第30話 「戦士なら一度は持ってみたいものだろ?」


 クルナ王国の王立魔術学院の生徒達とファーン共和国の弟子達による交流は帝国の兵が襲ってきたりドラゴン肉のバーベキューが行われたりとハプニングが起こりはしたものの、その初日の出来事を除けば概ね平和に終わった。

 魔術学院の生徒がひいては王女が襲われた件について、警戒網を突破され国内で事件が起きたファーン側は自分達のミスを認め正式に謝罪。クルナはそれを受け入れると同時に改めてルファム帝国に対する共同戦線を取る事を宣言した。裏で行われた政治的やり取りでファーンの文官達が苦渋を舐めた事実は表にならないままに。

 そして二国は領土侵犯と王女誘拐未遂に関して帝国を糾弾。帝国はそれを無視。ガルバトスについて言及されても彼は既に引退し国とは関係ないと言い張った。

 当然それを真に受ける者はおらず、領土が接する国境線ではクルナの辺境伯の軍とルファムの軍が睨み合う事態となり、領海ではファーンが船団を増やし海上にてルファムに圧をかける。

 既に戦争は民達が気付かぬまま、分かってはいても実感が起きぬまま水面下で始まっていた。


 ◆


 クルナ王立魔術学院の講堂は現在厳かな空気に包まれていた。全生徒がいるのは勿論、上段の参列者席には一部の生徒の保護者である貴族の他にも何かと理由を付けて出席した者もいる。その中には軍関係者まで混ざっていた。

 今年度の始業式の時は第二王子が出席しており似たような状況であったが、今回はそれ以上であった。

 当然だ。何故なら彼らが注目する壇上には国の最高権力者である国王がいるのだから。

 壇上には生徒達の姿もあった。彼らは王女誘拐未遂事件にて王女を守った功として王から直接論功行賞を与えられているのだ。大袈裟かもしれないが、戦争が始まるこの時期に明るい話題で盛り上げようとする意図があるのかもしれない。何より彼らは言い方は悪いがオマケである。本命は別にいた。

「ヨシュア・ウォルキン、レオ・ハルトゥーン。前へ」

 進行役の男が二人の名を呼ぶ。名を呼ばれたレオとヨシュアは事前の打ち合わせ通り同時に並ぶ生徒の列から前に出る。つまり、王の前にだ。

「若くしてドラゴン殺しを果たしたヨシュア・ウォルキンとレオ・ハルトゥーンよ。国にこれほどの逸材がいることを余は嬉しく思う。君達のような若者がいる限りクルナ王国は発展を続けるであろう」

 王が言葉を投げ、従者から勲章を受け取り自ら二人の胸へとそれを取り付けていく。それは一定の武勲を挙げた者に与えられる勲章だ。ただ兵士勤めをしていれば得られる物ではなく、戦場で幾つもの大将首を手にする以上の、言わば英雄に授与される物であった。

 取り付けが終わったところで、講堂中から拍手が巻き起こった。貴族の親達が最初に手を叩き、生徒達が慌てて追随して拍手を送る。まるで打ち合わせしていたようなタイミングだが、貴族となればこの手の儀式でタイミングを計るなど簡単なのだろう。

 万雷の拍手が巻き起こる中でクルナ王はヨシュアに近づき肩に手を触れ声を掛ける。

「辺境伯は立派な跡取りを得たようだ。君が家を継いだ時には私も王位を息子に譲っているだろうが、その時は君の父と同じように国を良く守ってくれる事を期待する」

「ありがとうございます。父に恥じぬ貴族に成れるよう精進いたします」

 名誉と言える王の言葉。それに慌てることなく、ヨシュアは恭しく応えてみせた。満足そうに王は頷き、次に隣にいたレオの肩に手を置く。

「そなたの剣の腕は余の耳にも届いておるぞ。将来は立派な剣士として名を馳せるだろう」

「あり――」

 言葉を受け、礼を取ろうとした時にレオは肩に置かれた手から万力のように力が加わるのを感じた。

「エリザが気に入っているという話も聞いているぞォ」

 声を潜め周囲には届かぬよう小さなものであったが、青筋浮かべた笑顔から発せられるのは地獄の底から響くような声だった。誰がどう見ても娘の気になる男を牽制しようとするダメ親父だった。

「色々と聞いてるぞ。イ・ロ・イ・ロとなァ」

「そ、そうですか」

 痛みに堪えているのか引いているのか分からない引き攣った笑みをレオは浮かべる。肩から軋む音が聞こえているのは気にせいではないだろう。

 王のこの様子からエリザベートの風呂場やその後についても知っているようだ。情報源はメリーベルとかいうメイドだろうか。まさか本人が語った訳ではあるまい。

 レオは視線を動かし、授賞される生徒の列とは別の場所でドレス姿のエリザベートを見る。何を考えているのか分からない微笑を浮かべていた。ついでに列の一番端ではサリアが楽しそうにこっちを見ていた。

 レオは上級階級の女という生き物を呪った。

 肩の骨が砕けるのではと思った時、王の背後から咳払いが聞こえた。アレクサンドロス第一王子だ。

「陛下、未来ある若者との会話が名残惜しいのは分かりますが時間です」

「チッ――ハッハッハッ、期待してるぞ」

 舌打ちの後に両肩をバンバン叩くと王は笑顔のまま踵を返して去って行く。

「なぁ…………」

 レオは隣にいるヨシュアに声をかけるが、辺境伯の嫡男は顔を逸らして何も答えなかった。


「あー、しんどかった」

 制服の第一ボタンを外したレオは講堂にある控え室のソファーに身を沈めた。サロンにもなってるこの部屋は外からの客を受け入れる為に他と比べ豪華な内装になっていた。その部屋の中でレオは深々と息を吐く。部屋にはレオだけでなくラジェル達もいる。

 勲章授与式が終わった後、彼らは休憩としてメリーベルが手配した控え室に集まっていた。他の生徒達は早々に寮に戻っており、いるのはレオの関係者のみだ。

 制服のシャツの襟を引っ張って隙間から王に掴まれた肩を見ると、痣とまではいかないが手の形で赤くなっていた。

「冷やす?」

 その行動に察したラジェルが提案するが、レオは首を振る。

「いい。呪われた訳でもあるまいし。それよりも俺、王様に目を付けられたんだけど。悪い意味で」

 レオは顔を両手で覆って溜息を吐いた。エリザベートの時といい、王族関係で何故一介の学生が苦悩しなくてはならないのか。

「だから大変だって言ったじゃない」

 ふてぶてしく椅子に座って紅茶を飲むサリアが笑みを浮かべた。

「ちなみに第二王子のフィリップもシスコンの気があるわ。マジでウケる」

「お父様もそろそろ子離れする必要があると思うので大丈夫です」

 サリアの隣で同じく紅茶を飲む王女が何か言っているが、何が大丈夫なのか疑問が尽きない。

 他の三人に視線を向けて顔を逸らされたところで部屋のドアが開けられ紅茶を出した後に退室していたメリーベルが入ってきた。

「ただいま戻りました」

「どうだった?」

「お帰り願いました」

「そう。ご苦労様」

 主従の簡潔なやり取りにレオとラジェルが不思議そうな顔をした。それにジョージが説明を行う。

「勲章を受けたレオに繋がりを持とうとした貴族をメリーベルが追い払ったんだよ」

 サロンにレオ達だけが休憩しているのは何もサリアやエリザベートの我儘ではなかった。レオに接触しようとする貴族から逃れる為だ。

「式が終わったのはついさっきだぞ。しかもここ学校……」

「他に先を越されるのを考えれば関係ないさ。レオは平民だから道端でばったり、なんて貴族には出来ない以上ある意味この機会を逃さないんじゃないか?」

 ジョージの言葉にレオはあからさまに嫌な顔うぃるする。同時にサリアが言っていた意味も理解した。

「……ヨシュアは?」

「俺の家は辺境伯だぞ」

 それで終わりであった。辺境伯は国境を守る重要な役目を持っている。取り入ろうとする者は沢山いるが、逆に言うと生半可な手段は慣れきったもにだ。だからこそ貴族としての権力を振るいやすいレオが狙われているのだ。

「メリーベルが追い返してくれたので大丈夫ですよ。それにこうやって私達がお茶を飲んでいると分かれば早々簡単に手出ししてきません」

 王女、公爵家の令嬢、辺境伯の嫡男、爵位を金で買えるほどの商人の息子。彼ら彼女らと交友があると知れれば確かに警戒するだろう。

「学院の子供が通ってる親は自分の子に急いで確認を取ってるだろうな」

「エリザが関わってるせいで逆に目立ってるって線は?」

 無言の笑顔が当人から返って来たのでレオは深々と息を吐いた。目の前のテービルに置かれた紅茶にミルクを大量に入れて、緩くなったところを一気に飲み干す。メイドから鋭い視線が飛んできたが、無視する。

「……それともう一つ問題が」

 会話が途切れてタイミングで壁際に立って待機していたメリーベルがレオを睨むのを止めて口を開いた。

「ラジェル様に何人かの貴族が目を付けたようです」

「え? どうして?」

「…………」

 ラジェル以外の全員が赤毛の少女に視線を送り、すぐに何事もなかったかのように位置を戻す。

「な、何? その反応?」

「カーマートートー」

 サリアが半笑いでオペラ調で謳った。

「学院でも村みたいなことに少しなってるけど、今日来てた貴族の人達ってちゃんと働いてる大人でしょう。こんな子供に目を付けるってありえないわ」

 まともな意見を言ってはいる。言ってはいるが、室内にいた全員は呆れ混じりでそれを聞いていた。その中であからさまな反応を見せたのはサリアだ。

 彼女はラジェルを見、次に自分の胸部を見下ろし、次にエリザベートとメリーベルを見た後で視線をラジェルへと向け直す。ちなみにその間、男連中は揃って何もない壁へ視線を逸らしていた。

「他で言わないほうが良いわよ」

「う、うん……」

 察したのだろう。ラジェルは恥ずかしそうに胸元を両手で隠すようにしながら頷いた。

「そ、そうだ! レオ、武器の事だが明日は時間あるか?」

「ああ、時間はある。というかいつでもある」

 話が終わったのを見計らってジョージがわざとらしく声を上げた。レオも迷わずそれに便乗する。

「ならロンド商会御用達の鍛冶職人のとこに案内してやるよ。先方との約束はもう取り付けてあるからな」

 レオの新しい剣はジョージの実家経由で作る約束になっていた。腰にある剣の重みがないのに違和感のあるレオとしても新しい剣が早く出来るに越したことはないので了承する。

「ロンド商会お抱えとなればテグノサだな。ドワーフの例に漏れず頑固者としても有名だが、ドラゴンを素材に使えるんだ。職人としても是が非にでもやりたい仕事だろう」

 武具となれば他人事ではないらしくヨシュアが話に入ってくる。彼もまたドラゴンを素材として武器を作る予定だ。

「完全なオーダーメイド。戦士なら一度は持ってみたいものだろ?」

 ジョージの言葉に男二人はあまり表に出さないものの肯定的な顔をしていた。言うなれば新しい玩具を待ち遠しく思って興奮する子供だ。

「男の子のああいう所って理解しにくいけど、微笑ましく見えるよね」

「そう? 私から見たら危険人物にしか見えないわね」

 自分のことを棚に上げてサリアは肩を竦めるのだった。

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