6-5
外村さんと別れた後、あたしは図書館の裏山へと足を運んだ。
あたしは水飲み場の側のベンチに深く腰掛けると、ゆっくりと周囲を見回した。
兄とのぼった滑り台は既に撤去されており、兄とボールを蹴り合った広場は、雑草が伸び放題のひどい有様になっていた。何もかもが子供の頃と違っているのに、それでも懐かしいと感じるのは何故だろう。
答えはすぐに見つかった。公園の周囲に広がる鬱蒼とした森だけは、何一つ変わることなくそこに存在していた。
あたしは目を閉じて、外村さんとの会話を反芻する。
あの時はあまり気にした素振りを見せなかったが、ジャンピング・ジャックのメールにアドレスを偽装した痕跡はなく、したがって全ての事件で同一の携帯電話が使用されたということに、あたしは少なからぬ衝撃を受けていた。
それが本当なら、一連の事件に便乗犯が登場する余地はない。泉田だけは事故ではなく殺人事件なのだとする敷島の推理も、根底から覆されてしまうのだ。
いや、待て。
確かに便乗犯の存在は否定されたが、泉田の死に誰かが関わっているということまで否定されたわけではない。消えた避妊具が導き出した論理は未だ有効なのだ。
そこまで考えて、あたしは唐突に寒気を覚えた。
五人の高校生全員の死に、ジャンピング・ジャックが直接関与しているという可能性に思い当たったのだ。可能性? それどころではない。一連の事件に便乗犯の介入する余地がなく、泉田の死が他殺であるということも間違いないのなら、必然的にそれが唯一無二の真相ということになる。
冷や汗が背中を伝い、鼓動が一段と早くなる。考えれば考えるほど、ジャンピング・ジャックが扇動者ではなく殺人鬼であるような気がしてくる。
――しかし、その一方であたしは、深刻な違和感を覚えつつもあった。根拠と言う程のものはない。いや、あると言えばあるのか。あたしは前方の森に視線を向けながら、婦警の言葉を思い出す。
――携帯電話での遊戯に夢中で、現実のことなんて少しもわかっちゃいないお馬鹿さんたちにはいかにもありそうなストーリーだって、無意識にそう思っちゃってるんじゃないかってね。
婦警は続けて言った。私たちはあなたたち高校生を侮っているのだと。
あたしはどうだっただろう。
五人の高校生がジャンピング・ジャックに唆されて飛び降りたのだという説を信じる程には傲慢ではないと思う。けれど、死んだ五人の高校生たちを、一連の事件の構成要素としてしか見ていなかったのだとするなら、あたしも警察と同じ井戸の蛙だったのではないか。
いつの間にか立ち上がっていたあたしは、一歩一歩、森の方へと近づいていく。
第一の事件の死者――
第二の事件の死者――
第三の事件の死者――
あたしが記号的に扱っていた死者たちにも確かに名前があって、家族や友人がいて、それぞれの人生があった。ガリ勉だとか、悪女だとか、不良だとか――そんな言葉で片付けてはならない等身大の個性が間違いなくそこにあったのだ。
あたしは足を止めて、柵の向こうに広がる森をじっくりと眺める。
否。あたしが見ているものは森ではない。
幹の真ん中に大きな空洞をはらみ、今にも朽ち果ててしまいそうな栗の老木。その隣で樹勢を強め、上へ上へと枝葉をのばすのは楓の木。崖の端には細い椿が見事なバランスで地面にその根を縫い止め、ナラの大木の傍らにはまた別の若い椿が、養分を吸い取られて力を失っていた。
そこに森なんてものはなく、ただ一本一本の木があるというだけのことなのだ。
「結局のところ」
閃きも啓示も得られぬまま、あたしは顔を上げて、木々の隙間から垣間見える青空に視線を向ける。
「あたしもあいつも警察も、なーんにもわかっちゃいなかったってことか」
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