mission1-10 金髪メイド


「ど、どうかな……似合ってる?」


 使用人専用の更衣室から出てきたルカを見て、普段真面目なミントも思わず吹き出さずにはいられなかった。


 行商人の格好をしていた彼は今や、コーラント城で働くメイドの服を着て、地毛に近い金髪のウィッグを後ろでまとめ、顔にはうっすら化粧をしている。声の低さと背の高さに少し違和感はあるが、元々中性的な顔立ちをしていて細身のルカはすっかり女性に見えた。


「よくお似合いで……!」


 またぷっと吹き出すミントにルカは顔をしかめる。自分から申し出たこととはいえ、こんな格好をする羽目になるとは思ってもみなかったのだ。


 一時間ほど前まで二人は浜辺の小屋にいた。


 ミントはユナの言いつけ通りルカを街まで送るつもりだったのだが、ルカは「姫様に迷惑をかけたお詫びをしたい。今日一日城で働かせてくれ」と申し出たのだ。


「それにしても、ミントさん、本当にいいのかい? おれみたいなよそ者を城の中に勝手に入れて」


「あまり望ましいことではありませんわ。ただ今日は滅多にない外国の要人のおもてなしの日で、猫の手も借りたい状況ですの。お城にはキーノを知る者が多いので、こうしてごまかすことになってしまいましたけど」


「別にいいよ。おれも正体がばれないようにできた方が都合がいいんでね」


 ルカはにっと笑う。その表情を見て、ミントは小さく「私も姫様をとやかく言える立場ではありませんね……」と呟いた。


 彼女曰く、まっすぐな眼差しで頼み込んでくるルカに、昔も似たようなことがあったとふと思い出したらしい。


「以前キーノに、同じような目でユナ様の誕生祝いをしたいから協力してほしいと頼まれたことがあったんです。彼の計画に従って、城の人間総出で人の大きさほどもある巨大なケーキを作りました。ただ……当日ユナ様はお腹を壊していてケーキを食べるどころではなかったんです。結局キーノと使用人たちで全て食べることになって、来年こそはリベンジしようなんて話していたんですよ。その次の年に彼は旅立ってしまって、それから帰ってきていないんですが」


 話し終えて、ミントはふと我に返ったように目を見開くと、自分の頬をパチンと叩いた。


「すみません、感傷に浸ってしまいましたわ。さて、では仕事内容をお伝えします。本日は大広間でユナ様とヴァルトロのドーハ様が会食されますわ。私たちはその部屋にお料理、お飲物を運びます。テーブルへは私がお出しするから、あなたはテーブル近くまで運搬をお願いします。正体がばれては困りますので、決して声を出したりしないように」


 ルカは黙って頷いた。ミントは詳細の説明を続ける。


 会食に参加するのはユナとドーハだけではなく、ユナの父親であるコーラント王とドーハの付き人も参加するらしい。林道を歩いていた兵士たちの話から察するに、付き人というのはおそらく参謀キリのことだろう。


(ドーハやキリとは直接顔を合わせたことはないけど油断はできないな。ヴァルトロの領国内には至るところに手配書が貼られているらしいし)


 一通り説明を聞いたところで、ゴーンと城内の鐘が鳴った。どことなく周りにいた使用人達がざわめきたつ。来客を知らせる合図のようだ。


 ミントは女装したルカを連れ城のキッチンに移動した。キッチンの棚にはたくさんの瓶が並んでおり、ミントはその中でも薄桃色に透き通った瓶を取った。ラベルには「桜水晶のかなで」と書いてある。


「これは、地酒?」


「そうですね、コーラントでつくられる醸造酒です。氷冷魔法でシャーベット状にして、食前酒として飲むのがこの土地の伝統なんですよ。魔法の触媒として使われる桜水晶をイメージして着色されておりますわ」


 お仕事が終わったら差し上げます、と言ってミントは氷冷機と思われる魔法機器に瓶を乗せた。機械にはやはり触媒の石がはめ込まれている。ミントは触媒の上に手をかざし、短い歌のような旋律を口ずさんだ。すると瓶が一瞬光ったかと思うと、すぐに表面から白い冷気を漂わせていた。


「すごいな、魔法が使われるのは初めて見たよ。歌うことで触媒にエネルギーを送って機械が動く仕組みなんだな」


「ええ。歌うのは誰でもいいというわけではなく、コーラントで生まれ育った者の声にしか触媒は反応しません。街ではご覧になりませんでしたか?」


「うん、ちょっと機会がなくて。爆発したのは見たけどね」


 爆発、と聞いてミントの表情は少し曇る。


「そうですか。お怪我をなさらなかったようで何よりです。近頃は頻繁に触媒の暴走が起きてますから……」


「街の人に聞いたんだけど、昔は触媒の暴走が起きたら女王様が祈りの歌を捧げてそれを止めてたんだろ? ユナにはそれはできないのかな」


「その者はこうも言っていませんでしたか? ユナ様は魔法が使えない、って。……実はその通りなのですわ。この国の者なら誰でも使えるはずの魔法があの方にはなぜか使えない。資格はお持ちですのに、おいたわしいことです」


「資格って?」


「ユナ様の真鍮のバングルのことですよ。あれは王家の女性に代々受け継がれてきたもので、先代の女王様が亡くなる直前にユナ様に託されたのです。同じような色をしてますが、普通の桜水晶とは桁違いの力を秘めているんですって。なんたって国中の触媒を一気にコントロールできるくらいですから」


 トントン、とキッチンの戸をノックする音が聞こえた。そろそろ料理を出す頃合いなのだろう。


「さ、お酒も準備できたことですし、大広間の方へ行きますよ。」


 ミントはすっかり冷えた瓶からシャーベット状の酒を底の浅いグラスに注ぎ、銀製の高貴な手押しのワゴンに四つ並べた。冷蔵室に入れてあった前菜も添えてある。背筋をしゃんと伸ばしてキッチンを出るミントの後ろを、ルカはワゴンを押しながら追って行った。

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