第36話 「………………今からでも遅くないから宿を変えないか?」


 ウォルキン領でレオ達は数日を過ごした。レオは他所の家でも剣を振り続けていたが、そこは敷地内に訓練所を構える辺境伯の土地柄か、寧ろ好意的に受け止められ訓練所の兵士達と模擬戦を行ったりと有意義な時間を得ていた。ヨシュアは一日街の案内をした程度でその後はレオと剣で殴り合っていた。それにドン引きしたジョージはジョージで実家の商会の支部に顔を出し、ラジェルはヨシュアの母であるサラッサ・ウォルキンとお茶などをしていた。

 それぞれ充実した数日を過ごした彼らだが、新しい剣に祝福を与える為に大神殿へと行かなければならなかった。

「それがヨシュアの新しい剣と盾か」

「そうだ。昨日、漸く届いた」

 レオとジョージ、ヨシュアは旅支度を既に整え、ロビーの待合室でヨシュアの武具を見下ろしていた。ヨシュアは倒したドラゴンの頭部から材料を集め、牙で剣を、鱗で盾を作成していた。

「流石はドラゴンだ。魔力の耐性値が違う。これなら前以上に〈耀光〉の力を込める事が出来る」

「おっ、とうとう極太ビームを出すのか」

「ビームではない」

「魔力云々は俺には関係ないな。属性を付与する魔法剣も魔力量の問題で刃先に集めるのがやっとだし」

「お前は、それはそれで収束率がおかしいって気付こう。な?」

 三人組が雑談を交わしていると、旅支度を終えたラジェルが姿を現す。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

「寧ろ早いぐらいだ。馬車も来てないし」

 大神殿への足はウォルキン家が用意してくれる事になっている。ヨシュアも、この地でも可能だが学院へと帰るついでに大神殿で祝福を新しい武具に与えるつもりで付いて来るからそのついでに、だ。それとジョージもまたそれに便乗する腹積もりで、結局は貴族の子息二人が移動するのだがら自然と護衛が付けられる運びになった。

 その護衛と馬車が来るのを現在レオ達は待っていた。

「向こうには既にサリアとエリザが待ってるんだよな? 公爵令嬢と王女のフットワーク軽過ぎないか?」

「あの二人だぞ?」

 ジョージの物言いにレオが嫌な顔をしたその時、外から馬車の音が聞こえた。大神殿まで運んでくれる馬車と護衛達の到着のようだ。

「来たな」

「じゃあ、行くか」

 四人はそれぞれ荷物を担ぎ、屋敷の扉を開ける。予想通り、玄関前には二台の馬車が止まっていた。貴族が乗る黒塗りの一級品だ。馬もそれぞれ六体繋がれており、その先頭にはレオとラジェルが学院から借りた馬がいる。

 馬車の周りには護衛と思われる武装しが戦士達が馬から下りて待機している。統一された装備からしてウォルキン家の騎士団から人員を引っ張ってきたようだ。

「お待たせして申し訳ありません」

 代表らしい騎士が前に出てヨシュアに頭を下げた。茶色の髪に青い瞳を持ち、鎧を纏っているにも関わらず優しげな双眸で、物語に出てくる騎士をそのまま抜き出したような男だった。背中には丸い盾を担ぎ、腰に下げる鞘の形から片刃の剣を持っているようだ。

「まさかお前が来るとは。砦はいいのか?」

「抜かりなく。部下達は優秀です。私が数日いない程度でどうにかなるような者達ではありません」

 見た目は二十代前半の若い騎士だ話からすると部下を持っているようだ。貴族の子息なのかもしれない。それなら若くして部下を持っていてもおかしくない。

「あの騎士はローレンス・ホギンズ。ウォルキン家の寄子の男爵家だ」

 ジョージが小声で騎士の名前を言う。有名な騎士なのかと思っていると、驚くべき事がジョージの口から説明される。

「そしてクルナ王国の英雄の一人に数えられる護国の要だ」

 つまりはアリスと同格。それを聞いたレオの視線がローレンスに向く。ちょうど、話を終えた騎士と目があった。相手の瞳には興味の色が強く出ていた。


 ◆


 ウォルキン家の母子に見送らて馬車を走らせてから数日、レオ達は順調に旅路を進んでいた。ウォルキン領から北に進むとコンダルタの地と呼ばれる平野があり、それぞれの神を崇める神殿が集まる大神殿と呼ばれるその場所こそ目的地であった。

 日が沈む前に街道の側で馬車を止め、野営の準備を進める。手早くそれらを終えた後、ここ数日の日課が行われる。

 街道から距離を離した開けた場所で三人の人間が激しく動き回っていた。

 レオとヨシュア、そしてローレンスだ。三人は二対一での模擬戦を行っており、レオとヨシュアの猛攻をローレンスが見事に捌いていた。

 二人とも新しく手に入れたドラゴンの素材で出来た武器を既に十全に使いこなしており、その動きは以前に増して鋭い。だが、そんな二人を前にして優位に立ち回っているのがローレンスだ。

 戦い方はヨシュアと同じ片手剣に盾を持っての攻防バランスが取れた剣術だが、練度の差があった。

「シッ――」

「フッ――」

 レオとヨシュアが両側から同時に仕掛ける。対するローレンスは右腕と左腕を二つの意思があるかにように同時に、全く違う動きをして見せる。

 右の剣でレオの剣を受け止めてインパクトの瞬間に剣を巻き上げる――と見せかけ下に打ち落としながら即座に切り返し、左の盾でヨシュアの盾を正面から弾いて浮いた瞬間に腕を回して盾で掬い取るように転ばせる。

 ローレンスの剣がレオの首元に、盾の先端がヨシュアの眼前に配置されてようやく三人の動きが止まる。

「……ここまでとしましょう」

 そう言ってローレンスは剣と盾を二人から離して立ち上がる。レオとヨシュアも肩から力を抜く。

「お二人とも素晴らしい技術です。私が口出し出来る部分はありませんね」

「二人がかりだったのに?」

 ローレンスから手を貸してもらいながらヨシュアが起き上がる。

「経験の差です。実際、これ以上となれば殺しかねない。つまり、手加減する余裕がありません」

「経験か。ガルバトスに直撃させても皮膚程度しか切れなかったけど、あれも経験ですかね?」

 レオの質問にローレンスは若干引いていた。

「あれはもう……怪人なので」

 ガルバトスは英雄からしても引くような存在であるらしい。

「皆さーん、ご飯が出来ましたよー!」

 レオ達が休憩したのを見計らったようにラジェルの声が響く。彼女は食事を担当しており、レオ達が剣術をやっている間に全員分の食事を作っていた。

 エプロンを付けた彼女の前には大きな鍋があり、中から湯気と共に食欲をそそられる香りが漂って来る。狩りで手に入れた野生動物の肉と食べられる植物で作ったスープだ。

レオ達が器にスープを入れてもらい、乾燥したパンを受け取ると次は騎士達が我先にと並んで食事を受け取り始める。騎士だからか平静を保とうとしているが、その顔は明らかにデレていた。

「アイドルの握手会みたいだな」

「あー、確かに」

 何だか腰を低くしてラジェルからスープとパンを受け取る騎士達は最初に争いはしたものの順番さえ決まれば礼儀正しく並んでいる。その光景が握手会に酷似していた。

「ラジェルはここ数日で完全に騎士達の胃袋を掴んだな」

「綺麗だし、それ以上にメシウマには勝てなかったよ」

「……家の領地の料理事情を見直した方が良いのかもな」

「家庭的な女性は素晴らしいと思います。結婚をするのならやはりあのような女性と--などと考えてしまうのは仕方ないでしょう。斯く言う私も理想の女性がいた事に感動しております」

 ウォルキン辺境伯に仕える英雄ローレンス・ホギンズが呟いた言葉にジョージとヨシュアは食事の手を止めて彼の方へと振り向く。

 ローレンスは至極真面目な顔をしていた。

「…………ラジェルってモテ過ぎだよな。学院でも貴族の子息らにモテるし、女子貴族寮のお茶会にも何度か呼ばれてるようだし」

「そういえば母もラジェルを気に入っていたようだったな。スレイだって…………」

「何かフェロモンでも出てるのかもしれないな」

「止めろよお前! ある意味シャレにならんぞ!」

 レオの言葉にジョージは大袈裟とも言えるリアクションをする。

「ファーンでもそうだったけど、訳わからんコネを構築しつつある」

 ラジェルの対する認識がどんどんヤバい方向に向かっているのに不安を覚えながらもコンダルタの地へと向かう一行の旅路は順調であった。


 コンダルタの地へは何事もなく到着する事が出来た。

 世界中の神殿が集まるその地は神秘的であると同時に異様であった。規模も様式も、果ては感じる神聖さまでも全てバラバラ。清浄な空気の隣には雨が降っているような水気のある空気がある。

 それなのに混沌としていながら絶妙なバランスを保っている。それが大神殿と言われる場所だった。

「よくもまあ、これだけ集まってるな。喧嘩とか起きないのか?」

「やっぱり起きるらしいが、それはそれで対処しているらしいぜ。少なくとも暴力沙汰は起きないらしいぞ」

 宿の外から見える多数の神殿が集まる丘を見やるレオとジョージ。コンダルタには巡礼者や観光目的、レオのような祝福目的から貴族の参拝など多くの人が集まる。神殿関係者なら信仰する神の神殿に寝泊まりできるだろうが、そうでない場合は当たり前に宿を使う。

 そして、完全中立地帯であるコンダルタの地では敵対国同士の重鎮や兵がかち合わないようにする為、国によって宿泊出来る場所が決まっている。

「それでは私達はこれで」

 荷物を--と言ってもそれぞれ持てる量だが--下ろした騎士達と共にローレンスは別れの挨拶をしに来た。彼ら護衛達はこのままウォルキン領へとって返すようだ。

「ご苦労。だが、一泊して疲れを落とした方が良いんじゃないか?」

 ヨシュアが気を遣うが、ローレンスは首を振る。

「私が長居すると痛くも無い腹を探られかねませんので」

「英雄という立場も考えものだな。分かった。お前に対しては無駄な心配だろうが、道中気を付けろ」

「ありがとうございます。私も皆様のご武運を祈っています。それでは」

 ローレンスはレオ達にも一礼すると、馬に乗り部下達と共に去って行った。

「有名人だとやっぱ目立つのか」

 それを見送ったレオが他人事のように言う。

「ハハッ、ドラゴンスレイヤーが何か言ってら」

「ああ、そういえばそうだった。だからこっち見てる気配は減ってないのか」

 レオは周囲を見回す。姿こそは見えないが見られてるという気配だけは分かった。殺意や悪意がなく、監視しているだけのように感じ、レオはジョージに視線をやる。

「デバガメ以上の意味はないって。土地が土地だけに荒事は無理だけど、だからって無視出来ないだろ?」

 説明するジョージの瞳が淡い光に包まれている。魔眼ならば何となくで気配を察しているレオよりも正確に監視者を捉えているだろう。

「それにコンダルタにはイステリオスがいる。変な真似はさせないだろう」

 会話が聞こえていたらしく、ローレンス達を見送ったヨシュア振り返る。イステリオスって誰だ、とレオが聞きそうになったところでラジェルに袖を引っ張られる。

「裁きの神アステリオス様からギフトを与えられたコンダルタの守護者様の事。イステリオス様がいるから何百年も大神殿はどの国から干渉されずにいるんだって」

「何百年…………」

「喧嘩を売るなよ?」

「人を戦闘狂みたいに言うな。それを言ったらヨシュアもだろ」

「俺はちゃんと弁えている。言っておくが、アリス殿やローレンスのように良くも悪くも気安いのは珍しいからな」

 自分の言われように納得いかないものを感じつつも、これ以上言った所で藪蛇になりそうだったので黙る事にした。

 魔術学院の馬や少ないながらも荷物は宿の従業員達に任せ、四人は宿の中に入る。

 ロビーには小さなピラミッドのような祭壇が設置され、その頂上には馬鹿みたいに無駄な装飾品が散りばめられ孔雀の羽根まで広げたわざとやっているのではないかと思うぐらい頭の悪い椅子があり、その椅子には宿のボーイに団扇を扇がせているクルナ王国公爵家サリア・ラザニクトが座っていた。

「………………今からでも遅くないから宿を変えないか?」

 レオの意見に全員が無言で頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る