7-2

 親友に別れを告げたあたしは、駐輪場の外に出て、正門が見える位置まで移動した。相変わらず正門の辺りには大勢の警察官が立っていたが、その中に外村さんの姿を見つけることはできなかった。


 やはり校舎の中か。あたしは昨日のうちに連絡先を聞いておかなかったことを後悔しつつ、外村さんを探すことにする。最悪、捕まったところで怒られればすむ話だ。今は一刻も早く外村さんと会って話がしたかった。


 とは言え、清乃に言われるまでもなく第一校舎の周辺は警官でごった返している。ならば狙い目は第二校舎か。あたしはグランドをぐるりと迂回して、小校舎の方から部室棟へと向かうことにした。


 作戦の第一段階は成功裡に終わった。


 誰にも目撃されることなく部室棟まで辿り着いたあたしは、そのまま正門の喧噪が嘘のように静まりかえった渡り廊下を駆けて、第二校舎を目指した。四十メートル、二十メートル、十メートル。あと一息で第二校舎に入れる! そう思った時だった。


「しかし嘆かわしいことだな。あんな綺麗な女子高生が、くだらんメールに唆されて転落死するだなんて」


 ふいに第二校舎から聞こえてきた声に驚き、あたしは咄嗟に廊下脇のトイレに身を隠した。


「別に綺麗でなくとも女子でなくとも嘆かわしくはあるでしょう」


「なんだその物言いは。俺はあたら若い命が失われることについてだな……」

「男二人、トイレで用を足そうとしている時に、そんなことを仰っても説得力がありませんよ」


 やばい、こっちに来るつもりだ! 心の内でそう叫んでから、あたしは再度戦慄した。とっさに身を隠したトイレに、どう考えてもあたしでは用を足し得ない便器が並んでいることに気がついたのだ。


 よりにもよって男子便所で鉢合わせなんて二重の意味でごめんだ。しかし足音はずんずんとこちらに近づいて来る。あたしに残された選択肢は、個室へと逃げ込むことだけだった。


「しっかしボロい学校だな」


「地震が来たら一発でおじゃんでしょうね」


「確かに」


 ややあって、トイレに入ってきた警官二人が無駄口を叩きながら、用を足し始める。生々しい音が、ちょっとどころでなく嫌だ。


 だが、あたしの不快感は続いての二人の会話であっさりと断ち切られることになった。


「それで先輩、例の話はもう聞いてます?」


「初芝郁美が中絶手術を受けていたことか? さっき鑑識から報告を受けた。それこそ嘆かわしいことだよな」


 中……絶? 思わず声がでそうになるのを手で押さえてこらえつつ、あたしは二人の警官の会話に耳をそばだてる。


「相手はわかってないんですよね?」


「ああ。そう聞いている」


 語尾に衣擦れの音が重なり、続いて水が流れる音がした。


「一連の事件と何か関係があるんでしょうか?」


「……どうだろう。初芝郁美が件のメールにのせられて馬鹿げたゲームに参加した遠因にはなりえるかも知れないが、直接の関係はないとみるべきじゃないか?」


「美人女子高生をものにした色男の正体を探るのは時間の無駄ですか」


「一連の事件はジャンピング・ジャックによる自殺教唆の線で固まりつつある。いや――。であれば、初芝郁美が抱えていた個人的な問題が一連の事件と関わっていたと考えるのはナンセンスだ」


「ま、人間関係上のトラブルを抱えてはいたのは何も初芝郁美だけではありませんしね」


「そういうことだ。わかったら、戻るぞ」


 それきり二人の警官は口を閉ざし、ろくに手も洗わずにトイレの外に出て行った。

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