6-2
クロスバイクをガシャガシャと走らせて向かった先は、旧市街地にある市立図書館だった。
赤レンガの外壁に覆われた近代建築は、築六十年となかなかに年季が入っている。Lavi五十海に新しい図書館が出きてからは書籍の大部分がそちらに移ってしまい、利用者もめっきり減ってしまったらしい。
駐輪場にクロスバイクを止めて図書館の門をくぐると、おっそろしく静まり返った大広間に出る。
受付で雑談に興じている事務員たちを除けば、閲覧スペースに老人が何人かいる程度で、噂にたがわぬさびれぶりだ。小さい頃からこの図書館を利用してきた者としては寂しい限りだが、これなら一日ぶらぶらしていてもとやかく言われることはなさそうだ。
あたしは新たな来館者など一顧だにせず雑談を続けている事務員たちを横目に、本棚の列へと歩を進めた。
文学の棚を早足で通り抜けると、その奥に他よりも一回り小さい文庫棚がひっそりと鎮座している。以前よりも本の冊数は減っているが、それでもホッグ連続殺人とか獄門島とかアクロイド殺しとか、懐かしくも物騒なタイトルの数々は、今もそこにあった。
あたしは文庫の一冊を手にとり、ぱらぱらとページをめくる。
人から意外だと言われることもあるが、小学生の頃、あたしは推理小説にはまっていた。
戦隊ごっこに興じるクラスの男子を冷ややかな目で見る程度にはませていたあたしにとっては、腕力ではなく知性でもって悪と戦う名探偵こそが真のヒーローだったのだ。七夕の短冊に「シャーロック・ホームズのおよめさんになれますように」と書いたことはさすがに抹消したい過去なのだが。
あたしは自嘲的な笑みを浮かべて文庫本を棚に戻した。
あたしが推理小説にはまったそもそものきっかけは、兄の部屋にあったホームズ全集だった。
――と、言うかだ。
あたしは両頬が熱くなるのを感じながら、心の中で呟く。
あの頃のあたしは、偉大なる名探偵に兄の姿を重ね合わせていた節がある。友達思いで、博識で、紳士。何よりどんな困難にも屈しない強靱な意志。あたしにとって名探偵とは――そしてなが兄とは、そんな人物だった。
どん、と音がした。あたしが本棚の柱を叩いた音だった。
あの頃と比べるべくもない程に劣化した兄。身体のことを言っているんじゃない。現状と向き合うことをせず、どこまでも腐り続ける心にこそ、あたしは震える程の怒りと憎しみを抱いている。あんなのは兄ではない。あんなのがなが兄であって良いはずがない、と。
あたしは小さく頭を振って、大型書籍の棚へと向かうことにする。特に何か目的があったわけではない。ただ、一刻も早く文庫棚の側を離れたかったのだ。
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