mission1-33 神石と神器



「ガザ=スペリウス?」


「ええ。ブラック・クロスが世話になっている『契りの神石ジェム』専門の鍛冶屋よ。あなたがついてくるのであれば、まずはガザに会って神石の加工を依頼しないと」


 三人を乗せた飛空二輪は海の上空を走る。一行はコーラントから近い大陸の方へ向かっていた。近いとはいえコーラントは大陸からかなり離れており、しばらくは一面海が広がる景色が続く。


 当然泊まれるような宿もなく、昨日は途中の小さな無人島で一泊することになった。ユナは布団のないところで寝慣れていないため、起きた後は背中が痛くなったが、それも旅ならではだと思うと気に病むことはなかった。


 アイラ曰く、ウラノスから奪ってきたこの飛空二輪は性能が良く、今夜中には海を越えてアルフ大陸に上陸する予定らしい。


 アルフ大陸はコーラントの西側にあり、旧大国ルーフェイがそのほとんどを支配する土地である。今は大戦当時よりも支配力が弱まっており、直接統治下にある地域は限られているというが。


「どうして神石を加工するの?」


 ユナが尋ねると、ルカは自分のネックレスを外しユナに手渡す。黒の十字に紫色の石がはめられているネックレス。キリと戦ったときにはこれが大鎌に変化していた。


「これは神器。神石による体力消費を抑えつつ、武器として扱えるように加工したものだ。神石をそのまま使うと力が強すぎて使用者にも負担が大きいんだよ。ユナも経験したろ? たった一回使うだけでほとんど身体が動かなくなったはずだ」


「あ、確かに」


「神器なら扱いたい力の大きさをコントロールできるようになるから、長期戦でも神石の力を使って戦えるようになる。まぁ、昨日のおれみたいに力を使いすぎるとどのみち体力切れになるわけだけど……」


 ユナはなるほど、と頷く。ふとアイラの方を見ると、風になびくえんじ色の髪の影から黒の十字のピアスが見えた。中央にはルカのものとは違い黄色の石がはめられている。あれも神器なんだろうか。


「で、神石を神器に加工してくれる鍛冶屋がガザってわけ。一応言っとくけど、神石を加工するなんて普通の鍛冶屋にはできないよ。よほど腕が良くないと神石本来の力を損傷させてしまうらしい。ガザみたいな鍛冶屋は世界に数人しかいないって言われてるんだ」


「そんな人に会えるなんて、楽しみだなぁ」


「ま、ちゃんと会えるかどうかは運次第よ」


 アイラは前を向いたまま口を挟んだ。


「どういうこと?」


「ガザは世界中を放浪してて、神出鬼没なの。闇雲に探していては一年かけても会えないかもしれない」


「えぇ!? じゃあどうするの?」


 アイラは片手でコートのポケットを探り、何かをユナに向かって投げた。ユナは慌ててそれをキャッチする。小さなウサギのぬいぐるみ。お世辞にも可愛いとは言えないほど、ツギハギだらけで布は色褪せている。ユナは思わずアイラの方を見た。大人っぽく気品漂う彼女のものだとはとても思えなかったのだ。


「私は運転中だから、代わりにお願い」


「代わりって、何を……」


 ルカはユナの手の上のぬいぐるみを指差して言う。


「そいつを起動させるんだよ。思いっきり叩いてみて」


「こ、こう?」


 ポフッと音がして、ユナの手の平がぬいぐるみに沈み込む。しかしぬいぐるみはびくともしない。様子を見ていたルカはユナの隣でぷっと吹き出す。


「だめだめ、そんなに優しくっちゃ。アイラはいつも中の綿が全部弾け飛ぶくらいの勢いでやるんだから、遠慮はいらないよ」


「で、でも、こんなことして何があるの?」


「まぁそれは起動してみてのお楽しみ」


「ルカがお手本でやってみせてよ」


「おれじゃあ起動しないよ。女の人じゃなきゃだめなんだ」


 ユナは怪訝そうに首をかしげる。ルカはにやにやと笑うだけだし、アイラは運転に集中しているようだった。何だか腑に落ちないがやってみるしかなさそうだ。ユナは持てる限りの力を込め、ぬいぐるみに向かって叩き込んだ。




——ボンッ




「……いやー、躊躇いながらも芯のあるパンチいただきましたわ。やっぱりあれやね、若い娘のパンチは無条件にええなぁ。青春って感じやわぁ」


 ぬいぐるみから湧き上がった白煙の中から陽気な声が聞こえる。ユナは目を丸くした。煙が晴れたところには、先ほどの数倍は巨大化したぬいぐるみがふわふわと宙に浮いていたのだ。


「な、なにこれ?」


「うちは付喪神つくもがみの眷属、サンド二号や。あんたがコーラントの神石との共鳴者、ユナちゃんやろ。うちはアイラ姐さんとルカの案内役を務めてますん。よろしゅうなぁ」


「よろしく……」


 ぬいぐるみはまるで生き物のように動き、つぎはぎで丸まった手をユナに差し出す。ユナは戸惑いながらもその手をとった。ぬいぐるみは嬉しげにぶんぶんと上下に腕を振る。千切れてしまわないか心配だ。運転席のアイラはちらとサイドカーの様子を見て言った。


「サンド二号は元々ブラック・クロスのシアンの持ち物なの。同じ型のぬいぐるみがいくつかあって、眷属の力で互いに通信ができるのよ。いつでも連絡が取れるよう、ガザにもサンド四号を持たせているわ」


「そうなんだ。便利なんだね、きみ」


 ユナがそう言ってサンド二号の頭を撫でると、ぬいぐるみはビクッと動いて胸のあたりを押さえた。


「うっ! ユナちゃん優しいんやなぁ。アイラ姐さんにもこれくらい愛嬌があったら今頃恋人の一人や二人」


 サンド二号の言葉の途中でバンという銃声が響き、ユナは飛び上がった。目の前のぬいぐるみの後頭部に銃弾が撃ち込まれていた。銃弾は貫通せず、ぽとりと飛空二輪のカートの床に落ちて砂に変わった。




「サンド二号? 私は余計なおしゃべりは嫌いよ。さっさと四号に連絡してくれるかしら」




 いつの間にか黒い銃を構えていたアイラがにっこりと微笑む。銃身の先からは砂煙が上がる。よく見るとアイラの片耳のピアスがなくなっている。やはりあれが神器だったのだ。サンド二号は急に押し黙り長い耳を逆立てた。通信を始めたのだ。ルカは放心状態のユナに耳打ちした。


「アイラって怒るとすっごい怖いから気をつけて。特に恋人と年齢の話はタブー」


「う、うん。分かった」


「ちなみにおれは過去に五回くらいは蜂の巣にされそうになったことがある」


「えぇ!?」


「師匠にはもっとやられてるけど」


「そ、そうなんだ……ルカが強い理由が分かった気がする……」


 ユナはため息をついてうなだれた。今更ながら一行の中での自分の平凡さに気がつくのであった。


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