4-5
「バイバイ、お二人さん」
飯塚さんがそう言い残して駐車場のエレベーターに乗り込むのを見届けたあたしたちは、Lavi五十海の館内へと戻ることにした。どちらから言い出したというわけでもない。気づいたら何となくそういうことになっていた。
「さっきは悪かったね」
エスカレーターで二階まで下りると、あたしは気だるい声で言った。いや本当に、今はちょっと疲れている。
「何が」
「しばらくしゃべんないでって」
だからだろう。今更そんなくだらないことを蒸し返したのは。
「ああ」
敷島は天井をぼんやりと眺めながら気のない声で応じた。
「別に気にはしていない。むしろ川原の――」
「あたしの?」
「いや……なんでもない」
それから敷島は足を止めてこちらに向き直った。人差し指で通路の先にある雑貨屋をちょいちょいと指さす。『ちょっと見ていかないか?』ということらしい。
「ああいうお店が好きなの? なんか意外」
敷島が向かおうとしているのは、雑貨屋とは言っても女子用小物中心のいわゆるファンシーショップというやつ。サッカー一筋の無愛想男が好んで入る場所には見えない。
「そういうわけでもないんだが」
「まぁ良いや。行こ」
あたしは深く突っ込むことはせず、お店の中へと向かった。
休日の雑貨屋は、中高生でごった返していた。あたしは知り合いがいないことに内心胸をなで下ろしつつ、きらびやかな女の子ワールドを堪能する。やたらカラフルなレターセット。利便性のかけらもないキャラクターものの手帳。何に使うのか今ひとつわからないシール類。キャッシャーの手前にはイヤリングや携帯ストラップが所狭しと並べられ、奧の棚には洗顔料や、化粧品の類も置いてある。あーくそ、こりゃあテンションあがるわ。そりゃああたしだって一応は女子ですから。
ふらふらと店内を徘徊しかけたところで、はっとして足を止めた。店の壁に極太の黒いマジックで『万引きは通報します』と書かれた紙が貼ってあったのだ。その横にはご丁寧にも防犯カメラが設置され、冷たいレンズで店内を睥睨している。
別に身に覚えはないんだけど、こういうのってなーんか萎縮するんだよなあ。あたしは不審者に見えないよう背筋をぴんと伸ばすと、さりげなくカメラの側を離れることにした。
――そう言えば敷島は?
通路の方に戻ってきたあたしは、自分の相棒が意外な場所に立っていることに気づく。
樹脂製の立方体をいくつも積み上げて作ったショーケース。その中には、チョコレートやキャンディー、ジェリービーンズなど色とりどりのお菓子がぎっしりつまっている。袋に詰めて量り売りしてくれるのだろう。
「こういう菓子って見てる分には綺麗なんだが、実際に食べるとなると抵抗があるよな」
あたしが隣に立つと、敷島はやけに光沢のあるグミのケースを見つめたまま言った。
「あーわかるわかる。色がやばいよねー。たまに無性に食べたくなるけど」
「そういうものか?」
いつになく歯切れの悪い返答。それであたしはぴんときた。
「……敷島、ひょっとしてこの手のお菓子、食べたことないの?」
「スポーツマンは食事には気を使うんだよ」
サッカーボールチョコを見ながら言っても説得力はあまりない。だからあたしはとてもシンプルな問いかけをする。
「食べてみる?」
ためらう気持ちもないわけではなかった。その質問は、今の敷島がスポーツマンでないという事実を突きつけるものだったから。
「……一人で食うには多すぎる。川原も食えよ」
敷島があたしの心の内をどこまで理解していたのかはわからない。わからないけど、敷島は笑って言った。であればあたしの答えは決まっていた。
「よっしゃ。んじゃー、とりあえずいちごのキャンディー確保!」
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