第27話 「はあ、偉い立場にいるって損だよな」
街の警備隊に軍、それと弟子を連れて来たそれぞれの達人達に何が起きたのか一通り報告しそれぞれ私見を伝えた後、パーンは深く息を吐いた。
「久々に失恋を味わったよ。初めて失恋した相手は隣の森に住むシバリーン氏族のお姉さんで」
「昔語りなんて気持ち悪いんで止めてください」
まだ仕事の愚痴を漏らしてくれた方が理解できるのにいきなり失恋話を持ち出して来た上司をファシムは一蹴した。
「だって見ただろう。あの一際美しい顔を! あれは、あれはっ、恋する乙女の輝きだった!」
パーンはわざわざ椅子から下りて床に膝をつき、そのまま崩れ落ちるように手も床につける。
ファシムは無視して窓の外を見た。魔術学院の生徒と関係者のために予約していたホテルのサロンから街の広場の一部が見えた。そこではドラゴンの肉料理が振る舞われていた。味は高級品ではないが珍しさで珍味とされているドラゴンの肉が試行錯誤に調理されながら減っていっている。ファシムも仕事でパーンをこのホテルに引き摺る前に頂いたが、中々美味だった。
ドラゴンの調理を主導しているのは上司が惚れたラジェルだ。見た目にそぐわぬ逞しさだが、辺境出身となれば動物を捌くのは当たり前の技能だろう。ドラゴンでなければだが。
ラジェルはパーンとファシムの事を覚えていた。覚えていたが、優先度的に後回しにされて会話したのはドラゴンを倒した少年二人の手当てを終えた後だった。
その後、彼女がハンカチを返してくれた事に礼を言ったらパーンが自意識を取り戻していつもの調子に戻り、お世辞(劇のセリフっぽかったが本人は本気だろう)を述べ、わざわざポケットマネーでドラゴンの料理に必要な物を揃えた。背後で、クルナ王国第二王子を拷問しても許される悪女として有名なサリア・ラザニクトが微笑を浮かべていたのが気になったが、気にしない事にした。いざとなったらパーンを差し出せば良い。
胸中で上司を売る決意をファシムをした時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
いつの間にか椅子に座り直したパーンが優美に言う。強がっているのだとファシムは思った。
「お邪魔するよ」
そう行って入ってきたのはアリスだった。片手には焼いた肉が乗せられている。
「どこの部位の肉かな?」
「舌だそうだ」
二人のエルフが顔を見合わせる。ドラゴンの舌? そこを食おうと思う考えも分からないが、あれだけの炎を吐くドラゴンの舌をどうやって焼いたのか。
その疑問を察したのか分からないが、アリスが教えてくる。
「レオがヨシュアに頼んで切り取ってきた。私が焼いてみたんだが、これが結構美味しいぞ」
アリスのギフトなら確かに焼けるだろう。そんなことでギフトを使っていいのかはともかく。
彼女はパーンの向かいの椅子に座ると皿をテーブルの中央に置いた。フォークも三人分もあった。ファシムが紅茶―ー肉に合うかは挑戦してみないと分からないが酒を出す気なれなかった―ーを用意している間にパーンがドラゴンの舌をフォークで刺して口に運ぶ。
「おお、イケるな」
そして美味そうに食べた。
「ところで、レオとヨシュアと言ったかあの二人は」
一切れ食べたところでパーンがまず最初に切り出した。
サロンを一室借りたのは各組織と話をするだけではない。本命はアリスと情報交換するためだ。部屋の中は既に盗み聞き防止の結界を張っている。単純なもので破るのも簡単だが、破っても素通りしても術者が気付く便利な魔術だ。
誰にも聞かれていないことを目でパーンに合図してからファシムは茶を並べる。
「この度は私どもの不手際で―ー」
「ああ、それは結構。拒絶しているんではなくて、私にその手の話はどうしようもない。頭の下げ損だから、しない方が良いぞ」
ガルバトスを含めた帝国兵達の侵入に加え学生達の身を危険に晒してしまったのはファーンの失態だ。ファーン共和国内で起きたのだから責任は取らないといけないだろう。相手が少数精鋭で潜入してきたとしてもだ。
幸いなのは致命的ではないという事だ。もし王女が誘拐されていればクルナとファーンの間に大きな亀裂を生んでいたことであろう。ルファムはクルナに対する人質と同時に二つの国の友好関係を壊しに来たのだ。
「そうか。実は君ならそう言って私に楽をさせてくれると思っていた。それじゃあ、関係があってもっと建設的な話をしよう」
領土侵入云々王女誘拐未遂云々は確かに問題であり政治の世界では糾弾される結果だったが、それは原因ではない。
「ルファムの動きが的確過ぎた」
ファーンだって馬鹿ではない。だからこそガルバトスは少人数で動いていた。それ以上は連れて来れないから。問題はエリザベートを襲った時のタイミングと場所だ。
待ち伏せされていたとしてもせいぜいが数時間だ。数日間、隠れられるほど領土を巡回する兵士達は甘くない。不審な点があれば事前に魔術学院の馬車のルートを変更させていた。だとするなら、ガルバトスが襲うにはあの場所を通る正確な日時が分かっていないと駄目だ。半日のズレも許されない。
「同感だな。私を一時的に封印していた魔具を用意していた。わざわざ火に強い封印を組んで」
アリスが護衛についていたのを見越しての準備。そこまで的確な用意が出来るのは事前に知っていたからと考えるのが妥当だ。事前に情報が漏れていた可能性もあるが、クルナもファーンも情報戦に決して劣っている訳でもない。
何よりもガルバトスが呟いた言葉が決定打だ。
「ガルバトスは四人目と言った。ピンポイントで襲える程の情報量でありながら昨今で増えたクルナのギフト保持者の数が四人とは知らなかったような言い方だった。これは情報戦とはまた別の手段によって得たものを何か履き違えた事による勘違いだ」
「レオを警戒した点からも分かりやすい。ルファムは予知能力のギフト保持者を手に入れた」
十五歳の少年少女。異世界にて悪神シトによってこちらに転生されてしまった彼らは春からギフト保持者になった。クルナ王国にもファーン共和国にも、他の国々にも、勿論ルファム帝国にも彼らはいる。
「ギフト保持者のありがたいところであり、面倒なところだ。リスクなしで強大な力に厄介な能力を手に入れる」
「私もギフト保持者だが、それはまあ否定しない。話に聞いた事はあるが、予知能力者は具体的にどんな能力なんだ?」
「私だって知ってるのは数人。面識があるのはもっと少ない。ただ、厄介さは知っている。そもそも予知能力と一言で言ってもどのように予知するかはそれぞれだ」
一旦喉の渇きを癒すようにパーンは紅茶を飲む。焼肉を食べたばかりに紅茶だったが、別段変な味はしなかった。
「情報を収集しそこから高度な計算によって未来を得る予知と言うよりも予測能力と言うべきものもあれば、時の流れを知覚して未来が向かう先を観測する能力もある。だが、予知能力者の鼻を明かすのは簡単じゃない。予測だろうと観測だろうとそれを上回る行動を起こせば良い訳だが、それが難しい」
例え、特定の人物が予知に逆らうために普段と違う行動をしたとしてもその心変わりもまた予知の中に含まれていたとしたら。それが運命を覆す手段とは誰も保証することなど出来ず、結局は全て終わった後でしか確証は得られないのだ。
「だが、確実な手段はある。運命の方を先にねじ曲げてしまう。そうなれば予知能力なんて後追いにしかならない」
「運命を捻じ曲げるなんて芸当、どんな大魔術師でも出来ないさ。ギフトを除けばだが」
「レオと言ったかな。強者と引き合う運命だったか? 彼のおかげで今回は危機を避けられたと言っていい」
ガルバトスの未来を知っていたかのような行動の中でパーンとファシム、ドラゴンがやって来た事が予想外だったように見えた。魔物化によって変質した怪物に驚く様子はなかったのに。
「今回は運が良かったとしか言えないな。本人にも取捨選択出来ない力だ」
「そうでしょうね。運命干渉系ギフトも予知能力並に希少だ。そしてろくな人生を送っていない」
「でも、使いたいんだな。少なくとも予知能力者がルファムの手にある限り」
遠回しに言おうとしたことを言われ、パーンは静かに深く息を吐いた。アリスの率直さを羨ましいと思うし、彼女はそれを発揮する場所を分かっている。
「別に寄越せなんて言わないさ。ただ、時々貸してくれるとありがたい」
「彼は兵士じゃない」
「まだ、な」
パーンはガルバトスに集中して見ていなかったが、ドラゴンに致命傷を与えたのはレオとヨシュアの二人。ヨシュアは強力なギフトを持っているがレオは違う。
ギフトを使わないで最強種のドラゴンを殺した。広場で肉に舌鼓を打ちながら戦いを見ていた者や本人に話を聞いたし、ドラゴンの死体も検分した。
感想は――また人間の中から化け物が現れた、だ。たまにこんな人間がいる。才能だの何だのではない。どうしてこんな生物が自然界で生まれたのか分からなくなる戦闘に特化した人間。例えるならガルバトスのような理不尽の存在。
レオがガルバトスと同じ頂まで至れるかは分からない。パーンからすればあんなの増えてほしくはないのだが。
それはともかく、あの手の人間が進む道は決まっている。戦う道だ。
「まあ、他国の民だ。どうのこうの注文をつける気はないしお門違いなのもわかってる。ただ、期待しているとだけ伝えておいて貰えないか? これは私だけでなく共和国議会の考えだと思ってくれ」
「伝えておこう。政治の世界の誰かに。ただ、今回の失態の言い訳にはちょっと無理があるんじゃないか?」
「それはそれ、これはこれ。詫びはまた別の形で取らせてもらう。その時は私よりも口の上手い者が出てくるだろうが」
政治的な話は終わりと、アリスは席を立って退室して行った。テーブルの上にあったドラゴンの焼き舌はいつの間にか空になっている。
暫しの間、アリスが去って行ったドアを見つめていたパーンはゆっくりと口を開く。
「あまり食えなかったな」
「そうですね」
「いや、そんな事よりも今の俺って横恋慕して嫌がらせする酷い男みたいじゃなかったか? 恋愛小説の性格の悪いライバルみたいな」
「そうですね。恋愛小説なんて呼んでるんですか?」
「はあ、偉い立場にいるって損だよな」
「そうですね。広場を貸し切っておいてよく言いますね」
「…………実は俺のこと嫌いだろ」
「そうですね。ウザいとはよく稀に思います」
「“よく”なのか稀なのかどっちだよ! よいうかどうでも良いと思ってるだろ!」
パーンは頭を抱えて叫び、机に突っ伏す。だが、少し時間をおいて体を起こすと残っていた紅茶を一気に飲み干す。
「議会への手紙書かないといけないんだよなぁ」
呟くと同時に、あらかじめ用意してあったのかファシムが便箋と羽ペン、インク壺を目の前に差し出す。普段なら仕事したくないとゴネるところではあるが、早めに連絡を取る必要があった。
「我らは不利になりますね」
「手練れと言えど、ルファムの侵入を許して王女様が襲われたんだ。そこはしょうがない。問題は予知能力者だ」
ペンを走らせながらパーンは自ら言って頭の中を整理するように呟く。
「規模に精度が気になるな。ガルバトスのような武人が動く点から精度は高いだろうな。それに他国の人や土地の予知をしたってことは視れる範囲もデカい。これで戦線が広がれば致命傷を負いかねない」
未来を知っているからと言って望み通りの未来を進めるとは限らない。けれども明確な目標と過程に対する用意ができる。
最悪の事態を想定しそれに備えるのは軍だけでなく組織として当然の仕事だが、本当の最悪は想定よりも上を行くものだ。予知能力者はそれを意図的に起こす事もできるし、防ぐ事もできる。
未来予知は絶対ではない。だが、決して甘く見てはならない能力であった。
「予知能力者だけでなくあと数人。どんなギフト保持者がいるのか。戦争ってのは嫌だねえ」
手紙から顔を上げてパーンは窓の外を見る。それでも手は動き続けて達筆な字を書いていく。長い事机に座る仕事をしていればこんな事もできるようになっていた。角度的にそこからでは広場の様子は見れないが、楽しげな声が聞こえていた。
「はぁ……」
「溜息吐きたいのはこちらです。文章が途中から恋文的なポエムになってて、逆にこっちが恥ずかしいです」
見ずに文字は書けても想いの丈は長生きのエルフでも抑えられないようだった。
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