第16話 「こ・と・わ・る」
休日、春麗らかな季節も終わりが近づいてきた日、貴族寮最上階の最も広く豪華な部屋の中にサリアの姿があった。
紅茶とチーズケーキが二人分乗るテーブルを挟んだ向かい側にはクルナ王国の王女エリザベート・ローン・クルナの姿がある。
王女はつい先日見せた痴態など嘘のように、優美に紅茶を飲んでいた。あの時のは夢か幻覚を見たんだと言われれば誰もが納得するような態度だった。
「すっげーウケるわー」
チーズケーキを素手で掴んで食べ、紅茶で流し込む令嬢のれの字も無いサリアが感情の篭っていない声で言う。
「サリアさん、その言葉遣いと食べ方は公爵家の娘としてどうなのです? 堅苦しくとは言いませんけど、もう少し節度を持って下さい」
「昨日、あんな面白言動した王女に言われてもねえ」
気安く気に話す二人は身分や歳が近い事もあって友人関係を築いていた。
王女と云う身分であるエリザベートが親しく話しても問題の無い公爵家の身分であるからこそであり、歳も一つしか離れていない。エリザベートの兄であるフィリップ第二王子の婚約者でもあるのも理由の一つだ。
「言う機会が無かったのですけど、始業式に顔を見せてくれなかったとお兄様が残念そうでした」
「放置プレイの一環よ」
嘘である。単にレオとラジェルの関係を面白がっている内に忘れたのだ。
「そんな事より、この間は随分簡単に引き下がったわね。邪魔はしないにしても様子ぐらいは見に行くと思ってたんだけど」
「この間と言うと、レオ様をお誘いした時ですか? 確かに残念でしたけど、横から奪い取っていく真似なんてしませんわ。それに断られて丁度良かった。急用が出来てしまったもの。サリアも同じだからレオ様とラジェルさんの後を付けるのを止めてこっちにいらしたんでしょう?」
「そうよ。実家から来るよう言われた。迎賓の歓迎パーティーとか勝手にやってろって話だわ」
うんざりとしたような声を上げて、サリアは紅茶を一気に飲み干した。
自由に振舞っているサリアだが、由緒正しい公爵家の娘だ。社交界に出て挨拶回りの十や二十こなさなくてはならない。
パーティーに出席するには一人で着られないドレスを着たり、やけに細かい化粧までする必要がある。その手の準備には時間と手間が掛かるので、正午過ぎには学院から出て屋敷で準備を始めなければならない。
おかげで、サリアにレオとラジェルのデートをデバガメ出来ないのだった。
「共和国の議員の身内が使者として来るもの。面子もあって顔を出さないわけにもいかないでしょう」
「共和国、ね……」
小さく呟くとサリアはカップの縁を指でなぞる。
「同じ異世界の記憶の持ち主がいないか気になります?」
「…………貴女はどこまで知ってる?」
サリア達がギフト保持者なのは学園内では誰もが知っている事だ。だが、前世の記憶として異世界の知識があるのを知っているのは関係者以外知らない。
別段、機密性が高い訳でも隠している訳でもなく、調べればすぐに分かる。肝心なのはそれを知ってどうするつもりなのかと云う点である。
「レオ様について色々調べていたらそんな情報が引っかかったんです」
「色々」
頬に両手を当てて顔を赤らめながら言ったエリザベートの言葉をサリアは抜粋してそれこそ意味深に繰り返した。
「好きな人の事を知りたいと思うのは仕方がない事です。それよりも、今回の使者はルファム帝国に対するクルナ王国とファーン共和国の協定取り決め、その下準備の為に来ているそうよ。相場の価格調整の話し合いを表向きにして」
いきなり政治の話がエリザベートの口から飛び出す。だが、サリアは特に驚かずマイペースに紅茶とケーキのお代わりをメイドに注文していた。
「闇の神を信仰する帝国とはずっと冷戦状態なのに今更何を密談する必要なんてあるのかしら」
「分かっているでしょう。ギフト保持者が一気に増えたからよ」
サリアは二杯目の紅茶に口を付けながら肩を竦めた。
ギフトは強力だが保持者の数は少ない。だが、今年に入ってサリア達転生者のおかげでその数は一気に増えた。
前世にて一クラス全員が死んだ。その数は三十六人。一人は魔物化していたので、最大で三十五人のギフト保持者が増えた事になる。
丁寧にも各国にバラけた転生者達。現役の騎士でありギフト保持者のアリスと比べれば足元には及ばないが、それでも成長途上なのもあって強力なのは間違いない。
ギフト保持者が一人いるだけで戦力バランスが崩れるこの世界に置いて、その数が一度に増えた今、どこの国が侵略してきてもおかしくない。
特に隣接するルファム帝国は主に闇陣営の神を崇める国家で、逆に光陣営の神を信仰しているクルナ王国とは昔から争いが絶えていない。
現国王の代になってからは水面下のいざこざ程度で規模の大きい争いは無かったのだが、ギフト保持者が大量に現れたせいでそれもどうなるか分からない。
だからこそ友好国である共和国との連携が必要になったのだ。
「それで、王女がいきなりどうしてそんな話を? 今更戦争に興味持ったのなら将軍にでも相談したらどう?」
「軍部に口を挟むつもりはないわ。でもね、私はギフトを持つ貴女が心配なのよ」
「私じゃなくてレオがでしょう」
「貴女の身も心配なのは確かよ」
サリアの切り返しにエリザベートは言い淀む事なく微笑と共に返した。本心を読ませない顔――ではなく本気でそう思っていると思える優しく穏やかな笑みだった。
「面倒だからはっきり言うけど、戦争が起きたら私達は間違いなく参加するわよ。どんな形であれね。これは名実共に仕方がない事で、例え王でも覆さないわ」
エリザベートの態度に感心しつつもサリアは結論だけを言った。
ギフト保持者にはギフト保持者をぶつけるのが一番効率的だ。もし、戦争が起きれば増えたギフト保持者間違いなく戦線に投入され、それに対処する形で自国の手持ちが使われるのは当然だ。
公爵家のサリアも例外ではない。例え王子の婚約者だとしても物質を作る〈創成〉の能力は強力だ。魔力を気にしなければ、例えば大砲を即時展開し発射、移動も簡単ですぐに別の場所から同じような攻撃が出来る。その気になれば一瞬で砦を作れるサリアのギフトは戦争に便利過ぎるのだ。
ヨシュアに至っては防衛を担う辺境伯の嫡男だ。領地を守る意思は既に固まっており、帝国と戦うとなれば寧ろ積極的に戦いに赴く。ギフトも攻撃力が高く、軍神でもある光の神からのギフトを授かったヨシュアは家柄もあって兵の士気を高める事が期待出来た。
一見戦闘力が低いジョージだがその魔眼から得られる情報は非常に有益だ。隠れている敵も砦の弱い箇所も見ただけで発見できるのだから。それに家が貴族位も買える程のコネと資金を持っており、軍資金面での援助が期待できる。
そしてレオは…………。
「何なのかしらあの村人」
下手をしたら野良ボスエンカウント率上昇と云う初プレイ時には困るギフトを持っているレオ。初プレイ攻略本無し一回こっきりの人生に於いて全く要らない能力だった。
「でも、ヨシュアよりも剣の腕は上なのでしょう? 魔物を撃破した経験もあり、あのアリスと模擬戦とはいえ無事にいる。バックのいないこんな人材、使わない手はないですね」
「ごめん、聞き流した。もう一度説明しなくて良いから結論はよ」
「……軍への加入は避けられなくとも、あの方をむざむざ死地に追いやりたくないの。せめて最前線は避けたいわ」
「たかが一人の男の為に王女がやる気ねえ。恋する乙女って凄いわね」
「こ、恋する乙女なんて……恥ずかしいわ」
「髪どころか頭の中までピンク色ね。愉快だわ」
体をモジモジさせて発熱するエリザベートと顔にニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべるサリア。
王女として、令嬢として、それぞれ頭のネジが緩んでいるどころか何本か締め忘れているようだった。
「それで返答は?」
「こ・と・わ・る」
「……理由を聞いても?」
「面倒。だいたい、レオを戦場から遠ざけた所で、そもそも立っている場所が最前線になるかもしれないギフトを持ってる奴よ。やるだけ裏目に出るわ」
「そこまで力が?」
「知らないし分からない。だから最大限警戒するに越した事はないでしょう」
「そう……残念だわ」
サリアの意思を確認したエリザベートは心の底から残念そうに、溜息混じりに言って首を小さく横に振った。
「それじゃあ、第二案の英雄化計画について」
「長い前フリだったけど、乗った!」
上級階級の話し合いで時々ある迂遠で無駄に見える政治的茶番ゴッコで満足した二人はそれからそれぞれの欲望を達成する為にギリギリまで話し合うのだった。
それを見て、茶会の世話をするメイドは顔に出さないまま生贄となる少年に若干の同情を覚えた。
◆
「――――っ!」
「どうしたの、レオ?」
いきなり周囲を警戒し始めたレオの様子に気付き、ラジェルが顔を覗き込んできた。
「いや、なんか凄まじい悪寒がした。……気のせいか?」
学院の方からしてきたような悪寒の正体に、レオは頭を捻る訳でもなく察しが付いた。ラジェルもレオが学院の方角に目を向けた時点で察した。心当たりがあり過ぎた。
「気にしても仕方がないと思うよ。結局止まらないって意味で」
「……だな。悲しいことに」
そう結論付けて二人は歩みを再開させる。
レオとラジェルの二人は城下町を見て回っていた。ラジェルが誘い、レオがそれを受け入れた形だ。
特に目的もなく街をふらつき、店を見て回り、路上パフォーマンスをしている旅の吟遊詩人などを見物する。普通の若者のデートと言えなくもない。
本来なら男がリードするのが甲斐性と言う物だが、先行するのはラジェルだ。それでもレオは嫌な顔一つせず付いていく。
「レオ、どっちが良いかしら?」
流行の服を取り扱っているお洒落な服屋でラジェルが二着の服を持ってレオに振り向く。白いワンピースと赤い上下の洋服だ。
レオの目から見て大まかな服の構造と色しか違いが分からず、どこのどんな部分が流行なのか全く理解出来なかったが、それぞれメーカーが違うものの最近王都で流行りのデザインらしい。
「どっちでも……冗談だ。白い方が良いと思うぞ。赤い髪が余計に映える」
色以外の違いしか分からないレオだったが、分からないなりに分かる色でどちらか言う。
「そっか、レオはこっちが好みなのね。あっ、あれも良いかも」
ラジェルが別の服を取りに行っている間、レオはその背中を見つめる。
レオは人を好きになる気持ちが分からない。家族、友人を守ろうとは思うが異性を愛すると云う事がどんな作用を人に及ぼすのか経験も無ければ実感も無く、推察さえも出来ない。
今回のデートはレオにそれを少しでも感じ取って貰うためにラジェルが発案したものなのだが、正直効果は期待出来なかった。
こうして一緒にいて詰まらない訳ではない。だが、実際の恋人のように愛だの恋だのと付きそうな感情の起伏がある訳でもない。そもそも、こうして外に出歩き遊ぶ事がそんな感情の発現に繋がるか疑問だった。
現にラジェルも取り敢えず楽しみからそういう感情が生まれるかも知れないと云う憶測だけで何の根拠も無いのは自覚しているらしく、それを誤魔化すように多少強引な言動があった。
「レオ、こっちはどう?」
「いいんじゃないか?」
「そればっかりね。私はレオの好みが聞きたいの」
「お前に合った服なら何でもいいよ」
手探りに近い現状、元より人の感情云々をすぐにどうにか出来る筈も無し。特に急ぐ必要も無いのでレオは単純にラジェルとのショッピングを楽しむ事にした。
「あっ、そういえば……」
「どうしたの?」
「土産期待されてたんだった」
上機嫌で服を見て回るラジェルを見ている内にレオは家族に、主に上の妹から都会の流行の服を頼まれていたのを思い出した。
「根に持つからな、あいつ。悪い、ラジェル。一着……いや、下の妹の分も含めて二着選んでくれないか?」
レオはラジェルに妹達の服を選んで貰うよう頼んだ。
服や化粧品で喜ぶのは上の妹だが、下の妹が姉のを見て羨ましがるかも知れない。幼くとも、お洒落に関心を持ち始めてもおかしくない歳でもあるし、お下がりの服ではない自分だけの服が欲しいだろうと云う考えだった。
「良いけど、私よりレオが選んだ方が喜ぶんじゃない」
「それはない。下のは兎も角、上の妹に関して言えばそれはない」
何か買ってくれば、上の妹はセンス悪いだの地味だのと言ってくるのをレオは思い出す。照れ隠しや前世で言うツンデレではない。家族だからこそ容赦無い本心が当たり前のように出てくるのだ。
「そう、分かったわ」
「悪いな。家の事なのに」
「ううん、いいのよ。それより、あの子達の身長は?」
ラジェルの質問にレオは掌を下に向けて上下に動かし、妹達の身長を示していく。目測なので多少の違いはあるだろうが、少し大き目に選んでしまえば問題はない。丈が足りないので無ければ、村の女なら服のサイズ調整など片手間にやってしまえる。だからラジェルも大き過ぎないように注意して選ぶだけで良かった。
「そうだ、おば様達にも何か買いましょう」
「要らないだろう。頼まれてなかったと思うし、服に気を使う歳でもない」
「駄目よ。女は何時だって自分の格好に気を遣っているんだから。あっ、おじ様や男の子達の分も買わなきゃ」
「ああ、流石にそこまで手伝って貰わなくても良いって。と言うか、既に当てはあるから」
「何を買うか決めてあるの?」
「今決めた。鍬と算盤と剣玉」
「鍬は分かるけど、ソロバンとケンダマ?」
知らない単語に首を傾げるラジェルにレオは肩を竦める。
「ジョージなら既に作っててもおかしくないからな。異世界の計算道具に玩具なんて物はな」
◆
クルナ王国の城下町。休日になれば多くの住人達が往来を行き交い、自由市場の露店では客を呼び寄せる声が絶え間なく起こり、旅の一座は歌や踊りを披露するなど活気に溢れる。
休日の日は所属する行政や組織によって変わって来るのだが、分かりやすさを優先しているのか月の節目が休日となるよう合わせているのが殆どである。
だから月末から月初の間、客商売の店は休みの日に出掛ける市民を狙って逆に大忙しだ。
そんな活気溢れる日、商業地区の大通りを歩く二人組の男がいた。細身で背が高く、色白で顔が整っており、鍔の広い帽子が作る日陰から飛び出すほど長い耳は二人の男がエルフだと教えてくれていた。
「相変わらず活気があって良いねぇ。演奏や芝居はエルフの方が上だが、歌は悪くない。それに可愛い子が沢山。つい目移りしてしまう」
「あまり羽目を外されないように。今夜はパーティーがあります。こんな所で気力を使い果たしていざ会場に着いて力尽きたとなれば恥ですから」
先頭を歩くエルフの男が顔に満面の笑みを浮かべて街を楽しそうに見回している。そんな彼の様子を見てやや俯き加減で後ろを歩いていた男は注意の言葉を発する。
「分かっている。分かっているとも。我らは共和国の顔として外交に来ているのだ。そんな醜態を見せる筈が無いだろう。ただし、一つ重大な事を忘れているぞ。それは――」
「見目麗しいお嬢様方がいるだけで元気百倍、でしたか? 何度も聞きましたよ」
「そうだ! このパーン・シルフェイド、お美しいお嬢様前にして萎える事ありはしない!」
「声をもっと小さく。護衛も連れていないのですから目立つ事は控えて。それに周囲への迷惑にもなります」
二人のエルフはファーン共和国から来た使者であった。交渉の場での話し合いの段取りを決める為の交渉と云う少し訳の分からない事前交渉の為に、二人が外交官としてクルナ王国にやって来たのだ。
前を歩くのがパーン・シルフェイド。二十代半ばの若い男に見えるが、外見の美しさと耳の長さとは別に不老で寿命による死が無いのが特徴であるエルフである彼は数百年の時を生きていた。共和国の議員の一人でもあり、地位的にも重要な交渉に赴いてもおかしくは無い人材だ。
そして彼の秘書であるファシム・ブライドはパーンとは同年代のエルフで、長い間苦楽を共にし仕事をしてきた人物だ。主であるパーンに先程から呆れてばかりだが、互いの信頼は厚い。
「そうだな。あまり声を上げては旅座の者達の仕事を奪ってしまう。そういう訳で、私の美声は道行く花達にだけ届けるとするよ」
要はナンパである。
「やめて下さい!」
「断る。いざ行かん桃源郷へ!」
人目も気にせずパーンは叫んで走り出す。向かうは歓楽街のある方向だ。この時間、殆どの店は閉まっているが酒飲み場ぐらいは開いているだろう。
「昼間から行くな馬鹿ッ!」
「男は皆馬鹿な――ブッ!?」
ファシムから逃げようと走り出したパーンであったが、石畳の段差に躓いて転んでしまった。しかも足を躓かせただけでなく、通りに並ぶとある一軒の店の前に設置された手摺へと頭をぶつけたのだ。
「きゃっ!?」
パーンが頭をぶつけた瞬間、頭上から小さな悲鳴が聞こえた。決して幻聴ではない。耳にすんなりと入る高音の声に脳を擽るような美しい声。加えて言うが、頭を打って聞こえた幻聴ではない。
間違いなく美しい女性だと声だけで判断したパーンは額の痛みなど忘れ、転んで地面に崩れ落ちそうになった体を不安定なバランスながら速攻で起き上がる。逆再生しているかのようなちょっと引く動きであった。
「驚かせてすみませんお嬢さん。何分慣れない土地な上に多少浮かれていたようです」
声がした方向に向きながら、転んだ拍子に乱れた髪を直すのと同時にわざわざ体を斜めに構えてポーズを取るパーン。大袈裟なポーズではあるが、美形のエルフだからか嫌なほど様になっていた。
後ろでファシムが売れない道化師を見るような目で視線を送っているのに気づきながらパーンは決まったと思いつつ、流し目を相手に送る。
「そんな田舎者ですが甲斐性は持ち合わせておりまして。良ければお茶をご一緒に」
「えっと…………」
買い物を終えて店を出てきたところでパーンと遭遇してしまった少女は手摺の向こう側で戸惑った表情を浮かべた。
「あ――――」
所謂苦笑なのだが、少女の顔を正面から見たパーンはよく回っていた舌を止め、口を開けたまま呆然とした。
買い物袋を持った少女は美しかった。ルビーを溶かしたかのような真紅の髪に、サファイアを嵌め込んだような美しい青の瞳。どんな造形師だろうと再現不可能な見た者の視線を釘付けにする整った容姿。
「…………美しい」
普段ならば女性を褒めるのに色々と言葉を並べるパーンは単純ながらも的確な表現しか口に出来なかった。
「はい? ――あっ、額の所赤くなってますよ。これで冷やしてください」
少女はハンカチを取り出すと生活魔法で作った水で濡らして手渡してきた。
「あ、ああ……」
「あのう、本当に大丈夫ですか? 凄い勢いでぶつかったみたいですし……」
心配してくれる少女にエルフは心ここに非ずと言った様子でぼんやりと頷くだけであった。
「パーン? どうしましたか、パーン?」
流石におかしいと思ったファシムが声をかけ、肩を揺する。ろくな反応が返って来ない。
「治癒師の方に診てもらった方が……。気休め程度にしかなりませんけど、回復魔法をかけましょうか?」
「いや、そこまでして貰うのも悪い。転んだのは全て彼の自己責任であるしね。治癒師には私が連れて行って診てもらう。買い物の邪魔をして悪かったね」
これは何かヤバイと思ったファシムがやや早口で言うと、未だに反応しないパーンを人目から逃げるようにして引きずっていく。
「何かあったのか、ラジェル?」
「それが――」
店の方からそんな会話が聞こえつつ、ファシムはパーン連れて早足にそこから去って行くのであった。
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