mission1-25 二つの企み



(……ここだ)


 階段の左手、ドーハの部屋の反対側に位置する部屋。扉には第三倉庫とある。


 ユナはそっとドアノブに手をかけた。胸の内がざわつく。金属を引っ掻くような音は、この部屋の中から聞こえてくるようだ。ずっと鳴っているわけではない。不定期に音が大きくなったり、小さくなったりしている。


 ゆっくりとドアノブを回し、室内の様子を伺う。人の気配は無い。さっと内側に入り込み、音を立てないようゆっくりと丁寧に戸を閉めた。


 倉庫と書かれていたが、それらしき積荷は一つも見当たらない。その代わり、部屋の中央部には人の背丈以上の高さはある機械が置かれていた。それはまるで巨大な木のような形をしていた。床中に張り巡らされた太いケーブルが根のようにつながっており、天井にも何本もパイプを伸ばしていて、この部屋の外の何処かへつながっている。稼働中なのか、ゴーッという音が絶えず響く。


 重厚な装置の上には縦長の水槽のようなものが設置されており、その中で桃色の光がちらりと輝いた。


 ユナは機械の方へ近寄る。水槽の中には桜水晶が一欠片入っていた。形が加工されていないものだ。入り江の洞窟から掘ってきたのだろう。例の音もこの石から聞こえてきていた。


 なぜ自分にしか聞こえないのかは分からないが、これはきっと桜水晶が悲鳴を上げている音なのだ。


(やっぱり触媒を使えなくしたのはルカたちじゃない、ヴァルトロの人たちが何かしたんだ)


 水槽の下部分には操作パネルがある。ユナが軽く触れると、スリープ状態だった操作パネルの画面が点灯した。そこに書かれている内容にユナは目を見開く。


(”ヒュプノスの樹”起動中……? この座標は、コーラント王国全体……!)




「探し物は見つかりましたか」




 急に背後に人の気配を覚え、ユナはばっと振り返った。


 さっきまで誰もいなかった倉庫の中に、ユナよりも背が低い人影が見える。身体中から冷や汗がどっと吹き出るのを感じた。一番遭遇したくはない——だが心のどこかで、飛空艇に潜入する以上は必ず出くわすだろうと予感していた人物がそこにいた。


 ユナは慌ててドーハの部屋から持ってきた剣の柄に手をやる。しかし指が震えて全然力が入らない。


「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか、ユナ姫」


 軍服を着た細目の少年は不敵な笑みを浮かべ、じりじりとユナの方へ近づいてくる。


「ボクはむしろ歓迎しますよ。あなたがここに来るだろうことは想定の範囲内でした」


「……どういうこと?」


 少年はキャハハハと耳障りな高い声で笑った。


「ボクは単純に王子の望みを叶えてあげたかっただけですよ。ほら、あんな馬鹿でも一応あるじなんでね。だけどユナ姫のように気難しいお方をドーハ様が振り向かせることなど到底できない……だから、二つのプロポーズ大作戦を用意しました。一つはボクたちがこの国のヒーローになるということ。つまり、国中の触媒が使えないという大事件をヴァルトロが見事に解決し、コーラント王家の信頼を獲得するという作戦です。我が主はこれで全て上手くいくと思っていたようです」


 その主人は今は部屋でうずくまっている。ユナによってドーハが出し抜かれたことに、キリはすでに気づいているだろう。しかしそれを咎める様子はなく、キリは話を続けた。


「ですが、この作戦には致命的な欠陥がある。それはそう、まさに今のような状況です。あなたがこの異変の理由に気づいてしまう可能性があった」


 キリはユナに手が届くところまで来て、彼女を見上げる。視線はこちらの方が上なのに、全く気が休まらない。キリの小さな身体からはとてつもない重圧が発せられているのだ。いつの間にか自分で呼吸を止めてしまっていたことに気づき、ユナはゆっくりと息を吸う。


「どうして私が気づくと思ったの」


「あくまで仮説でしたよ。気づく者がいるのであればそれはユナ姫だろう、と。ま、半分賭けでしたが……ここにたどり着いたということで確信が持てました。ユナ姫、あなたは神に選ばれているんですよ」


 こんな時に何を言うのか。ユナは眉をひそめた。


「神に選ばれている、って何のこと」


 キリはふっと笑うと、ユナの右手の方を指差した。


「ユナ姫が持つその腕輪の石……それはおそらく、『契りの神石ジェム』」


「え?」


 思わず右腕のバングルを見る。九つの小さな薄桃色の石にはいつもと変わった様子は何もない。


「さすがに創世神話と、大巫女マグダラの最期の予言はご存知でしょう? まさにあの伝承通りの代物です。きたる『終焉の時代ラグナロク』を終わらせるため、神々は自らの力の一部を石に封印した。そのうちの一つがあなたのそのバングルにはめられてる。一つ、と言ってもその神石の場合はどうやら九つで一組のようですが」


「そんな、まさか……きっとでたらめよ。お母さんはそんなこと一言も言わなかった。コーラント王家の伝承にも伝わっていない」


「世の中の多くの神石はそうですよ。長い歴史の中で土に埋もれているものもあれば、知らずに人の力になっているものもある。なぜなら、神石がまともにその力を発揮し始めたのは『終焉の時代』が始まって以降のことですから」


 キリの口調は、本当のことを言っているのか嘘をついて騙そうとしているのか区別がつきにくい。だいたい、『終焉の時代』とか、『契りの神石』とか、昨日や今日で現実のことだと言われてもすぐには信じられそうになかった。


「私が神様に選ばれるはずがない。この国の魔法すら使えない異端の人間だから。キリ、あなたはそう言って私のことを騙そうとしている」


 ユナの言葉に、キリはぐっと身を乗り出してユナの表情を覗き込んできた。


「魔法が使えない?」


「そう。がっかりしたでしょう。ドーハさんにもよく言っておいて。私は魔法が使えない上に本当に王の子なのかすらも怪しい、コーラントいちの嫌われ者なの。だから私と結婚するなんて何の得にも……」


「キャハハハハハ! いや、素晴らしい。それこそが証ですよ。あなたが神石に選ばれているという、何よりの証だ」


「な、何なの? あなたの話を信じる気は」


「よく思い出してみてください。あなたは魔法が使えないというよりも、魔法を暴発させてしまうことが多かったのではありませんか?」


 ユナはぐっと唾を飲む。その通りだった。ユナが魔法を使おうとすると、いつも魔法機器が壊れ、爆発が起こった。自分がよく桃色の火傷をこしらえていたからこそ、ドーハの指先の痕にも気づけたのだ。


「それが、何……?」


「きっと神石の力が干渉していたのでしょう。当然神石の方が、神に従属する眷属より力が上ですから」


 そんなはずはないと否定したかったが、言葉が出てこない。キリの言うことが腑に落ちてしまったのだ。なぜ今まで自分だけが魔法が使えず、桜水晶の悲鳴を聞き取ることができたのか、全ての説明ができてしまう。


 押し黙ったユナに対し、キリは不気味な笑みをたたえて言った。


「さて……何でボクがこんな話をわざわざあなたにしたのか。ここからが二つ目の作戦というわけです」



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