第16話 デート・オア・アライブ 中編


 二人は神社の前の坂を登って高台の方へ移動している…恐らく目的地はこのN町最大の商業施設【キューブ ノースヒルズ】だ。

 N町で飲食しながらの談笑がしやすい所と言えばここが定番だ…道中には私たちが通っているN高校もある。


 丁度N高校の前に差し掛かったその時、三階建て校舎の屋上に人影があった、あれはカナメ!

 恐ろしく長い黒髪のポニーテールにミニの忍者装束、間違いない!

 カナメはじっとアキラ達の方をうかがっている、さてはさっきユウが言ってた通り私たちの動向を探っていたのか!

 すぐにでもカナメに呼びかけたい所だがアキラ達に聞こえてはまずい、そこで私は道端の雪で雪玉を作り、カナメ目がけて投げつけた。

 それはカナメの足元辺りに壁に当たり、こちらに気付いたカナメは三階の屋上からクルクルと回転しながら飛び降りた、流石くのいちと言った所か。


「お主らも尾行とは趣味が悪いでござるな」


 腕組をして斜に構えるカナメ、彼(女)はこのポーズを良くする、お気に入りなのか。


「あなたには言われたくないわね」


 私はすぐさまファイティングポーズをとる。


「ミヤビ様にはアキラ殿の監視を仰せつかっていたのだがまあ良い…ここでお主らを叩いておくのもあのお方の為になるであろう」


 カナメも臨戦態勢に入る。


「これは試合ではないからな、そちらは三人掛かりでも一向に構わんよ、拙者としても手間が省けるでござるからな」


 こちらに向かって手を伸ばし指先だけでおいでおいでをするカナメ。


「馬鹿にして!」


 私は猛ダッシュでカナメに殴り掛かる。


「こっちは今、すこぶる機嫌が悪いのよ!」


 私を飛び越え難なく攻撃をかわすカナメ、助走も付けずにこのジャンプ力!


「アイちゃん!そっち行ったわ!」


「わぷっ!ウチを踏み台にした?!」


 言うか言わないかの内にアイは踏み台にされ、カナメは更に跳躍する。

 今度はツインテールチアキが迎撃態勢に入った。


「カナメには悪いけどチアキは今こっちの味方なの~」


 チアキはお辞儀の様な動作でボンボリ付きツインテールを、自分の後ろから頭上に振り上げる。


「昨日の友は今日の敵と言う事でござるか…面白い!」


 ボンボリがカナメ目がけて襲い掛かる…が、カナメの振り下ろした両拳に叩き落された、勢い良く地面にめり込むボンボリ。


「うにゃっ!」


 ボンボリにツインテールを引っ張られうつ伏せに顔から地面に突っ伏すチアキ。


「痛いの~」


 何事も無かったかの様に着地するカナメ、


「他愛もないでござるな」


「う~ん…あの機動力を何とかしないと…」


 私もスピードには自信があったのだがカナメのそれは違う次元に達している…まして団体戦で見せたような忍術まがいの事をされたら手に負えない。


「ハンデをあげたのだからこちらは道具を使わせてもらうぞ」


 カナメが煙玉を数個まとめて地面に叩き付けると、辺り一面に煙幕が立ち上り、私たちの視界を覆う。


「しまった!」


 完全にカナメにペースを握られてしまった!このままではみんなやられてしまう!


「みんなこっちに来て!背中合わせで固まるのよ!バラバラでいたら各個撃破されてしまうわ!」


 煙の合間から断続的に蹴りや拳が飛んで来る、私たちは防戦一方だ、ジワジワとダメージを受ける、この状況の打開策は…。


「イツキはん、ちょっと…」


 アイが私に声を潜めて話しかけて来る、その間もカナメの攻撃が止む事は無い。


「さっきあの女忍者、アキラはんの監視がどうの言ってましたやろ~?今アキラはん達を孤立させるんはアカンのやないやろか~」


「確かにあの言い方は気になるわね、じゃあ月華団はアキラを狙ってる?」


「理由はわかりゃしまへんけど~そう考えて間違いないやろな~」


 ならこの戦闘はただの足止め、時間稼ぎと言う事になる、アキラ達が危ない!


「ごめん!アイちゃん、チアキちゃん、ここは任せるわ!私はアキラ達の所へ行くね!」


「はいな!」


「はいなの~!」


 そう言って踵を返し、ノースヒルズ方面に向かって走る私。


「拙者が見逃すと思うか?!」


 ガキィ!


 カナメが飛び掛かって来るが、寸での所でアイが割って入り、両腕をクロスさせたガード姿勢で拳を受け止める。


「あんたの相手はウチや!兄弟の…ジュンの仇はウチが取るで~!」


「フッ…誰かと思えば試合でタツミに瞬殺された小娘ではないか、お主に拙者の相手が務まるでござるか?」


 嘲笑交じりにカナメがアイを愚弄する。


「ウチもちっとは成長したんや~女子会の成果、見せたるで~!」


「ごめん!後はお願いね!」


 実に頼もしい事を言うアイ、団体戦後に人一倍努力をしていたのはみんな知っている…私はこの場を二人に任せ一人アキラ達のもとへ向かって走り出した。


「こんな煙、こうしてやるの~!」


 チアキが高速で回転、ツインテールをぶん回し煙幕を消し飛ばす。

 ほどなく、くのいちカナメの姿が露わになる。


「ちっ!」


 舌打ちをし、間合いを取るためにウチらから離れるカナメ。

 これで一方的なサンドバッグ状態は脱したが、カナメの機動力は健在な訳で、未だ予断を許さない状況に変わりはない。

 さっきはああ言ったけど正直ウチがカナメに勝つのは相当難しいだろう。

 チアキとの連携も特に練習した訳では無いので上手くいかないかもしれない。

 しかしここでウチらが負けて、カナメが敵の援軍に行くのだけは絶対に阻止しなければならない。

 それならやる事は一つ、負けなければいいだけや。


「ちょうチアキはん~手を出してぇな~!」


「何?何?何なの~?」


 ウチは差し出されたチアキの腕の両手首辺りを掴み、自分を軸にしてブンブンと振りまわし始めた。


「はわわわ!!!目が回るの~」


「堪忍な!チアキはん!あとで埋め合わせするさかい!」


 これはウチがジュンと組み、イツキ、ミズキ先生とタッグ戦で戦った時に使った【ツインズハリケーン】だ…あのすばしっこいくのいちに通じるとは思わないが、これで仕留める気は無い…別の狙いがあるがカナメが乗って来るかどうか…完全にイチかバチか。

いい感じにスピンに加速が付いて来た、放つなら今!!


「いっけええええええ!!!!!チアキはん!!」


「えええええええ?????」


 どんな技か全く説明をされていないチアキは悲鳴を上げながら弾丸の様に宙を切りカナメ目がけてぶっ飛んで行く。


「フン…拙者もなめられたもの、そんな隙だらけの技なぞ喰らうか!」


 案の定、鉄砲玉チアキは難なくカナメに避けられる、チアキはツインテールとボンボリを上手く使ってブレーキを掛けたようで、壁などへの衝突は無かった様だ。

 そしてアキラはんにも指摘されたこの技の最大の欠陥、技を放った直後に起こるこの大きい隙だ。

 ウチは回転のし過ぎで目を回している、ここを狙われたら一巻の終わりだ。


「拙者はお主らのタッグ戦も監視していたのよ!この技の弱点も知っているでござる!」


 上空からカナメが飛び蹴りの体制でウチ目がけて向かって来る。

 だがこれこそがウチの狙い!!わざと隙を作ればきっとウチに狙いを付けると思っていた。


「はあああああああ!!!!!!!」


 ウチはありったけのアニマを体から解放する、徐々に胸が膨らみ女性化していく体。


「やった!ウチにも出来た!」


 初めてトランス化に成功したが喜ぶのは後だ、実際、足元がおぼつかないのは収まっていない。

 勝負はここから!ウチは更にアニマを制御するために集中する、アニマでを試すために…。


「もう遅いわ!とどめでござる!」


 カナメの蹴りが眼前に迫る…がその蹴りがウチに届く事は無かった。


「なっ何!」


 カナメは飛び蹴りの体制のまま空中に止まってしまっていたのだ。


「う…動けん!」


「どうや?ウチが考案した『アニママテリアル』は~」


「一体どうなっている?」


 狼狽えるカナメ。


「練りに練って水飴みたいにしたアニマをウチの前に展開したんや!すばしこいじぶんを封じ込めるにはおあつらえ向きやろ~?」


「そんな事が出来るとは…」


 驚きを隠せないカナメ、そう出来ればいいなと考えていたのが実践出来て心底ホッとした、行き当たりばったりここに極まれり。


「今度はこっちからいくで~」


 ウチは目の前の空中にあるカナメの足を脇にはさみ締め上げる、プロレス技のアキレス腱固めの体制に入った、脚を封じてしまえばスピードで撹乱される事も無くなる。


「うあぁああああ!!!!!」


 頭を抱えのたうち回るカナメ、可哀想だが両足共にきっちりと極めさせてもらった、その後も、四の字固め、ボストンクラブ、サソリ固め、ロメロスペシャル、ボウアンドアロー等の足腰を痛めつけるプロレス技のオンパレードをお見舞いした。


「…むっ…無念…」


 ぐったりと地面に横たわるカナメ、関節技フルコースを食らった所にウチの粘っこいアニマを体の周りに張り巡らされ動けないと言った方が正しいか…。

 ウチはここでカナメを足止めするのが精一杯だ。


「あとは任せましたでイツキはん」


 一息ついていると、チアキがのっそりとウチの前に現れた。


「酷いの~アイ~あとでチョコパフェおごるの~」


「はいはい、わかりましたがな~」


 それで済めば安いもんです。




 【キューブ ノースヒルズ】は今日も大勢の人で賑わっている。

 日曜日というのもあるが、N町はとにかく娯楽施設が少ないのでゲームセンターやファーストフード店が集中しているこの店舗は必然的に人が集まるのだ。

 だから僕とミナミの格好、いや特に僕のメイド服はとにかく目立っていた、すれ違う人達の視線が痛い…。


「ダーリン、まずはゲーセンに行こうよ!」


 ミナミは特に気にする様子も無く僕の腕を引っ張って行く。


「とれとれキャチャーに新しいグッズが入ったんだ~一杯取るぞ~!」


 【とれとれキャチャー】とは上にぶら下がったクレーンを前後左右にボタンで操作して下にある景品を持ち上げてゲットするゲーム機だ。

 ただ最近は景品を持ち上げて取る物より、クレーンのアームを上手く使って景品を少しづつずらして下に落とすタイプの物が増えているような気がする。


「これこれ!この「雪ミユ」のクッションが欲しかったの!」


 ゲーセンに着くなりテンションの上がるミナミ。

 とれとれキャッチャーの筐体内に可愛らしい女の子のキャラクターがプリントされた大き目のクッションが鎮座している。

 【雪ミユ】は北海道S市のご当地キャラクターだ、毎年その冬ごとにコスチュームのデザインが変わるのだ、物凄い人気でこのキャラ目当てでS市に道外からも観光客が来るくらいなのだから。

 さっそくミナミがとれとれキャチャーにチャレンジする、クレーンのアームがクッションを挟むが、ほんの僅かしか動かず終了した。


「ああもう!アームの力弱すぎ!」


「分かる分かる!最近のゲーセンはみんなアームの設定が弱いんだよな!」


 だが仮にそうだとしても欲しい物を諦められないのも人の性、僕らは何度となく挑戦と失敗を繰り返し、時には両替機まで走りかなりの犠牲(主に金銭的な)を払い何とか雪ミユのクッションをゲットした!


「やった!よかった~取れて…これもダーリンのお陰だよ~」


 はじける様な満面の笑みのミナミ、これだけ喜んでくれたのなら懐が寒くなってもお釣りが来るという物。


「何だかエキサイトしたらのどが渇いたね、フードコートへ行こうよ」


 僕とミナミはご機嫌でゲーセンを後にした。


 フードコートへ向かう途中から随分と人だかりが出来ている。


「何だろう?レジの順番待ちにしては人が密集しているな」


 二人で人込みを掻き分けて先に進むと、そこにはあの月華団の月宮ミヤビ達がいるじゃないか!

 フードコートの一角の椅子に脚を組んで座るミヤビは相変わらずの黒いウエディングドレスを着ている、右隣にはバニーガールスタイルのアルテミス、左隣には赤いチャイナドレスのタツミが座り、テーブルには上品なティーポットと紅茶を注がれたソーサーに乗ったティーカップ、かごに入ったお菓子がある、さながらお茶会の真っ最中と言った所か…。

 周りにはメイドが数人ミヤビ達の後ろに姿勢を正して整列している。

人だかりの原因はこれか…もの凄く目立っている。

 しかしこれはまずいタイミングだ、ここで彼らと出くわすわけにはいかない。


「ミナミ、奴らに見つかったら大変だ、こっそり逃げるぞ」


「分かったよ、姿勢を低くして移動しよう」


 出口に向かって移動を開始したのだが、


「あれ、こっちにもメイドコスのコがいるぞ!」


「わ~!ホントだ!小っちゃくてカワイイ~!」


「隣のブレザーのコも中々…」


 一般客に見つかり騒がれてしまった!心臓がバクバクと高速で鼓動を鳴らす。


「あら、あなた達もここにいらしてたのね、わたくし達丁度お茶会をしておりましたの、あなた達もご一緒にいかがかしら?」


 ミヤビに見つかった!恐ろしいほど穏やかな表情で僕たちをお茶会に誘うミヤビ、緊張で体中から嫌な汗が湧いて来る。


「そんなに緊張なさらないで、さぁさこちらに来てお座りになって?」


 もはや逃げるのはかなわない、ミナミに目配せして取り敢えずミヤビに促されるまま席に着いた。

 とても上品にティーカップを口に運んで紅茶を一口飲むミヤビ。


「毒なんて入っていません事よ?どうぞお飲みになって」


 勧められるまま僕らも紅茶を飲む、いい香りで美味しい、普段紅茶なんて洒落た物を飲まない僕にも上物だと言う事が判る。


「カナメさんにアキラさんをお迎えに行かせたのですが、すれ違いになってしまった様ですわね」


「僕を迎えに?いったい何のつもりだ!」


「うふふふ…そう興奮なさらないで?私、知っていますの、アキラさんあなた【アルティメット】なのでしょう?わたくしもそうだから初めて会った時にすぐ分かりましたわ」


 テーブルの上で肘を突き組んだ指先の上に顎を乗せ、ミヤビは妖艶な笑みを浮かべ僕を見つめてこう言ったのだ。


「【アルティメット】?それは一体…」


 イツキ達からは聞いた事の無い言葉だ、カグヤかハルカさん、ミズキ先生辺りなら知っているのかも知れないが…。


「あら?アキラさんは自分の出自を聞かされていらっしゃらないのですね、お父様も相変わらず…本当にいつもそう…これだから…あの人

は…!」


 話ながら少しづつ怒りとも悲しみともつかない感情が入り混じった態度のミヤビ、

 微かにティーカップを持つ手が震えているのが分かる。


「やはり決めましたわ!アキラさん…あなた月華団に参加しません事?」


 今までの穏やかな物腰に反して力強い口調で僕に問いかけるミヤビ。


「いきなりの勧誘だな、それなら公園で会った時に断ったはずだけど」


「いいえ、アルティメットの件も含めてこれからわたくしがお話する事柄をお聞きになれば、あなたもきっとわたくし達に同調してくれるはずです」


 真剣な眼差しを僕に向けて来るミヤビ、以前会った時の様な人を小馬鹿にしたり蔑む素振りが一切ない、話だけなら聞いてもいいのではと思えた。


 バン!


「馬鹿言うな!アキラは絶対お前たちの味方に付いたりなんかしない!」


 テーブルを叩きながら立ち上がり激昂するミナミ、その音で我に返る僕、危ない危ない!危うく奴らに惑わされる所だった。


「今はミヤビ様がとても大事なお話をされているウサ!雑魚は引っ込んでいなさいウサ!」


 相変わらずのおかしな語尾で凄み、アルテミスも立ち上がる。


「上等よ、表に出な!オイラを雑魚呼ばわりした事を後悔させてやるんだから!」


「おい!ミナミ!」


 頭に血が上ったミナミはアルテミスに勝負を申し込んでしまった!


「望む所ウサ!こっちへ来なさいウサ!」


 二人は席を離れ、店舗正面の駐車場側の出入り口から外へ出て行った。


「仕方のない人達ね、まあいいでしょう」


 特に気にも留めていないミヤビ。


「それよりもカナメさんの帰りが遅いのが気になりますわね、タツミさんちょっと様子を見て来て頂けます事?」


「分かったアル」


 続いてタツミも席を立った。

 いつの間にか取り巻きのメイド達を除くと、席には僕とミヤビの二人きりになってしまっていた。


「これからのお話はタツミさん方にはあまり聞かれたくない内容なので席を外して頂きましたわ」


「そっ…そうなのか…」


 得も言われぬ緊張感に僕は今すぐにでもここを離れたい衝動に駆られる、直感的に聞いてはいけない内容の話が始まる予感がする。


「まずはアルティメットについて…その名が示す通り【究極】…アキラさんあなたは究極の男の娘、男性と男性の間に生まれた奇跡の存在なのよ」


「!!!」


 は?…ミヤビは一体…何を言って…いる?


 あまりの衝撃に僕の頭の中の思考は完全に停止した。

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