白刃取りで木剣を受け止めたバルロッサが掴んだまま引き寄せる。足場が無かったゆえ、ヨシュアの体は簡単に引っ張られ、バルロッサは引っ張りながら軸足に力を入れて蹴りの姿勢に行こうしていた。

 引きよせる力を逆に利用してヨシュアは支えを得ると、綱を引っ張るような要領で剣を持つ腕の肘を曲げ、滑車のように盾を持つ方の腕を勢いよく伸ばす。

 盾による殴打がバルロッサの顔目掛けて叩き込まれる。だが、バルロッサは手から木剣を離すと首を竦め肩を上げてガードする。そして、その衝撃に逆らわずに後ろへ倒れたかと思うと転がり起きてそこから離れた。

 ヨシュアが地面にようやくまともに足をつけて顔を上げた頃には、バルロッサは大剣を拾い上げていた。

「獣みたいな反射神経だな」

「猿みたいに跳ねる奴に言われたくないね」

「猿以上がこっちにいるからな」

 バルロッサの視線がレオの方に一度だけ向き、不敵に笑う。

「そいつは楽しみだ」

 仕切り直し、両者が再び武器を構え距離を詰める。先に攻撃を仕掛けたのはリーチのあるバルロッサだ。先程の懐に入り込めるようなのと違い隙のない攻撃に、ヨシュアは今度は自分から攻勢を仕掛けてみるかと思いながらバルロッサの一撃を盾で受け流そうとして、矢で射掛けられるのを感じた。

 思わず体を強張らせた結果、半端な構えで大剣を盾で受け止めたヨシュアの体は簡単に横へ吹っ飛ばされる。

 受け損なったヨシュアは盾から伝わる衝撃に歯を食いしばりながら横転してその勢いを利用し起き上がる。鉄鬼将軍と呼ばれるガルバトスと比べれば弱いが、それは比べる相手が間違っている。バルロッサの攻撃は重く、半端な当たりでもヨシュアの体力を大きく削った。

 そしてもう一つ。ヨシュアは自分の体を確認するがどこにも矢など刺さっていない。

 正体は幻覚だ。バルロッサの攻撃が放たれた直後、鋭く濃密な殺気が矢となりヨシュアを狙い撃ちしたのだ。タイミングといい相手といい、明らかにバルロッサ側の仕掛けだろう。

 ヨシュアは追撃を警戒して即座に構える。だが、それはなかった。代わりにバルロッサは振りかぶった姿勢で苦い顔をした。不本意だと言わんばかりだ。

 それで少なくともこれが彼の本意ではないと察せられた。正々堂々の真剣勝負を重んじているのか、それとも自分で決めたルールを守るタイプなのか分からないが殺気の矢は彼の意思ではない。

「……おい、この場合は?」

 動きを止めたバルロッサがイステリオスを見る。

「野次や歓声に集中力を乱されたところで、それは本人の未熟が原因だ」

 その通りではあったが、質が違い過ぎた。本当に公平な裁きの神の信徒にヨシュアは場違いにも笑みを浮かべそうになりながらバルロッサに声をかける。

「安心しろ。二射目はない」


 ◆


 訓練所を見下ろせる丘の上に建てられた礼拝堂の一室に窓から試合の様子を伺う二人の人間がいた。

 一人は白いローブを羽織った少年で望遠鏡を使い訓練所の模擬試合を眺めており、その斜め前には矢を持たず弓だけを持って弦を引く灰色の髪の少女がいた。

「後でバルロッサに怒られるな」

 そう呟いた白いローブの少年の名はコディアズ。ルファム帝国のギフト保持者であった。ギフトの中でも希少な予知関連の能力を持っているのだが、戦争開始直前に面倒な存在が現れた。

「やっぱり、視えないか」

 それは運命干渉系のギフトを持つ王国のギフト保持者だ。自分達と同じ転生者でギフト保持者。だが所属する国は敵対しているという神の悪ふざけが感じられる。

「わざわざこんな所にまで来てそれを確かめる必要なんてあったの?」

 矢を番えぬまま弦を引いた状態で構える少女にコディアズは苦笑を浮かべる。少女はイザベラといい、彼女もまた転生者でギフト保持者だ。

 こちらを見ないまま声をかけてきたイザベラにコディアズは望遠鏡から目を離すと嬉しそうに笑みを浮かべて説明を始める。

「僕の予知は遠い出来事も視る事は出来るけど、可能性があるものを幾つかピックアップしてるだけだ。身近なものほどはっきりと多くのものが見えるようになるから、こうして自分の目で見ておきたかったんだ。多分、このギフトはアカシックレコード的な概念から情報を受信して無意識下で処理を--」

「そういうのいいから。男ってそういうの好きよね。前世での空想が現実になった世界に生まれ変わっても、その手の話は訳が分からない事に変わりないわ」

 イザベラの冷たくも前世の心の傷を抉る言葉にコディアズは項垂れる。

「つまり、何でここに来たのよ?」

 そんな少年の傷心など御構い無しに続きを促される。

「……つまり、あのレオンハルトとかいう男の動きを予知出来ないから、彼の周囲の人間への予知の精度を高めて間接的に動きを予測しようとしているんだ。いくら運命干渉と言えど自在に操ってる訳じゃない。人として生活している以上、周囲の流れに変化を与え、逆に流される事もあるからね」

「長い」

「ふ、ふふっ、そう言ってくるのは識っていたけど、やっぱりこう傷つくね」

「そういうセリフを挟むから中学生っぽいのよ。ウチの男共はどうしてこう……馬鹿なのか」

 イザベラの冷たさにコディアズは膝をつきそうになるが、挫けずに続ける。

「今回、バルロッサが光の神からギフトを受け取った転生者と戦いたがってたから、それを利用させてもらう事にした。勝敗はどうでもいいけど、やはり後々の伏線としてシコリを残して貰いたい」

「それでこんな真似を私にさせてるって訳ね」

 呆れて溜息を吐くイザベラ。彼女は実体の殺気をヨシュアに打つけていた。凝縮された殺気の矢は実害がないと分かっていても体が反応してしまう。一定の実力者以上でないと気付けぬ殺気に気付ける実力が逆に枷となってしまっているのだ。

「小さな事からコツコツと。それに、無駄に終わったとしてもこっちの目的は十分に――」

 言葉を続けようとしてコディアズの予知能力が本人の意思とは無関係に働いた。基本的には自分の意思でギフトを使用できるが、時折意思に関係なく予知が働く。そういった場合、身の危険かコディアズにとって何か重大な事の起こりを示唆する。

 丁度、斜め前方に立つイザベラと予知としても浮かぶ映像がダブる。

 イザベラが、見えない刃によって体を切り裂かれ血を流していた。

「――――ッ!?」

 ほんの一瞬の予知。気付けば視界は元通りになっていてそこには傷一つないイザベラの姿があった。だが、彼女は弓を下ろし、常に変化の乏しい顔に僅かながら苦々しさが感じられた。

 イザベラの視線を追ってコディアズが振り返る。訓練場の兵舎の屋上、ここから見えるヨシュアとバルロッサの試合が行われている場所を守るようにして、レオ・ハルトゥーンが立っていた。

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