5-2
「敷島」
調査を開始して四十分。早くも携帯電話でURLを入力する作業に飽きつつあったあたしは、椅子の背もたれにだらしなくよりかかりながら、パートナーの名を呼んだ。
「何だ」
「意外と普通、だね」
「学校裏サイトのことか?」
敷島の問いに、あたしは無言でうなずく。
「……こそこそと陰口を叩いたり、集団でいじめの計画を練ったりすることが普通だとは思わない。オタク談義まで否定する気はないが」
いかにも敷島らしいきっぱりした答えに、あたしはちょっとだけ言葉を詰まらせる。
「やー、そうじゃなくってさ。何て言えば良いんだろ」
頭の後ろを掻きながら、あたしは自分の考えを整理する。
確かに学校裏サイトは、仲間内で世間話をしているだけのゆるいサイトを除けば、悪意に満ちた内容のものがほとんどだった。読んでいて決して愉快な気持ちにはなれないし、もし自分がターゲットになっていたら怖いなとも思う。しかし――。
「その……こう言ったら何だけど、いそうにないかなって」
陰口にせよいじめにせよ、その背景にあるものが何なのかを想像するのは容易い。報復。不満。嫌悪。追随。人それぞれ事情は異なるにせよ、どこまでいっても月並みな動機があるというだけのことだ。
そんな平凡な悪意の吹きだまりをいくら探しても、ジャンピング・ジャックを見つけることはできないのではないか。ジャンピング・ジャックの悪なる意志は、もっと不可解で、もっと恐ろしいものなのではないか。あたしの直感がそう言っていた。
「いそうにないってのは……ジャンピング・ジャックが、ってことか?」
「根拠はないけどね」
あたしが言うと、敷島はしばしの間腕を組んで考え込んだ。
「川原が言わんとしていることは、わからんでもない」
「そうなの?」
てっきり駄目出しされると思ってたんですけど。
「そもそも論として、学校も学年も住所も違う、まるで共通点のない五人が出入りする学校裏サイトなんてものが本当にあるのかという疑問はある。だったら普通の完全公開サイトの方がまだありそうだろ?」
言われてみれば確かにそうだ。そもそもあたしたちは何の共通点もない五人がリンクする可能性をネットに求めたわけで、学校裏サイトのように実生活で繋がりのある者同士が集うサイトを調べるというのは、本来の主旨から外れてしまっている。
「それに、学校裏サイトの特徴は内輪話で盛り上がっているということにつきると思うんだ。この点に関しては、ぬるいサイトでも悪質なやつでもそう変わらない。学校裏サイトへの書き込みは大抵が匿名でなされているようだが……利用者であればどれが誰の書き込みなのか大方察しがつくんじゃないか?」
「うんうん。ってか、誰のかわからないハンドルネームの書き込みがあったら『あいつは誰だ』ってことになるよね」
「と言うことは、だ。もし本当にジャンピング・ジャックが学校裏サイトでゲームとやらへの挑戦者を募集していたとするなら、限られた人間に対してではあるが、自分の正体を晒すリスクを負うことになる。川原が言うようなケースでも、小さなグループの中で犯人探しが始まるから、状況は変わらない。俺にはジャンピング・ジャックが、そんなリスクを冒すとは思えないな」
つまるところ結論はあたしと同じ。ジャンピング・ジャックが学校裏サイトでプレイヤーを集めた公算は低いというわけだ。ったく、空気は読めないくせしてなかなか良い読みしてるじゃん。あたしのと違って、それなりに理由や筋道があってのことだし。
「今の話って、学校裏サイトに限った話じゃないのかもね」
敷島の推理に触発されたのだろう。あたしの脳裏にふと思いつくことがあった。
「と言うと?」
「ほら、あたしはこの通り未だに古いケータイしか持ってないから使ったことないんだけど、最近はFacebookとかLineとかいろいろあるんでしょ? ああいうのって、それこそ匿名であっても、繋がりがある人同士ならそれが誰なのかわかりそうなものじゃない?」
「かも知れないな」
呟くように言って、敷島はキーボードの角を指で弾いた。
「警察がジャンピング・ジャックのメールに関心を持っていないという話……川原はどう思う?」
急に話が飛んだな。
「うーん、あたしには警察がジャンピング・ジャックのメールをただのいたずらと決めてかかっているとは思えないんだよな。泉田のお母さんや坂下さんのお父さんの印象を否定する気はないけど――うん。警察はそこまで馬鹿じゃない」
「ふむ」
「警察内部でも意見が割れているのか、それとも関係者の前では関心がない振りをしていたのか、あたしには判断がつかないけど、ジャンピング・ジャックのことをまったく手つかずの状態で放置しているというのはちょっと信じがたい」
「実は俺も同じことを考えていたんだ。そして、俺たちの考えが正しいならば、警察が目をつけるのは、インターネットだと思う。特にオープンな掲示板サイトやSNS、それに被害者たちが利用していたコミュニケーションアプリのグループなんかは真っ先に調べるんじゃないか?」
なるほど、そう繋がるのか。
「その辺りはとっくに調べが済んでいそうだね」
「にもかかわらず、一向に捜査が進展していないように見えるのは、何故か」
「事実そこにジャンピング・ジャックのあしあとが存在しなかったから」
「そういうこと。もっとも警察だって、ありとあらゆるサイトを調べたわけではないだろうから、ジャンピング・ジャックがインターネット上で挑戦者を募集していた可能性を完全に否定することはできないがな」
「たとえ千個の掲示板サイト、千個のSNSを調べて、ジャンピング・ジャックのあしあとを見つけられなかったとしても、次の一個で見つからないとは限らない、か」
「ないことの証明は難しい。いわゆる悪魔の証明ってやつだ」
「……でもそれって、学校裏サイトにも同じことが言えるんじゃない?」
「実は俺も同じことを考えていたんだ」
あたしたちはしらばくの間黙り込んでしまった。
「参ったね。感覚的には今すぐこの方面の調査はダメでした、と結論したいところだけど、そう言われると躊躇しちゃうよ」
「引き時が難しいところではあるな。だがまぁ……」
敷島はふっと小さく息を吐き出してから、手元のメモをひらりとかざした。
「折角川原の親友がこうやって調べてくれたんだ。少なくともこのリストに載ってる分だけは調べてみても良いんじゃないか?」
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