第5章/Distant Lights

5-1

 ひんやりとした電算室に、キーボードを叩く小気味良い音が響いている。広い長方形の部屋には五十台近いパソコンが並んでいたけれど、電源が入っているのはあたしと敷島の前にある一台こっきりで、残りはただの置物になっている。


 どうせなら台数減らして一台あたりのスペースを広く取れば良いのに。あたしは窮屈さに辟易しつつ、机の隅にあごを乗せて、ぼんやりとディスプレイを眺めている。


「駄目だな。一件もヒットしない」


 敷島がキーボードを叩く手を止めて言う。ちょっと距離が近い。


「『五十海』と『ゲーム』を条件から外してみたら?」


 あたしが言うと、敷島はすぐに検索条件を入れ直した。


「……フランツ・カフカの著書しか表示されなくなったぞ」


「むーん。しょーがない、清乃にもらった学校裏サイトのリストを片っ端から当たってみよっか」


「その前に、メアドの検索をした方が良くないか?」


 わあわあと言い合いながら、あたしたちはしばしの間、インターネットの海を漂流した。


 Lavi五十海で飯塚さんと話をしたのはもう十日も前のことだ。


 あれからあたしたちは、坂下さんの事件より前に起きた三つの事件の調査に力を注いだ。調査にあたってあたしたちが重要視したのはもちろんジャンピング・ジャックのことだった。


 ――ジャンピング・ジャックという言葉に聞き覚えはありますか?


 この十日間にあたしたちは何度もそう問いかけた。転落死した高校生の同級生に。部活仲間に。遺族にさえも。当惑。動揺。不審。好奇。問われた者たちの反応は様々だった。しかし――。


 あたしは頭を振って、脳裏に浮かんでいた無数の顔をかき消した。今顧みるべきは、死者の隣人たちのことじゃない。


 結論から言おう。ジャンピング・ジャックはあたしがリストアップしたすべての転落死に関わっていた。


 第一、第二、第三の事件で亡くなった生徒の携帯電話にも例のメールが届いていたのだ。メールの受信時刻が死亡時刻の前後だということ、三人とも転落時に携帯電話を身につけていたことなども、坂下さんや泉田の事件と同じだった。


 七ヶ月で五人。敷島はそれを決して少なくない数だと評した。全ての事件にジャンピング・ジャックが関わっているかどうかはわからないと、あたしは応じた。蓋を開ければこうだった。


 あたしたちはだから、改めて厄介な問題に直面することとなった。すなわち、五人の死者がいかにしてジャンピング・ジャックからのメールを受け取ることになったのか。ジャンピング・ジャックのゲームへの参加条件とは――。


「これも駄目か……メールアドレスから追いかけるのは無理そうだな」


「ちょっと方向性を変えて、『五十海』、『限定』、『高校』とかで攻めてみたら?」


 目下の問題に取り組むにあたって、あたしたちが真っ先に思いついたのは、インターネット上に五人の死者とジャンピング・ジャックとがやり取りをした痕跡がないかどうかを調べてみるということだった。


 何しろ死んだ五人の共通点は、五十海市内に住む高校生であるということと、ほぼ同じ死に方をしているということだけで、他はてんでばらばらなのだ。メールが小道具として使われていることも合わせて考えれば、五人の隠された関係性を情報の海に求めるのは自然のなりゆきと言えた。ま、安直とも言うのだが。


「む……結構引っかかったな」


 敷島が声をあげたので、あたしは回想を中断して、パソコンの画面を覗き込んだ。


「なんだ、卑猥そうなのばっかじゃん」


「そうでもない」


 敷島は、いかにも出会い系サイトっぽいいくつかの検索結果をスルーして、画面の下の方に表示されたリンクをクリックする。


 しばしのローディングの後、ブラウザに表示されたのは、ちょっとした掲示板サイトだった。画面上段にゴシックで『透明校舎とうめいこうしゃ』と書いてあるのがサイトの名前らしい。中段には、スレッドタイトルとおぼしきいくつかの短文を線で繋いだ樹形図が広がっている。いわゆるツリー型掲示板というやつ。黒いバックグラウンドに白い文字が並んでいるだけの簡素な作りで、いかにも個人でやってますという態だ。


 最下段の注意書きによれば、これはS県I市出身の青年海外協力隊員・リュウ氏が運営する高校生向けの悩み相談サイトらしい。無論I市と言うのは五十海のこと。一応誰でも書き込めることにはなっているようだが、ローカルな話題が多いこともあり、利用者の多くが市内の人間であろうと推察された。


 敷島が試みにいくつかのツリーを開いて、内容を確認する。カチ、カチ。勉強仲間からカンニングを強要されて困っているだとか、信頼していた親友に彼氏を取られただとか、クラスメイトが暴力を振るうだとかが長々と語られ、その深刻さにあたしも思わず見入ってしまったのだが、敷島が十個目のツリーを開こうとしたところではっと我に返った。


「確かに卑猥でないことはわかったけど……ジャンピング・ジャックとは関係なくない?」


 あたしの的確な突っ込みに、敷島はそれでもいくつかのキーワードでサイト内検索を行うという形で反抗を試みた後、無言でブラウザを閉じた。結局、わかったのはせいぜい管理人が高校生たちの抱える悩みの一つ一つに真摯な対応をしているということくらいのものだった。


「潮時だな。学校裏サイトの方を当たろう。リストをくれ」


「はいはい」


 あたしは鞄から五十海市内の高校関連の裏サイト一覧を取り出して、敷島に手渡した。


 学校裏サイトと言うのは、特定の学校やクラス、生徒向けのごくごくローカルなウェブサイトのこと。大抵はパスワード入力が必要になっていて、身内以外が入れないようになっている。もちろん学校とは関係の無い非公式サイトで、教師たちはいじめや非行の温床になりはしないかとかなり気をもんでいるらしい。


「ケータイ専用サイトはあたしの担当ってことで良い?」


「ああ。頼む」


 もっとも、あたしにしろ敷島にしろ学校裏サイトには全く疎かったので、学校裏サイトのリスト作りは九割九分九厘九毛、我が友人清乃の労によるものである。あたしが手を合わせて頼んでからたかだか数日で、近隣高校のも含め、五十近い学校裏サイトのURLを送ってくる手腕はさすがとしか言いようがない。もちろんログインパスワードもセットでだ。


 清乃によれば、ソーシャルネットワーキングサービスやケータイ用コミュニケーションアプリの台頭で、一昔前に比べるとかなり数が少なくなっているそうだけど、それでもかなりの量だ。


 あたしたちは改めて清乃に対する謝意を表した後、調査に取りかかることにした。

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