第4章/Café Café
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日曜日のショッピングセンターは、そこそこの賑わいを見せていた。朝早くからフードコートの座席を占領して猥談で盛り上がっている不良たちに、シアター直通のエレベータの前で未だに何を観るか議論しているカップル。パン屋は焼きたてのクロワッサンを並べる動作に余念がなく、最近になってオープンした携帯電話のショップでは早くも店員が客の呼び込みを始めていた。
鉄骨造の六階建て。テナント数は六十そこそこ。都心であれば到底そうは名乗れないだろうが、この建物こそが五十海市最大の――というかほとんど唯一のショッピングセンター、Lavi五十海だ。
あたしはホールの時計台をチラ見して、待ち合わせの時刻までまだ若干の猶予があることを確認すると、屋外の駐輪場へと向かった。そこからならショッピングセンターの隣に併設された立体駐車場がよく見えるのだ。
――ほら、四月に駅前のショッピングセンターから南女の生徒が転落して死亡した事件があっただろう?
以前敷島はこう言ったが、隣接する立体駐車場の屋上から飛び降りたと言うのが本当のところらしい。
あたしは頭上を見上げながら、ショッピングセンターと駐車場の間にある狭いスペースに近づいた。
編み目の細かいフェンスの奥にエアコンの室外機とおぼしき機械が大量に並んでいるおかげで中の様子はいまひとつわからないが、新聞報道を信じるならば、南女の生徒はこのフェンスの向こう側に落ちたらしい。
生徒の名前は
フェンスの前で足を止めたあたしは、ふと、自分が顔をしかめていることに気がついた。エアコン室外機からの生暖かい風が気持ち悪かったから、というわけではないようだった。
いくつかの記事は坂下さんのひととなりについても言及していた。活発な性格で、クラスの人気者だったということ。吹奏楽部に所属していて、ホルンのパートリーダーを任されていたこと。その葬儀に多くの学友が参加し、別れを惜しんだということ……。
「死ぬのは……死ぬのだけはごめんだな」
当時の地方新聞に載っていた気の強そうな少女の顔を思い出しながら、あたしは呟いた。
彼女がどんな人間だったのかは知らない。彼女がどういういきさつで死に至ったのかも。でも、新聞記事の中で悲劇の主人公たるにふさわしい人格者に仕立て上げられているということくらいはわかる。
死んだ後で自分の人生を美化されるというのはどんな気分なんだろう。あたしは嫌だ。彼らと同じ立場を強要されるとして、あたしだったらそれを屈辱だと思うことだろう。
ふと足下を見ると、フェンスの脇に薄く汚れの張り付いた花瓶が置いてあることに気がついた。坂下さんへの供物とおぼしきその花瓶にはしかし、もう随分前に置かれたものらしく、茶色く変色した花茎が数本入っているだけだった。
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