第34話 「こいつ訳分からんさが更に増してるな」
実家の家での数日、レオは家の手伝いや下の弟と妹に王都の事を聞かせて面倒を見たり、近所の手伝い、近所の森で調子くれていた熊を斬ってその肉をおすそ分けするなどして過ごした。母と上の妹がラジェルとの仲の進展具合を好奇心に瞳を輝かせながら聞いて来たりもしたが、その辺りは濁した。告られたけど先延ばしにしたと言えば追い出されそうだったからだ。
そして、おおよそ学院に通う前と変わらぬ生活を僅か数日過ごしたレオは馬上の人となって故郷を出発した。
途中、バーン村に寄ってラジェルと合流し、二人はウォルキン領へと馬を駆けさせる。
「家はどうだった?」
移動中、ラジェルが帰省について聞く。
「普段通り」
素っ気ないと言えるレオの返事にラジェルは微苦笑を浮かべるだけで何も言わなかった。
「ああ、そうそう。お前が選んでくれた服は喜んでたぞ」
前にラジェルに妹への贈り物として選んで貰った服の事だ。上の弟によれば手紙など見ず、一目でレオではなくラジェルが選んでくれたのだと看破していた。
「次からはレオが選んで贈ってあげてね」
「俺が選ぶと嫌がらせと変わらないぞ」
「どうしてよ、もう」
互いに帰省した為、家族の話題に関して道中尽きる事はなかった。ラジェルの家の場合は父と兄が落ち着きなく母に叱られていた話や娘の交友関係を知ったその母が倒れたなど、約半年ぶりに家族団欒を楽しんだようだった。
レオの場合は学院に行く前と変わらぬ態度だった為に帰省という感覚は薄く、それこそ前と変わらぬ時間を過ごしたので話したところでつまらないのだが、ラジェルは黙って笑みを浮かべながら聞いていた。
そんな風に雑談しながら日々を過ごし、漸く二人はウォルキン領へと入った。途中で行先が同じ商人の馬車の列に便乗して街道を行く。魔物や盗賊に襲われる事もなく、二人は街に到着する。
そこでは検問が敷かれており、街に入ろうとする者達の身分や荷物を確認していた。
レオとラジェルは馬から降りて検問を受ける列に並ぶ。大きな荷物を運ぶ馬車を検問する場所とは別に分かれた検問所で、荷物の確認が行われる商人の荷馬車と違い身分証の提示と街での目的を聞かれるだけだ。
自分の順番が来るとレオは学院の学生証を検問の兵士に見せる。
「魔術学院の生徒ですか。名前は……レオ・ハルトゥーン?」
レオの学生証を見た兵士が目を見開いた。
「まさか、あのドラゴンスレイヤーの!?」
ドラゴンスレイヤーの、という部分でレオは何故兵士が驚いたのか察すると同時に自分の軽率さを後悔した。
ラジェルの家では彼女の家族のおかげでシャットアウトされ、故郷の村ではレオならやりそうだったという認識からであまり周囲の通常の反応というものに疎かった。
ドラゴンスレイヤーを果たし、王から勲章を授与されたとなればそれは英雄と言っても過言ではない。話題の人となったレオが現れれば騒ぎになるのは当たり前であった。
兵士の言葉が聞こえたらしく、周囲に波紋が広がっていき、レオとその後ろにいたラジェルに視線が集まっていく。そうした中、一人の兵士が人垣を掻き分けながら近づくと声を上げた兵士を怒鳴りつけた。
「この馬鹿ッ! ちゃんと事前に通達した筈だぞ! ――申し訳ない。レオ・ハルトゥーン様にラジェル・バーン様ですね。領主様から話は窺っております」
おそらくこの検問所の中で上位の階級なのだろう。若い兵士を怒鳴りレオ達に振り向いた中年の兵士は部下に野次馬達を追い払わせながら検問所の後ろにある城壁の中へと二人を誘う。
案内された場所は兵士の詰所になっているらしく、何かしらの客の対応をする場所でもあるのか机と椅子しかない部屋にまで案内される。
「部下が申し訳ありませんでした」
部屋の中、外の喧騒が遠い所で立ち止まった兵士がそう言って謝って来る。
「いや、こっちも軽率でした」
レオの方も謝罪をする。このままだと男二人がただ頭を下げ合う光景が続くだけだと分かっているのか、二人は互いに謝罪が終わると切り替える。
「お二人とも、学生証をもう一度拝見させてください。それと紹介状か何かを持っていますか?」
言われ、レオは帰省する前にヨシュアから貰った紹介状を荷物の中から取り出して兵士に渡す。てっきりウォルキン家の屋敷に入る際に見せる物だと思っていたが、どうやら検問所の時点で出すべきだったようだ。
「はい、確認しました。領主様の屋敷には馬車でお送りさせていただきます」
「ありがとうございます」
何だか特別な扱いだが、ここの領主の息子と共にドラゴンスレイヤーとなったのこれが普通なのかもしれない。レオの無用心で検問所が騒ぎになったせいもあるだろうが。
レオとラジェルは城壁の内部の通路から街の中へと入り、兵士の詰所に置かれた馬車の一つに乗り込む。
馬車に揺られ街の中を進んだ先には大きな壁に囲まれた大きな屋敷があった。門と屋敷までの距離が長く敷地の広い場所で、屋敷そのものも大きくはあったが、派手な装飾もなく庶民の想像を下回る程に地味目な屋敷だった。
見窄らしいのではなく、過剰な飾りを排除していき実質剛健を目指したようなそんな建造物だった。
「先に連絡が来た。まったく、お前はもう少し自分の立場を知れ」
馬車が門を通り屋敷の前に停まると、屋敷の中からヨシュアが呆れ顔をしつつ馬車から降りるレオとラジェルを出迎えた。
「すまん。まさかここまでとは思わなかった」
「ごめんなさい」
謝るレオとラジェル。特に原因でもないラジェルが謝るのを見て、ヨシュアは浅く溜息を吐いて二人を屋敷の中へと招き入れた。
ロビーでは侍女が控えており、ホテルのボーイのようにレオとラジェルの荷物を受け取ると客室へと運んでいく。
「こっちだ」
侍女達の背中を見送っていた二人に声をかけてヨシュアがロビー横の通路を進み始める。
「ジョージが昨日の内に到着している。お前の剣を持ってな」
「もう完成したのか」
「詳しいことはジョージから聞け」
魔術学院の貴族寮よりも飾り気のない通路を進んで行き、ヨシュアが一室のドアを開けた。そこはサロンらしく足の低いテーブルにソファ、奥にはピアノ、そして観賞用と思われる鎧や武具が飾ってあった。
「よう、久しぶり」
ソファにはジョージが腰かけており、紅茶を飲んで寛いでいた。
「久しぶり。で、剣は?」
「来て早々それか。まあ、予想できたから用意してあるけど」
急かすレオにジョージはソファの横から布に巻かれた棒状の物を取り出す。その間、レオとラジェルは向かいのソファに座り、ヨシュアはジョージの隣に座る。
「これがそうだ」
布に包まれたそれをジョージから受け取ると、レオは早速布を解いて中の物を取り出す。
まず目に付いたのは柄の部分だ。レオにとって既視感を覚える柄は手で握った時にピッタリと指が収まるような凹凸を持っていた。これは長年愛用し続けて柄が磨り減った剣と同じ形であった。鞘は黒塗りで光沢があり、象牙のような滑らかさを持っていたがよく見てみると鱗状の模様がある。
「ここで抜いてもいいか?」
「構わん。振り回さなければな」
家の人間であるヨシュアの許可を取り、レオは鞘から剣を引き抜く。途中までは片刃で中程から両刃となっている鋼色の刃が姿を見せる。
「柄はドラゴンの骨、鞘は爪の一つを削って鱗を張ったから下手な盾より頑丈だ。刃は特に鋭くて強い後ろ脚の人差し指の爪を材料にしている。研ぎに一番時間かけてたみたいで、一度様子見に行ったら凄い形相で研いでた」
ジョージの解説を聞きながらレオは剣を様々な角度から見ていく。鋭くて鏡のように磨かれた刃が部屋の灯りを反射し、見下ろすレオの目を映しだしている。
「どうだ?」
「気に入った」
「そりゃ良かった。ついでにこれも余った鱗で作ったベルトだ」
レオは剣を鞘に収め、立ち上がるとジョージから受け取ったベルトを巻いて新しい剣を腰に下げる。
「うん……」
微調整を繰り返して満足いく位置にすると、レオはヨシュアに視線を向けた。若干、物欲しそうな目をしているのは気のせいだろうか。
「……試し切りしたいのなら裏に訓練所がある」
レオの考えを読み取ったヨシュアは立ち上がる。わざわざ訓練所まで案内してくれるようだ。
「すまんな」
「訓練所は他の騎士にも開放している。常識の範囲内で使う分には構わん」
「偶に思うんだけど、そんな言い回しを毎度して疲れない?」
さも当たり前のように男三人ヨシュアがジョージに悪態を吐く声が響く中、ラジェルは慌てる事もなくゆっくりとソファから立ち上がる。
「男の子って、武器とか好きよね」
呆れているような微笑ましいような、そんな独り言を漏らしてラジェルは三人の後を追うのだった。
屋敷の裏庭にはヨシュアが入ったように訓練所があった。庭と言うには広すぎる敷地に建つ長方形の建物は特にこれと言ったおかしな点は見つからないにも関わらず、目に見えない威圧感を放っていた。それは建物に近づくにつれて聞こえて来る雄叫びのような声のせいかもしれない。
扉は開きっぱなしで、誰でも簡単に入れるようになっている。訓練所の裏には屋敷の敷地の裏門が目の前にあり、警備の詰所の一つにもなっているようだ。
ヨシュアに連れられレオ達が中に入ってみれば、多くの男達が鍛錬を行っていた。気迫が凄まじく、木剣であろうと当たれば怪我は確実なのに躊躇いもなく相手に振り下ろしている。盾を持っているからと言って、気迫からして引き腰になれば盾ごと地面に叩きつけられてしまうだろう。
「これが前線である辺境の兵士か。凄いな」
訓練の様子にレオは感嘆の声を上げる。国同士の戦が始まれば真っ先に戦禍が襲うのは辺境伯の土地だ防波堤でもある辺境は当然、重要な拠点としてそこを守る兵達も精強でなくてはならない。
「レオとラジェルも辺境出身だろ?」
「辺境は辺境でも大自然がお隣だし。領主の兵も魔獣狩りに慣れてるってだけだからな」
「それに魔獣と戦うのって結局開拓村の狩人か若い人達よね」
「まあ、偶に盗賊の類は出てくるけどな。あいつら、どっから生えて来るんだろうな。斬っても斬っても暫くしたら出て来るんだよな」
「ど、どんな時代でも悪い人はいるから……」
賊の内、何割かは領主からの嫌がらせなのだが、他の貴族がいる手前真実を知っていてもラジェルは黙っていた。ちなみにその賊に偽装した輩をレオが見つけ次第狩っていたので各村の村長に一目置かれる原因でもあったのだが。
「まあ、土地によってそれぞれだろ。それより試し切りだ。今、的を用意する」
ヨシュアは近くにいた兵に命じると藁を何重にも巻いた人形を幾つか持って来させる。他の鍛錬をしている者達の邪魔にならぬように隅に移動し、そこで新しい剣の試し切りを行う事になった。
「もう斬っても良いか?」
「いいぞ」
「そのやり取りだけ抜き出すとヤバイ奴みたいだな」
ジョージを無視してレオは人形に歩いて近寄りながら腰に下げた剣を抜き、流れるような動作で両手で持って振り下ろす。滑らかな淀みのない動きで、力を込めたようには見えない袈裟斬り。だが、人形は簡単に斜めに切り裂かれた。
斬られた箇所から崩れ落ちる人形の上部。レオはそれが完全に落ちきる前に手首を返して剣の向きを変えると二撃目を下から放つ。人形は更に真っ二つとなって床に落ちた。
レオの動きはまだ続いた。振り上げた剣を引き戻し後ろに足を大きく後ろに開き、上半身を捻る。そしてその姿勢から突きが放たれる。
上部が斬られ落ちた人形の残った部分に当たった突きは貫きながら重りごと人形を吹き飛ばす。空気が破裂するような音が轟き、剣が抜け、人形は壁に激しくぶつかった。
「わざとやっただろ。飛ばすなら先に言え」
「悪い。あそこまで飛ぶとは思わなかった」
ヨシュアの苦情に謝りながらレオは人形を回収する。出来そうだなと思って最後の一撃を放った訳だが、その結果人形の剣が突き刺さった部分が弾けていた。
「お前、何?」
人形の損傷を見たジョージが半目でレオを見た。人間そっくりな外宇宙からの使者またはバトル漫画のキャラクターを見ているような視線だった。
「何で途中までは貫通しといて爆発してんだよ!」
「途中から貫くの止めてぶっ飛ばそうと加減を調整したらああなった。破裂したのは流石に俺も驚いた」
「こいつ訳分からんさが更に増してるな」
「え? 強い人ってみんなこうじゃないの? ほら、アリスや前のガルバトスって人みたいな」
「…………」
ジョージはレオに送っていた視線そのもののままラジェルに振り向き、数秒見た後に俯いて顔を覆った。
「そういや、この子も普通じゃなかった」
「ガルバトスに喧嘩を売るぐらいだからな」
ヨシュアもまた呆れ混じりの視線を少女に送る。更には、いつの間にか訓練所にいた兵達が手に止めてレオ達のいる一画を見ており、会話も聞こえていたのか領主の息子に賛同するように若干引いていたのだった。
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