7-5

 ピリリリリリ……


 唐突に、ポケットの中でけたたましい電子音が鳴り響いた。


 ジャンピング・ジャックのではない。自分の携帯電話だ。あたしは慌ただしくメタリックブルーの携帯電話を取り出すと、発信元も確認せずに電話に出た。


「もしもし、川原さん? 私。わかる? 飯塚こずえだけど」


 聞き覚えのある声。すぐにあたしは電話の主が誰なのか思い出した。


「わかるわかる。Lavi五十海では色々と協力してくれてありがとう」


 以前に彼女と話したことがはるか昔のことのように思われたが、あたしは友達に話しかけるような気安さで言った。


「どういたしまして……って、そんなこと言ってる場合じゃないない。えっとさ、友達から聞いたんだけど、今日、東高サッカー部のマネージャが、学校の屋上から飛び降りたらしいんだけど、知ってる?」


 この様子では、飯塚さんは今回、試合見学には来てなかったようだ。あたしは、飯塚さんのささやかな幸運をほんの少しだけ羨ましく思いながら、清乃から聞いたことをかいつまんで話して聞かせた。


「もう知ってたんだ。ま、同じ東高生だもんね」


 どうやら飯塚さんは、自分の得た情報を一刻も早く伝えようと、あたしに電話をかけてくれたらしい。面倒なことには首を突っ込まないタイプを自称する飯塚さんだが、やはり本質は好奇心の人なのだなと、あたしは唇の端をつり上げる。


「ま、事件現場に居合わせたわけじゃないけどね」


「今までの事件と何か関係あるのかな」


「どうだろう。今のところは何とも――あ、そうだ。一つだけ聞いても良いかな」


「なになに?」


「この間、坂口亜里砂さんとその取り巻きからいじめられていた娘がいるって話をしてたよね? 確か、里村さんとか言う」


「うん。覚えてるよ」


「……あの時飯塚さんは、坂口さんたちが『それなりにえぐいこともやってた』らしいって言ってたと思う」


「確かに言ってたと思うけど……それがどうかしたの?」


「飯塚さんが想定していた『それなりにえぐいこと』って、何なのかなって」


「パシリ扱いされてたこととか?」


「みんなの分のジュースを買わせていたという話はあの時も出たけど……本当にそれだけ? あの時飯塚さんは、他にもっとえぐいことを想像していたんじゃない?」


「うーん……突然そんなこと言われてもぱっと思いつかないなあ……ひょっとしたらあの時は何か考えがあったのかも知れないけど」


「リップクリーム」


 あたしはあの日Lavi五十海の雑貨屋で見た防犯カメラのことを思い浮かべながら、言った。


「え?」


「坂口さんたちは、気が弱くて緊張するとパニクりやすい里村さんをなぶって遊んでいた。完全にあたしの想像なんだけど、その遊びの一つに万引きの強要というものがあった可能性はないかな? つまり……里村さんを脅しつけて無理矢理万引きをさせ、それをみんなで観察する、というような遊び」


 あたしが早口で話すと、飯塚さんははっと息を飲んでそのまま黙り込んだ。


「別に何が欲しいというわけじゃない。あくまで里村さんがビクつくのを見て楽しむのが目的なんだから、むしろ値段が安くて盗みやすい雑貨品なんかがターゲットになったんじゃないかな。それこそ、リップクリームみたいなね」


 あたしが話し終えた後も、飯塚さんはしばらく黙り込んだままだった。あたしの思いつきに否定的だからと言うよりも、肯定したくないと思っているからこその沈黙だった。


「……そんなようなことをやろうとしたらしい、って噂を聞いたことはあった。ただ、噂を信じるなら里村さんはビクつきながらもきっぱり拒否したみたいだけどね。第一、時期が違うよ。噂は亜里砂がLavi五十海から飛び降りるずっと前のことだもの」


 言外に事件とは関係ないと言いたげな口ぶりだったが、あたしは構わずに尋ねる。


「里村さんが万引きを拒否したのに対して、坂口さんはどんな反応を示したのかな」


「見てはいないけど、なんとなく予想はつくよ。亜里砂は、里村さんが自分の思い通りのリアクションをとらないことを、何よりも嫌っていたから」

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