mission1-15 ルカの不安


 太陽が海に沈みかけ辺りが少しずつ薄暗くなってきた頃、軍服を着た二人がコーラント城から出てきた。


 一人は肩を落としてうつむきながら歩く。すっかりしょげてしまっている彼を見て、ヴァルトロ王子だと分かる者はいないだろう。気分を高揚させていた食前酒の酔いも、今はすっかり醒めてしまっている。


 ドーハの隣を歩く少年・キリは、そんな主の姿に笑いが止まらない様子だった。


「キリ、笑うのもいい加減にしろよ……あんまり俺を侮辱するようなら、父上に言いつけてやるからな」


「キャハハハハッ。まーたそれですか、上手くいかないとすぐにお父上を頼って。そういうところがきっと見抜かれてしまったんですよ。たまにはご自分でなんとかしてみたらどうです」


「そんなこと言ったって、俺は必死にやったさ! コーラント王だって評価してくれていただろう。なのに何故振られなきゃいけない? そもそも縁談を求めていたのはコーラント側じゃないか。さっぱり分からないよ」


「ダメですねぇ。それじゃあ観察眼が全然足りない」


 そう言ったかと思うと、ぐるんとキリが後ろを振り返る。彼らの跡をつけていたルカは慌てて城壁の陰に隠れた。キリはニヤリと笑うと、何も言わずに向き直った。


「どうかしたか」


「ただのネズミだったようです。城に忍び込むとは、よっぽど度胸のあるネズミですね」


「ネズミなんて今はどうでもいいんだよ。ああ、くそ、本当に散々な見合いだった」


「そうですか? あの歌が聴けただけ良かったじゃないですか。あれだけの歌声の持ち主ならば、さぞ魔法の力も強いんでしょうねぇ。ドーハ様の奥方になられるのであれば、魔法を見られる機会もあったのでしょうけど」


 意地悪な笑みでキリがドーハを見上げると、ドーハはきっと眉間にしわを寄せた。


「悪かったな……! あの顔も、あの歌も、しばらくは忘れられそうにないよ。一目惚れだった」


「”だった”? もう諦めるんですか」


「だって振られてしまっただろう、もうどうしようもない」


 ドーハは大きなため息を吐いてうなだれる。しかしキリはそんな彼を慰めるでもなく、すねを強めに蹴った。ドーハが苦痛に呻き、その場にしゃがみ込む。この二人を見ていると、本当に主従関係なのか疑いたくなる。


「あなたはそれでもヴァルトロの王子ですか? 我々の信条を忘れたわけではないでしょう」


 ドーハはそう言われて少し考え込んでいたが、すぐにぱっと表情が明るくなった。




「……”世界の王となる者に、手に入らぬものなどあってはならない”」




「そうです、あなたのお父上がよく言われている言葉です。これも同じこと。……ドーハ様、ボクに考えがあります」


 キリがドーハに何やら耳打ちをする。ドーハはうんうんと何度も頷き、「そうだな」「よしそうしよう」「さすがキリだ」などと呟いている。この距離では何を話しているのか聞き取ることはできない。キリにすでに気づかれている可能性もあるが、もう少し近づいてみた方がいいかもしれない。


 そう思った時、ルカは急に背後に人の気配を感じた。


「ふぅん……結局彼らがこの国に来た目的は、コーラントの姫様とののんきなお見合いだった、ってわけね」


「なんだ、アイラか。仲間を驚かすのはやめてくれよ」


「驚いたのはこっちの方。あなた、一体何してるの」


 そう言って、アイラはルカの格好を下から上まで呆れたような視線で見た。大事な任務中だというのに、本部から手配された登録商人ギルドのコートは姿を消し、ご丁寧に化粧までしてメイド服を着ている。アイラはハッとしてルカのメイド服の襟を掴んだ。


「まさか、の趣味がうつったわけじゃないでしょうね……!」


「いやいやいや、それはないって。あくまで潜入のためだから、ね? アイラ姐さん」


 ルカは慌てて弁明する。とはルカにとっての師のような存在である。体術は全て彼に教わった。彼も同じ仲間の一人だが、アイラは気が合わないのか一方的に嫌っているのだ。アイラはふーっと息を吐くと、手の力を弱める。


「ま、それはいいとして……私たちのここでの任務はもう終わりね。ノワールに報告するわ」


「え、なんで?」


 拍子抜けた声を出すルカに、アイラは眉間にしわを寄せる。


「なんでもなにも、もうヴァルトロの奴らの目的は分かったし、そのお見合いは終わってドーハは見事にあの姫様に振られた。これでコーラントがヴァルトロの傘下に加わることもない。これ以上にないハッピーエンドじゃない。私たちは暇じゃないのよ。本部には次の任務がたくさん溜まっている。こんなところに長居はしてられないの」


「いや、それはそうなんだけど、なんか気になるというかさ」


 ぶつぶつ言うルカを無視し、アイラはコートのポケットから小さな水色のぬいぐるみを取り出した。


 そしてそのぬいぐるみを思い切り手のひらで叩く。すると、白煙が噴き出してぬいぐるみが人の顔の大きさまで膨らんだ。ツギハギだらけの不細工なウサギのぬいぐるみだ。ぬいぐるみはふわふわと宙に浮きながら、ツギハギで丸まった手を振った。


「おっすアイラ姐さん! 相変わらず良いビンタしてはるわー。シアンには敵わんけどなぁ」


「はいはい、くだらない話は後よ。例の任務の報告をするわ。ノワールとつないで」


「ってあれ!? そこにおんのはルカ!? いやびっくりしたわ。お前そういう趣味だったん」


「サンド二号」


 アイラが低い声で言うと、サンド二号と呼ばれたぬいぐるみはぶるっと震え上がった。


「ひぃっ、すいやせん。せやけどなんか調子悪くて本部と繋がらへんのや。どうも別の力がこの辺には溢れてて通信が妨害されてるようやね」


「別の力? もしかして……」


「ウチら眷属けんぞくの力を妨害できるものなんて、一つしかあらへんよ」


「『契りの神石ジェム』だ」


 アイラもサンド二号もルカの方を見る。彼はいつになく真面目な表情をしていた。


「ルカ、あなた気づいていたの」


「街で眷属の悲鳴が聞こえてね。どうもこの国の『契りの神石』はうまく動いていないみたいだ」


「さすがわね。そういうことは先に言いなさいよ。それで、あたりはついてる?」


「うーん、なんとなく。でもそれは俺だけじゃないと思う」


「……ヴァルトロも、ってことね」


 三人はゴクリと唾を飲む。ヴァルトロと対峙すること自体はこれまでの任務の中でも何度か経験してきたが、今回は事情が違う。四神将のキリがいる。もし彼に目をつけられてしまったら、まともな状態でこの島国から脱出することは叶わないだろう。


「ま、なんとかなるだろ」


「ちょっと、ルカ!」


 にっと笑うと、ルカは城の脇の小道の方へと歩いて行った。その道は浜辺の小さな小屋へと続いている。


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