第20話 「おい、人を年中刃物振り回す危ない人みたいに言うな」


 ある日の朝、学院のロビーに設置された掲示板には各学年毎に十名近い数の生徒の名がリストとして張り出されていた。

 ファーン共和国の魔術師組合に所属する弟子クラスとの異文化交流を目的とした行事を行うと発表したと同時に張り出されたそれにはレオ達ギフト保持者四人の名前とラジェル、そしてエリザベートの名前が載っていた。

「魔術師組合って何だ? ゲームのギルドまんまか?」

「ギルドって組合って意味だから。あれ? でもこれって英語を日本語に訳しただけでここじゃどうなってんだ? あれ? 俺は今何て言った? 組合、ギルド、組合、ギルド……」

 掲示板を見上げながら疑問を口にしたレオにジョージが答えてやるのだが、異世界の二ヶ国語を含めた言語マジックに混乱を起こした。

「表現の違いでしょうに。深く考えるだけ無駄よ。それで魔術師組合だけど、好き勝手に活動する魔術師達の連絡を行う寄り合い所のような組織って聞いたわ。基本、引きこもってる魔術師への最低限の連絡網ね」

 頭を悩ませるジョージの代わりにサリアが説明を行う。

「ファーンの魔術師組合ではある程度の技量を持った魔術師は弟子を取る事が義務付けられているのよ。多種族が集まる国だから年齢はバラバラだけど、人間だと十代半ばから弟子入りするそうね」

「アリスが言ってたのはこれか。どんな奴がいるんだろうな」

「『誰か』じゃなくて『どんな』が出てくるあたり前世のボッチ具合が透けて見えるわね」

「お前、元クラスメイトの名前どれだけ言える?」

「覚えてないわ。私の人生に関係ない人達だったから」

 髪を掻き上げて宣うサリアは何故か偉そうであった。

「これ、私の名前もあるんだけど、どうして?」

「ルックス」

「ルックスって…………仮にも学院の代表なのに見た目だけで決める訳――」

「決めるのよ。正確にはインパクトね。ガツンと来る奴でもボーっとする奴でもいいから、ウチにはこんな美少女がいるぞーって自慢するのよ。成績優秀者なんて二人いれば作れるのだから」

「それはそれでどうかと思うが……まぁ、こうして書かれてるんだからいいんじゃないか、ラジェル。どうせ本命はギフト保持者なんだから気楽にいけよ」

 レオはそう言って掲示板を指で軽く小突いた。

「ところで王女様の名前もある訳で、これって向こうでもずっと一緒って事だよな」

「………………」

「無視すんなよ」

「流石に向こうの目があるのに醜態は晒さないでしょう。あの娘はなんだかんだでその辺りはちゃんと出来てるから。問題はラジェルやエリザじゃなく、お前達よ」

「ギフト保持者だからか?」

「違うわ。お前レベルの剣士がクルナのデフォルトだと思われると……恥だわ」

「何でだよ!」

 表情の変化に乏しいサリアの目が真剣だった分、余計に怒りが湧き上がる。

「いいか? 暴れるなよ? 絶対に剣の腕を見せびらかすなよ? フリじゃないからな!」

「お前もか……」

 更にはジョージにまで言われる始末だった。

「人の事言えないわよ、お前。商人のロンドと言えば金の亡者で有名で売るかどうか決めていないのに嗅ぎつけて買っては高値で売り捌く金の亡者じゃない」

「ちっげーし! 金の亡者じゃねえし! 仕入れは大事だろ? それにぼったくってんじゃなくてちゃんと適正価格だから。大体、実家の商売は親父と兄貴達が主導だから俺関係ないから! そもそも、そんな事言ったらサリアだって王子に拷問を仕掛ける鬼畜令嬢だろうが!」

「失礼な男ね。あれはフィリップがマゾだからいけないのであって私は悪くないわ」

「この国終わってるな」

 お互いに言い訳し始めるサリアとジョージを見て、特に関心が無いながらも国の行く先に不安を感じるレオだった。

「お前達、何を騒いでるんだ? 邪魔だぞ」

 多くの生徒が巻き込まれまいと掲示板から離れて行く中で逆に近づいて来た男子生徒がいた。ヨシュアだ。

「あっ、じゃあ、あいつは?」

「――ヨシュア、ルファムが攻め込んで来たらどうする?」

「皆殺しだが?」

 ジョージの問いにさも当然のように即答したヨシュアに白い視線が突き刺さる。

「……おい、何だその目は?」

「ウォルキン辺境伯と言えばバリバリの武闘派よ。喧嘩を売れば二度と立てない体にされ、領地の村が攻められれば執拗に敵の首を狙い跳ねて野晒しにし、ある時は敵将を馬で引き摺り回したりもするのよ」

「待て。いきなりどんな経緯の話なのか知らないが、首を敵陣地の前で串刺しにしたのは十代前の当主で、三代前の当主が敵の将を馬で引き摺ったのは敵のマントが馬具に引っ掛かったのに気付かなかっただけだ。妙な言い掛かりはよせ!」

「どこの吸血鬼とひき逃げ犯の言い訳だよ…………」

「そんな言い訳が咄嗟に出る分、確信した上で事前に用意してるよな」

「数代前の先祖の恥部なんて普通伝えないものだけど、昔から散々言われてたから記録しているのかもしれないわね」

「くっ…………」

 図星らしく、ヨシュアは三人に反論出来なかった。

「そ、そうだ、泊りがけになるみたいだけど持って行く物とかあるかしら? 外国に行くには何か手続きが必要じゃなかった?」

 ラジェルが慌てて話題を変えて来た。

「あるにはあるけど、手続きは流石に学院がしてくれると思うわよ。と言うか、させるから」

「それでも面倒だな」

「職員室で聞いて来るか」

「職員室は嫌なのでお前らで行って来てくれ」

「気持ちは分かるがお前も来るんだよ」

「ちょっと待て。勘違いしたまま行くんじゃない」

「せっかくラジェルが話逸らしてくれたのに蒸し返してんじゃねえよ!」

 五人は騒ぎながら掲示板の前から離れて行く。そんな彼らの背中を他の生徒達は引き気味に見送った。一般人--貴族含む--にしてみれば彼らは同じ穴の狢であった。


「二週間の野外学習扱いだと。林間学校の大型版だな」

「往復で八日は掛かるからな。実質六日だな」

「国境まで行くんだからそんなものね。馬車とか面倒臭いわ」

 学院側から交流会の詳しい話を聞いたレオらは夕食を食べながら食堂で話し合っていた。

 目的地は国境を越えたファーン共和国の街で、そこまでは馬車で四日は掛かる。船と云う手もあるが国境付近では逆に港まで遠回りになるし、途中で下ろそうにも近隣は崖が船が停まれるような場所は無い。

 国境近くの街でファーンの魔術師の弟子達と顔合わせを行い、何やかんやで交流を深めると言う訳だ。

 いい加減な学校行事ではあるが、それは表向きの理由で実際は予測される帝国との戦いに備えて友好国のギフト保持者同士の顔合わせが行われるのをアリスから聞いていたレオ達は杜撰な計画に特に突っ込みは入れなかった。

「交流を深めるとか、正直何やれば良いんだ?」

「いつも通り剣振り回してればいいんじゃない?」

「おい、人を年中刃物振り回す危ない人みたいに言うな」

「え?」

 サリアとジョージが揃って驚きの声を上げた。

「拷問令嬢と守銭奴が……」

「向こうではどんな魔術を習っているかとか教えて貰えばいいんじゃない? 魔術だけじゃなくて武術とかも」

 掲示板前の時と違い、落ち着いて話を戻すラジェル。この三人の煽り合いには慣れていた。

「………………」

「この蛮族ちょっと迷ったぞ!」

「熊殺しの次は亜人殺しかしら」

「斬らねえよ……」

「説得力ないわー。マジないわー」

「無表情で言われると余計に腹--」

「ところでエリザも交流会に行く訳だけど」

「………………」

 サリアの態度に文句のあったレオだが、エリザベートの名前を聞いた途端に押し黙って食事を淡々と進めた。

「在学中のお姫様だからな。そういう場に出ない方がおかしいよな。と云う訳で頑張れよ、レオ」

「ぶん殴るぞお前」

 レオの肩に手を置いて半笑いを浮かべながらサムズアップするジョージは誰が見ても殴りたくなる顔をしていた。

「アリスが護衛に尽くそうよ」

「ギフト保持者の英雄が同伴か。贅沢だな。当然と言えば当然だけど」

「コスパも良いからな」

 王女が城を出て他の国に行くとなれば騎士団が直接護衛に着いても何らおかしくない。ただ、その分物々しさが増して大事になるのは間違いない。

 表向きは若人の交流会と銘打っている以上は威圧感を与え目立つ騎士団を連れて行くよりは英雄一人置いておけば王女の護衛は事足りる。

 戦闘に特化したギフト保持者であるアリスが一人いるだけで千の騎士以上の脅威があるのだから。

「アリスがいれば安全ね。試験に向かう途中で襲われた時も、あっという間に盗賊を倒してたから」

「盗賊に同情してしまう。自業自得だけどな」

「人を野球のボールみたいに飛ばすような奴だからな……」

 実際に飛んだレオが遠い目をした。彼が言うと実感が篭っていた。

「実際の所、アリスより強い奴なんているのか?」

「誰かが一番か知らないけど、同格と言われてるのはいるわよ」

 行商人が持って来た新聞を読んでも忘れるようなレオであったが、サリアの答えに他二人も意外そうにしていた。どうやら、そこまでの情報は一般的で無いらしい。

「クルナは暫く戦争が無かったから名前を聞く機会は無いから当然ね。アリスのは周囲が騒いだ結果だから」

「へぇ……例えば?」

「近衛隊長とか大将軍の爺様、それに国境の警備を任されているウォルキンのエースとかかしら。この内の二人がギフト保持者よ」

「へぇ……ギフト保持者が重宝される訳だ」

「勿論、ルファムにだっているわよ。良かったわね、レオ。『強者』なら世界中にまだまだいるわよ」

 そう言って、サリアは不敵な笑みを浮かべるのだった。

「……なあ、それってつまりルファムと戦争になればアリスさんクラスのチートがこぞってレオを襲ってくるって事じゃないか?」

「………………」

 四人が座るテーブルに沈黙が下りた。

 レオのギフトが及ぼす影響力は明確に判明していないが可能性は大いにあった。

「俺達、友達だぜ。だから戦争が始まったら離れてくれよな」

「何があろうと巻き込んでやる」

「男のアツイユウジョウねー」

「これは違うと思う」

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