5-4
廊下を早足で歩き、階段にさしかかったところで、見慣れた顔に出くわした。
「おー鮎、お久しぶりぃ」
清乃の態度に、あたしはついさっき彼女がいないところで謝ったことを思いだし、何となく気後れを感じつつ「終礼まで教室で一緒だったじゃん」と応じる。
「って言うか先に帰ったんじゃないの?」
「他のクラスの娘と話してたらこの雨でしょ? 置き傘を取りに戻る所だよ」
「あー、そういうこと」
こんな時間まで友達と長話とは暇なやつめ。人のことは言えないが。
「鮎の方は珍しく一人……ってわけじゃないみたいだね」
清乃はあたしの手に握られた男物の傘を目ざとく見つけて、憎たらしい笑みを浮かべる。
「ひひ。相合い傘っすか」
「多分違うんじゃない? あたしもそのつもりはないし」
「勿体ないなー。私の百人アンケートによれば、七十五パーセントの生徒が二人の交際を祝福してるってのに」
相変わらず敷島とのことでちょこちょことあたしをからかう清乃だが、そこに悪意などひとかけらも存在しないということは確かなので、あたしとしては肩をすくめる他ない。
「残りの二割五分に恨まれるんじゃあ、割に合わない」
「一パーセントぐらいは敷島君に怒りの矛先を向けてるみたいだけど。鮎、マニア受けは良いし」
どんなマニアだよ。ってか、よくよく考えたら一人しかいねーじゃん。あたしはわき起こる突っ込み魂をぐっとこらえて「世話を掛けるね、清乃」とだけ言う。
「友達じゃん」
サッカー部を辞めたとは言え一応のこと有名人ではある敷島と、胸は絶壁とは言え一応のこと女であるあたしが一緒にいることについては、案の定と言うべきか校内では様々な噂が飛び交っている。飛び交っているらしい。
あたしたちが付き合っているという噂くらいなら聞き流せば良いだけの話だが、中には『川原鮎が敷島哲を誘惑して退部を迫った』というような質の悪い噂もあると言う。
そして、どうやらあたしの親友は、そうした悪意ある噂を否定する火消しとして動き回っているらしい。もちろんあたしのあずかり知らぬ所で、だ。
「――川原鮎は敷島君と付き合っていないし、付き合う気もない。そういうことで良いんだよね?」
件の学校裏サイトの件と言い、あたしなんかのために清乃がどうしてそこまでしてくれるのかと訝しむ気持ちはないわけではない。しかし、あたしは知っている。清乃の善意を疑うことは彼女との関係を否定することに他ならないということを。
「妙な勘ぐりはしなくて良いよ。今、私は百パーセント川原鮎への善意で聞いている」
その通りだ。だからあたしは答えを言うのに迷うことはしなかった。
「変わりはないよ。敷島はあたしにとって、同じ目的を達成するためのパートナー。それ以上でもそれ以下でもないから」
素直に、率直に、堂々と、あたしは言った。
「オッケー。頑張りなよ。私は鮎の味方だ」
清乃の答えは素っ気なく、しかし力強いものだった。
「うん、サンキュー」
あたしたちは互いの左手を一度軽くぱんと合わせると、別々の方向に歩き始めた。
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