5-6
敷島は初芝先輩がいなくなってすぐに、玄関に姿を見せた。
「……なんで中で待ってなかったんだ?」
裾や何かを雨で濡らしたあたしを見て、敷島はあきれ顔で言った。
「あたしの勝手でしょ。それより、どこをほっつき歩いていたの」
「これだよ」
そう言って、敷島は今にも壊れそうな折りたたみ傘を掲げてみせる。
「サッカー部の後輩に頼んで、余ってるのを借りてきたんだ」
何となく想像はしていたが、なるほど。それが別行動の理由か。
たかだか傘一本借りるのにこれだけ時間が掛かったのは、サッカー部を離脱した敷島が微妙な立場にいるということの証左だろう。それでもわざわざ傘を借りてこようとするのが敷島の敷島たる由縁であり節度ということなのだろうが、それでもあたしは自分の口がカモメになるのを抑えることができなかった。
「さっきまで初芝先輩がここにいたの」
「……何か嫌なことを言われたのか?」
心配そうな敷島の声。それが余計にむかつく。げし。あたしは俯いて、足下のレンガを蹴る。
「別にたいしたことは言われてない。あたしが勝手にムカついてるだけ」
げし、げし。
「敷島が! あと三分! 早く戻ってれば! こんな気分にはなってなかったと思う」
「すまなかった」
くそ、なんで素直に謝るんだ。理不尽なのはこっちの方なのに。あたしは頬が熱くなるのを感じながら、素早く右手を伸ばして敷島から折りたたみ傘を奪い取った。
「罰として、この傘は没収」
「この雨の中、傘無しで歩けってのか?」
「そうは言ってない」
あたしは敷島から顔をそむけると、さっきからずっと左手に握り込んでいた黒傘を、持ち主の前に荒々しく突き出した。
「察しろ馬鹿。あと、妙な誤解はするな」
あたしの主張を敷島がどう受け止めたのかはわからない。わからないが、ともかく彼は神妙な態度で傘を受け取ると、あたしの横に立ったのだった。
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