第29話 「いずれルファムと戦争だな」


 ドラゴンのバーベキューが終わり、日も暮れて学生達は宿に泊まって旅の疲れを癒していた。ルファム帝国の兵に襲われるという事件があり、バーベキュー時に軽い自己紹介をファーン側の若者達と交わしたこともあって皆が疲れた体を休めていた。中には疲れが一気に押し寄せたのか既に部屋で眠ってしまった者もいる。

 そんな学生達を他所にレオは宿から夜の街へと一人歩いていた。街の一部は寝静まっているが、逆に華やかになる場所もある。だが、レオの目的はそこではない。寧ろ昼であろうと夜であろうと人の少ない、静かで陰鬱とした空気の場所だ。

 来たばかりの街に不案内ではあったが、レオは生きている人間の気配が薄い方向へと進んでいく。

 最終的に辿り着いたのは墓場であった。端にある倉庫の外に放置されたスコップを見つけると途中でそれを拾って墓場の奥へと、土を掘る音が聞こえる方向へと進む。

 そこには地面に穴を掘る人の背中があった。

「ここにいたか」

「うぉおおおっ!?」

 レオがその背中に声をかけると心底驚いたように肩を跳ねらせ、物凄い勢いで振り向く。

「な、なんだレオか……あっ」

 安心したように息を吐いた直後、穴を掘っていたジョージは手に持つスコップや足元の棺桶を見て気まずそうにする。

「お前あれだよな。誰にも気付かれずにストレス溜めて変死するタイプだよな」

「怖いわ!」

「そうだな。取り敢えず手伝うからちょっとどけ」

「お、おう……悪いな」

 レオはジョージの穴掘りを手伝いながら棺桶の方を一瞥する。小さな、大人では入らない子供用の棺桶だ。

「俺はよく見てなかったんだが、魔物化した同郷でいいんだよな?」

 ガルバトスが襲ってきた時に現れた人間の胴体と頭を持った怪鳥。それはレオ達と同じく地球からの転生者であった。だが、ギフトを得る前に欠けた魂のままで死んでしまった為に魔物化してしまったのだ。

 怪鳥は乱入してきたドラゴンによって倒されたが、遺骨は残った。

「前の奴も引き取って墓を作ってやったんだろ?」

「何で知ってんだよ」

「サリアがな」

「あれはどうして無意味に抜け目がないんだか……。まあ、さすがに誰にも知られぬまま怪物になって死ぬのって可哀想じゃん? だからその、地球のよしみでせめて墓ぐらいはって思って。無縁塚同然だけどな」

「それで金払って棺買って場所確保して自分だけで埋葬か。物好きだな」

「なら一緒にやってるお前は何なんだよ、っと。このぐらいでいいか」

 レオが加わった事で棺を入れる十分な深さと広さの穴が瞬く間に掘れた。二人はロープを使って人力で棺を丁寧に穴の中に入れると掘り起こした土を埋め戻していく。

「これで良し」

 土を戻し終えるとジョージは疲れを吐き出すように息を吐く。埋めた部分の上には故人が眠る場所を示す簡易な石が置かれる。

「俺一人だともっと時間かかってた。ありがとな」

「気にすんな。ところでこいつの名前は?」

「分かんねえ。記録に残ってても本人かどうか確認できないから」

「じゃあ、前世は? 顔は見たんじゃないのか?」

 前に魔物化した転生者とあった時、現世と前世の姿が重なって見えた。今回はどうだったのかレオは聞いているのだ。

「藤山さん……藤山薫子さんだった」

「藤山……あの図書委員か」

「クラスメイトの事覚えてないと思ってたんだが、藤山さんは覚えてるのか」

「同じ委員会だった覚えがある」

「ああ……」

 納得したように頷くと、ジョージは両手を顔の前に合わせて目を瞑る。レオもそれに倣った。

 黙したまま暫くの間そのまましていた二人が顔を上げた。

「……いずれルファムと戦争だな」

「そうだな。前世じゃまさしく向こう側の話だった」

 道具を片付けながら、レオが不意に呟いた。

「向こうにも転生者がいる訳だが、どうする?」

「どうするって言われてもなあ。戦うしかないだろ。命のやり取りとか嫌だけど」

「そうじゃなくて、墓はどうする?」

 ジョージは手を止め、目を見開いてレオを見た。

「面白い顔になってるぞ」

「うっせぇ。なんつうか、俺はとんでもないのと一緒にいるんだなって、改めて思っただけだよ」

 スコップなどの道具を台車の上に置いて持ち手部分を持ちながらジョージは考え込む。

「誰もいなかったから俺が墓を建てただけだし、誰かが葬式してくれるだろ。ほら、あれだよ。場合によっては俺だって魔物になってたかもしれないだろ? だからって言うか、何だ? 自己満足なんだよ」

 自分でもよく分かってはいないのか、しどろもどろで説明するジョージ。レオはそんなルームメイトの言動を眺め、ただ頷く。

「複雑なんだな」

「それはそれでふわっとした感じだな」

 ジョージが台車を引っ張り、レオが後ろから台を押して二人は墓を後にする。夜の暗闇の中を進みながら会話を続ける。

「レオは? レオはルファムとの戦争はどう思う?」

「元々、公務員的な兵士かその逆の自由な冒険者になろうとしてたからな。そんな事もあるだろ。学生の内にそうなるとは思わなかったが」

「俺達はギフト保持者だからな。戦況によっては普通の学生も動員されるだろうけど。さっきは俺に転生者をどうするって聞いたけど、お前はどうするんだ?」

「さあな。ただお前のは参考になったよ」

「何を参考にしたのやら。じゃあ、どうするか結論は出てないのか」

「いや、決めるのは斬った後で良いやって思った」

 ジョージが滑りこけそうになったのは決して石に躓いたからではないだろう。


 ◆


 ルファム帝国は大陸屈指の軍事国家である。決して恵まれているとは言えぬ大地に北へ行けば極寒の地で南は荒野となっており、過酷な環境下でも生態系を維持する凶暴な魔物達。

 そんな土地に穴を掘り暮らしていた彼らが欲したのは生き抜く為の力。深い地下の中でも耐え抜き、地上へと躍り出る強力な力だ。そんな彼らが信仰するのは闇の神々である。

 闇と光は表裏一体。光差す場所に影が生まれるように、暗闇があるからこそ輝きが生まれる。同時に隣り合いながらも決して混ざり合うことはない。

 だが、闇の神々を信仰するルファム帝国が他の国々に戦争を仕掛けるのは決して信仰上の理由ではない。根の部分で相容れぬが、それでも国として成り立っていれば宗教だけで争いを起こす訳がない。そもそも人々は神の走狗でもなければ神も人の社会に口出しなどしないのだ。

 ルファム帝国は信仰を表向きに、他国の豊かな資源が欲しい。作物が育ちにくい環境では食料事情が切羽詰まっていた。食物だけでなく、技術や労働力、文化の吸収など戦争によって多くの物が得られるのだ。

 問題はリスクとリターン。そして切っ掛けだ。その切っ掛けが今年に現れた。

 転生者達だ。悪神シトによって異世界から生まれ変わらされた若者達。彼らは魔物化を防ぐために欠けた魂を補う形で神々から魂の一部を分け与えられている。それはギフトを得るのと同義であった。

 ギフトを持てば最強と言う訳ではない。現にルファム帝国が誇る最強の戦士であるガルバトス・ガンベルングは死後に信仰する戦神に魂を捧げる誓約を立てているがギフトを持っていない。

 だが、ギフトの力は絶大である事に変わりなく、ギフト保持者の数が軍事力の多くを適うとも言って良い。

 帝国は多くのギフト保持者を抱える事になった。同時にそれは他国でもギフト保持者が増えたことになる。抱えた保持者達の能力は強力だが油断は出来ない。

 だからこその一手を帝国は先んじて打った。

「予想以上だったな」

 城の通路を鉄鬼将軍と名高い老齢のガルバトスを戦闘に十人近い騎士達が歩いている。ファーン共和国から帰って来たばかりで、全員が城に似合わぬ平民の格好だ。

 あれからファーンからの追っ手を振り切る為に寝ずに走り続け、小さな船で帝国領まで逃げ切った彼らの疲労は大きい。だが、誰一人としてそれを表に出さない。

「そうですね。中には投げ飛ばす者もおりました」

「いたな。猥褻行為を働こうとした不届き者が転がらされておった」

 それどころか歩きながら冗談まで言っている。

「あれはそんな意図があった訳ではなくてですね――」

「戦士の風上にも置けん奴だ」

「細君に言いつけてやろう」

「頼むから止めろ!」

 からかわれ叫ぶ男に仲間達から笑い声が上がる。だが、ガルバトスが不意に足を止めた事で弛緩していた空気が一気に霧散する。

「耄碌したかなガルバトス。かの鉄鬼将軍も歳には勝てないようだ」

 通路の先に黒いローブに杖を持った男が立っていた。白髪が目立ち顔に皺も刻まれているが、その目は逆に若々しくギラついている。

「お互いにな。それで何の用だルドウィク」

「何の用? 何故かエリザベート王女の姿がなくて確認しに来たのだが、その様子だと失敗したらしい。未来を選べた上でこの様とは滑稽だな」

 嘲りの言葉に、明らかに場が殺気立つ。偶々通路を通ろうとしていた無関係の者達が冷や汗を流し来た道を引き返して行くほどだ。

 ルドウィク・フラン。ルファムの宮廷魔術師であり、ガルバトスとは同期の仲でもあった。だがこの二人は仲が悪く、城に勤める者なら誰でもそれを知っているほどに。同時にそれは前線で戦う軍と後方にて魔術の探求を行う魔術師達の対立の構図をそのまま表していた。

「封印魔具を持って行ったにも関わらず王女一人捕まえられないとはな。あの魔具に一体どれほどの労力と資産が注ぎ込まれたと思っている」

「王女への政治的優先度は低い。魔具を持たせたのはどうしても王女の身柄が欲しかった貴様だろうが」

「当然だ! ギフトを持たずにあれほどの力を持つ王女だぞ。研究素体として申し分ない!」

「相変わらず下衆なことを臆面もなく言う奴だ」

「上っ面を言い繕うのに必死な戦士などよりはマシだ。これから王に言い訳を申しに行くわけか」

「そうだな。失敗の要因を報告せねばなるまい。そこを通らせてもらうぞ」

 横を通り過ぎていくガルバトス達をルドウィクは引き止めはしなかった。代わりにと言うべきか、ガルバトスの遠ざかっている背中を見ながら鼻を鳴らして自分もまた反対方向へと歩き去っていく。

 その気配が遠ざかって行ったところでガルバトスは部下に指示を出す。

「儂は王の元へ行って報告を行う。当初の計画を変える必要が出てくるが仔細は明日だ。お前達は帰って休め」

 ルドウィクへの憤りを表面上隠しつつも怒気を放つ部下達に指示を出すと、ガルバトスは一人で城にある自分の執務室に移動した。

 留守を預かって書類仕事を処理していた文官からの報告を聞きながら着替えを行い王に会いに行ける最低限の装いになる。

 着替えを終えて王の場所へと移動する途中で、何を思ったかガルバトスは足を止め、王の執務室とは別方向へ首を巡らす。少し考える素振りを見せると、将軍は方向を変えて歩き出した。

 辿り着いた部屋はサロンのような場所で、中では五人の男女が思い思いの時を過ごしていた。ガルバトスの登場に彼らは慌てて姿勢を正そうとする。

「構わん。そのままで聞け」

 ガルバトスは掌を向けてそれを止めさせる。

「知っている者もいるだろうが、儂は王女誘拐の任に着いていた。だが、失敗した」

 自らの失態を隠さずに言うガルバトスに幾人かが反発的な反応を示す。

「口を挟むようで申し訳ありませんがそれは本当ですか? 僕の予知ではガルバトス将軍がいれば少なくとも王女誘拐は成されたはずです」

 前に進み出て発言したのは白いローブの少年だった。

「これは儂のミスだ。お前のせいではない。だが、お前の予知をかき乱す存在がいた。存在しなかった筈の四人目のギフト保持者だ」

 少年は信じられないといった様子で目を見開く。物腰こそは丁寧だったが、自分のギフトに絶対の自信を持っているようだった。先程の発言も自分にミスがないからこその確認であった。

 予想通りの反応にガルバトスは笑みを我慢して表情を変えずに続きを話す。

「詳細は分からぬが運命干渉系のギフトと見ていい。お前のギフトがどこまで通じるか改めて検証の必要がある」

「それはつまり……」

「侵攻計画の見直しだ。お前の予知を纏めた資料も改めて精査する必要がある」

「そ、そんな……」

「詳しい事は後で報告書にしてお前達にも回す。だが、大まかに言うと予知にはいない人間がいた。アリスが封印から早い段階で出てきた。ファーンからの救援が来た。最後に、ドラゴンまで来襲した」

「ドラゴンが来るだなんて、そんな未来は知らない」

 白いローブの少年は明らかに狼狽えていた。

「流石の将軍も戦乙女とファーン、ドラゴンの三つと戦いながら誘拐は出来なかった訳ですか」

 少年から視線を外して声のした方に向けると、浅黒い肌の大柄な若者がいた。ここにいるのは同い年の者達だが、ローブの少年と比べても屈強な体をしていた。不敵な笑みを浮かべているが、挑発しているのではなくてローブの少年の狼狽える姿を面白がっているようだった。

 だが、次のガルバトスの言葉に表情を変える。

「いや、ドラゴンとは戦っていない。ドラゴンは向こうの若いギフト保持者が倒した。その二人は儂にも傷を付けていきおった」

 それを聞いた若者が笑みを消した。

「儂が直接戦ったのは二人だけだが、残る二人も精鋭相手に能力を使って上手く立ち回っていた。ギフト保持者でもない者の中には、儂の兵を投げ飛ばす者までいたぞ。クルナ王国は良き若者達を育てているようだ」

 ガルバトスが話すに連れて室内の空気が徐々に張り詰めていく。ここにいるのは十五になった若者達。悪神シトによって異世界から転生し力を得たギフト保持者達だ。日本とは違う弱肉強食の世界で勝ち残ってきた強者であり、その自負があった。帝国一の戦士であるガルバトスが褒める敵を意識しない筈は無かった。

「奴らと戦うのはお前達の役目だ。慢心を捨て、日々鍛錬に励め」

 言うだけ言ったガルバトスは踵を返す。だが呼び止める声があった。

「待ってください将軍様。せめて名前ぐらいは教えてくれません? でないと他の子達の収まりが効かなくなってしまいます」

 呼び止めたのは露出の多いドレスの上にストールを掛けた大人びた少女だった。彼女だけが唯一張り詰めた空気を纏っていない。

「そうだな……。一人はウォルキン辺境伯の息子だ。もう一人はレオンハルトと名乗った」

「ウォルキン……」

「レオンハルト……」

 噛みしめるようにギフト保持者達は改めて己の敵の名を口にする。

 その様子に満足したガルバトスは何も言わずに部屋を去って行った。

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