3-3
あたしが敷島の腕から手を離したのは、彼を無人の2-A教室に引きずり込んだ後のことだった。
「……川原、お前ひょっとして前世は男だったりしないか?」
敷島がむすっとした顔で尋ねてくる。その右腕にはあたしがつけた指のあとが赤くくっきりと残っている。
「あたしの世界観に輪廻転生という概念はありません」
ふんと鼻を鳴らして答えるあたし。
「なら、現世で男なのかもな」
「蹴るぞ」
どうやらあたしは先ほどのやり取りについて、自分で思っている以上にムカついているらしい。乱暴な動作で自分の机に腰掛けると「つーか何なのあれ?」と尋ねる。
「何なのと言われてもあれはサッカー部女子マネージャの初芝先輩だ」
「そう言うことを聞いてるんじゃないっての!」
あくまで淡々と話す敷島に、思わずあたしは苛立ちをぶつけてしまう。
「秀彦がああいうことになって部内に動揺が広がっているときに、一人でさっさと足抜けしたんだ。同じ立場の人間が俺のことを軽蔑したとしてもそれは仕方がないことだろう」
「でも」
あたしは敷島の言葉に少しだけ虚偽――と言うより隠蔽?――の匂いを感じ取りながら続ける。
「敷島があんなことを言われなくちゃならない理由はないと思う」
あたしの言葉に敷島は微かに目を細めたようだった。それがどんな感情に起因するものなのかはわからなかったけれど、敷島はすぐにいつもの三白眼に戻って「初芝先輩もショックなんだよ」とフォローするようなことを言うのだ。
ええいくそ。これじゃあ苛々しているこっちが馬鹿みたいじゃないか。
「あ、そ」
あたしは大げさな動作で机から腰を上げると、机の横に引っかけてあった学生鞄を引き寄せた。
「ま、敷島がサッカー部員から憎まれようが蔑まれようがあたしには関係ないけどさ。最低限、調査に必要なチャンネルだけは残しておきなさいよ」
「ああ。努力する」
無愛想にうなずいてから、敷島は窓辺へと向かう。
日直が閉め忘れた窓の向こうから、風に乗って微かにランニングのかけ声が聞こえてくる。あるいはその中に、敷島のかつての仲間や、初芝先輩の声も混ざっているのかも知れない。
だからあたしはのど元まででかかった「サッカー部を辞めなくちゃいけなかったの?」という問いを飲み込んで、敷島の小さな背中を見つめ続けた。
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