第33話 「必要があったら戦う」
ラジェルを彼女の実家に送り届けたレオはすぐに移動を始めようと思ったが、ラジェルの両親によって引き止められた。夫婦の強い要望に、仕方なくレオはその日は泊まる事にして翌朝に出発する事にした。
仮眠は取っていたとはいえ夜走り続けていたのでラジェルは仮眠を取り、レオは庭を借りて素振りを行った。剣はドラゴンを素材にした武器が完成するまでの代わりという事で渡された剣は両刃で今まで使った物の中で一番重い物だったが、鍛錬にはちょうど良かったかもしれない。
だが、日が昇るにつれて人が増えてきた。近所からレオを一目見ようと集まってきたのだ。ドラゴンスレイヤーとなったレオの事は村の人間全員が知っていたのだ。
流石に見物人が大量にいる中で鍛錬はやってられず、レオは家の中に引きこもった。その後はラジェルの父と母、兄と雑談――誰がどう聞いてもラジェルをアピールしていた――をし、起きてきたラジェルと共に食事をして、村の名士と何故か会って会話した。
「所でレオ殿は今の領主はどう思うね?」
「……よく知らないので何とも。それより近々ルファム帝国との戦争の方が気になりますね」
時折、物騒な話題が差し込まれたりもした。ルファム帝国と戦争状態にもかかわらず領主との確執が出る分、レオの想像以上に根深いのかもしれない。もっとも、帰省を終えた後に前線があるウォルキン領と神殿に行こうとしているレオ達も大概だが。
夜になればラジェルの家族達と共に夕食を取る。娘が帰って来たからか豪勢な食事で酒まで振る舞われた。
後半、やけに酒を勧めてくるラジェルの父と兄。飲み合いのような勝負になった結果二人は酔い潰れ、レオは平気なまま肴の干し肉を齧りながらまだまだ余裕そうだった。
ラジェルの母が夫と息子に冷たい視線を向けたのが印象的であったが、まあ何を企んでいたのか凡その察しはつきながらもレオは酔い潰れて茹で上がったタコのような二人を部屋へと休ませた。夫人は外に投げ捨てれば良いと言っていたが、そうする訳にもいかないだろう。
「ごめんね。二人の相手させちゃって」
酔っ払い二人を運んだレオが居間に戻ると、テーブルの上が片付けられていた。
「片付けはしてくれるって。だからちょっと外で一緒に涼まない?」
「いいぞ。腹ごなしもしたいしな」
「涼もうって言ってるのに、もう」
頬を膨らませるラジェルだが、拒否はしなかった。レオは剣を掴むとラジェルと一緒に外に出る。
夜には流石に野次馬の姿はなかった。村の中でも大きな家に見合った広い庭をベランダから見回したレオは次に空を見上げた。
空気の澄み具合か、それともこの世界の星々は自己主張が激しいのか、前世では見る事の出来ない星の海が広がっていた。
普段は見向きもせずにこの星々の下で生きているのに、ふとこうして見上げると驚かされる。身近なものほど気がつきにくいものだ。
「ヨシュアの所にもついて来る気なんだよな?」
庭を前に、レオは立ち止まってラジェルに振り向く。
「そうよ」
少女は簡潔に、けれどはっきりと答えた。
「正直言って、危ないぞ。俺のスキルで厄介事の遭遇率は上昇する」
「レオが一番危ないじゃない」
「俺は自分で選んだ訳だからいいんだよ。ガルバトスの時みたいに無茶されたら冷や汗ものだ。というか、聞きそびれたがどうしてあんな事したんだ?」
「あれは……ムカついたから?」
「ムカついたからって……」
レオの質問に答えたラジェル自身もよく分かってないのか首を傾げていた。
「あの時は、あのままで良いのかって思ったら勝手に動いちゃったの」
「お前なあ……あんまり直情的に動くなよ」
「レオだってそうでしょう? 無茶ばかりしてる」
「そんなつもりはない」
「周りから見たらそうなの」
周囲からそう思われているのは気付いていた。ただレオからすれば無茶無謀ではなく自分なりに考え、感じての行動なのだが。
「私は止めない。無理に止めるとレオがレオでなくなっちゃいそうだし、そうしてこそのレオだとも思うから。でもやっぱり心配だから、目の届く所にいたいの」
「そうか……ん? あー……何か言いくるめられてるな」
気付けば話が逸れて行っている上に、ラジェルの行動を許容するような流れになっていた。一度頷いてしまった以上に幾らでも解釈が出来てしまう。
それに気づいたラジェルは微笑を浮かべ、咎めるように見てくるレオの視線を受け流す。
「やれやれだな……」
学院で告白された時とはまた違う印象を与えてくるラジェルにレオは溜息を吐くと、剣の素振りを行うために庭に出るのだった。
◆
翌朝、ラジェルとその家族(内二人が二日酔いで頭を抱えたままだった)に見送られてレオは自分の故郷へと向かった。
馬を走らせ、全身に風を浴びる。借りた馬は良馬なようで、レオの思うように動いてくれ、走り続けていても疲れた様子を見せない。
流れるように過ぎていく景色を見ながら、レオはふと馬上で剣を抜いて空を斬る。そういえば、馬に乗りながら剣を振った事はなかった。学院である馬術の授業ではまだ乗り方や走り方だけで、乗りながら武器を使うのは上級生の授業でだ。
想像上の敵を斬りながら馬を走らせていると、向こう側に武装した集団が見えた。二十程の男達で、武装しているが装備に統一性が無かった。
馬を止め、彼らからは死角になる森の中にゆっくりと移動して耳を澄ませる。
「俺様が手に入れた情報だと、ハルトゥーンの黒鬼は王都で冒険者になったので村にはいない!」
リーダー格と思われる大柄な男が他の男達を前に喋っていた。動物の毛皮を体に巻いた厳つい顔の蛮族のような男は喧しい声で続ける。
「これはチャンスだ! 黒鬼のせいで俺達は商売上がったり。多くの仲間も死んだ。だが、苦渋を舐め、泥水を啜って来た俺達にとうとうチャンスが巡って来たのだ!」
ちなみに黒鬼とはこの近隣に生息していた盗賊山賊野盗などなどの犯罪者集団の怨敵として認識されているレオの事だ。レオによって壊滅した彼らの生き残りがアレは鬼だとか何とか言ってそう呼ばれるようになった。
「しかしお頭、黒鬼はドラゴンまで倒しちまったって話ですぜ。そんな化物の村を襲って大丈夫なんですかい?」
子分の一人が不安そうに野蛮人に意見する。それをお頭は鼻で笑う。
「あの小僧は確かに化物だが、人間だ。魔術師でもねえ。視界外にまで逃げちまえばこっちのもんだ。村を滅ぼされたと聞いて悔し涙流すあいつを想像して、奪った金で美味い酒や肉を食ってやるぜ!」
見ながらではなく想像して、という所が彼の小物っぷりを表しているが、逆にそれが今まで生きてこれた理由だろう。
「つう訳で、行くぜ野郎ども! 今日がハルトゥーン村の命日だッ!」
お頭の一声に手下達が武器を掲げながら雄叫びを上げる。同時に馬の蹄の音が混じっていたのも気付かずに。
手下達のやる気に満足したお頭は一つ頷き、村のある方向に振り向こうとして横から来る騎馬と太陽の光を反射する剣を見た。
「ただいまー」
「あっ、兄ちゃんだ!」
「おかえりーっ!
故郷の村に到着し、馬から降りて家に向かう最中でレオは下の兄妹を発見する。双子は半年ぶりの兄の姿に、蟻の巣を水没させる作業を止めて駆け込んで来る。
子供特有の高い悲鳴のような声を上げて無邪気な双子はレオに突進する。半年の間にも背が伸び、パワフルさをより増した双子の体当たりをレオは難なく受け止めるとそのまま引き摺るように歩く。
「うまー」
「これなにー?」
体によじ登ってレオが手綱を引く馬に触れようとし、同時にその背に乗せられてる武具に双子は興味を示す。血糊がべったりと付いている訳だが、双子気にしない。
「拾った」
簡潔に答え、家に近づいて行くと家のドアが開いた。双子の騒ぎを聞きつけたのか、中からは母親と上の妹が顔を出した。
「あら、お帰り」
半年ぶりの息子に母親はいつも通りの対応だった。
「兄さん、お土産!」
妹に至っては土産を期待していた。
「ただいま。腹減ったメシ」
「その前にお風呂入りなさい」
「へーい」
レオもまた、仕事帰りのような変わらぬ態度であった。
「婆さん、ただいま」
「お帰りぃ」
隅で刺繍をしていた祖母にも挨拶をすると、レオ風呂場に向かっていった。
レオが風呂に入りさっぱりしたところで、丁度畑仕事をしていた父と上の弟が帰ってきた。
「あの馬と武具はどうした?」
「何かお土産は?」
レオの姿を見ての第一声がこれである。
「馬は借り物。剣とか鎧は途中で会った盗賊を殺して奪った。埋める穴掘るのが一番疲れた」
「そうか。鍛冶屋が鉄を欲しがってたから分けてやって、他にもおすそ分けしたら残りは売るか」
「そうだな。それとあいつら以外にもいるかもしれないから話回しとこうぜ」
「兄貴、土産はなしか」
「この前、算盤送っただろ」
そんな話をしながら男三人はテーブル前の椅子に座り、続いて料理とその手伝いをしていた女衆も準備を終えて席に着く。
「レオが王都の調味料と一緒にドラゴンの燻製を持って来てくれたから、今日は豪華だよ」
「ブッ――!?」
父と弟が飲み物を飲んでもいないのに吹き出しそうになっていた。
「きたなーい」
「ばっちぃ」
母と妹が父達を睨み、下の双子が声に出して抗議するが、父は無視してレオに振り返る。
「おまっ、ドラゴンスレイヤーになったとは聞いたが、ドラゴンの肉なんて持って来たのか!?」
「お土産用として残しといた」
「兄のおかしさは都会に行っても変わらなかった」
「肉よりも服とか買って来てよ」
「今度な。色々と大変で用意できなかったんだよ」
「斬るのに忙しかっただけだろ」
「兄さんって、もう体臭が血腥くてもおかしくないもん」
「煩いぞ、お前ら」
「王都のはなし聞きたーい」
「おれはドラゴンたいじー」
「説明するのは下手なんだが……まあ、それでいいなら」
「明らかに弟達と扱いが違う」
「不公平! 不平等反対!」
「だってお前ら文句しか言わないだろう」
「ほら、あんたら静かにしなさい。レオが帰って来て、向こうでの生活を語ってくれるんだから。--で、ラジェルちゃんとはどうなの?」
一番食いつきの良い母に呆れながら、レオは夕食の席で学院での生活を語るのだった。
それから暫く、食事を食べ終えても続いたレオの話はドラゴンスレイヤーとなった出来事まで語り終える。空になった食器を母が話の合間に片付けており、テーブルの上には飲み物とツマミ代わりにドラゴンの燻製肉があるだけとなっている。
「ガルバトスって言えばお前……」
父はレオがルファム帝国の将軍であるガルバトスと戦った事に呆れ、手を額に当てていた。
「なんだ親父知ってたのか?」
「名前と逸話ぐらいはな。お前らの世代じゃ鉄鬼は知らないだろうが、俺の代にはまだまだ現役で、生き延びて帰って来た兵士達から散々語られたからな」
帝国との戦争は久しいが、レオよりも上の世代だとただの農民の子には知られていないようだった。知っている者がいるとすればそれはもっと上の層、帝国との戦争を経験した年配だ。
「ガルバトス将軍は恐ろしい人さ」
今まで黙って聞いていた祖母が口を開いた。過去がそこに映っているのか虚空を見つめ、淡々と語りだす。
「敵が来たってね。皆、着の身着のまま避難してると凄い音が聞こえたのさ。地面が揺れて、まるで世界がひっくり返ったような気がしたよ。起き上がって後ろを振り向くと、黒い鎧を着て鉄槌を持った男がいたのさ。門から離れた城壁に開いた穴の向こうにね。避難誘導してた兵士が斬りかかったけど、誰も彼も拳で殴られて、人形のように吹っ飛ばされたよ。誰も、あの将軍には勝てなかった。どんな壁も破壊して、騎士団を粉砕して、魔法は力で叩き潰された。あの人には誰も勝てんのさ」
全員、黙って祖母の話に耳を傾けていた。どこを見ているのか分からない老婆が視線をレオに向ける。
「鉄鬼とは戦っちゃいけないよ、レオ」
「必要があったら戦う」
レオの返答に家族が呆れた視線を長男に向ける。それは祖母も同じかと思われたが、老婆はレオを一瞥しただけで目を閉じた。
「そうだね。そのぐらいでいいさね」
「ああ。別に死にたい訳じゃないからな。でも、どうしようもない事態ってあるもんだし、その時は戦わないとな」
「兄貴の場合は死ぬ前に殺す人だもんな」
「そういえば、俺がいない間は害獣とかどうなってる。盗賊とかは? 困ってるなら明日にでも狩って来るけど」
「やだ、血生臭い。それに何で今の会話の流れでそんな話に?」
弟と妹から蛮族を見るような目で見られながら、レオは答える。
「数日したらウォルキン領に行くつもりだから」
「答えになってない上にそこは最前線じゃん! 婆ちゃんの話を何も理解してない!」
ツッコミ気質なのか弟が全力で叫ぶ声が家の中に響いたのだった。
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