mission1-12 嚙み合わない会食



 城の大広間は四人で会食をするにはとても広すぎる。


 ユナは大広間をぐるっと見回す。中央に設置されたテーブルからは壁も天井も遠い。昔からここで食事をする度に晒し者にされているような感覚に陥って、かえって息苦しくなるのだ。仮住いにしている浜辺の小屋の方がよほど落ち着く。


 おまけにドレスを着るために装着したコルセットによる圧迫もあった。前菜から色とりどりの食材がテーブルに並べられたが、全く喉を通る気がしない。


 ユナは食事を運んできたミントに助けを求めるように視線を投げた。ミントもヴァルトロ二人の意外な風貌には驚いたようだったが、小さく首を横に振って食卓に向き直るよう示すと、来客に向かって深々と頭を下げた。


「ドーハ様、キリ様、本日ははるばるお越しいただきありがとうございます。ようこそコーラント城へ。ささやかではありますが、私共にできる限りのおもてなしをさせていただきますわ」


 挨拶を済ませると、ミントは後ろに控えているメイドから食前酒のグラスを受け取り、それぞれの手前に並べていく。


 ミントの後ろにいるメイドをユナは見た覚えがなかった。城内の使用人はほとんどが顔見知りのはずだが、金髪で高身長なメイドなどいただろうか。そういえば今朝ミントが人手が足りないと嘆いていたから、臨時で雇ったのかもしれない。


 ユナがじっと見ていることに気づいたのか、金髪のメイドは恥ずかしそうに顔をそらした。


「ではこちらの食前酒についてご説明を……って、ドーハ様!」


 ミントが悲鳴を上げる。向かいに座るドーハの方を見ると、彼は緊張のあまり出された食前酒を一気飲みしてしまったらしい。


「ああ、なんてこと……早めに申し上げず大変申し訳ございません。こちらの食前酒は口の中でゆっくり溶かしながら味わっていただきますと、香りが広がるようになっております。溶けた状態であれば度数も低いのでお酒が苦手な方でも安心して飲むことができますわ。ただ、凍らせている状態の時は非常に度数が高く……」


 アルコールが回ったのか、ドーハの顔はみるみるうちに赤くなっていく。


 コーラント王は慌ててミントに耳打ちする。ミントは後ろに控えている金髪のメイドに、水を持ってくるよう伝えた。メイドは笑いを堪えるかのように口元を手で押さえながら大広間から出て行く。おまけにドーハの付き人であるキリさえも、心配するどころかその様子を面白がっており、キャハハハと高い声で笑っている。


(なんなの、この人……)


 ユナの訝しむ視線に気づいたキリは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら言う。


「ああ、どうかお気になさらず。ドーハ様の"どじ"は今に始まったことじゃありませんから」


「キリ……! お前が、一気飲みをすれば男らしく見えると言うから……!」


 ドーハの顔は、もはや怒っているのか酔っ払っているのか見分けがつかないほど真っ赤に染まってしまった。


 会をとりなすべく、コーラント王は咳払いを一つしてドーハに話を振る。


「ドーハ殿はお若く見えるが、おいくつなのかな?」


 ドーハは姿勢を正して向き直った。顔色が赤いままなせいで格好はつかないが、すっと伸びた背筋には肩書き通りの貫禄がある。


「……十九です。よく臣下には威厳がないとは言われますが、これでもヴァルトロ四神将の統括をしております」


 食前酒一気飲みにより多少は緊張がおさまったようだった。ドーハの答えにコーラント王は感嘆を漏らす。


「ほう、あの四神将の統括とは恐れ入った。確かヴァルトロ四神将と言えば、世界最強と謳われるヴァルトロ軍の中でも頂点に立つ四人の強者だと聞いておりますぞ。先ほどキリ殿も四神将の一人だとおっしゃられましたな? まさかこうしてお会いできるとは」


 褒められたことでさらに気が休まったのか、先ほどよりも滑らかな口調でドーハは答える。


「こちらこそコーラント王にお会いでき光栄ですよ。貴国は旧ルーフェイ同盟国。二国間大戦当時ガルダストリア配下として敵対していた我々をまさかこうしてお招きいただくなど、願ってもみなかったことです」


「ははは、何を言われる。ルーフェイとの同盟などあってないようなもの。あれは侵略を防ぐための見せかけに過ぎず、我らは結局戦場へは兵士を出しておりませんからな。それに旧二大国のルーフェイとガルダストリアは、今や見る影もなく衰えてしまった。『終焉の時代ラグナロク』が始まったことで長きに渡る二国間大戦が終結し、やっと平和が訪れたのだ。我々のような小国はただ日々の安寧を願うばかりよ。その為には、『終焉の時代』において最も力を持つあなた方と良き仲になっておいて損はない。かねてよりそう思ってはいた」


 隣に座る父親が何度も頷きながらドーハと楽しそうに話をする様子に、ユナはもやもやと不安を募らせていた。


 話を聞くにつれ、コーラント王の中でのドーハの評価が少しずつ上がっていくのが手に取るように分かる。しかしユナ本人は彼がヴァルトロでどんなに偉いポジションについているかどうかには全く心を揺さぶられなかったし、あまり関心も持てなかった。


 一方ドーハは王との会話が弾んだことで調子を取り戻したのか、自信ありげに目を輝かせてちらとユナの方を見る。ユナは反射的に目をそらしてしまった。普段よく見知っている城の人間以外とあまり交流がないせいで、知らない人に見られていると思うと落ち着かなかった。


 金髪のメイドが水瓶を持って大広間に戻ってきた。ミントはそれを受け取りグラスに注ぐが、ドーハは強がっているのか飲もうとしない。


「コーラント王にそのように思っていただけていたとは、ますます恐悦至極に存じます」


「そう謙遜なさるな。実際のところ、ドーハ殿は今や各地からお声がかかっているのではないか? 世界から見ればコーラントは僻地の小国ゆえ、貴国の気を引くのは難しい。交流の機会は得られないだろうと諦めていたが……まさか我が娘に興味を持っていただけるとは。ほら、ユナも黙ってばかりいないでドーハ殿とお話ししなさい」


「は、はい」


 ユナは仕方なく顔を上げる。ドーハはユナが話し出すのをニコニコと期待した表情で待っている。その隣のキリも笑みをたたえていたが、彼の場合はこちらを観察しているような、そんな居心地の悪さを感じた。


 一体何を話せばいいのだろう。ユナの頭の中にはふと、浜辺の小屋でルカと話したことが浮かんでいた。


「その……ドーハ様は、軍の上層部の方なのであれば、各地を回ったりすることもあるのでしょう? 今世界はどのような状況なのですか」


「ユナ姫は世界に興味がおありなんですか。コーラントの方はあまりそういった話は好まれないとも聞いてましたが」


「ええ、父には外国に興味を持つのはほどほどにしておくよう、よく言われるんですけど。一度もこの国を出たことがないから、余計に気になって」


「なるほど。まぁどの国の状況もそう大して差はありませんよ。二国間大戦の傷を癒しつつ、先の見えない『終焉の時代ラグナロク』に不安を抱きながら人々は生きている。絶望して気力を失ってしまっている民もいます。しかし、自ら行動を起こし世界を修復しようとする者は現れない。このままでは本当に予言通り、あと三年で人類は滅びてしまうのかもしれません」


 さっきルカも同じようなことを言っていたっけ。だが各地の景色や食事、そこに住む人々の話を詳しく聞かせてくれたルカとは違い、ドーハの話はどうも素っ気ない。


「そんなに大変な状況だとは……正直、信じられないです」


「仕方がないことだと思いますよ。この国はとても穏やかで平和だ。破壊の眷属は現れないし、他国の脅威もない。しかし貴国にも、いずれ破壊神の手が及ぶ可能性がないとは言い切れない。そんな時のために、我々がいる」


「それは、どういうことですか?」


 ユナが問うと、ドーハは声を大にして言った。




「ヴァルトロは、『終焉の時代』を終わらせようとしているのです」




 コーラント王が感心したようにあごひげを触りながら頷く。その様子を見て、ドーハは胸をそらして自信ありげに続ける。


「そのためには世界をまず一つにして、力を集めなければいけません。魔法が扱えるコーラント王国が我らの味方に加われば、どんなに心強いことか」


 ドーハがちらと王の顔色を窺う。王は豪快に笑って言った。


「はっはっは、ご冗談を。我々の力がなくとも、今の時代ヴァルトロには敵などおらぬでしょう」


「ええ。ですがなかなか一つにまとめるというのは難しいことですよ。例えば、ブラック・クロスとか」


「ブラック・クロス?」


 初めて聞く単語だった。ユナが問うと、ドーハは頷き声を荒げて言った。


「今世間を騒がせている義賊集団ですよ。彼らは力なき民の不安を煽り、そそのかし、世界が一つになることを望む我々の妨害をしてくるんですよ」


「貴国に歯向かうとは、ずいぶん無謀なやからもいるものですな」


「ええ。武力抵抗だけならまだいい。それは我々の力でなんとかできる。彼らが厄介なのは『契りの神石ジェム』の収集に目がないという点です。貴国の魔法は神石に近い力を持っている。気をつけていただいた方がいいでしょう」


「あの……『契りの神石』とは、七年前のマグダラ様の予言で言われていたもののことですか? あれは創世神話の中だけのものなのかと思っていたんですが」


「いや、空想ではありませんよ。七年前『終焉の時代』が始まってから、各地で実際に『契りの神石』と共鳴する者が現れ始めています。共鳴者は人知をはるかに超えた力を扱えるようになるとか。予言通り、『契りの神石』を扱える者にこの世界の命運がかかっていると言っても過言ではありません」


 ドーハは真面目な顔つきで答える。冗談を言っているようには見えなかった。


「そう、なのですね……」


 一国の姫なのに、こんなにも世界のことを知らないなんて。ユナの心の中には吐き出しようのない焦りが生じていた。コーラントに他国の情報は滅多に入ってこない。唯一他国での見聞を持ち帰ってきたアウフェン親子からの連絡が途絶えてから、それは尚更だった。そしていつしか無知であることに対しても何も感じなくなっていたのだ。


(ルカに言われた通りだ。この七年ものあいだ一度も国を出ようとすらしなかった私はきっと、自ら世界を動かそうとしない人間の一人になってしまっているんだ……)



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