第25話 「竜殺し、か」
「やっぱ田舎の森で待ってたんじゃ駄目だったな」
「いきなり何の話だ」
サリアが放置したままの板の森の中でレオは板を足場にして進み、ヨシュアは地面をレオが進む方向を当てにして駆けていた。
「世界は広いってことだ。何だあの爺さんは。刃通らないとかサイボーグかよ」
「ガルバトス・ガンベルングは取り分け上位だが、世界にはアリスにも並ぶ英雄がいる。家の領地の国境線だって絶えず英雄クラスが睨み合いを続けているんだ」
それを聞いてレオが想像したのはアリスが二人いて向かい合った状態で炎を放射しているものだった。津波のような炎が辺り一面を焦土とし、馬鹿力からの剣の応酬によって地面が抉れ破壊されていく光景だ。自然災害と変わらない。
「田舎から出て来て良かったな。珍しい動物もいる訳だし」
「都会がまるで魔境みたいに聞こえる言い方は止めろ」
金属板の森を抜けた二人は一度立ち止まり、改めて事態を確認する。
丘の上に唐突に大樹が生えていて、ドラゴンが気に入ったのかその木の上に居座りながら炎のブレスを矢鱈滅多に吐いている。地上では先程の男の仲間らしいエルフが帝国兵相手に学院の教師の魔術による援護を受けながらよく戦っていた。と言うよりもドラゴンのブレスは無差別なので両者とも混乱状態に近くて状況の推移が及んでいない。要はグダグダなのだ。次から次へと現れる敵時々味方。
だが、レオはそれを言葉にして口にするつもりはなかった。何故なら自分のせいだと分かっていたからだ。
そう大したギフトではないと思っていた。剣の腕を鍛えようとして自分で選んだギフトだった。
ただ、走りながらも微かに聞こえたガルバトスの怒声を思えば、どうやら迷惑な能力だったようだ。周りからも散々ネタにされてきたが、こうして混沌ぶりを見せられれば思うところが無い訳ではない。
「なあ」
隣にいるヨシュアに声をかける。
「なんだ? 手短にな」
「お前ってどうして強くなろうとしてるんだ?」
ヨシュアは訝しんだ表情をレオに向けた。想像だにしなかった事を聞かれて本物かどうか疑っているような目だ。
「前から言っている。俺はウォルキン辺境伯の嫡子だ。ルファム帝国と戦争になれば真っ先に戦端が開かれる場所の次期当主だ。戦争状態でなくとも小競り合いなんて日常茶飯事。強くなろうとするのは当たり前だ」
人によっては頭が固く、立場や国に縛られた考え方であると思えただろう。レオの場合は、ただそのままヨシュアの答えを受け入れた。
「今さら自分のギフトの厄介さを知ったか」
冷たく言い放つ級友にレオは首を振った。
「言い訳っていうか、詭弁のつもりもないんだが、そんなもんだよなって思って。そういう星の下だったとか、生まれた家云々とか、陳腐に宿命とか言っていいもんが、単にギフトに名を変えただけなんだよな」
「何が言いたい?」
「いや、結局は鍛えないとなって話。目に見えないもんがあるとして、それが見えるようになったところで結局は変わらなかった訳だから」
今度こそヨシュアは馬鹿にした眼差しを向けてくる。
「自己完結しているなら聞くな」
「いや、人の意見は聞いておくべきだろ。参考にするかは別にしておいて」
どのみち自己完結に違いないと言いながらも思ったレオと呆れた様子を見せるヨシュア。その二人の眼前に砲弾が飛んできた。
「うおおおおっ!?」
二人ともそれぞれ左右に体を投げ出すようにして避けた。二人がいた地点に砲弾が命中し、生じる衝撃が二人を押しやり地面を転がさせる。
「あの鬼令嬢が……っ」
吹き飛ばされ地面を転がったせいで忘れかけていた肋骨の痛みを思い出したレオは呻きながら顔を上げる。巨大な大樹の根元にはサリアがおり、その隣には熱で陽炎を僅かに昇らせる大砲があった。何か言っているようだが声は届かない。だが、文句を言っている事は理解できた。
「さっさと何とかしろと言いたいんだろうな」
「だからって普通味方に向けて撃つか?」
文句を言ったタイミングで第二射が来た。声が届く距離ではないから偶然だと思いたいが、思ったところであの頭のおかしな少女が止まる筈がない。
追い立てるように、それこそ当てるつもりで落ちてくる砲弾を避けながらレオとヨシュアは大樹に向かって走る。
大樹にいるドラゴンは意味もなく炎を吐き、時には隕石のような炎の塊をそれこそ砲弾のように飛ばして大樹の枝や地上を燃やしている。帝国兵の魔術でも大して燃え広がらなかったが、ドラゴンの炎は別のようであった。規模や火力が違う。
ドラゴンが何故そんな事をするのか。もしかしたら、レオ達の後方で起きている爆発や炎に対抗しているのかもしれなかった。
「どうせなら向こうに突っ込んで欲しい。もしかしてビビッてんのか?」
「かもしれないが、俺達にとっては強敵だ」
「強敵、か」
ようやくサリアからの砲撃が止んだ頃、二人は木の根元に到着していた。同時にドラゴンを見上げる。
「なんか、あの爺さんを見た後だとそう強くないように見える」
「当たり前だ。ガルバトス将軍はルファム帝国最強の戦士として名高いんだ。それこそドラゴンが束になって掛からなければ傷を負わす事も出来ないだろ」
「想像を絶する話だ。それで俺達はドラゴン一匹に届くか?」
「手はある。それに倒せればドラゴンスレイヤーだ」
ヨシュアが心なしか熱のこもった調子であった。自分で言って興奮しているようであった。
「竜殺し、か」
レオもまた、その響きを呟くように反復する。英雄願望はないが、男子として竜殺しという響きは来るものがあった。少なくとも熊殺しよりはずっと良い。
「……やるか」
「当然だ。滅多にない機会だ」
ルファム帝国最強の戦士と戦い敗北したばかりだと云うのに二人の戦意は衰えない。逆に、負けたからこそドラゴンと戦うモチベーションが高まっていた。
まず、ヨシュアが剣を振り上げる。刃が〈耀光〉によって光り輝き始めた。
近くで高められるギフトの魔力に気付いたドラゴンが巨体にあるまじき器用さで樹木の枝から這うようにして幹へと移動してヨシュアを見下ろした。身近な攻撃の意思に反応したドラゴンの目は鋭く冷たく敵の姿を捉え、巨大な顎を開く。喉の奥からは火山口かと見間違う熱よ炎の塊が渦巻いていた。
最初に暴威を振るったのはドラゴンだ。喉奥から拡散せずに凝縮された炎を吐き出す。数瞬遅れでヨシュアが剣を振り下ろし、巨大な光の刃を放つ。
光と炎。どちらも熱を伴った攻撃は二者の中間で激突し、目が眩むほどの爆発が起きた。
次の行動に移ったのはドラゴンが先であった。ドラゴンは幹に立てていた爪を抜くと飛び降り、背中の翼を広げる。風の抵抗を受けて落下速度を落とすどころか、逆に風の道を作り受け止め加速しながらヨシュアに向かって急降下してくる。
手前にあったサリアの造った壁を軽々と破壊して、凶悪な生え方をした牙を向ける。その破壊した壁の瓦礫の、破壊された衝撃で未だに飛ぶ一つの影からレオがドラゴンに向かって飛び出してドラゴンの背中を撫でるように剣を振るう。
「流石に無理か」
硬い鱗に弾かれる刃の手応えを柄から手に受け、今までの斬った感触の経験からレオはドラゴンの鱗を斬ることは出来ないと悟る。
レオはドラゴンの背中を蹴ると翼の根元へと移動してそれに掴まる。その直後にドラゴンは地上へと後ろ足で着地し、僅かに残った土と木の根を抉った。寸前で横に飛んで避けたヨシュアは飛び散る根の破片中で素早く起き上がり、ドラゴンの側面に周る。
ドラゴンは自分の翼に取り付くレオとまわり込もうとするヨシュアの内、まずはヨシュアに狙いを定めたようだ。正確にはヨシュアが持つギフト〈耀光〉をだ。ドラゴンは剣や槍、サリアの大砲などでは己の鱗を貫けないと本能で理解しているのだ。同時に、可能性があるとすればヨシュアのギフトだとも直感していた。
だからドラゴンはヨシュアの動きとは逆方向にて体を回して長い尾を彼に向けて振り回す。ついでに翼の虫も払えるかもしれない。
目の前に壁の如く迫る尾の一撃をヨシュアは身を低く、足を前に向けて尾と地面の隙間を滑り抜ける。上に掲げた盾が尾の鱗を掠め、表面が大きく削られる。
レオはその様子を視界の端で捉えつちドラゴンの翼から振り落とされぬまま剣で翼の皮膜を攻撃する。弾力があり、それでいて傷がつかない硬さがあった。
一撃目では傷は付けられなかった。だが、レオがもう一度、剣を引くようにして斬ると皮膜に一筋の穴が開いた。巨大な翼からすると小さな穴であったが、それに気づいたドラゴンの気を引いた。
ドラゴンは首を天に向け、炎を吐いた。炎は宙で翻ると傘状に広がりドラゴンの巨躯に降り注ぐ。自分ごとレオを燃やし尽くすつもりなのだ。自らの毒で死ぬ生物がいないように、ドラゴンもまた自らの炎で燃えることはない。
炎のベールに覆い被されそうになるレオだが、頭上に炎の光を遮る影が差した。地面から伸びた木の根が傘となって代わりに炎を受け止める。
レオは植物の傘が燃え尽きるよりも前にドラゴンの背から飛び降り、横目でエリザ達の姿を見る。
エリザの隣ではラジェル達が集まっている。その中でサリアが前におり、巨大な矢を飛ばすバリスタを用意していた。
サリアが手を上から下へと振り下ろす。それを合図にバリスタに装填されていた矢が発射されて正確にドラゴンの翼に当たる。だが、貫くことは出来ずに矢は皮膜の弾力に弾き返されて地面を転がる。けれども気を引くことは出来たらしく、その隙をついて再び地面から植物の根が伸びてドラゴンを拘束し始める。
その間、レオとヨシュアが地上で合流する。
「文字通り刃が立たねえ。お前のギフトならいけるか?」
「半々だ。わざわざ迎撃したってことは効果はあるんだろうが、あの堅牢な鱗を貫いてとなると怪しい。どこか隙間でもあれば…………」
しかし、ドラゴンの鱗の鎧にそんな都合の良い隙間があるはずもない。
今は捌けているが、有効打を与えられないままだと体力が切れて倒れるのはこちらだ。ただでさえガルバトスと戦い肉体的にも精神的にも疲労しており、短期で決着をつけなければならないと云うのに。
『逆鱗を狙え』
不意にジョージの声を二人は耳にした。だが彼の姿は周囲になく、サリア達がいる場所にいる。そこからでは声は届かないはずだが、どうやらラジェルが魔術によってジョージの声を風に乗せて届けているようだった。
「村の女達が夫に用事を頼む時によく使う魔術だ。あと噂話。欠点は壁越しや中間にいる人間にも聞こえてしまう点だ」
「便利さにおいて生活魔法は他より抜きん出てるのは何故なんだ?」
植物を燃やすドラゴンの炎を避けながら二人はジョージの言葉に耳を傾ける。
『ドラゴンの鱗の鎧は隙間をなくすためにガチガチになってるが、その歪みを一箇所に集めてる箇所がある。そこを破壊すれば隙間が出来るはずだ。ただ硬くない代わりに強い弾力を持ってて簡単には破壊できない』
「情報源は?」
『サリアにも言われたけど、学院の図書館』
レオ達の方から声は送っていないが、魔眼で口の動きでも読んだのだろう。
『逆鱗は喉だ。喉仏の位置らへん』
逆鱗の位置は個体によって違ってくるが、ジョージの魔眼にかかれば位置を特定するのは容易い。
それでも首が長いから分かりにくいとも思ったレオだが、ドラゴンの喉を見ると一枚だけ他とは違う鱗があった。口を開けば下顎に隠れる位置に濁った半透明の樹脂を塗り固めたような鈍い光沢を放っている。
「じゃあ、俺が逆鱗やるからヨシュアはビーム使う準備を」
「その作戦には賛成だがビームと言うな!」
ヨシュアが怒鳴る頃にはドラゴンが植物の拘束を完全に破壊していた。まるでお前達の仕業だとドラゴンの瞳が二人を睨みつける。
それぞれ別方向に散った二人に、ドラゴンは四肢と尾を振り回して暴れまわる。
レオは器用に紙一重で避け、生じる衝撃や風圧を利用して移動し、ヨシュアはドラゴンの攻撃が来ない場所を的確に見抜いて先んじて安全圏に移動し続ける。
ドラゴンの体格に対して人間は小さすぎる。自分の攻撃が届かないとみるや、その大きな翼を広げる。
「飛ばさせるな!」
レオの声が届いたのかは分からないが、ドラゴンが飛び立つのを邪魔するようにその背中に砲弾が幾つも浴びせられる。傷をつけるまでとはいかないが、サリアの砲弾はドラゴンを地上に釘付けにするには十分であった。
ドラゴンが邪魔をするサリアの方へと首を巡らす。その隙にレオが一気に距離を詰めてドラゴンの首に取り付いた。それに気付いたドラゴンが首を振り回すが、レオは鱗の凹凸に指と足を引っ掛けて体を固定させて離れない。レオが仕掛けると踏んだヨシュアも暴れるドラゴンの猛威を避けながら仕掛けるタイミングを見計らう。
一度燃やされた植物の根が再びドラゴンの体にまとわりつこうとする。今度は天に伸びる枝々も伸びてドラゴンを拘束する。
ドラゴンがブレスを吐き、それを一蹴する。
「熱ッ、アチ、アチチッ、熱いんだよトカゲ野郎ォ!」
皮膚や鱗、吐き出された炎で空気が熱されてドラゴンの首に取り付いたレオが怒声を上げて鱗を蹴って跳ぶ。炎を吐き終わったドラゴンが首を動かすのと同時の行動はレオの目の前に逆鱗を見せる。
レオの剣に氷の魔力を纏わせる。苦手な魔術の中で武器に魔力を纏わせるこの技能だけは身につけた。アリスを封印した魔具を攻撃した時は単純に魔力をぶつけただけだが、今はそれに属性を帯びさせている。
冷気を帯び切り口から凍らせる付与魔術。だがレオの剣からは冷気は出ない。代わりに刃からは光の反射以外の輝きがあり、刃が空気を突き進んでいくのに連れて小さな水滴が流れていく。
玉を散らす刃の鋭い突きがドラゴンの喉元にある逆鱗を貫く。
互いに噛み合い衝撃を逃し隙のない鱗の鎧の要となる逆鱗は非常に高い弾力を持っている。硬いゴムのようなそれは鱗とまた違った強度を持っているのだが刃が触れた先から、刃が通る道を作るように凍らせられてその弾力性は無意味に成り果てる。
切っ先が貫き、肉にまで届いた感触--鱗よりはマシだが筋肉もまた硬く押し返すような弾みがある--を剣から得たレオは宙にいながら全身の筋肉を酷使して捻り込むようにして更に剣を突き入れる。
逆鱗が砕け、直後にドラゴンは悲鳴ともつかない雄叫びを上げる。体をより激しく動かし、血を吐く代わりに炎を喉から出す。
「つぅッ!?」
その通路である喉に穴を開けたレオがその炎を浴びかけ、急いで剣を引き抜きドラゴンの首から跳び下りる。
「ヨシュアァ!」
「言われずともォ!」
レオが落ちている間に、周囲に広がる炎を〈耀光〉の光に包まれた盾で振り払いながらヨシュアがドラゴンの懐に飛び込む。その手には眩しく輝く剣を持って大きく振りかぶっていた。
「ここだ!」
剣が振り落とされると同時に光が瞬く。剣に込められ凝縮された光が解き放たれ、ドラゴンの胴を袈裟に薙ぐ。
逆鱗が砕かれ不安定になった鱗の鎧は光の熱と衝撃を拡散できず、光は更に僅かな隙間から肉を貫く。堅牢なドラゴンの鱗が弾け飛びて大きな傷が刻まれた。
誰の目から見ても致命的な一撃。肉の焦げる臭いが漂い、飛び散る筈の血も熱で蒸発し空気に鉄の臭いまで混ざる。
「――ィ、ギャアオオオオオオッ!」
だが、相手はドラゴン。例え同種族の中でも下位に属していようと最強と言われる種の生命力は生半可なものではない。
命尽きかけようと、ドラゴンが敵に向けて絶叫を上げながら反撃を行う。重症の身のどこにそんな力があるのか腕でレオを叩き、尾でヨシュアを薙ぐ。
今まで避け切ってきたドラゴンの攻撃が当たった。防具も身にいない二人に追い詰められたドラゴンの一撃は致命傷だ。
「オ、ラァアアアアッ!」
「負け、るかァアアアアッ!」
当たった瞬間、二人の絶叫が重なる。
レオはドラゴンの手を受けながら剣でドラゴンの指を切断し、ヨシュアは盾に光を纏わせ解き放ちながら尾の一撃を受け流しつつ勢いを利用して敢えて跳ぶ。
レオは地上に叩きつけられながらも足で着地してすぐさま顔を上げる。ヨシュアは打ち上げられた状態のままドラゴンから目を離さない。二人とも同時にドラゴンの傷を狙い体を動かす。
本能に突き動かされるままにレオは鱗の剥がされた胸部に目掛け剣での刺突を放ち、ヨシュアは〈耀光〉の光を砕けた逆鱗に向けて放った。
首と心臓。ドラゴンはそれを同時に貫かれた。
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