第39話 「転生者云々で最初の頃のヨシュアを思い出した」
目の前に現れた男に対しレオ達は警戒を見せる。
大柄だから分かりにくいが顔には幼さがまだ残っており、年齢はレオとそう変わりないように見える。だが、ポケットに手を突っ込んでこちらに向かって歩く無防備な姿に隙は無い。敵意も無いようだが、ギラつく目を持った彼相手には油断はできない。
「さっき、“向こう”って言ったわね。お前、闇の勢力の関係者?」
サリアがいつもと変わらない態度で口を開く。
「こっちにはドラゴンスレイヤーが二匹いるのよ。ヤろうっていうのなら受けて立つわ。さあ、やってしまいなさい!」
「あんたは黙っとれ」
「わざと挑発するなよ」
「匹って…………」
ジョージに後ろへと引き戻されたサリアのおかげか僅かに緊迫した空気が和らぐ。だからなのか、褐色の少年が微苦笑を浮かべていた。
「ハッ、まあ目的はソレだ。探り合い面倒だからまずはっきりしておくぞ。俺はルファム帝国のギフト保持者……お前らと同じ転生者だ」
レオ達が警戒していた存在。それを少年は自らバラした。
「俺の名前はバルロッサ。前世は……あーっと、何だったか? まあ、そんな昔の名前なんてどうでもいいか。そんな事よりも大事な話がある」
「また王女誘拐でも企んでいるのか?」
ヨシュアが一歩前に出る。手はいつでも腰の剣と背中の盾を取り出せるようにしていた。メリーベルも同じで、バルロッサの動きに注意しながらエリザベートを後ろにして守る。
皆が警戒する中でバルロッサは首を横に振った。
「んなのはどうでもいい。用があるのはドラゴンスレイヤーの二人。ヨシュアとレオンハルトだ」
全員の視線が二人に向けられる。ただし、レオに関しては実名を知らないバルロッサを除き微妙な顔をしていたが。
「あのジジイ、人の名前間違えて覚えてやがる」
「ほ、ほら、名前と姓を合わせて読んだりもするから」
「いっそ改名したら? レオ、なんて子猫っぽいし、何よりもお前が可愛くない」
「あら、名前を間違えられて拗ねるのは可愛らしくない?」
「…………で、俺らに何の用だ?」
フォローにもならない少女達の言をレオは無視し、バルロッサに向き直る。
「決まってるだろ。ドラゴンを倒し、鉄鬼将軍にも一目置かれた奴と腕試しがしたい。同じ転生者なら尚更にな」
獰猛な笑みには闘いへの欲求が見て取れた。ギフト保持者、転生者、そして剣。共通する点からライバル視しているのだろう。
「転生者云々で最初の頃のヨシュアを思い出した」
「おいやめろ」
ジョージがヨシュアの過去を掘り返している横で、レオがバルロッサに向け口を開く。
「お前一人だけか?」
引っかかるのは今朝感じた殺意。目の前にいるバルロッサのものではないのは確かだ。ならば無関係か、それとも彼の仲間が発したものか。
「ここにはな。他の連中が何をしていようが俺の知ったことじゃねえ」
どうやら全く無関係ではないようだが、バルロッサの言を信じるならば戦いを申し込んできたのは彼個人の意思のようだった。
どうするか迷うレオが後ろを振り返るとサリアが冷たい視線をバルロッサに向けていた。
「やる気満々なところ悪いけど、こっちにはそれを受けるメリットがないのよ。見て分かる通り貴人を連れての観光中だから、泥臭い事もやってられない」
「ああ、お貴族のご令嬢様が三人。確かにエスコート役が抜けたら大変だもんな。だが知った事かよ」
語尾を強め、バルロッサがレオとヨシュアを睨む。特にヨシュアに対して強い敵意を露わにした。
「こちとらガルバトス将軍の肝入りだ。あの鉄鬼将軍が認めた同世代の奴を放っておくなんて手はねえ。何よりも、影の神モートからギフトを授かった身としては余計にな。なあ、お前はどうよ? 見てたぞ。お前がアール神の神殿から出てくるところを」
影の神モートの名を聞いた途端、警戒のみに気を張っていたヨシュアの気配が攻撃的なものに変わった。それを察知してかバルロッサは笑い声を漏らすと足を前に踏み出し、距離を縮めて来た。
それにいち早く反応し前に出たのがヨシュアで、逆にレオは残りの仲間を守るように後ろに下がる。
ヨシュアとバルロッサが武器の柄へと手を伸ばそうとした瞬間――
「ここでの戦闘行動は禁止されている」
声が聞こえた同時に両者の間に人間がいきなり現れた。音も無く、気配も無く、カメラのフィルムを切り替えたような唐突さでその人物は立っていた。
剣と本、そして天秤のシンボルが刺繍された白と黒の神官服を着ている。顔には仮面を被っており、その素顔分からない。ただ、ゆったりとしたローブである神官服からでも分かる肩幅などの体格や、仮面でややくぐもって聞こえる声から男だと思われる。
「このコンダルタにおいて喧嘩は御法度だ。信仰ゆえに口論に発展し弁を振るう程度なら許されるが、刃を交えるとなればこちらも相応の手段を取る」
静かに告げる男はヨシュアとバルロッサを睨むように仮面を僅かに傾ける。
「来るのが遅い」
仮面の男を見て、サリアが小声で文句を言う。
「知ってるのか?」
レオは前を向いて仮面の男の動向に気を配りながらサリアに確認する。
「法と裁きの神アステリオの神殿騎士、イステリオス・サーヴェンロウよ。多数の勢力がひしめくコンダルタの治安維持と防衛を任されていて、あの男がいるからここは武力での介入は出来ないと言われてる」
「……一人で?」
「噂だと、ここの防衛に関して特化したギフトを与えられてるって話よ。今までコンダルタが侵略されていなほどの力をね」
「ふうん」
レオから見ても仮面の男、イステリオスは隙がない。だが、ガルバトスのような強者特有の威圧感がまったくなかった。一見すると迫力に欠けるという意味では同じギフト保持者であるアリスに似ているが、彼女とは逆に静かで何も見通せない。
「失礼した。つい頭に血が昇ってしまった。この非礼はお詫びします」
警戒を解かないまでも手を下ろしたヨシュアが謝罪の言葉を口にした。だが、バルロッサはまた違った対応を取る。
「おいおい、勘違いしないでくれるか? 別に殺し合いをしようってんじゃない」
あそこまで血気盛んな雰囲気を醸し出していた男は横槍があったにも関わらず、憤る訳でもなく冷静に振舞っていた。
「あっ、嵌められたかも」
ポツリとサリアが漏らす間にもバルロッサの言葉は続く。
「光の神と影の神。共に戦神としての側面がある。信徒としては相手の実力に興味があるんだ。一戦士としても。だからこれは本当の戦闘行為じゃねえ」
「なら、何だと?」
「決闘……と言うほど堅苦しいもんじゃない。ちょっとした模擬戦をしたいだけだ。だから、なあ、戦おうぜ?」
最後の言葉はヨシュアに向けられていた。
「ここにちょうど公平さを売りにして仲介役として多くの停戦を締結してきた神官様もいる。ここは見届け人になって貰い、公平な戦いで決着をつけようじゃねえか」
「貴様、最初からこのつもりだったか」
ヨシュアがバルロッサを苦々しく睨みつける。バルロッサは元よりイステリオスを巻き込んで決闘を仕掛ける算段だったのだ。
ただの殺し合いとなればイステリオスに止められる。だが、正式な決闘となれば彼は止めない。法と裁判の神の神官の役割は契約の仲介。それゆえに見届け人として依頼されれば断る理由がないのだ。
「こう言っているが、そちらはどうする? 両者の合意が無ければ決闘は成立しない」
「それは…………」
イステリオスの問いにヨシュアは黙考する。
普段ならば受けても良かった。一人の戦士として、光の神アールを信仰する者としてライバル関係にある影の神の信奉者と戦うのは吝かではない。
だが、相手はルファム帝国のギフト保持者だ。イステリオスが審判である以上不正行為や死の危険は無いが、もし戦ってヨシュアが負けた場合は向こうを調子づかせる結果になる。
軍に名を轟かせる名将でもなく、未だ学生の身の勝ち負けなど士気に関わる訳がない。問題はないように思える。
だが、容易に受けて良いのかと言えば疑問だ。戦争間近のこの時期、そう易々とギフト保持者と戦っていいものか。
「いいのではないかしら。戦っても」
ヨシュアが悩んでいると不意に、今まで黙っていたエリザベートが口を開いた。
「いえ、戦いなさい。相手が堂々と決闘を申し込んできたのなら、それに応えるのが義務ではない?」
「しかし…………」
「何かを賭けている訳でもなし。プライド、と言うのならそれこそ取り戻す機会はこれから幾らでもあります。そうでしょう、帝国のギフト保持者殿」
後半をヨシュアではばくバルロッサに向けてエリザベートは言った。笑みを浮かべてはいるが、明らかに挑発していた。
「はぁ……分かりました。ウォルキン家の名に恥じぬ戦いを見せましょう」
諦めたようにお決まりの台詞を力なく呟き、挑発されて青筋を浮かべるバルロッサから王女を隠すように前へ出る。
「へっ……上等。コンダルタの守護者様よ、相手はこう言っているぜ」
「了承が得られたと判断する。場所はこちらで用意しよう。ついて来たまえ」
ローブの裾を翻し、イステリオスが歩き始めた。バルロッサがヨシュアを一瞥するとその背を追う。予想外にも他国の転生者と決闘する事になったヨシュアを先頭に、一行もバルロッサとは距離を離して続く。
「良かったのか、あんな提案受け入れて」
歩きながらレオは前を歩くヨシュアと後ろを歩くエリザベートに問いかける。
「避けて通ればしこりが残ると思ったので、背中を押しただけです」
王女の言葉に背中を向けているヨシュアが若干苦い顔を浮かべる。
「身も蓋もない事言えば、買っても負けても関係ないのよ。死ぬ訳じゃあるまいし。まあ、ヨシュアの精神衛生上の変化は起きるかもしれないけど、ぶっちゃけ他人事だし」
「これが我が国の令嬢ですよ。まあ、勝負云々やあのバルロッサって転生者の思惑は兎も角、すっごい見られてるんだけど?」
ジョージは顔を動かさず視線をだけを、仄かに光を宿した瞳で周囲を見る。コンダルタの地についてからは監視の目はあったが、バルロッサとの遭遇から数が増えたのは間違いない。魔眼によってそれを逆に直接見る事が出来るジョージそれに辟易したような顔をする。
「煩わしいでしょうが、我慢しましょう。ここの性質上監視の目を止めることは出来ませんが、お互い危害を加える事は出来ませんから。特に彼の傍にいれば尚更です」
一番後ろを歩くメリーベルが周囲の目を慣れたように無視していた。
「イステリオス……コンダルタの守護者はそれほどか。万が一いなくなったらどうするんだ?」
「イステリオスは称号のようなものだと聞いたわ。前任者が死んでもすぐに次のイステリオスが選ばれるらしいわよ」
「世襲制ってことか」
各神殿勢力が集まる地で永きに渡り平穏を保ち続けてきた存在。今尚その状態を維持しているという力があるならばレオは襲われる心配は本当にないのだと悟る。
であるならば、安全は確保されている以上は次は策謀に警戒しなければならない。
「これが原因でヨシュアの調子が悪くなったらどうするんだ?」
前を歩くヨシュアに聞かれないようぼそりとレオは仲間達に呟く。もし負けてしまった場合、しこりを残す事になってしまう。それを心配しての発言だったが、何故か半目になった視線が集まった。
「一度ならず二度もぶちのめした奴の台詞か?」
「ああ……いや、あの時とは違うだろ……」
「ヨシュアのこと、もっと信じてあげたら?」
「そういうつもりで言った訳じゃないんだが」
学院に入った当初、そんな事もあったなと思い出しながらレオは気まずそうに頭を掻く。同時に、頭の片隅では自分が今朝感じた殺意についても思い出していた。
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