mission1-11 ヴァルトロの王子



 ユナは城の大広間で父の隣に座り、来客を待っていた。なんだかそわそわして落ち着かない。それはきっと、この日のために新調されたドレスを身に纏っているせいだけではないだろう。


 しきりにため息を吐く娘に父親であるコーラント王は呆れている様子だったが、特に何か言うわけでもなかった。


 ミントがこの場にいてくれたら、と何度願ったことだろうか。物心ついた時にはすでに母親が亡くなっているユナにとって、幼い頃から世話係として務めているミントは親代わりのような存在であり、今となっては唯一心を許せる相手のようなものだった。


 父は昔から公務で忙しく、ほとんどまともに会話したことがない。ユナは父のことを嫌っているわけではないが、父の方が避けているような態度を取るのだ。


 いっそ早く見合い相手が来てくれればこの重い空気もなんとかなるだろうとは思ったが、そもそも見合いに対してもあまり乗り気ではないのだった。


(ルカ、もう帰ったかな……気持ちを切り替えるためにあんな風に言ってしまったけど、本当はもっと話していたかったな……)


 コーラント王がユナに頻繁に見合いの話を持ってくるようになったのは、一年前のユナの十六歳の誕生日、つまりこの国で結婚が許される年齢になってすぐのことだった。


 政略結婚をさせたいわけではないらしい。生まれた時から国民に嫌われ、信頼していた幼馴染のキーノからも音信が途絶え、孤独に過ごす娘を思ってのことだったのだろう。


 しかしどこぞの国の王子の話をされる度、ユナは頑なに断ってきた。


 キーノが旅に出るときに、ずっと待っていると約束した。だから今は結婚する気がない、それがユナの本心だった。


 だが、父親にそう伝えようと思った時にはすでに遅かった。コーラント王があらゆる国に縁談の申し込みをしているという噂が各国の有力者の間で広がり、ついにヴァルトロ王子の耳にも入ってしまったのだ。ヴァルトロと言えば、今や世界中で最も力のある国である。王は喜んで彼を招待してしまった。当のユナには断るという選択肢すらなかったのだ。


 いざ見合いの日が決まり、当日についての段取りが組まれていくと、不思議と会ってみるだけいいかという気にもなってきていた。


 キーノのことを言い訳に、ただ意地になっているだけという自覚もどこかにあったのだ。いつかは前に進まなければいけない。それが今日だということなのかもしれない。


 ほんの数時間前までは、そう思っていた。






 隣にいた王が立ち上がったのに気付き、慌ててユナも立ち上がった。人の背丈の何倍も高さのある大広間の扉が、ギギギと音を立ててゆっくりと開く。


 濃紺の生地に金の刺繍が入った軍服風の正装をした人物が二人、中へと入ってきた。


 一人はユナと同じか少し年上くらいの青年で、自由にうねる天然パーマとは裏腹に、随分緊張しているのか表情はガチガチに固まってしまっている。もう一人は背丈の低い細目の少年で、軍服はサイズが合っていないのか袖をまくっている。こちらは余裕がある表情でニコニコと笑みをたたえていた。


(この方たちがヴァルトロの……? なんだか話に聞いた印象と違う)


 二人とも、とても軍事帝国という響きにそぐわない容姿である。一体どちらが王子なのだろう。どちらであっても、ユナの中で想像していたヴァルトロの王子のイメージとはかけ離れていた。


「ほら、ドーハ様、しっかりして」


 少年の方がもう一人の背中を小突く。緊張した青年は小突かれた勢いで前のめりになりながら、ぎこちなくお辞儀をした。少年の方は小慣れた雰囲気でそれに続くと、頭を下げたまま口を開く。


「お初にお目にかかります、コーラント王、そしてユナ姫。こちらがヴァルトロの王子、ドーハでございます。そしてボクがヴァルトロ四神将の一人、参謀キリ。どうぞお見知り置きを」


 顔を上げたヴァルトロ王子は無理に笑顔を作って見せた。冷や汗が彼の額を流れていく。父親の方を見やると、彼らに驚いた様子もなく平然とした表情をしていた。


(お父さんは大人だなぁ……私はまだそうはなれそうもない)


 微笑みを返しつつも、ユナは頭の中で縁談をいかに断るかを考え始めていた。



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