第18話 「戦争、か…………」


「食堂は初めて利用したのですけど、栄養バランスが考えられていますね。私には少し量が多いですけど」

「そっすねー」

 目の前に座るエリザベートに対してレオは気力の無い態度で返した。

 頭脳労働と精神修行が合わさったような魔術の授業の後、日々の楽しみである昼食の時間に王女が現れたのだ。彼女の目的はレオで、普段は寮の部屋でもっと高級な料理を食べていると云うのにわざわざ食堂の食事を食べている。

 王女の斜め後ろには黒髪のメイドが彫像のように立っている。その隣にはタイヤの付いた台があり、食器やティーセットにポットが置かれている。

 レオ達は食堂は食堂でも外であるテラス側で食事をしていた。普段はテーブルなど置かれてなどいないのだが、エリザベートが設置した。

 勝手な振る舞いのように思えるが、生徒達が利用する雑多とした食堂に王女がいる事自体ある意味で迷惑なので、逆に視界に入らないテラス側にいてくれればゆっくりと食事が出来るので誰も文句は言わない。

 ただし、一緒にテラスにいるレオ達にとっては居心地が悪い。

「レオが選んでくれたって服、後で見せなさい。それと買った時のシチュも話しなさい。小姑の如くチェックしてあげるわ」

「何時から小姑になったのよ。見せるから、今度見せるから今は止めて!」

 そんな空気の中でもサリアだけが平常運転だった。いや、レオとサリアのデートを話題に出してエリザベートを煽ろうとしている事から寧ろ絶好調であった。

「あら、私も興味があります。宜しければ私にも見せて貰えますか?」

 サリアの煽りを受けてか、本当に好奇心からなのか。微笑を浮かべて話に混ざってくる王女。何か含みがあるようでもなし、雰囲気も気品ある王家の娘である。

 だが、何故か正体不明な圧を感じる。空気が重いなど敵意などとは違う凄味が感じられた。

「ごっそさん。じゃあ、俺は食後の運動してくるから」

 理解不能な雰囲気の中、急いで昼食を食べ終えたレオが離脱を図る。だが、それを阻む者がいた。今まで一言も発さなかったジョージだ。

「はっはっはっ、何を言ってるんだいレオくん。まだ食後のティーがあるじゃないか。食べてすぐに運動するのも体に悪いぞ」

「ははっ、何時でも動けるように腹八分目を心がけてるからな。そんな心配は無用だともジョージくん」

「いやいや、そう言わず」

「大丈夫大丈夫」

「――いいからお前が残れよ! 俺、単に巻き込まれただけなのに!」

「知るかっ。俺だって変な汗流しそうなんだよ! 王女とのコネが出来るかもしれないんだから頑張れよ、商人!」

「商人だからこそ地雷には敏感なんですよねえ? 寧ろお客様が望む品を用意する商売としては、お前をここに引き止めるのが最善だと思うわけで」

「ロンド商会は何時から人身売買に手を染めたんですかねぇ…………!」

 男共がみっともない摑み合いを始めると、エリザベートがそちらに振り返ってくる。

「レオ様、剣の鍛錬ですか?」

「お、おう。日課だしな」

 日課と云う部分を強調してこの場から離れるのは自然な事だとアピールするレオ。

「ええ、知っています。レオ様は鍛錬を欠かさず、用事が無ければそれこそ一日中素振りをしていますのも」

 まるで実際見てきたかのようにサリアが言った。

「魔術について悩んでいるようですけど、レオ様ならきっと出来ますよ。素振りと一緒で練習あるのみ。もう属性付与を集中して学ばれようとしているのは剣士のレオ様にピッタリですね。先輩としてアドバイスするなら、最初は火属性からの方がよろしいですよ? 身近でイメージし易いですから」

「お、おう、ありがとう…………」

「ついさっきの授業での話を何故知っているのか。自分の授業はどうした」

 サリアの指摘にエリザベートは笑みを返えすだけで答えなかった。それが余計に怖い。

「レオ様は将来、騎士になるおつもりで?」

「いや、冒険者になる」

 本当は兵士か冒険者か決めていなかったが今回ばかりはレオも断言した。兵士は下っ端であろうが、国や国の貴族から給料を貰う立場なのだ。下手に入隊でもすれば王女が干渉しかねない。騎士ならば余計にだ。

「そうですか。何にしても活躍の場は増えると思いますよ? 戦乱の世は刻一刻と近づいて来ていますから」

 物騒な言葉に、その場の皆がエリザベートに視線を集中させる。

 王女が戦乱の世が来るなどと口走るのは軽率であった。貴族階級は平民と比べ権力を持ち資産があり、同時に責任がある。

 王家となればそれはより大きく、そして他愛ない発言一つとっても影響力を持つ。だからこそ軽率な発言は控えるべきなのだが、それが分かっている筈のエリザベートは更に問題発言を繰り返す。

「前世の同郷の方達と争う事になるかもしれません」

 誰かが息を飲むように喉を鳴らす音が聞こえた。

 レオの反応を窺うように見上げて来るエリザベートに、レオは瞬きをした。

「そうなるだろうな」

 さも当然のように、レオは争い戦う事を是とし受け入れていた。


 その夜、男子寮の裏庭でレオは木剣で素振りを行っていた。未だに全身に軽い痛みはあるが、治癒師のおかげで今日も鍛錬を行えれた。

 木剣を両手で持って右足を前に踏み込みながら上から下へと振り下ろす。言ってしまえばそれだけの動作であるが、これを怠れば剣のキレが鈍る。

 尤も、レオは剣が鈍った事など一度も経験していない。誰かに言われずとも冒険者に剣を教わってから毎日毎日雨だろうと雪だろうと、子供は風の子だと宣って一切休む事なく振り続けてきた。

 ブランクや限界など知らんと言わんばかりに鍛錬を積み続ける。だが、必ずしも剣ばかり考えて生きてきた訳ではない。

 素振りを続けながら、あの悪神について考えていた。

 エリザベートの言葉が切っ掛けなのは間違いない。レオは悪神シトの企みに思考を費やしていた。

 シトが原因で急激に増えたギフト保持者。これは一気に国の戦力が増えた事を意味していた。であるならば波乱が起きるのは容易に想像できる。

 何よりクルナ王国の隣には闇陣営の神々を信仰するルファム帝国がある。悪神がその国に転生者を送っていないはずが無い。

 この世界は多神教であるが大きく二つの勢力に分かれている。光の陣営と闇の陣営、かだ。

 魔力の属性に影響しない生態である種族ならどちらであろうと構わず、単純に光を良しとし闇を悪とするのは間違った考え方だ。そもそも光と闇は表裏一体であり、どちらだけと云うのはあり得ない。

 それでいながら両者は敵対し合い喰らい合う。まるで共食いだ。

 農民でも分かる事実として、クルナ王国に戦争を仕掛けるような国はルファム帝国しかない。

 両者の国の間には戦争の歴史しかない。光を信仰する国と闇を信仰する国では争いが起きても仕方がないと思うかもしれないが、それを大義名分として相手の領地や資源を奪い合う戦争経済に過ぎない。

 前クルナ王の晩年から戦争のない平和は時代が続いたが、その平和の間に力は蓄えられる。そして、ギフト保持者の存在が起爆剤となって戦争が起きる。

 かつてない戦が始まるのだ。

「――駄目だな。下手に前世の知識があるから余計な事を考えちまう」

 前世の記憶がある分、その知識や経験が想像力を働かせる。レオはそれを雑念だとし、振り払うようにより強い勢いで剣を振り下ろす。

 木剣により押し出された空気が風となって吹き荒み、土埃が周囲へと流れていく。

「フゥ…………メフィーリアか」

 剣の構えを解いたレオが後ろを振り向くと、そこには相変わらず黒いローブを頭から被ったメフィーリアがいた。

 毎度、不意打ちのように突然現れる女神であるが、すっかりとそれに慣れたレオは前の時のように反射で斬りかかるような事は無かった。

「う、うん……こ、こん、こんばんわっ」

「ああ。森の時以来だけど、今回はどうした?」

「す、少し、き、きき気になったから……」

「気になった?」

「だ、大丈夫、かなって」

「え……あー…………」

 何を言われたか分からなかったレオだが、この小さな女神が心配してくれるのは分かった。

「わ、私達、かか神は基本的に現世に干渉できない。地上に触覚を放っても神としての力は震えない。い、幾つかの特例はあるけれど、あ、あなた達には既にギフトを授けた。だからこれ以上何も出来ない。と、特に、戦争に関しては何もしてはいけない決まり」

「そうなのか。まあ、そこまで神様に手出しされちゃあ堪ったもんじゃないからな」

「セトの狙い通り、戦争が起きる。……ご、ごめんなさい」

「いや、メフィーリアが謝ることじゃないって。俺の心配してくれるのは有り難いが、人間同士の争いなら村でもあった。山賊とかな」

 レオは戦争は経験した事はないが、人同士の殺し合いになら経験があった。それは村を狙って襲撃して来る山賊連中だ。

 畑を荒らし、私財を奪い、村人を襲う彼らの討伐は小さなコミュニティである村にとってはそれこそ大戦争だ。

 だから、軽視する訳ではないが国同士の戦争はレオにとっては山賊退治の拡大版という認識であった。

「で、でも、戦争だよ? ルファム帝国にも、て、転生者はいる。と、とと友達と戦う羽目に…………」

 本気で心配し心砕いているメフィーリアの様子にレオは家族を思い出した。

 レオの強さは知っている癖に、口では心配していない癖に、山賊討伐や狩猟に出掛けるレオに母や妹は気にかける素振りを見せた。

 ラジェルもそうだ。何だかんだとこちらを心配し、見ていないと落ち着かないようで色々と世話を焼く。告白して来た時、人を好きになる事を教えると言っていたが、半分は人並みに出来ない自分を気遣っていた。

「あー、うん……まあ、大丈夫だ。魔物化した奴も斬ったんだし、国が違えばそんな事もある」

 家族やラジェルと重なるメフィーリアを前にレオはごく当然のように、平気だとアピールする。

 実際、この手の話は何も言っても効果は低いとレオは考えていた。結局、終わってからでないと安心出来ないのだ。あれは杞憂であったと思わせる結果がなければ何時までもこの調子だ。

 だから当たり障りの無い言葉で誤魔化すのだ。

「それで、いいの?」

「いいとも。生きてる以上、楽にはいかないもんだからな」

「うん。わ、わかった。で、ででも、無理はしないでね」

 そう言い残し、メフィーリアの姿が闇に溶けて消えていった。

 女神の気配が消えるとレオは木剣を構え直して素振りを再開する。

「戦争、か…………」

 未だに剣筋に納得いかない顔をしながらレオは小さく呟く。

「やっぱ、余計な知識のせいか雑念が混ざるな」

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