第32話 「愛の力ですね」


「長期休暇どうするんだ?」

「帰省する。ラジェルも戻るらしいから途中まで一緒だな」

戦争が始まっているのか疑わしいほどに穏やかな魔術学院の男子寮で、ジョージがレオの長期休暇の予定を聞いてきた。それに対しての答えが故郷に戻るというものであった。

魔術学院は言わば二学期制で、その節目に長期休暇が用意されている。レオに限らずその長期休暇中に帰省する生徒は多い。中には故郷との距離があるので面倒臭がって帰らない生徒もいるが、レオとラジェルは辺境近くの村ながら一度戻るつもりのようだ。

「お前が帰って来る頃には剣も出来上がってると思うから、こっちで預かっておくぞ」

「ああ、助かる。戻ってきたら早速試し切りだな。折角ここで冒険者の登録したのに、ろくに利用してないからな」

「色々あったからな。どうせ討伐系の依頼受けるんだろうから予め言っておくけど、暫くは依頼の受注は誰かに頼んだ方がいいぞ」

「どうしてだ?」

「ドラゴンスレイヤー殿だからだろ」

「ああ、そっか。そういう事もあるか」

 ドラゴンを倒したとなれば注目されるのは当然だ。普段は学内におり、外に出る時もいつものメンバーで出歩いていたので声を掛けられる事もなかった。人の注目を集めていたのは女子達が原因だともレオは思っていたので自らの知名度に関して全く知らなかった。

「まあ、何にしても戻ってからだな」

「そうだな。じゃあそろそろ飯行こうぜ。あんまり遅いとドS令嬢にラジェルが絡まれて可哀想だ」

「あの二人、意外と仲良いけどな」

 呑気にそんな他愛もない会話をしながら二人は食堂へ移動する。

 食堂に到着した二人はまず賑やかな食堂内で出来たエアポケット、ある意味指定席となってしまったテーブル席に視線を向ける。そこにはやはりラジェルとサリア、最近では当たり前のようにいるエリザベートがいた。メイドのメリーベルの姿は見えないが、どうせどこかで待機しているのだろう。

 だが、女子三人に距離を取りながらもヨシュアの姿がそこにはあった。珍しい同級生の姿にレオは首を傾げる。

「珍しいな。何か用か?」

 受け取った食事をテーブルに乗せて椅子に座りながらレオはヨシュアに聞く。

 ヨシュアが食堂にいるのは珍しくはないが、同じテーブル席に着いて食べることは滅多にない。ともすれば彼がここにいるのは何か用があるのだろう。

「本当は無い事になっていたんだがある事になった」

「はぁ?」

 遠回しな説明になっていない説明に疑問の声を上げるとヨシュアはサリアに視線を送る。それで察したレオとジョージは半目になって問題児を見る。

「まるで私が悪いみたいね。私はただ、ウォルキン辺境伯が息子の友達を自分の領地に招きたいという要望を叶えてあげようとしてるだけよ」

「その話は無かった事になった筈なんだが……。何で知ってる」

 頭を抱えて唸るヨシュア。まさか王都のウォルキン邸に盗聴する魔具や魔術が知らない間に仕掛けられているのではないかと疑ってしまう。

「イケイケのウォルキン辺境伯が息子と同じドラゴンスレイヤーになった学生を見逃す訳ないでしょう」

 否定できず、ヨシュアはそのまま頭を抱えたまま黙るしか無かった。

「そういう訳でレオ、帰省は早目に切り上げてウォルキン家に行きなさい」

「いや、行くのは構わないけどどうしてお前が仕切ってんだ?」

「暇なのよ」

「…………」

「暇なのよ」

「もういい、分かった」

 何を言っても無駄なのが分かった。

「ウォルキン家でヒャッハーした後は神殿ね。領地との距離も近いし馬車も用意してくれるでしょうから利用しなさい」

「ヒャッハーとは何だ。それじゃあまる家の領地は万年戦ってばかりいるみたいだろ!」

「利用云々は良いのか……」

「事実でしょう。残念だけどどの貴族もそう思ってるわよ」

 自覚はあったのかヨシュア何も言い返せず悔しそうに拳を震わせた。

「ウォルキン家って本当にどんな所か興味が出てきた。ところで神殿とか言ってたけど、祝福か?」

「その通りです。何時本格的に戦争が始まるか分からない今、なるべく早く祝福を貰わないと。ご家族との時間を減らしてしまう形になってしまって申し訳ありませんがお願いします」

 エリザベートの言からして本当にこの先機会がないのだろう。前世を含め、局地的な戦闘しか経験のないレオは戦争を体験した事がない。戦とは国同士が行うものでそんな巨大な組織が衝突するとなれば平時のような自由はない。

「ねえ、一ついい?」

 今まで黙っていたラジェルが会話の途切れで口を挟む。

「レオが戦争に参加するみたいに話が進んでいるけど……」

 ラジェルの言う通り、レオがルファム帝国との戦争に参加するような前提で長期休暇中の予定が組められていた。それに誰も違和感を持たなかったのは日頃の行いか、本人も今気付いたような顔をしている。

「え? 戦争に参加しないの、お前」

 意外そうにサリアが言う。

「積極的に参加する理由がないだけで学生も徴兵されるなら普通に加わる」

「なんて言ってるけど? ラジェルはレオに戦争に行ってほしくないのね」

「いや、別に」

 サリアの挑発が混じったような声にラジェルは平然と答えた。

「心配だけど、戦争なんだから行くのはしょうがないもの。それについては祈るしかないわ」

 淡々と、さも当たり前のようにラジェルは語った。

「これだから辺境の女は。こういう場合はちょっとウザいぐらいの勢いで男を引き止めるのが昼ドラ的展開でしょう!」

「サリアが何を言ってるのか分からない」

「分からなくていいって。それでラジェルは何が不満なんだ?」

「不満がある訳じゃないの。戦争ってそんなものだし、止めたところで迷惑にしかならないから」

「辺境の女はさっぱりしてるわね。それじゃあ、どうしたの?」

「もしレオが出兵するとしたらどういう扱いになるのか疑問に思って……」

 ラジェルが指摘した途端、場が沈黙した。

 レオはジョージを見るが商人系貴族の息子は首を振り、サリアとエリザベートは互いに顔を見合わせる。

「この場合どうなるの? やっぱり学生枠?」

「普通ならそうなるけれど、ドラゴンスレイヤーを後方に置いたりはしないと思うわ」

 それぞれ公爵家と王族である二人はある程度は法や組織の決まり事について知識はあるが、軍事関連には然程詳しく無かった。

 結果、辺境伯の嫡男という軍事に詳しそうなヨシュアに五人の視線が集まった。

「あーっと、普通なら学生だから後方に置かれるんだが……ドラゴンを倒した実績がある訳で、しかも面倒なギフト持ち。とても後方には置けない。そうなるとやはり前線だが、こいつの立場的には……だから父上が……いや、だが他領の人間を……でも今まではただの村人で……」

「何か深みに嵌ってないか?」

「俺ってそんな配置に悩むようなもんなのか? 正直言って前に出ないと役に立たないぞ俺は」

「言っていろ馬鹿者。……ああ……だから父はそんな提案を……」

「馬鹿者、馬鹿者~」

「お前は本当に人を煽る時はイキイキするよな」

 悩み続けるヨシュアを他所に飽きたのかサリアが無表情で子供のような挑発を繰り返す。それを呆れながら無視していたレオが結局ヨシュアから予測を聞くのは、全員の食事が終わってからだった。


 ◆


 長期休暇前日、学期の締め括りである終業式が終わった学院内。門前の広場に二頭の馬とその手綱を持ったレオとラジェルの姿があった。

 学院では乗馬の訓練と馬の世話についての授業も行っているので厩があり、馬も飼われている。時には授業以外に教師が足代わりに使う場合もあるが、レオが引いているのは学院の馬ではなかった。

「悪いな。馬まで貸して貰って」

「気にすんな」

 広場には二人だけでなく、ジョージ達の姿もあった。

「馬車を使うと目立つだろ」

「レオはドラゴンスレイヤーで、ラジェルはそこにいるだけで人目を惹くからしょうがないわ」

 レオとラジェルは終業式が終わってすぐに帰省しようとしており、ジョージやサリア達はその見送りだ。

 当初は街と街を移動する荷馬車に便乗する手を考えていた。冒険者ギルドには護衛ついでに移動出来る依頼もあったからだ。だが、ドラゴンスレイヤーとなったレオは有名になった同時に人目を集めやすい存在だ。それに、荷馬車に便乗する場合は行程など相手の都合優先だ。国の端にある故郷に帰り、ウォルキン辺境伯家に行き、神殿で祝福を受けてから学院に戻るというハードスケジュールなので人の都合に合わせていられない。

「馬なら私の方でも用意できましたのに」

「殿下、自重を。王家から馬を贈られたとなれば大騒ぎです。余計なやっかみを受ける可能性も」

「騒ぎになれば良いと思わない?」

「…………」

 王女を宥めにかかったメリーベルだが笑顔で返された言葉にもう何も言えなくなっていた。

「あんな世紀末の荒野を独歩しそうな黒い馬はちょっとな……」

 メリーベルを援護している訳ではないが、レオがエリザベートから渡されそうになった馬を思い出しながら言う。

「貰っとけば良かったのに。王家の馬って当たり前だけど名馬揃いよ」

「要らないから。俺達はもう行くからな」

 これ以上は無為に雑談が続きそうだったので、レオは話を打ち切りさせると手綱を引っ張って馬を反転させる。

「それじゃあ、また向こうで」

「またね」

 挨拶を済ませるとレオとラジェルの二人は馬を進ませる。残った者達は遠ざかって行く背中を見送る。

「そういや、ラジェルがさもついて来る的な感じだったけど、いいのか?」

「良くはない。彼女は無関係だからな。だからと言ってこっちに拒む理由もない」

「お馬鹿ねえ。あの子はレオを追いかけてわざわざ学院に来たのよ。たかが危ない程度で躊躇いはしないわよ」

「愛の力ですね」

 単純に心配する男子達に反して女子達はさも当たり前という態度だった。王女に至っては愛などと言い始めた。


 学院の長期休暇を利用しての帰省とちょっとした旅行を始める事になったレオはまず、ラジェルの家がある村へと向かった。前は馬車に乗って王都へ移動した訳だがその時は護衛がおり、今は二人だけでの移動だった。

 道中、特に問題もなく進んだ。途中、故郷の土を踏む手前で敢えて夜中に遠回りで移動はしたが、それは近隣の統治する領主の網から逃れる為だ。

 理由は領主に捕まってあれやこれやと接待を受けて恩を作りたくなかったからだ。レオはドラゴンスレイヤーとなり王からも勲章を授与された身だ。そんな人物を貴族が見逃すはずがなかった。王都では無理でも自分の領地、学院が長期休暇の際の帰省を狙って来るのは分かっていた。正確にはジョージやヨシュアからのアドバイスだが。

 別にレオからしてみればどうでも良かったが、それでただでさえ予定が詰まってるのにそんな事で、貴族との堅苦しい場など勘弁したかった。それに、レオやラジェルの村々は領主とあまり良くない。それは村を作った時に開拓村として認める際の話し合いやそれなのに税を取られるなどといった確執が古い世代にはまだ残っているからだ。

 夜中の移動は夜目が利く二人に何の苦にもならず、朝には何事もなくラジェルの村に到着するのだった。

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