第28話 「狩ったなら食わんと」
肉の焼ける匂いが充満する中、焼き終えたドラゴンの肉を頬張るレオの食いっぷりは野性味たっぷりであった。別に周囲に食べカスをこぼしたりしている訳ではないのだが、骨付き肉を削るように高速で食べ、食べやすいサイズに切った上でナイフをそのままフォーク代わりに食べる様はワイルドであった。
ドラゴンを倒した後、これはどうするかと云う話になった。倒したのはレオとヨシュアの二人なのだから決定権は彼らにある。ヨシュアは首を欲しがり、レオは腹が減ったので食いたいと本能で言った。その結果、どういう訳か街まで移動してその広場で焼肉パーティーが開催される事になった。ちなみに大きく重いドラゴンの死体は英雄クラスの戦いの中でも運良く余波を受けずに生き残っていた馬に後から来た警備隊の騎馬、それとサリアがギフトで作った台車を活用して運送された。
街の広場をパーンが議員権限で貸し切って行われるパーティーには魔術学院の生徒や教師の他にファーンの弟子クラスの者達も途中参加していた。
元々は共に若い世代の交流が目的だったのだ。ドラゴンという強烈なインパクトではあったものの、言い繕った感満載ながらドラゴンの肉で交流を図ろうとパーンが言い、レオの食欲満載な焼肉パーティーは食事会と名目上成った訳だ。
「よく食うよな」
レオの左隣に座るジョージは焼けた肉を野菜で包んでちゃんとフォークを刺して食べている。彼は先ほどまでクルナへとドラゴンの素材を運ぶ手続きを行っていた。
「狩ったなら食わんと」
「ドラゴンを食肉扱いか。ドラゴンスレイヤーらしいと言えばらしいかもな」
「他にどうしろと。鱗や骨なんて飾るか椅子になるぐらいだろ。ヨシュアは首を剥製にするか迷っていたみたいだけど」
「いや、素材にするつもりだ」
左隣でドラゴンのステーキをナイフとフォークを使って食べていたヨシュアが口を開く。
「素材って何の? 薬にでも使えるのか?」
「薬になる部分はお前が食べてしまっただろ」
「内臓系はレオがほぼ全部食ってたよな」
「何かマズイのか?」
「医食同源って前世であったじゃん?」
「初耳なんだが」
「同じ箇所の内蔵を食えばその部分が健康になるって話だ」
「俺は健康そのものだぞ」
「肋骨をパズル一歩手前にしておいてよく言う」
「さっきまで折れてた腕でフォーク操ってるあんたも大概だと思うんですけどねえ」
ジョージは呆れてドラゴンスレイヤーの二人を見る。直後、頭おかしいんだなと納得の頷きをしてジョージは野菜を巻いた肉を口に入れる。
「なんかイラッとした」
「奇遇だな。俺もだ」
「気のせいだって。それよりレオはドラゴンの素材はどうするんだ?」
「生き物の体で武器とか作れるのかよ」
「ゲームとかでよくあるだろ。原始人だって動物の骨削って道具にしてたんだ。それに刃を通さない鱗に鉄も切り裂く爪だぞ。下手な武器よりも強力だ」
「そっか、ドラゴンなんていうトンデモ生物だったな。熊とは違うんだな」
「熊は置いておいて、どうするんだ? お前ならやっぱ剣だよな」
レオがジョージから受け取った剣はドラゴンにトドメを刺した際に砕けてしまっている。ヨシュアと半分に分けたドラゴンの死体を特に興味なく売り払おうとしていたレオだが、より強力な剣の材料となるのならばそれが良いのかもしれないと思った。
「……ドラゴンの鱗、欲しいのか?」
少し考えた後、半目になってレオはジョージを見る。この商人の息子の事だから、武器製造の代わりにドラゴンの鱗を要求したいのだろう。ヨシュアが頭部を取った分、首から下の分け前はレオの方が多い。つまり鱗などの素材が多いのだ。
「是非とも買い取らせてください。ドラゴンを使った武器を作れる鍛冶師なんて少ないし、こっちはコネもあるから話を通しやすい訳だ。勿論、製作にかかった費用を抜いた額はしっかりとそっちにお返しする」
ペラペラと利点を喋り、このチャンスを逃してなるものかという気迫があった。
「分かった。分かったから。お前に任す」
「ヨッシャァ! ご利用有難うございますーっ!」
「何だこの商売人」
と言いつつもレオは元よりジョージに話を持っていくのが妥当と考えていた。ヨシュアのように実家が辺境伯で鍛冶師や商人に伝手がある訳でなく、自分で探すには時間も掛かるし買い叩かれる可能性もある。元よりあまり金には執着していないが安く買われては気分が悪い。それなら友人のジョージに任せた方が良いだろう。それに、せっかく貰った剣をすぐに駄目にしてしまった負い目もあった。
「良いように利用されるわよ」
男子三人が話していると、サリア達が近づきテーブルの向かいに座った。
「お酒じゃないけど、飲み物持ってきたよ。葡萄ジュースに果汁を入れた水」
サリアと共に来たラジェルは手に盆を持っていて、そこには人数分のコップと飲み物が入った瓶が二本あった。
「休憩か」
「うん。メリーベルさんが代わってくれたの」
今までドラゴンの肉を捌いていたラジェルがエプロンを外しているところからそう察して聞きながら手を差し出す。ラジェルは差し出された手に果汁入りの水を入れたコップを渡す。
「メリーベル? 誰だっけ?」
「私のメイドですよ。ところでドラゴンの扱いについて話していたようですけど」
レオとラジェルの手の動きを見ていたエリザベートがメリーベルについて補足すると同時に話を戻した。
「レオ、あんたはジョージに。いえ、ロンド商会の客寄せになるわよ」
サリア足を組み、フォークでジョージを指す。商人の息子はサッと目を逸らした。
「どういうことだ?」
「ドラゴンスレイヤー御用達ってね。ほら、スポーツ選手がスポーツと関係ない商品にCMに出たりするでしょう。あれよ」
「ああ……まあ、別にいいよ。変な事に利用しなきゃそれぐらい」
納得した後、どうでも良さそうにレオは言った。隣ではジョージが小さくガッツポーズをしている。
「まだよく分かってないみたいね。それだけじゃないんだけど……」
「不穏な言い方止めろよ」
レオがそう言うとサリアは不敵な微笑をして目だけ動かし隣のエリザベートを見た。王女もまた微笑を浮かべていた。嫌な予感とともにレオの背中に冷たい汗が流れる。
何かを企んでいる王女と公爵令嬢を追及しようとすると、五人の集団がこちらに来るのが見えた。
「少しいいかな? 君達が今年クルナ王国で発現したギフト保持者で良かったかな?」
「そうだけど、あんたらは?」
エルフにドワーフ、獣人の集団からリーダー格よ思われる少年が一歩進みでる。
「俺達は君達と同じ理由でギフトを得た者。つまり、転生者だよ」
「ふーん」
「……えっ、それだけ!?」
レオの態度にリーダー格の少年が驚く。どうやら大きな反応を期待していたようだ。
「こんだけいると別に珍しくもなくなって、なぁ?」
レオが周囲に同意を求めると大体が肯定するような態度だった。最初は自分と同じ境遇、前世の記憶を持つ者として珍しくもあったが、これだけ集まると希少価値が大いに下がった気がする。レオと会った頃ははしゃいでいたジョージでもそうなのだ。元から割り切ろうとしていたヨシュアや興味のないサリアも素っ気ない態度だった。
「レア物でも数が揃うと有り難み無くなるわね。それよりもここに銃オタとかいない? サバゲー好きでもいいけど」
言って、サリアはギフトで短銃を作る。筒の先端から火薬と弾丸となる鉛を入れる先込め式の銃で一発ずつしか撃てない。
サリアの質問に転生者達は首を振る。
「使えないわね。ところで何時まで突っ立てる気? 座ったら?」
酷い言い草の上にこれである。サリアの態度にファーン側の転生者達は戸惑いを見せた。
「この人、こんな感じだから気にしなくて良いって。偶に撃ってくるけど基本関わらなければ無害だし。多分。そんな事より座って座って。立ちっぱなしで話もあれだし」
「いや、でも……」
ジョージの気遣いにリーダー格の少年の視線がある少女の方に向く。その意味を察したジョージがレオを肘で軽く小突き、アイコンタクトを送る。何で俺がと思いながらレオは問題となっている少女へ顔を向けた。
「馴れ馴れしい態度取ってるけど今更だよな?」
「はい。ファーンの方々も遠慮しないでください。ここは公的な場ではありませんし、私も一生徒としてここにいるのですから」
彼らはどうやらクルナの王女であるエリザベートに遠慮していたようだ。同じ転生者と接触したいのにその傍には王女がいる。だから半端な位置での挨拶となった。
肝心の王女からの許可もあって彼らはそれぞれ椅子に座り、簡単な自己紹介を済ませる。周囲ではレオ達だけでなく他の魔術学園の生徒達とファーンの弟子クラスの者達が食事をしながら談笑している。ドラゴンの肉でバーベキューとはおかしな話ではあったが、幸いにも食事を交えてのコミュニケーションは上手くいっているようで、ここへ来た目的であるお互いの交流という点では上手くいっているようだった。
「えっ、じゃあラジェルさんは転生者じゃないんだ」
同じ転生者からという同じ境遇からか、最初にあった固さが抜けてきている。
「うん。私は普通の村娘だから」
「普通?」
ギフト保持者と王女に囲まれた普通の村娘とは一体何なのか。
「ガルバトスの邪魔したり、帝国兵を投げるような人が普通の村娘?」
「辺境の女は他と比べて強いらしい。お前のとこだとどうだ? ルファムが隣なんだろ」
「気概って点ではまあまあいるな。だが、あの投げ技はなんだ? 生活魔法ならまだ分かるんだが」
「やばい。男衆の中で俺だけがまともだった」
ラジェルの普通とは言い難い行動にレオとヨシュアは異常を感じていない点にジョージが嘆く。それを見てファーン側の転生者のリーダーであるルシオをはじめ他四人が戸惑っている。ドラゴンをたった二人で倒したのもそうだが、クルナ側の転生者達は変だった。
「何か馬鹿にされたような気がするわ」
女の勘か謎の霊感か、サリアがファーン側の気持ちに気付いた。
「いちいち噛み付くなよ」
「噛み付くわ。楽しい場合はね」
自分勝手な言い分にレオ達は辟易して顔を背けた。
「ところでそこ二人は暗いけどどうしたの? ラジェルがアリスの炎で焼いた肉が食えないのかしら」
戦乙女アリスの火かよ、というルシオ達の驚きと何であんたが偉そうなのかという疑問に彼らは唖然として反応が遅れる。
サリアが見ていたのはエルフの少女二人だ。ハーフのルシオ以上に耳が長く、男女の違いを考慮しても華奢だ。
フェイ・マスターツとミルファン・ミストニファの二人は会話に加わらず顔を合わせるのを避けるようにして俯き加減でぼそぼそと食事をゆっくり行っている。
「あ、ああ……悪い、そいつらは色々あってな。失礼だと分かってるんだがそっとして貰えないかな? 何なら空気だと思ってくれれば……」
「ふうん……」
サリアは生返事をしながらじっと二人を見る。気分を害したようには見えないが、無表情なので何を考えているのか分からない。そんな公爵令嬢の視線を受ける二人からは冷や汗が流れていた。
「止めてやれよ。ビビらせんなって」
「失礼ね。私はただ見定めているだけよ。ねえ?」
そこでサリアはにっこりと笑みを作った。
「それが駄目なんだよ……」
レオの指摘通り、サリアの表情を見て二人がビビっていた。笑顔自体は自然で爛漫な笑顔だったが初対面でも分かる胡散臭さ滲み出ていた。わざとやっているのではないかと疑うほどで、レオ達魔術学院側はわざとだと思っている。
「あっ--」
銀髪の小柄なエルフ、ミルファンが怯えてフォークの先から薄くスライスされたドラゴンの肉を取り落としてしまう。肉は少女の膝の上、スカートの上に落ちた。
「平気? 染みにならないといいんだけど」
隣に座っていたラジェルが素早く落ちた肉を回収して別の皿へと避け、手早くハンカチを取り出して。
「う、うん……平気」
自己紹介の時を除いて初めてミルファンが口を開いた。
「そう、良かった。スカートも染みにはならないと思うわ。サリア、あんまり怖がらせたら駄目じゃない」
「ミニなだけで同い年よ」
「それでもよ。わざとやってたでしょ」
ラジェルの言葉にサリアは笑みを引っ込めて肩を竦めた。そのやり取りを見ていたファーン側の男衆が慄いていた。
「あの拷問令嬢が引いた……」
「そっちでもあいつは有名だったのか」
外国からでも噂になっているのはとんでもない恥なのではと全くの無関係であるレオでさえもラザニクト公爵家が心配になってくる。
「ほら、新しいの持ってきたからゆっくり食べてね」
その間にもラジェルがミルファンの世話をやく。ミルファンが小柄で控え目な態度をしているせいか見た目以上に幼く見えた。それがラジェルの母性に引っかかったのは分からない。そんな二人をじっと見る者がいた。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもねぇ」
ミルファンと同じく今まで黙っていたフェイだ。赤い瞳でラジェルを見ていたフェイは慌てて顔を背けるが、意識は向いたままなのは丸分かりであった。
「ただ、その……赤くて綺麗な髪だなぁって……」
「ありがとう。あなたの目も宝石みたいで綺麗だわ」
「あ、ああ……」
フェイは耳まで顔を赤くすると隠すようにコップに口をつけた。
その様子を他の面子が見ながらより集まっている。
「百合だわ百合。同性愛ってのは非生産的な癖に燃えるものがあるわね。私はノンケだけど」
「あー、そういうセリフ聞くとそっちも転生者だって分かるな。ドラゴン倒すとか同じ人間かって実感起きなかったし」
「さりげなく人外扱いされたのは置いておくが、実際のところあのエルフはそういう趣味なのか?」
レオの質問にルシオ達は複雑な表情をした。
「そういう趣味って言うか何と言うか……」
「まあ、なあ?」
「あいつの精神的におかしくはないと思うんだが」
「いや、言いなさいよ。うちの子に色目使ってんだから」
歯切れの悪い三人にサリアが銃を作り出して銃口を向ける。脅しだとは思うがこの女なら本当に撃ちかねないと初対面のファーン側の三人にも分かり、ルシオは重々しく口を開いた。
「あいつ、前世が男だったんだよ」
「……そういうパターンもあったか」
ジョージが本人には気づかれないよう同情の視線をフェイに向けた。
「昔から男っぽくって、女じゃなくて男に生まれたかったとか言ってたんだが、前世が男って分かると本格的に鬱に入ってああなった」
「単に言い訳にしているだけじゃないのか? 前世の記憶なんて所詮死んだ他人のものだ」
ヨシュアの前世に対するスタンスは以前変わらずだ。そんな態度のヨシュアにルシオ達は苦い顔をする。
「あの二人は純血のエルフなんだよ。しかも結構家柄の高い。ミルファンにいたってはハイエルフだし」
「ああ、そうか。エルフは精神の成長が遅いんだったな」
「なら、あのミルファンって子も?」
「いや、あの子は……この際だから言うけど、斉田未羽っていただろ」
後半、声を更に潜めてルシオが言った。
「いたなぁ」
「知らん」
「誰それ」
頷くジョージに対してあっさりと覚えが無いと言うレオとサリア。ヨシュアに至っては無視だ。
「あの二人は本気で覚えてないから無視な。それで斉田さんってあれな言い方すると遊んでる感じだったよな」
「どうやら俺達の想像以上にな。それで、あれが自分の前世だって知って鬱ぎ込むようになったんだよ」
「精神が未成熟の内にそれぞれ嫌なものを見ちゃった訳か。それに比べてうちときたら……」
「なんだよ?」
「なんでも無い」
二人のエルフに同情していたジョージの呆れた視線をレオ達は受け、睨み返すが誤魔化される。
「ところで、ラジェルさんが気に入られているようですけど」
転生者ではないエリザベートの言葉に一同はラジェル達の様子を再び観察する。問題を抱えたエルフ二人であったが、ラジェルへの受けは悪く無いようであった。寧ろ、好感を持たれているようであった。
「パーン議員といい、彼女はエルフに好かれる体質なのか?」
「知らん。村では親父さんが男どもを牽制してたって話だけど」
「お前ら、もうちょっと学院生活に目を向けようぜ。ラジェルって貴族平民問わずにスゲー人気だぞ。中には侯爵家の跡取りも混じってるし」
その話を聞いて苦い顔をしたのは貴族階級の二人と王族の少女であった。
「……これは、下手をしたら傾国の美女になるんじゃないか?」
「学内だと笑って済ませられたけど、外でも要人を射止めてるのを見たらこのままにしておけないわ」
「ドラゴンスレイヤーのレオ様だけでなく、早めにラジェルさんも囲い込んでおく必要がありますね」
三人の目はどこまでも真剣であった。
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