mission1-14 すれ違う親子


 会食が終わってヴァルトロの二人が帰ると、ユナは父の執務室に呼ばれた。


 コーラント王はすぐに何かを言うわけではなかった。しばらくの沈黙。ユナがもう部屋にいるというのに、先ほどから執務室の机の上で両肘を立てて俯いた状態で何度も深いため息を吐いている。


 言葉を探している。出来損ないの娘に対して、かける言葉を見つけようとしている。ユナの目にはそう見えた。


 ユナは左手の窓の方を見やる。コーラント城は海に面した崖の上に建っているため、空色に染まった水面くらいしか見えないが、少しでも気をそらしていたかった。


(ルカはどうしてここに来ていたんだろう)


 金髪のメイド——の格好をしたルカは、客人の見送りに出てしまったため、話しかける隙もなかった。


 もしもう一度会えたなら、今度はキーノではなくルカとして、彼の話をちゃんと聞きたかったのに。同一人物ではなかったとしても、その目の輝きと、楽しそうに世界のことを話す姿は、幼い頃に憧れ続けていたものと同じだったから。


「ユナ」


 コーラント王が重い口を開き、執務室の中の空気がピリッと震えた。ユナは王の方へ向き直る。


「お前はどんなことをしでかしたのか、分かっているのか」


「……はい」


 バン! 王が机を叩いたことで、ユナは反射的にびくついた。もともと仲の良い親子ではなかったが、こんなに怒っている父を見るのは初めてだったのだ。


「せっかくヴァルトロの王子がわざわざいらっしゃったのに、なんだあの態度は! おまけにあんなに失礼なことを……! 断るにしても、もっとちゃんとした段取りがあっただろう。二つの国の王家同士が顔を合わせて話すということは、ただのお喋りではないのだ。見合いであってもれっきとした外交なのだぞ。それなのに、お前は……!」


「……申し訳ございません」


「これはお前のためにやっていることなんだぞ、ユナ。ドーハ殿はお前を気に入ってくれていたというのに……! 全く、私は買い被りすぎていたようだ。知らぬ間にこんなわがまま娘に育ってしまっていたとはな……。後でミントにもきつく言っておかねばなるまい」


「ミントは、悪くありません」


 喉が震えてうまく声にならない。ユナは唇をぎゅっと噛み俯いた。そうしていないと、涙が溢れてきてしまいそうだった。


 自分が出した答えは決して間違っているとは思わない。むしろ、ドーハに面と向かって本音が言えたことにはむしろすっきりとした心地がしていた。


 だがそのせいで父を怒らせ、ミントにまで迷惑をかけるつもりなどなかったのだ。腹ただしいやら、情けないやらで、頭の中がごちゃごちゃとこんがらがっていく。


「……幸い、ドーハ殿は明日まで滞在の予定だ。もう少し真面目に将来のことを考えなさい。お前がちゃんと姫としての役目を果たす気が少しでもあるのならば、明日の朝、ドーハ殿に謝罪に行く」


 ユナはハッとして顔を上げて父を見る。話は終わりだと言わんばかりに、父は席を立ち執務室を出て行こうとしていた。


「ちょっと待ってお父さん! 私はまだ結婚する気なんて……!」


 コーラント王は立ち止まり、ユナの方を振り返る。その表情を見て、ユナは胸をぎゅっと押しつぶされるような感じがした。とても冷たい目だった。


「まだそんなことを言い続けるつもりか。お前がこの縁談に乗らないならば、私はそれなりの責任を取らねばなるまい。この世界の王者、ヴァルトロに背くなどあってはならないからな」


「責任を取る、ってどういうこと」


 恐る恐る尋ねる。王は低い声で呟くように言った。


「お前を勘当する。このコーラントから追放し、一切の入国を禁ずる。魔法が使えないお前にとっては、その方が過ごしやすいかもしれぬがな」


 それまであらゆる言葉や想いが絡み合っていたにも関わらず、一瞬で頭の中が真っ白になった。ユナは力が抜けて、膝から崩れ落ちる。抑えていた涙もぽろぽろと零れ落ち、ドレスに大粒の染みを作っていく。


「……お父さんは、ずるいよ。これなら本当に思っていることを言ってくれた方が、全然まし」


「何のことだ」


 王は扉のそばでユナに背を向けたまま言う。いつもそうだ。父はいつもどこか高いところにいて、本心など口にしたことがない。


「本当は私のこと、早く追い出したいんでしょう。やたら見合いをさせようとするのも、それが目的なんじゃないの? 私がから……! 大切なお母さんを、奪った原因だから……!」


 否定をしてくれたら、どんなに楽になれるだろう。

 あるいは肯定をしてくれたら、どれだけ強くなれるだろう。


 だが、しばらく黙った後に絞り出された王の言葉は、そのどちらでもなかった。


「……戯言ざれごとを申すな。答えは明日の朝聞こう」


 それだけ言うと、王はユナとは目を合わせないまま執務室を出て行った。ユナは泣きながら母の形見をぎゅっと握りしめる。真鍮しんちゅうで出来た腕輪はとても冷たい。


 どんなに大切なものであっても、命が宿っていなければ、温もりはそこにない。


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