ガキを見る目

 家に戻ると、まず麻子が出迎えに現れた。

 清の予想通り、岬を見ると麻子は驚いた顔をしてその手を取って無事を確認した。

 岬も岬で、自分の姿が母親に見えていることに驚きを禁じ得ないといった様子だ。

「麻子さん、岬さんはどうやら――」

 清は岬の置かれた状況を静かに説明していく。岬もどうやら自分のことは把握しているらしく、清の説明に補足を入れていった。

 清がこの家に厄介になりに来たのは今から三日前、麻子が安野の家から帰るのと一緒にだ。

 清の手に入れたこの力ならば、妖人を倒すことが出来る。妖人の集中している四門地区に腰を落ち着けることになるので、麻子が家に泊まらないかと言ってくれたのは願ってもないことだった。

 麻子は岬が行方不明になったことを安野の家で聞いていたが、清の準備が出来るのを待ってから家に戻ってくれた。岬は多分大丈夫、そういう子だから――というのが麻子の理由だった。

「そっかあ。直人君が助けてくれたんだね」

 話を聞いて麻子が最初に発した言葉がそれだった。

「っていうかお母さん、なんで私が見えてるの?」

「岬にはまだ話してなかったけど、お母さんも、その、ね。見えるんだ」

 岬はそれを聞いてもあまり驚かなかった。大方普段の言動である程度察しはついていたのだろう。

「匠さんにはどう言いましょう」

 清が訊くと、麻子は笑って大丈夫と言い切った。

「岬が無事ってことを伝えとけばいいよ。こっち側の話には首を突っ込みたがらないし」

「無事――と呼べるんですかね」

「ぴんぴんしてるでしょ?」

 麻子に言われて、岬はこくんと頷いた。

 楽観視しすぎている――清はそう思ったが、口にすることはなかった。

「岬さん」

 岬の部屋と来客用の寝室がある二階に上がると、清は岬に声をかけた。

「阿瀬直人君はあまりに危険です。彼はまるで、夢の中で遊んでいる子供だ。いや、現に子供でしょうが」

 阿瀬直人という少年を、清はこう見立てる。

 清は他人の性分というものを見抜く眼力があると自負している。その人物が他人からどういった見られ方をするのか。どういう主義主張の元行動するのか。そうしたことが二言三言話すだけで見抜けてしまう。

 直人は――ガキだ。

 力を手に入れて、それでもヒーローごっこの中から抜け出すことの出来ていない子供。覚悟もなければ信念もない。ごっこ遊びの中で暴力を振るう悪ふざけの過ぎたお子ちゃまだ。

 清は岬の手前、流石にそこまでは言わなかった。それでも岬には清の言わんとしていることがわかったに違いない。

「直人は、確かに危なっかしいと思います。でも、直人は本当は最初っから全部わかってるんです」

 覚悟も。

 信念も。

 決める前に最初からそこにある。

「多分直人は、残酷な現実に直面した時には挫けます。そんな脆い奴なんです。でも、すぐに気付きます。考えてなくても、自分の中には初めから答えがあることに」

 そこで岬は照れるように笑った。

「流石に褒めすぎたかな。直人には黙っておいてくださいね?」

 それと――と岬は清の目を真っ直ぐに見つめる。

「ありがとうございます。それとごめんなさい。私を殺さないでくれて」

「岬さん――あなたは――」

 岬は小さく笑って、ふわりと宙に浮く。

「私、やっぱり直人のとこに帰ります。清さんとお母さんに私が見えるのは嬉しいけど、それでも私を最初に見つけてくれたのは直人だから」

 そのまま宙を飛んで、岬は下に降りていった。麻子に断りを入れにいったのだろう。

 清はぐっと唇を噛み締める。岬の言ったことは果たして本当だろうか。

 上着を捲くり、絶えず疼き続ける傷口を見下ろす。岬の去っていった方向をじっと見つめる。

 これだけの覚悟があるのか。

 そこまでの信念があるのか。

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