第37話 「わーーっ、ちょっと俺お腹が空いて来ちゃったかなーっ!」


「よく来たわね走狗ども。夏休みを使って悪の帝国との最前線で過ごす休日楽しかったかしら? で、何人斬ってきた?」

「こいつは何を言ってるんだ?」

「夏休みに不良デビューした学生より痛々しいな」

「目がチカチカする」

「これが公爵家とか」

 レオとジョージの目は狂人のソレを見るそのもので、ラジェルはケバい椅子の装飾にまばたきをし、ヨシュアは額に手を当て呻いている。

 ピラミッドの頂上でふんぞり返るサリアは各々の言葉など気にせず椅子の上でふんぞり返っている。

「この突拍子もなさは一体どこから来るのか」

 呆れていると、ロビーの待機スペース(ピラミッドの隣)で優美に紅茶を飲んでいるエリザベートとその後ろに控えるメリーベルをレオは発見する。

「アレ、そちらのお国の公爵令嬢。しかも親戚関係。それで何か思う事は?」

「賑やかなのは素晴らしいと思いませんか? 特に、自分に厄が降りかかっていないなら」

 にっこりと笑みを浮かべられたのでレオは黙っているしかなかった。

「取り敢えずこれ邪魔だから消してくれないか? 王女の目の前で王様ゴッコとかシャレになってないぞ」

 身近なピラミッドの段差を蹴ると硬い音が返って来る。無駄な事に石の強度が完全に再現されていた。

「チッ、ロマンの足りない男ね」

「ロマンかなー?」

 ラジェルが首を傾げる中、サリアは侍らせていた宿の従業員達を下がらせる。彼らの顔にはホッとした表情が浮かんでいた。

 全員が下りたところでサリアはギフトの〈創成〉で作ったピラミッドを消して床に降りる。

 漸く邪魔なピラミッドが消えたことで一同は待機スペースに置かれた椅子にそれぞれ座って一息付く。ここまでの道路よりも先程のやり取りの方が精神的に疲れてしまった。

「改めて、お久しぶりですね皆さん」

 メリーベルがさりげなく紅茶を人数分用意する中、先程の事はなかったようにエリザベートが微笑む。

「結構有意義な休みが取れた」

 レオの言う有意義とはフォルキン領での訓練所とここまでの道中でのローレンスとの模擬戦を指していた。

「それは良かった。ところで、それが新しい剣なのですね?」

 エリザベートは両手を合わせて首と一緒に傾ける。その顔は何か期待するように笑みを浮かべていた。

 嫌な予感しかなかった。

「ま、まあ、ドラゴンの素材で作った新しい剣がこれだ」

 元々は祝福を与える為にここに来たのだ。だから話題として出るのはおかしくはない。それでも嫌な予感は拭えぬままに、だからと言ってとぼける訳にもいかないのでレオは鞘ごと剣を外して見せる。

「これが……剣については詳しくないですけど、素人目ながら美しい剣ですね」

 刀身を見せるとエリザベートがうっとりと艶のある言う。覚えのある色気にレオは無表情で皆を見回す。俯き体を震わせて笑いを堪えるサリア以外、メイドを含めて全員が目を逸らした。

「ここの庭に丁度良い木が……いっそここの壁でも床でも良いので私に――」

「わーーっ、ちょっと俺お腹が空いて来ちゃったかなーっ!」

「食い意地の張った奴だな! 夕食まで待てんのか! だが、そうだな軽食ぐらいは頼むか!」

 ジョージとヨシュアがわざとらしく大声を張り上げる。宿の従業員に王家のスキャンダルを見せる訳にはいかない。既に手遅れな感はあるが、あの痴態よりかはマシだ。王女の話を遮っても越えてはならない一線があるのだ。

「エリザベート様、皆さん旅の疲れが残っているようです。まずは場所を移し、何か軽い物を食べていただきましょう」

「そうね。つい急いてしまったわ。用意してもらいましょう」

 メリーベルもフォローに加わり、エリザベートの調子が元に戻る。

「えー、ここで終わるの? もういっそ突き抜け世間の話題を掻っ攫うべきだと思う」

「駄目だって」

 漸く落ち着いてきたサリアが不満そうに呟き、ラジェルがそれを嗜めた。

「助かった……」

 ポツリと安堵した声を口の中で呟き、自然と強張っていた体から力を抜く。

 彼らはロビーからエリザベートが泊まっている部屋に移動する。何故ならそこが一番広いからだ。その部屋はどうやら貴族の客が家族または集団で泊まれるようになっており、寝室が幾つもある。女性陣はそこに泊まる事になっており、一方男連中はもう少しスケールダウンした部屋となっている。

「修学旅行みたいだな」

「豪華さがダンチだって」

 レオの言葉にジョージは手を振って否定の意を示す。学校行事で高級ホテルに泊まる学生などいないだろう。

 レオ達が集まるテーブルの上には果物の詰め合わせが置かれている。馴染みのある物から初めて見る物がある中、ラジェルが誰かに言われるまでもなく林檎に手を伸ばして一瞬で剥いた。

 何時、何処から出したのか。それとも気付かない所に最初から用意していたのか、まな板と果物ナイフがそこにあり、ラジェルが果物ナイフを林檎の皮に押し当てたかと思うと林檎が高速回転して一瞬で真っ赤な皮がまな板の上に落ちた。続い目にも止まらぬ速さで切り分けていく。

「………………」

「あっ、ごめんなさい。勝手に切ったら駄目よね?」

 皆の視線が集まっている事に気付いたラジェルが慌てる。

「いえ、怒ってはないんだけど、それはメリーベルの役目だから遠慮してあげて」

「私としては鉄面皮メイドが先んじられて所在なさげに伸ばした手をこっそり引っ込めたのが面白かったかたいいけど」

「……雑務については私がやらせて頂きますのでラジェル様もどうぞお寛いでください」

 サリアのからかいを無視して、メリーベルがラジェルに代わって果物を切り分けていく。目にも止まらぬ速度で果汁も飛ばさない鮮やかな手付きだったが、何だか対抗しているように見えるのは気のせいだろうか。

「そういえば、祝福って具体的にどうするんだ?」

 見た目にも気を遣ったフルーツの盛り合わせが配られそれを口にしていると、レオが不意に今回の目的を思い出して聞いた。

「神殿によって形式が違います。中には段階的に強化していく所も。メフィーリア様の神殿では特に作法などないとの事ですが、夜の暗闇から空が白み始める時刻が好ましいとの事です」

 予め調べていたらしいエリザベートが答えた。

 篝火の神と呼ばれるメフィーリアは光と闇の境に存在し両方の属性を持つ神だ。知名度は低く決してメジャーとは言えない神で、何と言っても曖昧な神なので横の繋がりもない。それ故に調べるのも大変だったであろう。

「俺も明日の昼にはアール神に約束を取り付けておかないと」

「皆様が到着された時に、既に連絡をしておきました。明日の昼には受けられる手筈になっております」

 メリーベルが果物ナイフなどを片付けていた手を止めて言った。レオだけでなくヨシュアも光の神の神殿で武器に祝福を受ける予定だったのを見越してだ。宿の手配から何まで、言い出した側である王女とそのメイドが全て行っていたようだ。

「なら、もう明日を待つばかりか」


 ◆


 翌日、日付が代わって数時間。未だ空は暗い時刻にレオは起き出していた。宿の庭に出て体を動かし解し、ドラゴンの剣を軽く振り回す。

「早いね」

 後ろからかけられた声に振り向くとラジェルがいた。寝間着の上にカーディガンを羽織っている。

「農家の朝は早いからこのぐらいはな。逆に商人は駄目だな」

 早起きなど苦ではない。流石に今の時間、男部屋でレオ以外に起きている者はいなかったが、ここまでの道中でヨシュアは早起きなのは知っている。逆に学院でのルームメイトであるジョージは寝坊はしないが寝起きは凄く眠そうにしている。

「この後に来るんだよね?」

 ラジェルの質問にレオは頷きを返す。女神メフィーリアの祝福を剣に与える儀式は夜と朝の境に行われる。レオがこうして庭に出たのは何も素振りをするためではなく、案内人を待っているからだ。

 コンダルタの地は多数の神殿が集まっている。そのため、初めて来る者は道に迷う事が多々あり、ガイドを雇うのが当たり前だ。特にメフィーリア神のような知名度の低い神の神殿は目立つこともなく埋もれている。

 エリザベートが予め手配したガイドをレオは待っているのだ。神殿に向かうのは彼一人だけで、他は宿に残る。信徒でもない者が大人数で押しかけるのも迷惑だからだ。

 肌寒い夜明け前、ラジェルと雑談して時間を潰していると、コンダルタのシンボルマークが入ったランタンを持つガイドの人間が姿を現した。

 こんな時間だというのに嫌な顔一つもしていないのは報酬か職務に真面目なのか。どちらにせよ案内してくれるのであれば問題はない。

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 顔の横で手を振るラジェルに見送られ、レオは出発した。


 コンダルタの地には神殿だけでなく神官の家族が住む家や店など街として機能するに必要な施設が沢山ある。当然、早朝どころか深夜と言える時間に歩いても賑わいなどない。

 静まり返った都市の中、澄み始めた空気に混じって人の気配がした。

「こんな早くから働いている人がいるんですか?」

 前を歩くガイドの男に声を抑えながらレオは聞く。

「神官様達ですね。彼らの朝は早いです。仕えている神にもよりますが、朝の祈りがあるのでその前に掃除など一日の始めの仕事を行うのです」

 勤勉だなと思いながらガイドの後ろをついて歩く。

「――――」

 不意にレオは足を止めて振り返る。建物同士の間、路地からずっと奥にある街並み。なだらかな丘の上に建てられた建物の屋上に人影があった。ジョージの魔眼ならば見えたであろうが山育ちのレオの視力でさえも輪郭しか分からないほど遠くの人影。背は高くなく体も細い。おそらくは女。

 その女の人影は弓を構え放った姿勢を取っているように見えた。見えただけで確証は無い。だが、レオは矢が自分に向けられたのを確かに感じた。

「どうされました?」

 突然立ち止まったレオにガイドが声をかける。

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 レオはそう言って視線を戻すと、ガイドの案内に従って暗い道を進むのだった。


 ◆


 屋根の上、建物の隙間から見える路地からランタンの光が見えなくなったところで少女は弓を下ろした。

 紫の瞳に灰色の髪をショートカットにした少女の弓には矢が番えられておらず、少女は矢を一本も所持していなかった。

 弓を構え、弦を引っ張った。ただそれだけで何の危険もない。ただし、紫の瞳で捉えた対象を射抜く気で弦を離した。

 少女が見ていた少年、レオは存在しない矢に気付いた。

「あれがドラゴンスレイヤー、ね。獣みたい」

 少女はぽつりと呟くと、踵を返して歩き始める。空が白み始めていた。

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