第23話 「王女としての務めは失敗したわよ」


「何をしてるんだあの大馬鹿野郎ども!」

 サリアが即席で作った砦の中でジョージが叫んでいた。砦と言っても四方に壁を作り、中から壁の外を見れるよう足場を作っただけの物だ。だからと言って下手に顔を出せば狙われる可能性が高い。

 壁越しに外を見れる魔眼を持ったジョージが外の状況を確認していたのだが、その時に先程の悲鳴を上げたのだ。

「何があったのよ?」

「アリスを封印した魔具をホームランしたレオをヨシュアがビームぶっ放した」

「愉快ね」

「どうすんだよぉ! ラジェルも外にいるし、魔物化ってかクリーチャー化した元同郷もいる。アリス抜きでどうすんだこんちくしょう!」

「本当にね」

 叫ぶジョージにサリアは気怠げに相槌を打つ。やる気が無いように見えるが、簡易とは言え砦を作り今も補強の為にギフトを使い続けている彼女は魔力消費させ続けていた。倦怠感はそれによるものだ。

 現状、状況はやや複雑になっている。

 王女を捕まえたい帝国兵達とそれを守るサリア達。そして乱入してきた前世では同級生だったと思われる怪物一体。

 サリア達学院関係者は引きこもって何とか凌いではいるが、それも時間の問題だ。幸いと言うべきか空を飛ぶ怪物は黒い風を無作為に放っており、帝国も学生も、何よりも転生者の区別がついていない。だが、明確な目的のある帝国兵達は別だ。いずれサリアが作った壁を突破してくる。何よりも帝国が誇る老将軍のガルバトスがいる。

 ガルバトスは帝国内外問わず有名な戦士だ。年齢を感じさせない屈強な肉体に未だ現役を続け、鉄槌からの一撃は城壁も一撃で破壊する。実際、過去に戦争状態だったクルナ王国の破壊された砦の何割かは彼の仕業だ。

 鉄鬼将軍とも呼ばれる生ける伝説に対抗するにはアリスの力が必要だ。ジョージの見立てではアリスは封印から自力で出られるが、それには時間が必要だ。

 敵もそれが分かっているからこそ敵もアリスを封印した魔具を遠くに飛ばそうとしたのだろう。結局はレオの手によって野球ボールよろしくかっ飛ばされてしまった訳だが。

「絶望的ね。それで、あなたはどうするの? 王女としての務めは失敗したわよ」

 サリアが見る先にはエリザベートがいた。その前にはメリーベルが王女を守るようにして立っている。

「王女として皆の代わりに人質になるなんてもう出来ないわ。なら、どうする? エリザベートはこれから何をするの?」

 王女は返事をしない。顔の上半分が影となって表情が伺えないのだ。だが、影の下でエリザベートの唇が微笑を形作るのをサリアは見た。


 ヨシュアが〈耀光〉による光線をこちらに放ったのにレオは気付いていた。と言うよりも予想はしていた。

レオは地面に倒れるようにして光線を避ける。紙一重で、余波の熱を耐えられるギリギリの範囲で避たために光の量もあって外からだとそのまま光に飲み込まれたように見えただろう。

「ラジェルは戻れ!」

 無茶をして砦の外にまだいた少女に向けて言いながら、レオは地面を這うようにして光線が向かった先へと駆ける。

 そこにはルファム帝国の老将軍が立っている。迫り来る光に、彼は片手で水を掬うように上げる。その手に触れた瞬間、〈耀光〉の光線が斜め上へと逸らされた。

 別段驚きはしない。ギフト保持者のアリスと戦えるような男なのだから、そのぐらいはやってのけるだろう。

 問題なのは自分達がどこまでこの老将軍に通じるのか、だ。

 顔が強張る。模擬戦だったアリスの時以上に力の差というものを肌で感じて鳥肌が立つ。全身が酸素を求めているように震えだす。

 それでもレオはガルバトスに挑みかかった。

 光線が全て空の彼方へと逸らされたタイミングで駆ける勢いをそのままに突きを放つ。

 〈耀光〉の光で視界が遮られていた筈のガルバトスはレオの突きを見もしないで軽く避けた。その避けた姿勢のままで軽く手の捻りと指を動かし、ポールハンマーを縦に回転させる。それだけの動作で風を切る音が鳴った。

 下から回転したポールハンマーの先端が突きを放った姿勢でがら空きになったレオの腹を狙う。

 レオは体を捻り、敢えてポールハンマー側へとへと倒れた。

 柄が腹に体に触れた瞬間に地面を蹴る。勢いを逆に利用し、ポールハンマーで打ち上げられたかのようにレオの体が真上に飛んだ。

「ほう。器用な奴だ」

 ガルバトスが無表情ながら感心したように呟く。

 ただレオの耳には届いていない。思った以上に高く跳んだせいだ。アリスの時と同じで相手の腕力が予想の倍以上あった。向きに合わせて受け流したにも関わらず、鞭に撫でられたように柄が触れた腹から鈍痛を感じる。

 そのまま落ちれば骨折する高さから落下しながらレオは剣を上段に構える。下にはガルバトスが見世物を見るような目で見上げてきている。

 ガルバトスの横から突然光の刃が複数飛来した。ヨシュアが走りながら〈耀光〉で光刃を放っていた。

 そちらをちらりと見ただけですぐに視線を上に戻したガルバトスは左腕を横に向ける。その手には闇属性の魔力を纏っており、襲いかかる光刃を拳で砕いていく。

 右手ではポールハンマーの位置を直し、落ちてくるレオを叩く動きを見せる。だが、脱力した腕やポールハンマーの位置が腰よりも下な点から本気で叩き込む訳ではない手加減した構えであった。

 それでも先の一撃で身をもって知ったとおり、手加減された一撃でもレオを殺すには十分な威力がある。

 空中でも姿勢を変えることは出来るレオだが、宙を走れない。構えたまま正面からガルバトスの鉄槌を受け止めなければならなかった。

 ガルバトスが初動を起こそうとしたその時、いきなり彼の頭が前へ勢いよく倒れた。折れたのではと思えそうなほどに首を前に倒した老将軍の後ろには、斑ら模様の球体が宙に跳ね返っているところだった。

 レオが剣で叩き飛ばしたアリスを封印した魔具だ。飛ばされた時に強い回転が加わった結果、魔具はカーブして戻ってきていたのだ。

 上手く戻ってきて当たるとは期待しておらず、気をそらせれればいいな程度にしかレオは思っていなかったが、どうやら運が向いているようだ。

 この機をレオとヨシュアは見逃さない。レオは落下の勢いを乗せた上で剣を振り下ろし、ヨシュアは〈耀光〉の光を剣に纏わせ横へとそれぞれ老将軍に刃を侵入させる。

「なっ!?」

「まさかっ!?」

 しかし、期待した結果ならなかった。想像していなかった結果になった。

 レオの剣はガルバトスの肩に当たり、皮膚を切り、そこで止まっていた。鎖骨部分にも当たってはいるのだが折るどころか逆に地面を力一杯叩いたような感触が返って来るだけだった。

 ヨシュアのギフトの力を込めた剣はガルバトスの左腕を切り、肉を僅かに裂いたところで止まっていた。

 ガルバトスは魔術による肉体の強化も何もしていない。単純に鍛え上げられた肉体のみで受け止めていた。

 驚愕する二人をよそにガルバトスが動く。右手でポールハンマーを回してレオを鎚の部分で引っ掛け遠心力で回す。同時に左腕を引き、筋肉で挟んだ剣と一緒に引っ張られたヨシュアの首を左手で掴む。

 ポールハンマーに振り回されレオは地面に勢い良く叩きつけられる。あまりの衝撃に肺の中の空気を吐き出す。

 直後にうつ伏せになったレオの背中にはポールハンマーが鎚部分を下にして置かれる。首を掴まれたヨシュアは軽々と持ち上げられてしまい、足が地面から離れる。剣で殴りつけるようにしてガルバトスの腕を斬ろうと試みるが、今度は皮膚すら切れもしない。

「そのハンマーは特注でな、重いぞ。魔力で妨害しておるからギフトは使えん。腕の力だけで儂は斬れんよ」

 化物がいた。


 ◆


 ラジェルはサリアが作った砦に向かって地面に突き刺さる金属板の森を抜けたところだった。砦の周囲では特徴のない格好をして武器だけを持つ帝国の兵士達がいた。

 目に前の砦の壁に手をこまねいていると言うよりは、攻略する為の準備をしているようなところであった。

「あいつら、空と地面の中、それに壁を直接突き破る三ルートで来ようとしてる!」

 それを証明するように砦の中からジョージの悲鳴じみた叫びが聞こえる。魔眼で彼らが何をしようとしているのか察したのだろう。

 帝国兵達は手の内がバレたと云うのに、自信があるのか気にしていなかった。代わりにと言うべきか、板の森を抜けたラジェルの姿を見つけて一瞬動きを止めた。

 ラジェルは構わず砦に向かって走り続けた。

「待て!」

 帝国兵の一人がラジェルの前に立ちはだかる。人質にでもするつもりか、剣を握っているもののそれを振り下ろす様子はない。

 ラジェルは地面を滑るようにしてブレーキをかけて、男の前で止まる。

「抵抗しなければ手荒なことは――」

 帝国兵の音が言いかける直前、ラジェルは大きく息を吸った。そして吸った分だけ大声を出した。

「キャーーーーッ! 痴漢っ!」

「へ? あ、いや、これはっ」

 状況からラジェルが狂言を吐いているのは明らかなのに男は動揺した。周囲を見回し、弁明するかのように口を開けたり閉じたりする。

 その隙を少女は見逃さなかった。帝国兵の武器を持つ方の手を掴むと足払いを仕掛けながら手首を捻る。それだけで男の体が一回転して背中から地面に叩こつける。

 母から教わった護身術だ。ここまで綺麗にきまったのは帝国兵自ら手首を捻られ関節をやられるのを嫌い自ら体を回転させたからだ。だが、受身は反射的なものだったらしく、本人も驚いた顔をして空を見上げている。

 その視界を靴底が占領する。踏まれると思った瞬間に、男は地面を転がり、その勢いで起き上がる。

 地面に膝をついた状態で顔を上げれば、赤毛を後ろに靡かせて少女が砦へと向かって遠ざかっていくところだった。


 帝国兵を投げ、踏みつけまで行ったラジェルは砦の前まで移動し、登れるかどうか思案したところで壁の一部が崩れて通れそうな穴が開く。

 ラジェルは急いでその穴の中に飛び込むと、穴を塞ぐように新しい壁が地面から生えた。

「大丈夫?」

 走り続けた疲れから呼吸を荒くして膝に手をおくラジェルにサリアが声をかけてきた。そう言う彼女もギフトを使い続けた疲労からか汗を流していた。

「だ、大丈夫。それよりもみんなは?」

「無事よ。今のところは」

「無事かぁ!?」

 聞こえていたのか少し離れたところでジョージが銃身の長い銃を空に向けたまま騒いだ。銃口が向けられている先には怪物が空を旋回しているところだった。

 ジョージが引き金を引くと空気が破裂したような音が響き、怪物の肩から鮮血が舞った。

「一撃で沈めなさいよ。そんな眼持ってる癖に使えないわね」

「よく視えるからって射撃の腕が良いとは限らないだろ!」

 サリアの舌打ちに怒鳴りながら銃弾を装填し始めるジョージ。鳥の怪物は耳障りな声を上げながら砦の中へと外から入ろうとするが、ジョージをはじめとした教師と学生達の魔術で近寄れないようだ。

「あれって、魔物なの?」

 ラジェルは森の中で会った黒い霧を纏った怪物を思い出していた。姿形は似ていないのに、なぜか似ていると思ったのだ。

「魔物化したって意味だとそうね。あの時の怪物とは違う能力で助かったわ。ああやって牽制し続けてる限りあの耳障りな奇声を聞くこともない」

 かつて森で出会った地球から転生し魔物化した怪物。あれは身を守る黒い霧を発生させていたが、空を飛んでいる怪物の方には障壁の代わりに人を狂わせる魔声を発生する。ただ、効果範囲は声が届く距離も短いようだ。

「でも、外にはまだ帝国が……。さっきは上手くいったけど、もう無理よ」

「ジョージから聞いてたけど、不意打ちでも帝国兵を転ばせられるだけ凄いのよ。まあ、社会的地位のある男ほど効く言霊のおかげなんでしょうけど」

 呆れたと云う体を装いながら愉快そうに薄く笑うと、サリアは砦中央を指差した。

「外に関しては我らが王女様に期待しましょう」

 そこには黒髪のメイドを従えた王女が祈るようにして両手を俯きに何か呪文を呟いていた。


 ◆


 手で触れている程度で力を入れていないのに、レオは背中のポールハンマーの重みだけで完全に動けなくなっていた。手を地面に置いて必死に持ち上げようとはするが、ピクリとも動かない。ヨシュアは呼吸がギリギリ出来る程度に首を絞められると同時、触れているガルバトスの手から流れる魔力によって魔術どころかギフトも使えなくなっていた。

「斬れ、ねえとか、どんな体、してやがる」

 地面にめり込みかねない重みに耐えながら、レオが呻くように声を漏らした。

「よく食べてよく動いてよく寝る。それで十分に人は健康になれる」

 答えが返って来たことにも、その内容が馬鹿っぽいことに思わずレオの体から力が抜ける。直後、ポールハンマーの重みで地面に押し付けられている胸から激痛が走る。先程叩きつけられた際にもしかすると肋骨ヒビが入ったのかもしれなかった。

「小僧、名前は?」

「ああ?」

 必死に重みに耐えているレオの頭上からガルバトスが不意に名前を聞いてきたので、思わず濁声で返事を返した。

 それを、潰されて喋れないと思ったのか老人はポールハンマーの先端を摘んで軽く持ち上げる。本当に軽く、喋る程度の余裕を持たせる程度であった。

 左手側ではヨシュアが諦め悪く剣を振るい続けているが、以前傷一つ付けられない。

「儂はガルバトス・ガンベルング。お前の名は?」

 答えてやる義理もなかったが、言わなかったらポールハンマーが僅か程度と言えど軽くなったのに答えられないのも癪だったのでレオは振り絞るように声をだした。

「レオ……ハル、トゥ……ン」

「聞き取りずらいな。もっとはっきりと声を出せ。まあ、レオンハルトと聞こえたが」

 ――違うし誰のせいだ、と叫びたい衝動に駆られたが、ガルバトスが次の言葉を吐く方が早かった。

「“視たもの”にはいなかった少年、そしてウォルキン辺境伯の長子。どちらも将来が楽しみだ。歳を取るとどうも若者に期待をかけてしまいたくなる――だからこそ、軍人として帝国の脅威となる芽は摘まなければならない」

 レオも、ヨシュアも、動きを止めて息を飲んだ。死を今更自覚したのではない。二人とも危険は覚悟の上であったし、そこまで鈍感な精神で自分を鍛えてきた訳ではない。もっと単純に、静かなガルバトスの迫力に当てられたのだ。

「王女以外に用はなかった。上手くいけば他にも貴族の子息を人質とする心算だったが、駄目だな。ウォルキンの息子が儂に傷をつけるまで成長していたとは驚きだ」

 惜しい、本当に惜しいと言わんばかりに老人は独白する。

「次にお前だ。お前は……なんだ?」

「ボケジジイがっ」

 なんだと聞かれても押し潰されている現状、見たままでしかなく、呼吸もきついレオはそれでも悪態を吐く。

「大した動きだ。自己流だが、良い太刀筋だった。だが、なんだ? 何か違和感と言うべきか、引きつけられる何かを感じる。これと似たようなものを昔どこかで……」

 思考に浸るようにガルバトスが不意に空を見上げた。

 赤い光の玉が三つ、空を飛んでいた。

「――なに?」

 ガルバトスが尾を残す光の玉の軌跡を辿って振り返る。アリスやガルバトスが破壊した丘とは道を挟んで反対側にある丘の上に騎馬が二騎いた。

「はーっはははははは!」

 内一騎が、白い馬の上に乗る男が全員の注目を集めるように笑い出した。

「私こそはファーン共和国シリュスン支族議員、パーン・シルフィードなり! 王立クルナ魔術学院の若人達よ、この私が来たからにはもう安心だ! 悪鬼非道な輩など、成敗してくれる!」

 細い剣を鞘から抜いて天高く掲げるパーン。同時に彼の背後から謎の爆発が起きて七色の煙が周囲へと尾を引きながら散らばっていく。

 その隣では他人のフリをしたくて仕方がないといった感じで顔を背けているファシム・ブライドが馬に乗っていた。後ろの演出は彼の魔法によるものだろう。

 誰もが大仰な登場を果たしたパーンに注意を惹きつけられたからだろう。誰も、ガラスにヒビが入るような音を聞いていなかった。

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