第5話 男性は衰退しました


「は~いミナミちゃんはもう大丈夫よ~」


 母さんに傷の手当てをしてもらいミナミは今、僕のベッドで眠りに付いている。


「アキラのベッドで寝るなんて…」


 相変わらずの膨れっ面でイツキが何やらブツブツ言っている。

 イツキってこんなにやきもち焼きだったかな?


「丁度みんな揃っている訳だから、まだ僕が思っている幾つかの疑問に答えてもらえるか?」


 ミナミを起こさない様に居間で話す事にした。

 僕も今回の騒動にはかなり巻き込まれたんだ、ある程度は知っておきたい。


「まず何故急にN高校が指定制服から私服自由になったのか、しかも女装まで許可するなんて!」


 ビシィ!とネコを指さす、僕の推理が確かなら必ずコイツが何かしら関わっている。


「それはワシがN高校の理事長様だからニャ!イツキ達が女装で登校しやすいように校則を変更したニャ!教師の中にもトランスアーツで女性化してる者もいるニャ」


「やっぱり~!!学校関係者にネコの知り合いが居るのかと思っていたら本人が学校関係者だったか!それにちょっと待て!女装教師はシャレになってないだろ!下手したら警察沙汰だ!」


「そこは大丈夫ニャ彼らは女性には興味ないからニャ」


 いやそーでなくて!はぁ…もういいや次の質問。


「さっきイツキ達って言ったよな?…この町のトランスアーツのファイターは他にどれだけ居るんだ?」


「正確な数はハッキリしニャいがワシのバラ組だけでも20人程度はいるはずニャから、ユリ組を含めたら40人以上はいるだろうニャ~」


 ネコが顔を洗う仕草をしながら適当に答える、次の質問だ。


「この町での大会の決着方法は?カチューシャの争奪戦だってのはさっきイツキから聞いたけど」


「相手の陣営のカチューシャを10個先に集めた方が勝ちニャ、これは無駄な戦いを最小限に抑えるための苦肉の策ニャ」


 なるほどね、確かに街中で見境なくストリートファイトを繰り返されたらたまった物ではない。


「じゃあ今の所の最後の質問だ!イツキはどうしてトランスアーツに入ったんだ?」


「あ~それな、アキラはオレが武者修行に出たのは憶えてるよな?」


「ああ、格ゲーに感化されて出て行ったのな!」


「それを言うなよ~恥ずかしいな~」


 バツの悪そうに頭をかくイツキ、確かにあのエピソードは恥ずかしい。


「まず修行で山に籠ったんだが、そこでばったりカグラ様に出会ったんだ」


おい!いきなりかよ!




「おい少年!強くなりたいのかニャ?」


 空手着に赤い鉢巻きのいで立ちで木に吊るしたサンドバッグ相手に正拳突きをしていたオレに話しかけて来た声がしたので振り返ると、そこにはネコミミを頭につけた黒いひらひらした子供用のドレスを着た少女が立っていた。


「そんな事をしていても強くはなれないのニャ、無駄な努力なのニャ」


 ネコが顔を洗う仕草をしながら少女は言う、カチンと来たのでオレは言い返す。


「お前みたいなお子ちゃまには格闘技の事なんか分からないだろ!」


「いいや分かるニャ、ワシはお前様の百倍は強いという事がニャ!」


 どこまでも失礼なガキだな、ちょっと脅かしてやるか。


「じゃあ勝負するか?ケガしてから泣いても知らねえぜ?」


「そのセリフ、そっくりそのままお返しするニャ」


 あったま来た!オレはダッシュで少女までの間合いを詰めパンチやキックを次々と繰り出す。

 しかし少女には全くかすりもせず、すべて空振りに終わった。


「やはりそんな物かニャ!では今度はこちらから行かせてもらうニャ!」


「何だと?」


 少女はオレが繰り出した渾身の正拳突きを踏み台にしジャンプ!

 クルクルと回転しオレの背後に移動、勢い良く両足を伸ばし蹴りを放つ!


「うおぁ!?」


 背中を思い切り蹴り飛ばされ、オレは顔面から地面に突っ込み十数メートルヘッドスライディングするはめになった、意識が薄れていく…


「目が覚めたかニャ?」


 ネコミミ少女がしゃがみ込みオレの顔を覗き込んでいる。


「オレは負けたのか?…」


 頭がボーっとする。


「負けたのはそうニャが、筋は悪くないと思うニャ」


 ニッコリ笑うネコミミ少女。


「ワシの名はカグラニャ、どうニャ?ワシに付いて来てみないかニャ?お前ならきっともっと強くなれるニャ!」

そう言って手を差し伸べる少女、オレはとっさにその手を取っていた。


「師匠!いえカグラ様、あなたは男性なのですか?」


「そうニャ!我が流派【トランスアーツ】は女子力を上げ己を進化向上させる究極の格闘術ニャ!」


 そこからオレの血のにじむ様なトランスアーツの修行が始まった!

 まずは全身の脱毛に始まり、常時女性用の洋服を着用、そして髪の手の入れ、スキンケア、メイク、ネイルケア、アクセサリーや洋服のコーデの仕方等など

 それはそれは大変だった!

 そして自分に一番合うフィットコスチュームのセーラー服に辿り着いて今に至る…




「……と言う訳さ」


 目をキラキラさせて思い出話をするイツキ。

 もっと突拍子もない話だと思ってたら意外とまともだった…

 いや!話の後半はおかしいから!!


「やっぱりカグラってバラ組統領やってるだけあって強いのか?」


 疑いの眼差しでカグラの方を見る、面倒くさいから今から名前で呼んでやる。


「様を付けるニャ!このデコスケニャ郎!ワシはカグラ様ニャぞ!強いんニャぞ!」


 プンスカと怒っているが全く迫力が無い。


「ああ分かった!分かった!また何か起きるまでは今ので全部分かったから!」


 しかしこのトランスアーツ派閥抗争みたいなのは暫く続く訳で…

 あ~頭痛い!


「あら~じゃあ~頭痛薬飲む~?」


 母さん…そうじゃ無いんだ…



「ここは…どこだ?…」


 よたよたと壁伝いに部屋に入って来た人物、包帯と絆創膏だらけの加賀ミナミだ

 今は母さんが以前着ていたライムグリーンのワンピースタイプのパジャマを着せられている。

 レースで飾り立てられている物で小柄のミナミには似合っていた。

 男なのに似合うってどうよ…


「あらあら~まだ休んでなくちゃダメよ~ミナミちゃ~ん」


 母さんが慌てて付き添う。ミナミは今にも膝を付きそうだ。


「オイラは…ルナ様に…見捨てられた!」


 声を震わせながらはらはらと涙を落とすミナミ、

 さっきの出来事を見ていただけに何だか痛々しい。


「まあ~大変だったのね~いいわ~今は母さんの胸で~思い切りお泣きなさ~い」


 母さんがミナミに向かって両腕を広げた、聖母の様なオーラが放出されたのをその場にいた全員が感じ取れた程だ。


「うっ…うわああああああんんんん!」


 母さんの胸に飛び込むミナミ、全身傷だらけとは思えないほどの勢いで。

尻もちを付く母さんだったが、ミナミをその豊満な胸に迎えながらよし、よし、と背中を優しく叩く。


「こういう時~おっぱいがあると~便利でしょ~?」


 そうだった!誰よりも女性らしいけどこの人、生物学上は男だった!


「アキラが小さかった時も~こうしてあやしていたのよ~」


「え?そんなに前から父さんは母さんだったの?」


 自分で言ってて訳が分からない…


「そうよ~だってアキラは~私の母乳で育てたんですもの~」


ピシィ!


 体の中心に稲妻が走ったような衝撃が…

 なあああんてこったい!知らなきゃ良かったああああ!

 世界中探しても父親の母乳で育った人間なぞ僕意外にどこにもいまい…


 母さんの膝枕でミナミがくぅくぅと寝息を立てている、泣き疲れたのだろう。


「家のマンション~まだ空き部屋があるから~この子を~住まわせようと思うの~」


「おう!それは良いニャ!家賃の事は気にするニャ、トランスアーツの組織がバックについてるニャ」


 どんだけ巨大な組織なんだ…そしてまた一人男の娘の住民が増えるのかよ…でもそんな事も言ってられないか…


 ピンピロピロピロスッポンピン!パフ!


 不意にどっかのご長寿大喜利番組のテーマみたいな着信音が聞こえる。


「あ~ワシのスマホニャ」


 カグラが取り出したスマホにはネコミミ付きのカバーが掛かっていた、どんだけネコミミ好きなんだよ!


「どうしたニャミズキ先生、うん、そうかじゃあ今からイツキを連れてそちらに行くニャ!」


「イツキよN高校の校庭でミズキがユリ組の二人組にタッグ戦を申し込まれているそうニャ、早速加勢に行くニャ!」


「分かりましたカグラ様!」


 ミズキ…ミズキ先生?N高校の?…僕らのクラスの担任の?…あの眼鏡美人で男子から大人気の七瀬ミズキ先生が?

 ショックだ~!これまでで一番ショックかもしれない…まさかあのミズキ先生が男!…次からどんな顔して顔を合わせたらいいんだ…


「何落ち込んでんだ?アキラ」


 イツキよ放っておいてくれないか…今それどころじゃない…


「ほら~アキラも一緒にいくぞ!」

 

 僕の襟を後ろから掴み引きずるイツキ。


「ちょっ!待て待て!心の準備が!靴くらい履かせろ!」


 僕とイツキとカグラはN高校へ向かった。


 僕らが校庭に着いた頃には既に三人が対峙していた。


「師匠、イツキ君来てくれてありがとうね」


 いつもの優しい笑顔のミズキ先生だ。

 だが先生の秘密を知ってしまった今、僕の心中は穏やかではない。


「あら!アキラ君も来てくれたの?ありがとう」


 僕にも満面の笑顔を向けてくれる。


「はい!先生が心配で!」


 もうこの笑顔には勝てないよ!ミズキ先生が男だなんてほんの些細な事さ!イツキの視線が痛い…


「待ちくたびれたわ!さっさと始めよか?」


 何となく怪しい大阪弁を操るのは水色のジャージの上着にブルーのスパッツ、勝気な釣り目、右サイドに髪を束ねた変形ポニーテール、一見すると部活中の女子高生といった佇まいだ。


「ジュン~ウチらも悪いんよ~?タッグ戦やったら前もって相手に連絡せな~」


 こちらのおっとりした方は真っ白な体操着にエンジ色のブルマー、愛嬌のある垂れ目、さっきの子とは逆に左サイドにポニーを束ね、そして胸には【アイ】とゼッケンぽく名札を付けている。

 目付き以外顔がそっくりなのでどうやら双子の様だ、ジュンとアイね、洒落た名前じゃないか。


「恐らくあちらの二人はタッグ戦を得意としているのでしょうね、双子のコンビネーションは侮れません」


 頭に赤いカチューシャを付けながら冷静に分析をするミズキ先生、流石です。

 

「実際どうなんだ?イツキはミズキ先生とは一緒に戦った事ないんだろ?勝てるのか?」


 僕はイツキに耳打ちして聞いてみた。


「ん~まあそれはそうなんだけど何とかなるんじゃないかな~?」


 ストレッチをしながらイツキが適当に答える、うわぁ~不安しかない。

 向うの二人も白カチューシャの装着が完了した様でこちらに向かって歩いて来る。


「ワテは多摩川たまがわジュンや!タッグ戦を受けたのを後悔させてやるで!」


「ウチは多摩川たまがわアイだす~お手柔らかに~」


 ジュンとアイもやる気満々だ。


「二人ともさっきのミナミの様な醜態をさらす事は許しませんぴょん!」


 またしても気配を感じさせずにヤツが現れた。


「「はいな!ルナ様!」」


 声がした途端二人はビシィ!と気を付けの姿勢で固まった、ルナとはそこまでの畏怖の対象なのか。


「出たな!甘ロリウサミミオヤジめ!さっきミナミにした事、忘れたとは言わさん!」


 先程の怒りがぶり返し、僕は拳を握りしめて言った、体が武者震いで震えているのが分かる。


「部外者が何を言うぴょん!弱い弟子なぞあっしは必要としてないぴょん!」


 奥歯がギリギリと音を立てる!もう我慢の限界だ!!


「頼むイツキ!頼みますミズキ先生!僕は応援しか出来ないけど、この試合必ず勝って下さいお願いします!」


「任せておきな!お前の怒りはオレにも伝わったぜ!」


 ビッとサムズアップするイツキ。


「やるからにはベストを尽くすわ!見ていてね!」


 小首を傾げウインクするミズキ先生。


「行こう!」


「行きましょう!」


 相手に向かって歩き出す二人の後ろ姿がとても頼もしく感じた。

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