第31話 「どうでもいいが、もう用がないなら帰れよ」


 勲章授与式から翌日、レオはジョージに案内されながら城下町を歩いていた。レオの新しい剣を作る為に鍛冶屋へ行こうとしているのだ。

 向かう先は前に行ったロンド商会とは別方角。製鉄所や木工所、多くの職人の仕事場が集まった工場地帯のような場所だ。武具を売っている店もあるので冒険者の姿もあり、学生服で歩くレオ達は目立っていた。

「目立ってるわね」

「誰のせいだと思ってる?」

 後ろから聞こえた呟きにレオが歩きながら答える。ジョージに先導されて歩くレオの後ろからは更に四人がついて来ていた。ラジェルにサリア、エリザベート、メリーベルだ。

「ラジェルのせい」

「私!?」

 即座に返されたサリアの言葉にレオは否定できなかった。レオには誰が一番美しいだのと判断できる程の美的感覚は持っていない。それでもラジェルが否応無く人目を惹くのは理解している。

「それ行ったら全員だって。学院でも(中身を除けば)トップの綺麗どころが三人もいるし、何より制服着てるからな。……メイドもいるし」

「目立つのは仕方がないか」

 軽く息を吐いたところでレオは歩きながら首だけ動かして後ろに、ラジェル達よりももっと後方に目を向ける。人影が路地へと消えるのが一瞬見えた。

「どうしたの?」

「いや、あれはいいのかなと思って」

「放っておいて構いませんよ。潰してもキリがありませんし、重要な所はしっかりとブロックされているので」

 メリーベルの言葉に相槌を打ってレオは前に向き直る。

「何の話?」

「ストーカーとかパパラッチの話。ま、暫く街で一人歩きはよした方がいいわね。ラジェルは目立つから」

 いまいち分かってないラジェルを除いて全員が好奇の視線に混じって監視する存在を察していた。

 ルファム帝国との戦争開始まで最早カウントダウンが止まらないと言った情勢の中、当然情報収集の為の密偵の動きが活発になるのは当然だ。密偵と言っても様々で、街の様子や噂話を拾う程度の者から施設に侵入して直接的に情報やらを奪っていく者など幅がある。後者はともかく前者は一般人と変わらず、中には自覚のない潜在的な密偵もいる。襲って来ないのであれば、捨て置くに限った。

 レオが振り向いたせいかあれから見張られている視線は無くなり、一行はとある鍛冶屋に到着した。

「チーッス、ジョージ・ロンドでーす」

 軽い調子で言いながらジョージが扉を開けた途端、熱気がレオ達へと届いた。鉄の製造や火を入れる際の熱がそこでは充満していたのだ。

 迫り来る熱気にラジェルが反射的に指で文字を描くように動かした途端、レオ達の周りに見えない空気の層が出来て熱を遮断した。

「…………」

 その手際にメリーベルが僅かに目を見開いた後、そっと冷気を伴った魔力を握り潰した。

「ラジェルの生活魔法はもう生活魔法の枠を超えているような気がするわ」

「鉄鬼将軍にも一杯喰わせたほどだし」

「た、偶々だから」

 メリーベルの若干悔しそうな態度にエリザベートがラジェルの魔術の技量をそう評し、サリアがファーン共和国での事件を思い出す。

 女子達が雑談している前方で、レオ達に気付いた火事場のドワーフがやって来てジョージに声をかける。前に行ったロンド商会で見たドワーフと違ってラフな格好をしていた。袖からは身長に反した逞しい腕が覗いている。

「ジョージ坊ちゃんじゃねえですかい。話は聞いてます。お連れさんも一緒に奥へどうぞ」

 肩に下げたタオルで汗を拭きながらドワーフがレオ達を奥へと案内していく。武具を製造するため金槌の音が四方八方から聞こえる鍛冶場の奥へと進むと、一際巨大な炉があった。炉の前には作業スペースが設けられており、大きなテーブルとその上には巨大な生物の爪や骨、鱗が置かれていた。テーブルの前にはそれらを一つ一つ手に取っては穴が開くほど見ているドワーフがいる。

「親方」

「おう、坊主か。待ってたぞ」

 ジョージが声をかけると親方と呼ばれたドワーフは爪を置いて振り返る。

「で、このドラゴンの素材で剣を作りたいってのはそっちかい」

 挨拶もなしにいきなり本題に入るドワーフはレオに近づいて値踏みするように見上げてくる。

「剣を駄目にしたんだってな」

「ええ、まあ……」

 レオは持って来ていた剣を二本見せる。一本はドラゴンとの戦いで砕けてしまった剣。もう一つは魔物化した転生者と戦った時に折れてしまった剣だ。

「見せてみろ」

 言われるまま剣を手渡すと、ドワーフは作業台の上に剣を置いて鞘から引き抜く。最初はドラゴンの心臓を貫いた剣だ。バラバラになった刀身を一つ一つ確認したドワーフは呆れた声を出す。

「なんだこりゃ。これでドラゴン斬ったのか? というか何をどうやったらここまで限界一杯酷使できるんだ」

 次の剣を引き抜いたドワーフは先程と似た声を出す。

「綺麗に折れてやがんな。こっちもまあどんだけ一杯一杯って感じだな。この柄もなんだ。磨り減ってまんま手の握りの形しとる。買い換えろよ」

「つまりどういう事?」

「剣を過労死させとる。下手な使い方で壊す奴は沢山いるが、ここまで限界に挑戦してるのは初めてだな」

「一応、折れないように気を遣ってるつもりなんだが」

「敵を斬る力と剣を折れないようとした限界の力加減が結果的に剣の寿命を急激に減らしてんだよ。まっ、相当な腕なのはわかった。これは作り甲斐がある。何か要望はあるか?」

 聞かれたレオは少し考え込むと、折れた剣へと視線を向ける。

「これに似たような感じで。ずっと使い続けて来たからやっぱりこのバランスが一番良い」

「ふむ……ここらじゃ見ない剣だが可能だ。柄も丁度手形が残ってるからこれを参考にするか。他には?」

「特に。出来の良いのを作ってくれればそれで」

 レオの言葉にドワーフが片眉を上げる。ジョージは片手で顔を覆い、サリアとエリザベートは楽しそうな笑みを浮かべ、メリーベルが浅く息を吐いた。そんな彼らの反応に首を傾げるのはレオとラジェルだけだ。

「カカッ、よく吐かした! 最高の剣を作ってやるよ。おい、準備を始めろ!」

 ドワーフの親方が怒鳴ると遠巻きに見ていた若いドワーフ(髭面で若くは見えない)達が慌てて動き出す。

「お前、それ禁句だぞ」

「ある意味、最高の煽り文句だけどね」

 ジョージとサリアの全く正反対な表情から少なくともドワーフに対してあまり言っていい言葉ではないのは理解したレオだった。

「失礼。お造りになる剣の魔力許容量について聞いても?」

 ドワーフ達が準備をする中でエリザベートが親方のドワーフに声をかける。

「あん? ドラゴンを素体に使う訳だから普通に作ったのよりもそりゃ多いわな」

「なら祝福を与えても問題ありませんね」

「ああ、そういう事かい。例え恩恵を得たとしても十分入り切る剣を作ってやるから安心しな」

「いや、何の話?」

 納得したらしく頷くドワーフだが、その剣を持つ側となるレオには何の話か分からない。話題を出したのがエリザベートだけあって一体何を企んでいるのか分からないのだ。

「この場合の祝福ってのは武器や道具に神様の御加護を得るための事だよ。と言っても大抵はギフトみたいな力がある訳でもなくて清めとかお祓いっていうか、神社で御守り買う感じだよ」

 ジョージが説明する。要は神様の威光にあやかったものなのだろうとレオは察する。前世では熱心に信仰なんてしていないが正月になれば神社に行っていた分、理屈と言うか感覚でどんなものなのか察せられた。

「ただ、時たま祝福した道具に魔具みたいな効果が得られる時もあるんだ。どんな効果が現れるかは分かってないが、魔力に耐えられる素材ほど効果が高いとされている。だから業物を手に入れた騎士や兵士が信仰する神の祝福を受けに行くのは珍しくない」

「ふうん。なら俺の場合はメフィーリアか。ギフトをくれた神様だしな。祝福は教会に行けばいいのか?」

「そうそう。ある程度大きな教会なら祝福できる高位の神官がいるから--」

「でも、メフィーリア様の教会って王都になかったわよ?」

 ラジェルの指摘にジョージが固まる。レオも予想外だったのか僅かに目を見開いた。

「マジか?」

「私、休みの日に各教会まわったから確かよ」

「……何でわざわざ?」

「え? 住んでる場所の教会の位置ぐらい普通じゃないの?」

 あっけらかんと答えられ、レオは他の四人に振り向けば首を横に振られた。

「引っ越し一番にスーパーとか病院の位置を把握する主婦みたい」

 サリアの呟きが的を得ていた。

「それはともかく、メフィーリア様の教会が王都どころか周辺の街にもないのは確かです」

 軽く咳払いしてメリーベルが補足する。どうやらエリザベートの思惑のために下調べは既に終えていたようだ。

「そう活発に活動する神ではないようで、せいぜいが御守りが像として家庭に置かれるぐらい。メフィーリア様の神官も数が少なく、そのせいか祝福を受ける方も少ないそうです」

「つまりマイナーなのね」

「言ってやるなよ可哀想だろ!」

「いや、コミュ障っぽい所あったからそんなもんだろ」

「可愛いぐらいどもってたわね」

「せめてお前はフォローしてやれよ! それとサリアさん、そんな嗜虐的な笑みを浮かべてあんたは王子だけじゃ物足りないのか!」

 ジョージの突っ込みが響く中、名案とばかりにラジェルが胸の前で手を叩く。

「あっ、それなら直接お願いすればいいのよ」

「来ないと思うぞ。本当はよくないんだとさ」

「そうなんだ。それなら仕方ないか」

「……あの、まるでメフィーリア様と会ったことのあるように聞こえるのですけど?」

「あるよ」

 エリザベートの疑問に四人は振り返ってほぼ同時に答えた。

 エリザベートの困惑は当たり前だ。神はそう簡単に地上に姿を見せる事はない。神の中には自分の分体、触覚と言える分身を地上に下ろしてそこでの生活を満喫する神もいるが、それでも自分は神だと隠すし中には分体に自覚がない事もある。

 つまりはそう簡単に神に会える訳がないのだ。

「転生されたギフト保持者は稀有な体験をしていますね……。それで祝福の件ですが、コンダルタになら神殿があると確認済みです」

「どこ?」

 コンダルタという名に覚えのなかったレオが首を傾げた途端、周囲から信じられないような視線が彼に集まった。

「各教団の神殿が集まった場所よ。聞いたことぐらいはあるでしょう?」

 最初に立ち直ったラジェルが説明すると、そういえば聞いたことあるなとレオは漸く頷いた。だが、はたと気付く。

「コンダルタって国外だろ。ルファムとも近いし、今は無理だろ」

「そこは色々と理由をつけますので、ご安心ください」

 間髪入れずに返ってきたエリザベートの答えにレオ達は引いた。ファーンで帝国最強の戦士に誘拐されかけたと言うのにこの王女は一切堪えていなかった。

「どうでもいいが、もう用がないなら帰れよ」

 ドワーフの呟きによって皆が動きを再開させたのはそれから少し後だった。


 ◆


 レオ達が鍛冶屋に行っている間、ヨシュアは王都にあるウォルキン家所有の屋敷にいた。領地を持つ貴族は家と呼べる屋敷を領地と王都に持っているものである。これは普段は領地の経営に忙しい貴族でも国の挙げての行事や国政、社交界に参加しない訳にも行かず領地と往復する為に所有しているのだ。

 今回も息子の勲章授与式に出席する名目でヨシュアの父であるノート・ウォルキンが屋敷に滞在していた。

「その歳でドラゴンスレイヤーの称号を手に入れたこと、親として誇らしく思うぞ」

 執務室の椅子に座り、机を挟んだ反対側にはヨシュアが立っている。

「ドラゴンの素材はロンド商会から既に受け取り、領地へ送っておいた。お前の武具を造らせる」

「ありがとうございます」

 礼を言う息子の姿にノートは真っ直ぐ見つめる。

「ところで、お前と共にドラゴンを倒した若者だが、名前はレオといったか。彼の実力はお前と比べてどうだ?」

「剣の腕ならば俺よりも上です」

 淀みなく答えた息子の姿にノートは意外と思った。負けず嫌いな息子がこうもあっさりと負けを認めるとは思っていなかったのだ。

 それに相手は転生者。自身も転生者でありながら前世に不快感を持っており、転生者だからとギフトを貰ったことにも納得していなかったのだ。

 それが何の嫌悪も見せずあっさりと口にしたことにノートは驚いたのだ。

「魔術の腕はまだ素人に毛が生えた程度ですが、奇妙なことに剣繋がりだからか魔法剣は実戦レベルです」

「ガルバトスとも戦ったらしいが」

「せいぜいが肌を斬る程度でした。それは俺もですが。あの戦いで世界の広さを知りました」

 息子の言葉に耳を傾けながらノートは癖なのかテーブルの上に置いた右手の人差し指で一定のリズムを刻みながら叩く。

「……もうじき長期休暇だったな」

「はい。それが何か?」

 学院には長期の休みが夏と冬にある。その長期休暇で生徒達は帰省したり進学に準備を行うのだ。

「うちの領地に招待できるか?」

「……本気ですか?」

「本気だ。不満か?」

「厄介ごとが舞い込みます」

 レオのギフトの事を言っているのだろう。強者と引き合う能力についてはノートも知っている。

「世間では戦争目前と言われているが、既に戦争は始まっている。小競り合いは毎日のようにあるからな。今更敵を引きつけると言われたところで普段と変わらぬ。寧ろその程度で崩れるなら軍として機能していない。それに何も前線に連れて行こうなどと考えていない」

 当たり前だが、辺境伯などと言われても本拠地が国境近くの前線にある訳ではない。領主が住む場所は当然、国境から離れている。

「王女殿下が一緒に来る可能性が高いです」

「……そんな噂が流れているのは知っていた。実際のところはどうなんだ?」

 エリザベート王女がドラゴンスレイヤーとなったレオび執心しているという噂は授与式で普段領地に留まっているノートの耳に届いた。

「…………」

 噂がどこまで本当なのか、同じ学院に通う息子に聞いたら物凄く悩んでいた。どう表現すればいいのか、それに苦悩しているのがありありと分かるほどに。

「……それほどか?」

「正直言って関わりたくないです。レオの方も困惑しているようで」

「フィリップ王子といい……アレクサンドロス王子がまともなのが救いか」

「どうしますか?」

「今の話は聞かなかったことにしろ」

 ファーンでの二の舞は勘弁であった。いざとなれば王女を守り切れるし例え少数精鋭だろうと自分の領地で帝国兵の好きにさせるつもりはないが、それとこれとは別である。自信があろうとなかろうと、王族に危害が加わるようなリスクは避けるべきだ。

「分かりました。ところで、どうしてあいつを招こうなどと?」

「若くしてドラゴンスレイヤーになった平民がいれば兵達に活が入るかもと思ったのが一つ。もう一つは彼のギフトでルファムを煽れないかと思った」

「…………」

「お前とセットで鉄鬼将軍が倒せなかった若者として煽れば幾らか釣れると思うのだ。それに私の溜飲も下がる。あのクソ爺が先代の頃に壊しまくった砦の修繕に私は散々苦労させられたからな」

 大部分に私怨が混ざっているような気がしつつもヨシュアは考えるのを止めた。

 後日、良くも悪くも望みが叶う事態となるのをウォルキン親子は予想だにしていなかった。

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