mission1-34 アイラの計算ミス


 しばらくすると、ぴんと立っていたサンド二号の耳は徐々に元のように垂れていった。


「どうだった?」


 アイラが尋ねると、サンド二号は残念そうに首を横に振った。


「あかんわぁ。四号に繋がってはいるんやけど、ガザが気づいてないみたいや」


「あの男……何のためにわざわざ四号を持たせたと……」


 アイラは舌打ちし、握っているハンドルを指で小刻みにトントンと叩いている。ルカはなだめるように声を大きくして言った。


「大丈夫だって。こんなこともあろうかと最初っからキッシュに向かってたんだからさ」


「キッシュって?」


 ユナにとっては初めて聞く土地の名前だった。


「旧ルーフェイ領内、職人の街キッシュ。昔から腕利きの職人たちが集まる場所だよ。鉱山が近くて資材が豊富なんだってさ。ガザも結構立ち寄ることがあるらしいんだ。下手にうろうろするよりは、キッシュに向かった方が会える可能性が高い」


 いよいよコーラントを離れて新しい土地に踏み入れる。ユナは飛空二輪の進行方向を眺める。ほとんど一面に海が広がっていたが、前方にうっすら大陸の影が見え始めていた。コーラントの何倍もある広い陸地。これでもまだ世界の一部なのだ。ユナはゴクリと唾を飲む。


「気分が盛り上がっているところ悪いけど、着く前にこれを飲んでおいて」


 アイラは片手で自分のバッグを探ると、瓶を一つユナに渡した。中には緑色の透明な液体が入っている。


「これは?」


「シアン特製のエナジードリンクよ。効能はいたって普通。飲めば人間の体は元気になる。でも神石は別。神様は人工的な薬とかを嫌うらしいわね。それを飲むと一時的に神石との疎通力が弱まるのよ」


「そ。神石との疎通力が弱まれば使える力も落ちるけど、体力を温存できるってわけ。大陸に行けば破壊の眷属がそこらじゅうにいるから、神石を使って戦わなきゃいけない時もある。神器を持たない人が敵に囲まれて力を使いすぎないように、一応常備してるのさ」


「そっか、破壊の眷属って普通の武器じゃ太刀打ちできないんだよね。でも、神石の力なら戦える」


「そういうことよ。いきなりあいつらとの戦いに慣れろとは言わないわ。だけどここから先、自分の身は自分で守れるに越したことはないから。神器を作るまではそれで力の使い方を覚えてちょうだい」


 ユナ自身、無力なままブラック・クロスの二人と旅を続けるのは嫌だった。一刻も早く、ルカやアイラと肩を並べられるようになりたい。


 瓶の蓋を開けると、独特な香りが立ち込めた。華やかなハーブの匂いと、つんとした薬草の匂いが混ざっている。


「なるべく一気に飲むことをお勧めするよ。間違っても舌で味わおうとはしないように」


「こら、ルカ! シアンが真心込めて作ったもんになんてこと言うんや!」


「じゃあサンド二号も飲んでみる?」


 ルカがそう言うとサンド二号はたじろいだ。


「う、うちは眷属やし……遠慮しときますわ」


「もしかして、眷属の力もこれで弱まってしまったりする?」


「そうだね。ウラノスにあったヒュプノスの樹はこの原理を応用したものだと思うよ。国中の眷属に干渉できる機械なんか、ヴァルトロくらいにしか作れないと思うけど」


 ユナは意を決して、瓶を一気に煽った。口の中に苦味が広がる。ルカに言われた通り、舌をなるべく避けて直接喉に流し込んだが、それでも顔をしかめずにはいられない味だった。


「うぅっ……にが……」


「あ、言い忘れてたけど、飲むのはその半量で大丈夫よ。どのみち一日しか効かないから……って、もう飲んじゃったの!?」


 アイラはサイドカーの様子を見て驚く。瓶の中はすっかり空になっていた。ユナは渋い顔をしながらルカを見る。ルカは慌てて弁明した。


「いやいや、おれだって半量でいいなんて知らなかったよ! 今までずっと勘違いしてた……昔クレイジーに全部飲めって言われたから」


 アイラは額に手を当て、ため息をつく。


「はあ……本当にあなたの師匠は悪趣味な男ね」






 そうこうしているうちに、陸地が近づいてきた。前方にあるのは人気ひとけのない砂浜だ。コーラントとは違って背の高い木が少なく、砂浜の先は一面草原になっているようだった。遥か遠くに赤黒い山がそびえているのが見える。急勾配で滑らかな稜線が美しく、神々しさを漂わせている。


「あれがアルフ大陸のシンボル、ポイニクス霊山。あの火山の中に鬼人族が住んでるんだ」


「ルカは行ったことあるの?」


「いや、ないよ。話を聞いたことがあるだけ。ブラック・クロスに鬼人族にゆかりのある奴が一人いてね」


「そうだったんだ。いつか私もその人に会えるかな?」


「あぁ、そのうち会えるよ。ちょっと面倒くさい奴だけど」


 その時、ガクンと機体が縦に揺れたかと思うと、けたたましく鳴っていたエンジンの音が急に途切れ途切れになった。アイラは何度もアクセルを踏んでいたが、反応はない。


「おかしいわね。燃料はキッシュまでは持つ計算だったのに……あ!」


 何かを思いついたのかアイラは手を叩いてサイドカーの方を見ると、一人ずつ指差していく。乗っているのはルカと、ユナと、自分。アイラはあははと笑って煙草に火をつけた。そして、ぽかんとしている二人に向かって言った。


「そうよね。一人増えればその分重量負荷がかかるものね」


「ど、どういうこと?」


 ルカとユナは不安そうに顔を見合わせる。アイラだけは冷静で、フーッと煙を宙に吐いた。


「悪いけど燃料切れ。私としたことが計算を間違えてたわ。このまま陸地に向かって突っ込むわよ」


「「えぇぇぇぇーーッ!?」」


「ま、なんとか大陸に着けただけましだったわね」


 アイラがそう言うや否や、ガンッと機体内部で音が響き、エンジン音がしなくなった。ぷすぷすと空気が抜けるような音とともに、焦げ臭い匂いが漂う。機体は陸地に向かって傾いた。それまで飛ばしてきていたので、なんとかそのまま落下はせず、前方に向かって落ちていく。浜辺に届くか、海に落ちるかギリギリのところだ。






 その日、三人の旅人が悲鳴を上げながら上陸したことなど、誰の耳にも入ってはこなかった。しかし人々はすぐに彼らの名を知ることになる。


 義賊”ブラック・クロス”。神石に選ばれた三人は、この霊峰佇む地の運命を大きく変えていくことになるのであった——。




*mission1 Complete!!*



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