7-4

 外村さんと別れたあたしは、駐輪場にとって返して、クロスバイクにまたがった。左足でスタンドを払うと同時に右足で地面をぐっと蹴り、すぐさまペダルを漕ぎ出す。壁に貼られた『場内自転車走行禁止』の貼り紙はこの際無視だ。あたしの直感は、一刻も早く学校を出て、丘出山の裾野にあるあの神社へと向かうべきだと告げていた。


 もっとも、学校と丘出山とはそれほど離れていない。ゆっくり歩いても十分以内には着けるだろうし、あたしの愛車なら四分を切ることだって可能だ。


「ま、この際重要なのは、それが五分であれ十分であれ時間が掛かるってことなんだろうけど」


 公道に出たあたしは、ペダルを漕ぐ足に一層の力を込めながら、昨日山頂公園で見た光景を思い返した。


 森全体などというものは幻想であって、そこにあるのはただ、一本一本の木。そして、

木々たちは森全体とは無関係にそこに存在し、あるいは枝葉を延ばし、あるいは歪みを孕み、あるいは朽ち果てていた。


 初芝先輩のケースも、そこにあったのは徹頭徹尾彼女自身の問題だった。ジャンピング・ジャックなんてものは、結局のところあたしや敷島のような人種が見たがっている幻想のようなものなのだ。


 神社に到着すると、あたしは愛車を降りて、拝殿の方へと向かった。


 真っ昼間だというのに、拝殿の周辺は薄暗かった。境内に植えられたイチョウやケヤキだけが原因ではない。あたしは丘出山の傾斜に沿って広がる森を見上げながら、拝殿の横を通り抜けて、終着点へと急ぐ。


 そう。本来、あそこにあるのは一本一本の木であるはずなのに。森などでは決してないはずなのに。それなのにあたしはどうしてもあそこにという幻想を見ようとしてしまう。


 執拗に――病的にとさえ言って良い。


 一人の女子高生が、ゲス野郎に遊ばれまくって、しまいには中絶することになった。


 ゲス野郎は自分の都合で命の芽を摘み取ったことについて、少しの罪悪感も抱かなかった。だから、ひょっとしたら女子高生が中絶を余儀なくされた後も、彼女の肉体を求めたのかも知れない。


 そんな男は恋人ではない。そんな男が恋人であって良いはずがない。だから彼女はゲス野郎を殺すことに決めた。


 しかし、彼女は秘密を暴かれ、ついに自ら死ぬことを選んだ。


 あたしだ――他ならぬあたしが、彼女を死に至らしめたのだ。


 それでもあたしは飽くことなく、彼女の行動が全体の中でどういう意味を持っていたのかを探ろうとする。結局のところ


 やがて、あたしはへと辿り着いた。拝殿の裏に植えられた大きな桐の木。初芝先輩と話をした、最後の場所。


 捜し物はすぐに見つかった。桐の木のすぐ近くに、一カ所だけ地面の色が違う場所があったのだ。足で突くと、柔らかくなっていて地面に鋭く痕が残る。


 この辺りの迂闊さが初芝先輩らしさなのかも知れないと思いながら、あたしは地面を掘り返しにかかった。


 たちまちのうちに両手が土まみれになったが、その甲斐はあった。程なく金属的な硬い感触を探り当てたあたしは、その周りをえぐるように堀取り、地中に埋まったビスケットの箱を見つけ出すことに成功する。


 あたしは手に着いた土を払った後、一度小さく息を吸い込んでから、箱の蓋を取り払った。


 中にはラップに包まれた一台の白い携帯電話が入っていた。手紙やメモの類はなく、わずかに土や砂利が紛れ込んでいるくらいのものだった。


(おそらくこの土は、あたしと話をした後、初芝先輩が掘り返した際に、入ったものだ)


 心の中で想像を巡らせながら、ラップを慎重に剥がし、携帯電話の電源をオンにする。起動中の表示がもどかしい。ややあってディスプレイに没個性的なカレンダーが表示されると、あたしはすぐに携帯電話のプロフィールを表示させた。


 見覚えのない十一桁の数字列。その下に表示されたメールアドレスを確認して、あたしはごくりと喉を鳴らす。


『welcometojumpingjackgame@ooxx.com』


 あたしは、ジャンピング・ジャックのメールの発信源に辿り着いたのだ。

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