mission1-32 ヴァルトロ四神将



***




 日が沈む頃、飛空艇ウラノスは小さな島国とは遥か遠くの地まで来ていた。一面雪に覆われた、極寒の大地である。


 銀色の機体は徐々に速度を落としていった。前方にはウラノスと同じ色の塔が建っており、最上部には同じ形をした機体が三つ、連結して停泊している。ちょうど今やってきた機体が連結すると、円盤のような形となった。


 本来ウラノスと呼ばれる飛空艇は四隻で一つ。普段はそれぞれ別の地に赴き任務をこなす。四神将が顔を合わせて会議を行う時のみ四隻が揃うのである。


 今しがた到着したばかりの飛空艇に乗っていた三人はコクピットから、円の中心となった部屋に出る。四角に囲われた机、六脚の椅子。それぞれが席に着く。三人が座ったのを見て、すでに座っていた白衣でメガネをかけた男が口を開く。


「それじゃ、全員集まったことだし各自報告を——」


「前置きは要らん。ドーハ、キリ、ソニア。まずは貴様らの無様な行いについて、言い訳を聞こうか」


 奥の席に座る男が、部屋中に轟くような低い声で言った。カーキ色の地毛と白髪の入り混じる長い髪に、顔の左半分を縦断する古傷がある。大きながたいとその眼光の鋭さに、四神将たちでさえも緊張で身を強張らせる。


 彼こそがヴァルトロの覇王、マティス・エスカレードであった。


「え、え、えっと……その……」


 ドーハは身を縮こまらせて小刻みに震える。実の父親だからこそ、この男の恐ろしさをよく知っているのだ。ドーハの答えを待たず、マティスはキリの方を向いた。


「キリよ。お前がついていながらこの失態は何だ? 辺境の小国の姫との見合いすら上手くいかず、神石も回収できんとは。ヴァルトロ四神将の名が泣くぞ」


 キリはいつも通り薄気味悪い笑みを浮かべながらも、うやうやしく頭を下げる。


「申し訳ございません、マティス様。……ですが、例の実験の成果を思えば大した問題ではありません」


 キリの言葉を聞くや否や、白衣の男は大きな笑い声をあげて立ち上がった。


「実験の成果だって? 俺が精魂かけて作ったもんを派手に壊してくれちゃった奴が偉そうによく言うよ! ヒュプノスの樹は最高傑作だった。そう簡単に作れるもんじゃないんだぜ!」


 キリは着席したまま鼻で笑う。


「なら次はもっと壊れにくいものを作ってもらいましょうかね。今の時点でヒュプノスの樹が抑えられるのはせいぜい眷属の力まで。これでは我々の理想にはほど遠い。あれが最高傑作だったと言うのであれば、あなたの技量はそこまでということです」


「なんだと!?」


 白衣の男は向かいに座るキリに殴りかかろうとした。しかし、遮られた。白い虎の影が立ちはだかる。男がキリの隣に座っている大柄な浅黒の中年女性をきっと睨む。睨まれた彼女は、緊張感のない陽気な声音で言った。


「ほらほら、キリ坊ちゃんもアランちゃんもそうカッカしないの。マティス様の御前よ。……あ、飴ちゃんいる?」


 そう言って女性は自分の持っているポーチから飴玉を差し出す。アランと呼ばれた白衣の男はその手を払い、メガネをくいっとかけ直すと席に戻りながら言った。


「君こそふざけないでくれよ、フロワ。俺は甘いものは嫌いだと何度も言っているだろう」


 キリはキャハハハと笑い、再びマティスの方へと向き直った。


「それに、ブラック・クロスについて一つ分かったことがあります。ルカ・イージスの持つ神石は時の神クロノスで間違いないでしょう。ですが、今はその力をすべて使えるわけではないようです」


 マティスがピクリと眉を吊り上げるのを見て、キリは話を続ける。


「ドリアードとの戦闘において、奴は自身の時間軸しか操作しなかった。ドリアードの時間を止めれば勝つことなど容易だったでしょうが、それをしなかったのです。何らかの理由で力の一部が封印されているのでしょう。現時点ではそう脅威ではありません。逆を言えば、今のうちに奴の神石をこちらの手中に収めれば、我々の理想にもより一層近づくことができるかと」


「時の力、か。噂通りの力があるのであれば、たった一人で世界を変えることもできるのであろうな」


 ドーハが恐る恐る尋ねる。


「う、噂通りの力って何ですか……?」


「あら、ドーハ坊ちゃんはご存じないの? 創世神話によれば、クロノスの力は時間軸を自由に行き来できる……つまり簡単な話、過去を変えることも、未来を変えることも、できてしまうってこと」


「そ、そんな馬鹿みたいな話あるわけ」




「神石に何ができてもおかしくはない。ただ、人の身に余る力には、それなりの代償が必要だ」




 ソニアが眼帯を押さえながら口を挟む。マティスは腕を組みながら頷くと、低い声で言った。


「ソニア・グラシール、お前に任せよう。ブラック・クロスのルカを捕えよ。もしこちらに協力する気がないのであれば、神石だけでも奪え」


「……わかりました。では、俺はこれで」


「あ、おい! 勝手に……」


 ドーハが制するのも聞かず、ソニアは席を立ち、あくびをしながら部屋を出て行く。


「あらあら。ソニア坊ちゃんは相変わらずおねむなのかしら」


「いや、いくらなんでもあれは寝すぎ! 昼間から今までもずっと飛空艇で寝てたのに」


「よい、放っておけ。それよりアラン、状況について報告を」


 ドーハはムッとして俯き、カタカタと膝を揺する。


 彼は肩書き上、この四神将を取り仕切る立場だ。しかし、四人が自分の言うことに大人しく従った試しなどない。それぞれが強烈な個性を持っている上に、計り知れない力を秘めている。


 特に扱いが面倒なのがソニアであった。ソニアとドーハは年齢こそ同じだが、ソニアはヴァルトロ史上最年少で将軍の称号を手にした男である。一般の兵士相手でも腕相撲で負けてしまうほどのドーハとは天地の差だ。それなのになぜ自分が四神将の統括を務めなければいけないのか、何度父に問うても「自分で考えろ」の一点張りである。


 そんな厳格な父親がやたらソニアを気に入っていることもまた、ドーハにとっては苛立ちの原因となっていた。


「それではここからはいつも通りの報告ということで」


 アランがくいっと眼鏡を押さえ、手元にあるスイッチを押す。テーブルの中心に、ホログラム映像が映し出された。そこには世界地図が描かれている。アランは地図を指差しながら説明する。


「まずはブラック・クロス。表立った動きはないですが、近頃各地で奴らを支援する声が出始めています。特に最近注力しているのは旧ルーフェイ領。当然、旧ガルダストリア領は俺たちの影響力が強いから、それを避けてのことでしょう。規模としては数十人ですが、神石を扱える人間が増えているから厄介ですね。今回もまた一つ、彼らの手に渡ったようだし」


 アランは皮肉を言ったつもりだったが、キリはただにやにやと薄ら笑いを浮かべるだけであった。面白くない。アランはわざとらしく咳払いをして、報告を続ける。


「気になるのは奴らだけじゃありません。ルーフェイも最近また力をつけてきているという噂です。あの国は昔から高レベルで情報規制がかけられているので詳細は不明ですが。……この件に関してマティス様、その、奥様からの連絡はいかがでしょう?」


 アランはちらりと王の表情を見る。王は顔色を変えなかったが、低く冷たい声で言い放った。


「あの女のことは口にするな。今後気にする必要もない」


「……失礼いたしました」


 アランは再び咳払いをすると、眼鏡をくいとかけ直す。


「あと注意すべきは、各地で暗躍している銀髪女シルヴィアですね。変装の名手で、スパイとして各地の要人を暗殺して回っているようです。分かっているのは地毛が銀髪ということだけ。目的は不明。ですが、最近ヴァルトロ軍に勧誘していたある男が殺されました。彼は神石が扱えて、かつ武術の達人であったにも関わらずです。ヴァルトロ兵が駆けつけた時にはもう息絶えており、神石もどこかへ消えてしまっていた。今は私の直下部隊に銀髪女の行方を追わせています。報告は以上です」


 アランが席に着くと、キリはにやにやしながら言った。


「もう一つ大事なことを忘れてるんじゃないですか。神石の扱い方を各地に普及させている者がいるでしょう。ねぇ、アラン」


 アランはムッと顔をしかめた。


「ガザ=スペリウスだろ。あんたに言われなくともあいつの息の根は俺が止めてやるよ。近いうちにな」




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