mission1-23 行く手を阻む者



——ブゥン



 風を切るような音とともに、アイラとルカは姿を現した。アイラは周囲を見渡す。町外れの林道。昨日も通った場所だ。人気ひとけはなくひっそりとしている。


「なんとかけたわね。ルカ、大丈夫?」


 アイラは隣でうずくまる青年に声をかける。ルカは頷いてゆっくりと立ち上がった。少し顔色が悪い。


「けっこう長距離だったから体力使ったみたいだ。時間が経てば回復するよ」


「できるだけ温存しておいて。この国を出るまで気は抜けない。最悪四神将と鉢合わせる場合もあるのだから」


「うん、そのつもりだよ」


 アイラはコートのポケットからサンド二号を取り出し、思い切り叩く。ボフンと音がしてぬいぐるみが膨らみ宙に浮く。


「ひゃん! 朝早くからこないなアツゥ〜いパンチもろたら、このサンド二号、どうにかなって」


「うるさい黙れ」


 ぬいぐるみはしゅんとしたように身を縮ませる。もう少し優しくしてあげたら、とアイラに言ったことがあるが、こうでもしないとこのぬいぐるみは働かない、と返された。アイラ曰く、サンド二号は眷属のくせにドMなんだそうだ。


「緊急事態よ。この地の眷属が急に力を失った」


「こら! ルカ、また何かやらかしたん?」


 ぬいぐるみに睨まれ、ルカは慌てて弁明する。


「おれは何もやってないって。一回桜水晶には触れたけど、挨拶をしたくらいだし」


「そう、ルカがやったのはせいぜいこの国のお姫様を口説いたことぐらいよ」


「いやあれは口説いたわけじゃ」


「任務中に色気づくとは、ルカも男らしゅうなったなぁ。これはお前のお師匠さんにも報告せんと」


「だから違うってば……」


「まぁそれはおいといて。昨日あなたの通信を妨害していたものの方はどう? 今度は本部と繋がるんじゃないかしら」


「うーん。確かに眷属の力は感じられへんけど、相変わらず神石の力は強いままやね。多少は繋がるかもしれんけど、保証はできへんよ」


「じゃあ繋がり次第ノワールに伝えて。至急脱出用の救援を寄越してほしいって。私たちの方でもなんとかできないか探ってみるけど、念のため用意しておいてほしい」


 アイラの言葉にサンド二号は首……はないので、頭を横にひねった。


「脱出? 今回はただの動向調査任務やろ。なんでそないなことになっとるん」


「ヴァルトロにはめられたの。眷属の力が失われたことを私たちのせいにしようとしてるみたい。この国にはまだ協力者もいないし、港はすでに封鎖されている可能性がある。このままだとあいつらに捕まるわ」


 それを聞くと、サンド二号はぶるっと震えて縦に伸びた。


「それはあかん。すぐに連絡してみるわ! ほな、また後でな」


 空気が抜けるような音とともに、サンド二号は元の大きさに縮んだ。ルカは地面に落ちたサンド二号を拾い上げ、アイラに手渡しながら言った。


「ユナに会いに行こう。あの子はこの国の中じゃどちらかといえばおれたち寄りだよ。もしかしたらちゃんと事情を理解して、おれたちの脱出に手を貸してくれるかもしれない」


「私もそれがいいと思っていた。救援が来る前に私たちができることがあるとしたらそれくらいね。何より、あの子が持つ『契りの神石ジェム』のことも心配だし」


「……ああ。ヴァルトロのキリは絶対気づいているはずだ。放っておけば確実に狙われる」






 二人は林道を歩き、ユナの小屋と入り江の洞窟がある浜辺に出た。浜辺にもやはり人はいない。国中の触媒が力を失う事態なのだ、コーラントの人々は街や城の方に集まっているのだろう。


 ルカは小屋の戸を叩く。返事はなく、物音もしない。窓の方へ回り込んでみると、カーテンが開いたままになっていた。室内には誰もいないようだ。


「どっかに出かけてるみたいだ。もしかしたら城にいるのかも」


「城、か……。困ったわね。今私たちが城へ行くのは飛んで火にいる夏の虫のようなものよ」


 ルカは浜辺全体を見渡したが、やはりユナはいない。彼女の歌も聞こえてはこない。入り江の洞窟の方を見て、ルカはふと昨日ユナと話したことを思い出した。


「そういえば、あの洞窟の先は飛行場に繋がっているらしい」


 そう言うと、アイラは鼻で笑ってタバコに火をつける。


「それってヴァルトロの飛空艇に突っ込むってことでしょ? 確かにヴァルトロの飛空艇には小型の飛行機が積まれているはずだから、それを奪えれば脱出はできるけど……。わざわざ敵の懐に飛び込むなんて、リスクが高すぎる」


「だからだよ。あいつらは今コーラントにいるはずのおれたちを探してるんだ。この辺をうろうろしてるよりはヴァルトロの飛空艇の方が警戒は薄いんじゃないかな。それに、あいつらがこの騒動を起こした張本人って可能性もある。飛空艇の中にその証拠があるかもしれない」


 アイラはふぅと煙を宙に吐いた。


「あなたといると、本当に毎日が刺激的だわ」


「そりゃどうも」


「褒めてない」






 二人は小屋を離れ、入り江の洞窟の方へと向かった。入り口に近づいてきた時、アイラが急に足を止めた。


「……やっぱりこの作戦はなしね」


「なんでだよ?」


「入り口の方をよく見て」


 アイラがルカを林道の方へ引っ張り、木陰に隠れてから入り江の洞窟の方を指差した。洞窟の入り口の看板の側に人影が見える。濃紺の軍服。ヴァルトロの兵士だ。


「見張りでしょうね。通してもらえそうにないわ」


「アイラこそよく見ろよ。あいつ一人だけだし、どうやら寝てるみたいだ」


 ヴァルトロの男は腕を組んで看板にもたれかかっており、時折首がかくんと上下に揺れている。他に人がいそうな気配はない。


「大丈夫だよ。おれの力を使えばなんとかいけるって」


「ちょっとルカ! あの男は……」


 アイラが止めるのを無視してルカはネックレスを再び握りしめる。紫色の光が発せられ、ルカが姿を消す。


 しかし彼が姿を現したのもすぐのことだった。




——ブンッ




 アイラは木陰から出て、音がした洞窟の入り口の方へ駆けつける。ルカは洞窟の入り口の前で喉元に切っ先を突きつけられていた。看板にもたれかかっていた男の右手から、血のように赤い刀身の長刀がまっすぐに伸びている。抜刀の瞬間はアイラの目でも見えないほど速かった。


 男はゆっくりと顔を上げる。右眼には黒の眼帯をしており、その眼帯にはヴァルトロの紋章である「死に八つ蛇」——八匹の大蛇に大剣が刺されている——が金色の刺繍で描かれていた。黒髪の中から覗く瞳は鋭く、ルカとアイラを捉えて逃がさない。




「——ブラック・クロスだな」




 ルカは刃を突きつけられたままじりじりと後ずさり、にっと笑う。




「そうだ、って言ったらあんたはどうするんだ」




 男の方は無表情だった。年頃はルカと同じくらいに見えるが、放たれる威圧感は若者のそれではない。




「ブラック・クロスの人間は通すなと言われている」


 そう言って男が剣を持ち替えた瞬間、


「やっぱりそうくる——よなッ!」


——バンッバンッ!


 ルカはパッと後ろに跳ぶと、ルカがいた場所に銃弾が撃ち込まれ、男は数歩下がってそれを避ける。撃ったのはアイラだ。彼女は銃身にピアスと同じ黄色の石がはめ込まれてた双銃を構え、その銃口をヴァルトロの男に向けたまま叫んだ。


「先に行きなさい! 私は後から追う!」


「いや、これはおれに売られた喧嘩だ。おれが相手を」


「いいからさっさと行け!」


 アイラがあまりに激しい剣幕で睨んでくるので、ルカは一瞬怯んだ。


「まだ気づかないの!? この男はヴァルトロの将軍、ソニア・グラシール! あんたが敵う相手じゃないの! まさか、こんな小さな島に四神将が二人も来てたなんてね……!」


 ソニア・グラシール。キリと同じ四神将の一人だ。ヴァルトロにおいて、将軍と呼ばれる人間はたった一人だと聞いたことがある。ヴァルトロ軍の中で最も強い人間に与えられる称号なのだという。ヴァルトロ軍の中で最強なのであれば、単身では世界最強と名乗っても何ら違和感はない。


「敵わないって言ったって……それはアイラだって同じだろ!」


「あなた、今の発言覚えときなさいよ! 私は場数踏んでんのよ! 自分より強い相手への立ち回りもわかってる。少なくとも無謀に突っ込んでいったりはしないわ」


「む、無謀って……」


「……話は終わりか?」


 ソニアが長刀を構え、ルカの方へ踏み込んでくる。アイラはすかさず銃を放ち牽制する。


「早く! だいたいあなた、あの子の事が気になるんでしょう! さっきから焦って動いて、らしくもない……!」


 そう言われルカはぐっと唇を噛む。嫌な予感がするのだ。浜辺の小屋に着いたあたりから、耳障りな嫌な音が微かに聞こえて来る。それはユナが持っているはずの『契りの神石』の声に近いが、昨夜聞いたのとは比べ物にならないほどに音が乱れていた。


「ッ! 悪い、アイラ……ここは任せるよ!」


 ルカは体勢を整え、洞窟の入り口の方へ駆け出した。ソニアがそれを阻止しようと向かってきたが、砂に足を取られ一歩遅れた。砂浜の砂ではない。アイラが撃った弾が砂に変化し、意思を持ったかのように動いてソニアの足を絡め取ったのだ。


 ルカが洞窟の中へ入ったのを見ると、アイラは入り口の天井に照準を合わせて数発撃った。天井が砂のように崩れ、入り口を塞いだ。




(ルカ……上手くやりなさいよ)




 アイラは再びソニアに銃口を向ける。ソニアは足にまとわりつく砂を払い落とし、ゆっくりと長刀を構えた。


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