第15話 デート・オア・アライブ 前編
あの公園でのバラ組対ユリ組の団体戦が終わった翌日から、
僕たちはアニマ(女子力)アップのトレーニングを開始した。
特に僕はトランスアーツに関してはドの付く程の素人だからイツキ達に教わる事がとても多い。
この格闘技の特殊な所は、筋力トレーニング等が余り有効では無い事だ、その変わり…。
「ほらアキラ、こうして乳液と化粧水を併用するとお肌の潤いが保てるのよ」
イツキにスキンケアの手解きを受ける僕、まさか男である僕がこんな事をしなければならなくなるとはひと月前の自分には想像も付かなかっただろう。
そう、トランスアーツは女性的な行動、仕草、思考などをする事でアニマが錬成、蓄積されてゆき身体能力に反映していくのだ。
僕らは一様に真っ白いフレアスカートのワンピースを着ている。
アルプスの山奥に住んで居る少女の様ないで立ちだが、これがトランスアーツの練習着なんだそうな…そしてこの修行は通称【女子会】と呼ぶらしい…。
「じゃあ次はメイクね、あ!ダメよファンデーションをそんなに厚塗りしちゃ…もっとこう…ナチュラルな感じに」
「そっそうなのか?」
男の娘って変態…じゃない大変だな~。
「どや?このリップ、冬の新色やで~」
「や~ん!ジュン似合うやん!ウチも試そう~」
「メイクって言うのはこうやるの~」
「おいチアキ、ちょっとそのチークとアイシャドウのやり方オイラにも教えろよ」
…とても男だらけの部屋とは思えない会話が飛び交う。
そうそう、ユリ組の面々の話をしておこう。
チアキはこのアパートにミナミと同居する事になったのだが…。
「介抱してくれた礼は言おう、だが貴様らとなれ合う気は無い」
「これを貸しだとか思わない事ね、今に見てらっしゃい!」
そう言ってヒカルとユウはここから去って行ったのだ。
もしかしたら月華団側に付くかもしれない…なるべくなら邪魔だけはしないでもらいたい所だ。
「は~い、今度はネイルケアね、まずは…」
何だろう…女子力を身に付ける代わりに大切な何かを失っているような気がする…これも月華団の野望を挫くまでの辛抱だ…我慢我慢…。
そうこうしている内に日曜日が来た、ミナミとデートの約束をしている日だ。
正直気が重い…前にも言ったが僕はデート経験が皆無だ、相手を喜ばせるすべを知らない。
何故だかミナミは僕の事を気に入っている様子、母さんにも他のコと比べても特に懐いている。
そう言えばベッドに潜り込んでいた事もあったな…油断していると既成事実を作られてしまいそうで怖い…。
取り敢えず、顔を洗って身支度をしよう、え~と服はどんなのを着ればいいのかな…。
「アキラちゃん~起きてる~?」
部屋の外から母さんの声がする。
「起きてるよ、今服は何を着ようか迷ってるんだ」
「あら~丁度よかったわ~きっと洋服のチョイスに悩んでると思って~母さんいくつか見繕ってみたの~」
そう言いつつ部屋に入って来た母さんが手にしていた物は、フリフリが付いたワンピースやリボンをあしらった洋服、フリルフリフリのミニスカートなどなど、全て女物だ。
「ちょっと母さん!何で僕が女物を着なきゃならないんだよ!」
「あらあら~せっかくのデートなら~可愛い服を着たいじゃない~?」
参ったな~僕がトランスアーツを始めたから母さんもその気になっているんだ。
「そうだニャアキラ!外出する時はなるべく女装するニャ!」
いつの間にかカグラも居る、ミヤビの件で落ち込んでいたと思ったら復活した様だ。
「出たなネコオヤジ、何を訳の分からないことを…」
「まあ聞くニャ、月華団が何をして来るか分からない以上、少人数で外出するのは危険ニャ、どうしてもと言うニャら、いつでもアニマを使って応戦出来る様に常に女装をお薦めするニャ!」
「常に?」
「そうニャ、学校へ行く時も、買い物に行く時も、たとえ温泉に行く時でも常にニャ!」
これは…僕はもう後戻り出来ない所まで首を突っ込んでしまっていたらしい…
「そう言う事ニャ、諦めていつものメイド服を着ると良いニャ、それがアキラのフィットコスチュームニャからな!」
フィットコスチューム…そう言えばイツキが前に言ってたな、結局何の事だろう。
「説明して無かったかニャ?フィットコスチュームと言うのは、その人物に合った服ニャ」
「そのまんまじゃないか!」
「おっと失礼したニャ、着た事によってその人物が一番アニマを効率良く発揮できる相性の良い服装の事ニャ、お前さんはメイド服、イツキはセーラー服って事ニャ」
「へぇ~そう言うのがあるのか」
言われてみればイツキ達はまるで漫画やアニメの登場人物みたいに同じ服をいつも着ているのにはそんな理由があったのか。
物凄く不本意ではあるが僕はメイド服に袖を通す。
「トランス化も忘れずにニャ」
「分かってるよ!」
男の体のままメイド服を着たのを他人に見られたら生きていけない…。
そう、これはヒーローの変身と同じと思うほか無い、そうさ!これは世を忍ぶ仮の姿だ…。
ドクン!
すぐに胸に二つの膨らみが出来る、簡単に出来る様になっている自分が憎い…!
まだ何もしてない内からドッと疲れたよ…。
「メイド服が板に付いて来たわね~」
瞳を潤ませて見つめる母さん、放っといてくれ…。
そんなこんなで、ミナミと待ち合わせのアパートの玄関先に来た、まだミナミは来ていない様だ。
メイド服を着て待っている僕を見たらミナミはどう思うだろうか、女装子同士でデートと言うのかは謎だが…
「ダーリンおまたせ!」
ミナミがこちらに駆け寄って来る、ミナミもいつもの緑のブレザーにチェックのプリーツスカート姿だ。
「あれ?いつものブレザーなんだ…」
「いや~シノブママが色々用意してくれたんだけど、カグラ様がこのカッコで行けって言うもんだからさ~」
「僕も言われたよ、それでこのメイド服さ…」
がっくりと肩を落とす僕、
「まあ、細かい事はいいじゃん、オイラそのダーリンのメイド姿好きだよ?」
満面の笑顔で見つめて来るミナミ、かっかわいい!…だが男だ。
「なあミナミはどこ行きたい?僕はこう言うのが得意じゃなくてさ…」
今日まで結構日にちがあったのだが、デートコースだとかデートプランだとか全く考え付かなかったのだ、まあN町自体そんなに大きな町ではないからデートとして行ける所なんて限られて来るのだが…結局ミナミに丸投げしてしまった、彼女?をエスコート出来ないなんて男としては情けない限りだ、メイド服姿で言っても説得力無いが…
「実は行ってみたい所があるんだ~トランスファイターならではの楽しみ方が出来る所!」
ニシシといたずらっぽく笑うミナミ、うっ…何か嫌な予感が…。
着いた先は町営の温水プールだった。
この一帯は、体育館、武道館、プールとスポーツ施設が密集しており、町民が日々汗を流している。
特に深く考えずに男子更衣室にまで入って来てしまったが、よく考えたら僕らは女装しているじゃないか!驚く先客の男性たち。
「あ~お騒がせしてスミマセン、オイラ達はこんな格好ですけど男ですんで!」
あっけらかんとカミングアウトしてしまうミナミ。
「うわ~!やってしまった~!」
僕は恥ずかしさのあまり顔を手で隠ししゃがみ込んでしまった。
「ほら~ダーリン、恥ずかしがってないでこれに着替えて」
ミナミが手渡して来たのはフリルが沢山付いたピンクのセパレートタイプの水着だ、下の方はスカート状になっている。
「ぼっ…僕にこれを着ろと?…」
「そうだよ、サイズはシノブママに聞いてるから大丈夫!」
「いや、そうじゃ無くてさ…」
「男の身で女性用水着を着て遊べるなんて、トランスファイターならではだろう?オイラ一度やってみたかったんだよね」
とても嬉しそうなミナミ…言われてみれば確かにそうなのかもしれないが、この一線、超えていいのだろうか?
1人でもやもやと思考を巡らしていると、ミナミはもう可愛らしいグリーンのビキニに着替えていた。
「どう?似合う…かな…?」
顔を真っ赤にして視線を僕からそらしつつ感想を聞いて来るミナミ。
ゴクリ!とても似合っている。
胸は慎ましやかだが、スレンダーなボディからは健康的な色気が醸し出されている。
「うん…似合ってる…とても…」
ぼそぼそと小声でそう伝える。
「わ~!ありがと~!」
頬に両手を当てながら喜ぶミナミ…カワイイ…だが男だ。
僕にも似合うだろうか…可愛くなれるだろうか…心の中でそんな衝動がムクムクと頭をもたげ、そして僕は一線を越えてしまった……
「ダーリン最高!思った通り超絶似合ってる!」
ピンクのフリフリビキニを着た僕を見て大はしゃぎするミナミ
「ははっあははははは…」
力無く笑うしかない僕、もうどうにでもなれ…
パシャ!
「こら!写メ撮るな!」
「いいじゃん減る物でもないし…あ~一生の宝物だよこれ…」
うっとりとスマホの画面を見つめるミナミ、何てこったい…。
プールのあるスペースまでは来たのだが、恥ずかしさで体がちぢこまってしまい思うように歩けない。
「も~ダーリン!ここまで来たら覚悟を決める!」
ミナミが僕の腕を引っ張りプールに向かって走り、二人そろって水の中にダイブ!
「ぷはぁ!!」
「こらー!そこ!飛び込みは危険だからやめなさい!」
いきなり監視員の人に怒鳴られてしまった、ミナミめ~!
「ほら怒られたじゃないか!…あ…」
文句を言うためにミナミの方を向くと、胸のビキニが外れていて小振りな二つの果実が露わになっていた、ビキニ水着で勢い良くプールに飛び込んだりするから…。
「え…?」
僕の視線にミナミも気付く、
「き…きゃああああ?!!ダーリン見ちゃダメぇええええええ!!!」
「ぶふぉ?!」
ミナミの右の拳が僕の頬を捉えると派手な水しぶきを上げ数メートルほど吹っ飛ばされた…痛たたたたた~!!
ミナミは照れ隠しで手を突き出しただけなんだろうが、力の加減くらいしてほしい…ブクブクとプールの水に沈んでいく僕。
「ああ!…ごめんダーリン!大丈夫?!」
胸の布地を付け直したミナミが介抱してくれたがトランスファイターの拳を不意打ちでもろに喰らってしまったのだ、僕はだんだん気が遠くなっていった。
「う~ん…あれ?」
目を覚ますと僕はプールサイドで横たわっていた、頭の下に柔らかい感触が…
「あ、やっと起きた!」
ミナミが僕の顔を覗き込む、何か顔がやたら近い感じがする。
あ!これはミナミが僕に膝枕しているのか!
ガバッと慌てて上体を起こす。
「勘弁してくれよ~!危なく溺れる所じゃないか!」
「えへへ~ごめんなさい」
ミナミは頭を掻きながら舌をぺロっと出し
「でも良かったな~ダーリンを膝枕して寝顔を見てたら何か幸せな気分になったよ」
と言いながら、こちらをうっとり見つめて来るので思わずドキッとしてしまう。
何だろう、ここ数日ミナミが女の子と錯覚してしまいそうな事がたびたびある。
トランスアーツの影響なのは間違いないが、アニマって点から見るともしかするとイツキよりミナミの方が急激に成長したのかもしれない。
恋愛でアニマが覚醒する事があると以前カグヤラが言ってたがまさか…これは!
男だけの三角関係?…何故こんな事に……。
「何なのよあれは!ミナミったらアキラに膝枕するなんて!」
壁に隠れる様に様子をうかがい歯噛みする私、アキラとミナミが二人だけでデートなんて何が起こるか分からないから尾行している、アキラもアキラだ、あんな約束律儀に守らなくたっていいのに…もう。
「な~イツキはん、デートの尾行なんてやめまへんか~?何だか二人に悪いわ~」
「アキラとミナミいい雰囲気なの~羨ましいの~」
アイとチアキも一緒に居る、ジュンも来たがったが頭の怪我が完治していないから置いて来た。
私達三人はいつもの服装のままだからプール内では悪目立ちしてしまうので、あまり動けない。
「まさか冬なのにプールに来て、水着でアプローチを掛けるとはミナミったら大胆な手にでたわね」
もやもやした気持ちで二人を眺めていると、
「あんたたち何してんの?」
後ろから不意に声がするので振り返ると、あの赤ビキニのユウが居るた!私たちは思わず飛び退き臨戦態勢に入る。
「そんなに警戒する事無いじゃない…何もする気はないわよ安心なさい」
公園での赤ビキニは非常に違和感があったが、ここはプールだけにとても馴染んでいる。
「ビックリさせないでよ!もう!」
こんな所で騒ぎを起こしたら二人に尾行している事がばれてしまう。
「ふ~ん…そう言う事、お盛んね~」
私達越しに奥の二人を見てユウなりに納得した様だ、何だか私まで恥ずかしくなって来た。
「月華団だったかしら?私はあいつらのやることになんか全く興味は無いの!しばらくしたらこの町から離れようかと思っているしね」
つーん!と顔をそむけ不機嫌そうにしているユウ、そして踵を返し、
「あ、そうそう、一つだけ忠告しておいてあげる…カナメには気を付けなさいな、きっとどこからかあなた達を監視しているわ」
そう言って去って行った。
カナメ…団体戦でジュンを負かしたくのいち…確かに私たちの行動の監視をほのめかす様な事を自分で言っていた、アキラとミナミにばかり気を取られてはダメって事か。
「あ、二人とももう帰るみたいやわ~」
更衣室に向かって歩いていく二人。
私達は先に出て二人の動向を見張らねば!ひとまず外の物陰に隠れて二人を待つ私達。
さて二人の次の目的地はどこだろう?
N町民ならみんな思う事だが、とにかく遊ぶ所が少ないのだ。
数年前ならボーリング場が有ったのだが閉店してしまい、カラオケボックスですら居酒屋と併設している所を入れて2軒位しかない、ただパチンコ店は結構な数があるがデートスポットにはならない。
ゲームセンターは唯一大型商業施設の【キューブ ノースヒルズ】内にある、ここは食品は元より若者向けファッションや雑貨にはじまり、飲食店は有名ファストフード店が数軒寄り集まったフードコートがあるので、友達や恋人同士でお茶しながら語らうにはうってつけだ。
繁華街の方に向かって歩くアキラとミナミ、時折ミナミがアキラと腕を組もうとしてはアキラに押し返されている。
ふぅ…アキラは完全にはミナミの好意を受け入れていない様だ、少し安心。
しかし傍から見ると妙なカップルだ、メイドと女子高生、見た目は女子だけど中身は男…。
しばらく尾行すると二人はカラオケボックスに着いた。
カラオケ!個室!これはマズイ!人目を気にせずいちゃつき放題じゃないか!
アキラの事は信じてるけど、もしもの時は乱入してでも徹底阻止だ!個室で二人きりになんてしたらミナミがどんな強行策に出るか分からないからね!
「今度はカラオケか…」
「うん、トランスアーツで女性化したら声も高くなるじゃん?オイラ一度その状態で女性ボーカルの曲をカラオケで歌ってみたかったんだよね、ほらアニソンて女性ボーカル多いじゃん?」
なるほど、ミナミはアニメが好きなんだな、って何彼女の新しい一面見つけた彼氏みたいな心境になってるんだ僕は!
とは言えミナミの願望も分からないではない、女性アーティストやアイドルの曲が好きで覚えるまで聞き込んだとして、いざ自分で歌うとなるとキーを下げたり、無理な裏声で歌う羽目になる、
これには僕にもちょっと興味が沸いた。
部屋に入るなりミナミは、曲を入力する端末に手を伸ばすと次々と曲を登録した。
「いや、実はもう歌う曲を考えて来てたんだ~」
舌をぺろっと出して笑うミナミ。
早速一曲目のイントロが始まる、この曲は女性ボーカルでキーが高いので知られるアニソンだ。
ミナミが振り付きで熱唱する、中々上手い。
やはり女性ボーカルの曲は女声で歌ってもらうに限るな、男友達だけでカラオケに来た時にはこうはいかない。
この後自分でも女性化して歌ってみたら、普段は出せない高音域の音が出せたので少し感動した、うん、これは癖になるかも。
「おお~ダーリンも歌上手いじゃない!」
「これは楽しいな!今度みんなで来ようぜ」
僕らは上機嫌でカラオケボックスを後にした。
「遅~い!!いつになったら出て来るのよ!」
二人がカラオケボックスに入ってからかれこれ三時間は経とうとしている。
「そらカラオケは時間掛かりますわ~ええ加減帰りまへんか~?」
「寒いの~チアキおうちにに帰りたいの~」
確かにこの寒空に塀の陰に隠れて出待ちとか馬鹿らしくなって来る…
「あっ!二人が出て来た!」
塀からトーテムポールの様に顔を並べ様子をうかがう私達。
とても楽しそうに談笑しながら歩くアキラとミナミ、何アレ……ワナワナと震える私。
「あわわわ…イツキはんがおかんむりや!」
「怖いの!怖いの!」
きっとアイとチアキの二人には、私から立ち昇る真っ赤な炎の様なオーラが見えたに違いない。
「アキラ達が動き出したわ!ほら二人とも追跡よ!」
「はいい!!」
アイとチアキの背中をポンと叩きカツを入れる、まだまだ尾行は続くのであった。
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